44話 発見! ★
血痕を辿ること数十分。私達は街の中を追跡することになった。
あのまま林の中を進んでいたら、かなりの時間を消費していたところだ。雑草が生い茂っていたので、所々血痕が途切れていたこともあって、足を止めることもしばしばだった。
結局タツヤの血液に含まれる魔力の薄さが原因なのだが、それを恨んでも仕方がない。魔力追跡用の機材も限界まで探知能力を上げているのだが、タツヤの低すぎる魔力に反応するのは相当に厳しい状況だった。
数度見失ったがなんとか追跡できたのは、偶然なのだろうか。いや偶然にしては出来過ぎだが、血痕を見失う度になにかうっすらとした光の点が空中を漂い、次の血痕がある場所を教えてくれているかのようだった。
魔法的な何かがあるのかどうかは分からないが、そのうっすらとした光の先に必ずタツヤの血痕があったのだ。私も初めての経験で少し戸惑ったが、今はそこまで深く考えている時間もなかったので助かったというしかない。
しかし街の中に入ってからは血痕も順調に辿ることができた。
人通りの少ない路地をくねくねと進み、とある倉庫街のような場所に到着した。
「ここね……」
血痕は寂れた倉庫の裏手の扉の前で途切れている。
この中にタツヤ達がいる。
街の外に出ていなくて良かった。ここに来るまでも結構な距離を移動している。これだけの血痕を残しているとなれば、それなりに血液も流れ出ているはず。街の外に出ていたなら、それこそ命はないだろう。
それにタツヤはおそらく意図的に血痕を残している。通常なら血が固まり、血液も出にくくなるのだろうが、意図的に傷口を刺激していたに違いない。なんて知恵の回ることでしょう。
「ミルキーお嬢様、わたしが先頭で突入します。お嬢様は後ろからおいで下さい」
衛士長のケントが腰の剣を抜きながら扉に手を掛けてそう言った。
ここはプロに任せた方が良いだろう。
「お願い致しますケント様。治癒師様はここでお待ちください。危険を排除したのちお呼びいたします。それとケント様がいるので大丈夫かと思いますが、もしも危険を察知したら迷わずお逃げください。身の安全が第一です」
治癒師は無言で頷いた。
治癒師は終始不安げな表情で私達についてきたが、その言葉で幾分安堵したようだった。
自分も一緒に凶悪犯がいる只中へ行かなければならないのかと心配していたのだろう。どう見ても戦闘向きの魔法使いではないから。
ちなみに治癒師の多くは神殿に所属する巫女や神官が多い。ゆえに攻撃魔法を覚える者は少ないのだ。
ケントは一度扉に耳を当て中の様子を確認するが、なんの物音もしないのか軽く首を捻った後、無言で頷き突入の合図とした。
素早くそして静かに扉を開き、ケントは剣を構えて警戒する。
しかし扉の中には誰もいない、というよりも、そこには地下へと続く階段があった。
「下のようですね」
ケントは静かにそう言った。
私達も無言で頷く。
物音を立てないように静かに階段を下る。すると降り切ったところにまた扉があった。
犯人の隠れ家にふさわしいような雰囲気だ。
再度ケントは扉に耳を当て中の様子を確認するも、また物音も何もしないのか首を捻った。
どうも様子がおかしいような気もする。
ケントは一つ頷き、また突入の合図とした。私も剣を握る手に力が篭る。
素早く扉を開き、ケントを先頭に三人が部屋へとなだれ込む。
「神妙にし……」
ケントが剣を構えながらそう叫ぶが、途中で言葉を切った。
「……お嬢様! 誰もおりません」
「えっ……?」
暗い室内に犯人の姿はない、とケントは言う。
私も続いて部屋に入る。
ケントが魔導ランプを灯し室内を照らす。
粗末なテーブルに椅子が数脚置いてあるだけの部屋の中はもぬけの殻だった。
犯人は逃げた後、そう考える他ない。
「遅かったようですね……」
私は落胆した。
随分と切れ者の犯人のようだ。私達が追跡を始めているのを逸早く察知したのだろう。
「お嬢様!」
この状況に落ち込む私だったが、部屋を調査していたケントの声が耳を突いた。
「どうしたのですかケント様?」
「こちらへ」
「……‼︎」
ケントが魔導ランプで部屋の隅を照らすと、そこに誰かが倒れていた。
私はそれが誰かすぐにわかった。
「──タツヤ‼︎」
タツヤの名を叫びながら私は駆け寄る。
そこには縛られたタツヤが床に放置されていた。
「タツヤ! タツヤ!」
そう呼びかけるが反応がない。
身体に全く力が入っておらず、そして頬に触れてみると冷たい。体温が下がっている。
しかしか細いが呼吸はまだある。死んではいない。
少し安心してふと床に手を置くと、ヌルっとした感触が手に伝わった。血だ!
「ケント様灯りを!」
「はっ!」
ケントがしっかりとタツヤを照らすと、タツヤの縛られた両手から、床に血液が流れ出しており、結構な血溜まりを作っている。
これだけの出血量。それにここにくるまでにも、タツヤは痕跡を残すためにかなりの血を流しているはず。
──これは危ない!
「治癒師を早くここに!」
「はっ!」
私は治癒師を呼んでくるようケントに頼んだ。
即座にケントの部下一名が部屋を飛び出してゆく。続いて私はタツヤの縛られている両手のロープをナイフで切る。そして怪我の箇所を探した。
「──うっ!」
左手の掌がザックリと切れている。ここまで傷をつけたとは、思い切ったことをしたものだ。思わず目を背けたくなった。
これ以上血を流さないように、解いたロープで腕の付け根辺りを縛る。これでなんとかこれ以上の流血は防げる。
か細く呼吸をしているが、タツヤの顔色は死んだ裸猿のように白い。
私の胸がぎゅーっと締め付けられる。
何度も、何度も死を看取ってきた裸猿の姿と、タツヤの姿が重なった。
世間では家畜以下と蔑まれ続けている裸猿という生物。その研究と称し多くの裸猿の命を、私はただ悪戯に散らしてきた。
同じ人型をした生物なのに、何故こうも私達と違うのか知りたかった。その探究心のためだけに。
でも彼等だってしっかりとこの世界で生きている。知能は低いかもしれないが、確かにこの世界に、私達と同じく存在しているのだ。
研究個体だからといって粗末に扱っていたわけではない。それでも虚弱な裸猿は簡単に死んでしまった。
だから私はもう裸猿を買うことは止めようと思っていた。家畜以下と思われていても、同じ人型の裸猿を死なせ続ける罪悪感に苛まれていたのだ。
しかしそんな矢先、それ以上に興味深い個体が現れた。
それがタツヤだ。
「タツヤ! 頑張りなさい! 死んじゃダメよ! マロンが攫われたままよ! このまま死んだら、マロンもすぐ死んでしまいますよ!」
この部屋にマロンの姿はなかった。
きっと死にそうなタツヤだけを残していったのだろう。この状態で連れて行っても足手まといにしかならないだろうし、すぐに死んでしまう。死体を持っていったところでなんの役にも立たないのだから。もし裸猿の確保を依頼された賊なら、死体を持って行くほうがマイナスになりかねない。依頼したのは生きた裸猿の確保。それを死なせたとあっては、報酬を貰うよりも違約金を取られる可能性だってあるかもしれないからだ。
故に無事なマロンだけを連れていったのだろうと推測できる。
「ねえタツヤ! あなたにはまだたくさん聞きたいことがあるんです。死なれては困るんです! 生きなさい! 生きて一緒にマロンを探しに行きましょう!」
そう話し掛けるが、タツヤは一向に目を覚まそうともしない。
危険な状態だ。
すると兵士が治癒師を連れてきた。
「治癒師様! 傷はここです、タツヤを、たつやを必ず助けてください!」
「は、はい……ですが、これは酷いですね……傷口は塞がるでしょうが、血を流しすぎているようです……助かる見込みは低いかと……」
「それは分かってます! ですから少しでも早く傷口を塞いでください!」
「は、はい!」
治癒師は私の剣幕に押され急いで癒しの呪文を唱え始めた。
助かる可能性は低くとも一刻も早く傷口を塞いであげたい。それで助かる可能性が少しでも増すのなら尚更だ。
治癒魔法では体の傷は癒せるが、失った血液までは補填できない。
後はタツヤの生命力に賭けるしかないのだ。
──お願い! 頑張ってタツヤ!
私はそう祈ることしかできなかった。
「ミルキーお嬢様! チョットこちらへ」
私がタツヤの治療を見ている間、ケントは部屋の探索を続けていたようで、何かを発見したのか私を呼んだ。
私はタツヤの様子を見ていたいのだが、私がいたところでもうどうにもならないと思い直し、タツヤは治癒師に任せケントのところへと向かった。
「何かありましたか?」
「はい。賊は余程急いでここを出たのでしょう。こんな物を置き忘れていました」
ケントはそう言いながら粗末なテーブルを指差した。
テーブルの上には複数の飲み物が入ったカップと、ナイフが一本、それと丸めた紙が置かれていた。
「このナイフ。この刻印は赤猫盗賊団の物ですね。この書簡は依頼書だと思われます」
「赤猫盗賊団? それってゲイリッヒ侯爵領にいる大きな盗賊集団じゃなくて?」
ナイフの刻印が赤猫盗賊団の印と酷似しているとケントは言った。
「はい。その通りです。それにここだけの話、噂では赤猫盗賊団は、ゲイリッヒ侯爵と裏で繋がっているという情報があります。自分達に都合の悪い貴族や商会、個人などを襲うように命令しているとかいないとか」
なんと。この世界の裏の世界ではそんなこともまかり通っているのか。
そう思うほどに悪辣なことをケントは話した。ここだけの話しと言うからには、公にはされていない情報なのだろう。
「なんてこと……それは貴族が行っていいことなんですか?」
「そんなこと許されるわけがありません。ただ確証が取れていないだけで、今まで罰することもできませんでしたが……」
「もしその証拠があれば罰することができるのですか?」
「はい、おそらく王へこの証拠を届けることができれば、ゲイリッヒ侯爵は裁かれることでしょう」
なんと、そんな証拠があれば、ゲイリッヒ侯爵は失脚、そして裁かれ、ひいてはゲイリッヒ侯爵家は侯爵家として存続不可能になるという。
爵位は取り上げられ、関わった者全員がおそらく死罪になる。家も土地も接収され、残った家族、親類、一族郎党は、連座として下手をすれば国外追放の憂き目を見ることになる。
仮に国外追放されると、それこそ死罪となんら変わらない待遇に合うかもしれない。運よく他の国に逃げ込めたとしても、同じ種族ではない他種族の者たちを快く迎え入れる国は少ない。
ある程度の資産を持っているならば別だろうが、全てを接収され追放された者たちがそうそう好待遇で迎え入れられるわけがないのだ。
元々他種族とは国同士が和平を結んでいたとしても、多少の種族的偏見が残っているものである。
下手をすれば奴隷落ち、である……。
だがその証拠がここにはある。
「ケント様、その用紙は依頼書なのですか? それがあればゲイリッヒ侯爵は失脚するのですか?」
「ご覧になりますか?」
「ええ、見せてくださいませ」
ケントは細心の注意を払いテーブルの上に丸められた紙を広げて行く。
私が手にしなかったのは、タツヤの血で汚れているからだ。
その書簡には、言葉を話す裸猿をブリューゲル男爵家から奪って来るように、との命令文が記されていた。
「ここをご覧ください。署名と押印がされております」
「……」
ゲイリッヒ侯爵の署名と、印影がくっきりと記されていた。
署名は元より、蝋に押された印影は偽造が効かない。魔法的効力も秘めているので、蝋の色がその家の旗色に染まるのだ。何度か見たことがあるが、間違いなくゲイリッヒ家の印である。
「これで証拠が揃っております」
「……」
私はなんとも複雑な心境になった。
バーンやゲイリッヒ侯爵が失脚するのは別に構わない。自らあくどい手を使って他人の物を奪おうとした責任がある。それに問題児が貴族として生きながらえるのを阻止できると思えば、これほど国の為になることはない。
現ゲイリッヒ侯爵もさほど良い噂があるとは聞かない貴族だ。だから私としてはどうでもいい存在なのだ。
しかし、連座で罰を受けるハイドは別だ。
私の味方をしてくれ、兄と父すら敵に回しても良いと公言していたのだ。そのハイドまで罰を受けなければならないなんて、どこか釈然としない。
「それはお父様に渡してくださいませ……」
「はっ、畏まりました」
ケントは証拠の品を丁寧に懐へと仕舞った。
どちらにしても、私の一存でどうこうできる問題ではない。後は父に任せることしかできないのだ。
それよりもまだマロンが行方不明なのだ。その証拠を使ってでも取り戻さなければならない。
どちらにしても、ミッチェルとタツヤが怪我を負わされ、私の我慢も限界にきている。
ハイドには悪いけど、ここは正攻法で行かせてもらいます。
治癒師の治療が終わってもタツヤの意識は依然として戻らなかった。
私たちは気を失ったままのタツヤを連れ屋敷へと戻るのだった。
□
ミルキーの母であるハイネスが校長の仕事終え、研究室に篭っていると、家から下の娘キャンディーのメイドが訪れ、色々と報告をしていった。
「まったく、あれほど注意なさい、と言った側からこれですか……」
ブツブツと言いながら後片付けをして家へ戻る準備をする。
メイドの報告では、ミルキーのメイドであるミッチェルが何者かに襲われ、裸猿二匹が攫われた、という話だった。
今日のお昼にミルキーと裸猿の話をしていて、噂をなくす為にタツヤとマロンは死んだことにする、と聞いた矢先からこれである。
『死んだことにするのは良いけれど、貴族のしたたかさは侮れませんからね。噂がある以上、既に動いているかもしれません。くれぐれも留意するのですよ』
と注意喚起したばかりだった。
それにしても屋敷を襲われるとは予想外だった。それに身内に怪我人が出てしまったことも憂慮する事態である。
何者の差し金か知らないが、領主の屋敷に侵入し、使用人に怪我を負わせ、貴重な裸猿を奪われたのだ。これは領主婦人としても黙っているわけにはいかない。
ササッと帰り支度を済ませ研究室を出る。
薄暗い廊下を早足で歩き、出口へ急いだ。メイドが外に馬車を待たせているのだ。
「……?」
廊下を進むと、見慣れない人影が数人こちらに向かってきた。
一人を先頭に、後ろの下働きのような二人組が檻のようなものを運んでいる。どこかの業者だろうか?
研究棟の先生に研究用の何かを注文されているのかもしれない。そう考えたが、こんな暗くなってから来るのもおかしいと訝しむ。
「止まりなさい。あなた達は何者ですか?」
目の前にきた業者風の一人にハイネスは問い質した。
「はい、私達は冒険者組合から依頼されまして、こちらの先生に研究用の獣を届けにきたものです」
「そう……ですがこんな夜になってから来るなんて、少し常識がないのではなくて?」
通常届け物にしても、昼間の内に済ませるのが常識的な範囲である。警備員が常駐してはいるが、夜の学校内を部外者が勝手にうろつかれては困るからだ。
研究資料や貴重な道具も多い。それらを盗まれでもしたら大変な損害になる。
「はい、先ほど街にこの獣が入ってきたばかりで、先生に急ぎと言われておりましたから、私どもも仕方なく参った次第です。先生の許可も頂いておりますので、警備にも許可を得て先生の研究室に運んでいる次第です」
「そう、そんな急ぎの研究をしている先生なんていたかしら? ちなみにその先生はどなたですか?」
まあ先生の許可がなければ、警備で門前払いされるからここにいることだけはわかっている。
「はい、エインリッヒ先生です」
「そう、分かりました。今度から常識的な行動を取るように私から言っておきますね。遅くにご苦労様です」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけ致しました」
業者はきっちりと礼儀正しく腰を折った。
内心、エインリッヒ先生は仕方ないですね、しっかりと注意しなければ、と考えながらその場を後にしたハイネス。
馬車を待たせているので、また急ぎ足で出口へと向かう。
そして馬車に乗ったハイネスは屋敷へと戻るのだった。
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