47話 記憶の欠片
「竜也氏ご無沙汰でござるな」
「ん? ああ、久しぶりだね」
僕はオタ友と久しぶりに邂逅した。
アキバの駅で待ち合わせをしていたようだ。
「今日はなにを調達するでござるか?」
「うーん、そうだね、打ち切りしていれば別だけど、たぶんラノベの続巻がいっぱい出てるだろうからね。それを物色かな」
「相変わらずでござるな。また異世界モノでござるか?」
「そうだね。異世界は僕の憧れだからね」
「現実逃避も程々にしたほうがいいでござるよ?」
「そういう君だって現実逃避してるじゃないか。3次元よりも2次元にうつつを抜かしている」
「ぢゅふゅふゅ、うつつなどではないでござる。現実でござる」
「またバカなこと言って……」
そんな取り留めのないくだらない話をしながらアキバの街を散策する。
僕はブックタワーや専門店を巡り、彼はフュギアなどめぼしいものを物色した。楽しいひと時が過ぎて行く。
こいつとも相当な腐れ縁だなぁ。高校の時からオタ友としてつるんでいたっけ。僕は異世界の妄想に取り憑かれ、こいつは2次元アイドルに熱を上げる。
お互い譲れない部分を主張しつつも、結構仲良くやっていた。
僕が3社目のブラック企業に就職してしまい最近はご無沙汰していたが、こいつと会うと少しばかり気分が晴れる気がする。のっぴきならない現実からしばし逃避できるような、そんな隔絶された世界にいるような気にさせてくれるのだ。
「ところで竜也氏。会社を辞めてどうするでござるか?」
「えっ? どこでそれを知ったの?」
「ぢゅふゅふゅ、拙者の耳を侮るでなかれ。筒抜けでござるよ」
「話したっけ?」
会社を辞めてから誰かに話した記憶がないんだけど……。
──あれ? というよりも、会社を辞めた日になんかあったよな? あれ? ここはどこだ? 違う! 僕はもうこの世界の人間じゃない。あれ、でもどうして……。
そう考えた瞬間世界は真っ赤に染まった。
何か大きな物体が空を横切り、どこか遠い地に激突する。大地はひび割れ、海は蒸発し、灼熱の爆風は地球を一瞬にして包み込み、降り注ぐ灰や土砂は街を世界を包み隠した。
それを僕とオタ友ははるか上空から俯瞰している。
世界の終焉を思わせる光景に、今買ったばかりのラノベが入った紙袋を手放してしまう。
紙袋は燃え上がり、紙媒体の本はペラペラとめくれ一枚ずつ燃えてゆく。
──やめてくれ、まだ読んでいないんだ。せめて読んでから燃えてくれ。
そんな場違いな感想が浮かんでくるが、目の前で無残にも灰になるラノベ。
そんな中、隣にいたオタ友も徐々に燃えてゆく。
──おい! 君燃えてるよ! 熱くないの?
燃えながらも涼し気な顔で僕を見つめてくる。
キモオタが燃えながら僕を見ないでくれ。と言いたくなったが、ぐっと堪えた。
「ぢゅふゅふゅ、竜也氏。貴君はいつも貧乏くじを引くでござるからな。今回も貧乏くじのようでござるよ?」
「な、なんの話、だい……?」
「竜也氏は異世界に行きたがっていたでござる。でもそれは本当に異世界なのでござるか? 思い出すでござる。竜也氏はなんの為にその世界に行ったのか。そしてその世界はなんの為に再編されたのかを。騙されては駄目でござる。拙者達は皆騙されているでござる。竜也氏は拙者達の中で唯一記憶を抹消されなかった特別な存在。特異者でござる。拙者達を解放できるのは、たぶん竜也氏しかいないでござる。だから思い出すでござる。奴らの思惑、奴らのしようとしている事を」
「意味がわからない。君はなにを言いたいんだ?」
「拙者達は囚われの身。知らなければ知らないまま幸せに過ごせることもあるでござる。しかしそれでは救われないこともあるでござる。貧乏くじかもしれないけど、竜也氏はそれを正せる唯一の存在になったでござる。拙者達を救って欲しいでござる」
「なんだよそれ……意味が全然分かんないよ!」
全く意味がわからない。
僕が特異者? オタ友や他の人達は囚われの身? 記憶の抹消? どういう意味なんだ?
深く聞き出したいが、オタ友は燃えながら徐々に姿を小さくしてゆく。
「拙者はここまででござる。過去の記憶を残して置くのが拙者の役目でござる。これ以上はこの場に存在できないでござる。後は竜也氏に任せるでござる。この世界の唯一のイレギュラー。世界を救うことができる存在。拙者の魂は竜也氏に委ねるでござる……」
「おい、まだ聞きたいことがいっぱいあるんだ! 消えるな!」
「さらば竜也氏……また……オタク談義を……できること……期待し……ている……で……ござ……」
そう言いながらオタ友は燃え尽きた。
る、まで言えよ! と突っ込みたかったが、彼の気配は霧散するかのように消えてゆく。
オタ友がいたであろう場所にはキラキラと不思議な光点が漂っていた。
「なんだよ……一体なんだっていうんだ……」
僕は頭を抱えオタ友の言葉を反芻するが、どうも要点を掴めない。
先程彼が何を言わんとしていたのか、その半分も理解できないのだ。
そして光の粒子が僕を覆い包み、場面がまた変遷する。
グルンと意識が巻き戻され、暗い夜道を上から眺める僕がいた。
スーパーのレジ袋を持ち、ラノベをいっぱい詰め込んだ紙袋を持った男が夜道を歩いている。
少し小太りのオタクっぽい姿、会社を辞めてきて、これから家に引きこもる気満々の男は、僕だった。
そして僕は思い出す。この場面、この後何らかの原因で僕は死ぬ。そして異世界へと転生するのだ。
そこでは苦労の連続だ。転生したはいいが最底辺からの出発。
おい、会社を辞めてニヤニヤしている場合じゃないぞ。
──おいおい、すき焼き食ってダラダラ過ごそうと考えて悠長ににやけてる場合じゃないぞ! そろそろ死んじゃうんだぞ!?
そう言っても声すら届かない。
自分がこんな、いかにもオタクっぽい感じだったかと思うと、どこか辟易としてしまう。自分自身の目で見てもオタクで間違いない、と太鼓判を押したいぐらいだ。
すると運命の時が訪れた。
突然空は真っ赤に燃え上がり、激しい振動が世界を襲う。そして考えられないほどの灼熱の烈風が襲い、世界は一瞬で灰となった。降り注ぐ灰と土砂、そこに生命の営みがあったとは考えられないほどの殺伐とした風景が映し出された。
そしてまた場面が変遷する。
今度は見覚えのない場所だ。揺らめく空間、空間かどうかも分からない。そんなあやふやな場所に僕は立っていた。
そして何者かがそこにいる。
──女神か?
そう思うほど優美な女性? のような存在が、次々と誰かと話をしながら何かをしている。話し声は聞こえてこない。
そして何人目かの時、僕の脇を以前の僕が通ってゆき、その女神のような人の前に立った。
随分と長い間話しをている。他の話をしていた人達とは明らかに長い話だ。僕はそばに寄ってみる。相変わらず何を話しているのかは聞こえてこないが、女神のような女性は、どこか苛立たし気に以前の僕を睨んでいる。
そしてこんなに近くに寄っているにも関わらず、不思議と今の僕の存在には二人とも気付かない。僕はどういった存在なのだろうか。もしかしたら記憶の断片みたいなものを第三者的立場で俯瞰しているのか?
まあその辺りは置いておこう。
前の僕は女神のような女性? に、何か懇願しているように訴えているが、女神はウザそうにそれをいなしている。
きっと死んだことによって僕の念願である異世界へ転生させてくれ、とかなんとか言っているのだろう。もし今の僕がそうだったとしても、間違いなく女神のような女性が目の前にいたら熱く懇願するだろうね。だって夢にまで見たシチュエーションに、僕の異世界魂が熱く滾らない訳がない。
だがどうも女神との温度差が歴然だ。
僕は熱く語っているが、当の女神は滅茶苦茶冷めている。ウザそうな表情を隠そうともせず、挙句邪険に扱い始め、最終的に、
──あっ!
他の人達とは違った感じで、強制的に何処かへ送られてしまった。
きっとその後僕はあの谷底で目覚めるのだろう……。
そして僕の視界は暗転し、暗闇に意識が漂う。
なんてことだ。神様にウザがられていたよ……。
いや、神、女神ではないのか? どうもそんな神々しい対応には思えない。
これがオタ友が言いたかったことなのか?
オタ友たち、いや、世界中の人達は、この神のような存在に騙されている? そう言いたかったのか?
ともあれ死んでから意識が戻るまでの空白の記憶、そこで何があったのか若干だがわかったような気がする。話していた内容までは思い出せないが、そんなことがあった、とだけは認識できた。
後はオタ友が言いたかったことが、いまいちよく分からない。じっくりと考えて見ないことには、今は何とも言えないだろう。
それよりも今僕はどういう状況なんだ?
確か何者かによって攫われて……。
そう記憶を手繰り寄せていると、右手が心地よい暖かさに包まれていることが分かった。
そして、
『──タツヤ、頑張りなさい。マロンは必ず助け出します。ですがあなたが死んでしまったら、マロンも死んでしまいますよ? それでいいのですか?」
そんなご主人様の声が聞こえてきた。
意識を戻そうと思っても、全く僕の意思とは無関係に身体は動こうとしない。けれどもご主人様の声だけはハッキリと聞こえてきた。
というよりも、死んじゃダメとご主人様が言っているから、今僕は死の淵を彷徨っているのか? これは一大事だね。いや他人事みたいにいうけど、自分ではどうにもならない。目も開けられないし。
結局僕は流されるままなのだ。この世界は本当に厳しい世界だ。
でもそうだ、マロンも攫われたんだ。えっ? 僕だけ助けられたのかな? マロンを助け出すって言っているよね。
なんだよ、マロンも死んじゃうって……。
そこまで考えたらまた意識が遠のいてきた。
眠気が襲ってくるように、スーッと意識が沈んでゆく。
──ああ、マロンを助けなければ……。
そんなことを思いながら僕はまた意識を失うのだった。
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