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43話 追跡開始 ★

「ミルキー様! 有りました!」


 ハイドが裏庭と林の境目のところでそう叫ぶ。

 裏庭から林へ少し入ったところで、点々と続く血痕を見つけた。もうかなり暗くなってきたので見つけ辛くなると思っていたが、早々に見つけることができて僥倖だ。


「そう! こちらも血液の判定が終わりました。間違いなくタツヤのものでした」


 キャンディーが大慌てで持ってきた魔道具で調べた結果、ミッチェルのナイフに付着していた血液は、タツヤのもので間違いなかった。

 数日前に採血していて良かった。そう思う私だった。


「キャンディー、この血液を追跡魔道具に至急登録して下さい。私は装備を整えてきます!」

「はい! お姉様!」

「お待ち下さい! ミルキー様が向かわれるのですか?」


 私が装備を整えに屋敷に戻ろうとすると、ハイドが大慌てで訊いてきた。


「ええ、そうです。なにか問題があるでしょうか?」

「危険です! 相手は何者かもしれない奴ですよ? 人数も把握できていません。それに既にミルキー様のところのメイドが一人倒されているではありませんか。これはプロの仕業と考えられます」


 ハイドは追跡の危険性を述べた。

 だがそんなことは始めから分かっている。ミッチェルが倒された時点で、それなりの敵と判断しているのだ。だが私は行かなければならない。


「それは理解しています。ですが私の大切なタツヤとマロンを奪われて、黙ってはいられません。それに他の者に頼んだとしても、タツヤとマロンを判別できるのは私だけです。私が行かねばならないのです!」

「二匹は裸猿です、他の者でも判別できます」

「いいえ、領主の館と知って、これだけのことを仕出かす輩です。タツヤとマロンの代わりになるようなデコイを用意していないとも限りません。ですから私が行くのです」

「で、ではわたくしも同行致します!」


 私が突っぱねると、ハイドは自分も行くと言い出した。

 しかしそれはあまりにも無謀だ。


「いいえ、それは容認致しかねます」

「どうしてですか! 危険があった場合、わたくしがミルキー様をお守りいたします!」


 ハイドはそんな嬉しいことを言ってくれる。

 だが違う。おそらく守られるのは私ではなく、ハイドになってしまう。

 どう考えても足手纏いだ。でもそれを正直に言ってしまう訳にもいかない。ハイドの心を折ってしまいそうだ。


「いいえ、危険と言うよりも、ハイド様には他にやるべきことがあるからです」

「やるべき、こと……?」

「はい、未だバーン様やゲイリッヒ侯爵様が手を下したと断定したわけではございません。ですからハイド様には、そちらの動きを探って欲しいのです。もしゲイリッヒ侯爵様の差し金であったなら、必ず何かしらの動きがあるでしょうから」

「た、確かにそうですね……ではわたくしは一度屋敷に戻って探りを入れてみます。ですがミルキー様が犯人を追跡するのには反対です、危険すぎます!」

「ご心配には及びません。一人で行くほど私も浅慮ではありません。そろそろ父が呼び寄せた衛士も来る頃合いです。数名の兵と向かいますのでご心配なく」

「……分かりました、ですがくれぐれもお気をつけ下さい……」

「ありがとう存じます」

「本当にお気をつけて下さいよ?」

「はい」

「本当に本当ですよっ?」

「は、はい……」


 ハイドは何度も念を押すように言って来る。

 いい加減しつこい、と言いたい程だ。

 でもそれだけ心配してくれていると思うと邪険にもできない。ありがたいことだ。


 ハイドは心配そうな顔をしながら、では戻ります、と言って屋敷を後にした。

 私もそのまま装備を整えに一度屋敷に戻る。


 扉の前では、治癒師が到着したらしく、ミッチェルに癒しの魔法をかけていた。

 側には一人のメイドが付いている。


「どうですか?」


 治癒師は真剣な表情で魔法の呪文を唱えているので、私は側にいるメイドに尋ねた。


「はい、治癒師様が早くいらしてくれましたので、大事には至らずに済んだようです」

「そうですか」


 大事に至らずに済み良かったと、ホッと胸をなでおろした。


「それではもうじき治療は終わるのですね?」

「はい、おそらくそうかからないかと思われます」

「では、それが終わったら、治癒師様を私と一緒に同行させますので、伝えておいて下さい」

「はい、畏まりました」


 メイドにそうお願いして私は自室へと向かう。

 タツヤは血を流すだけの怪我を意図的に付けている。それはタツヤが私に連れ去られた場所を教えるためと理解している。だから見つけた時、治療を施す為に治癒師は必要なのだ。

 タツヤは、自分が他の裸猿とは違うということを理解しているだろうし、狙われたのは自分で間違いないと瞬時に判断できるだけの知能がある。

 そして裸猿を攫うのが目的なら、犯人は裸猿に血を流させる様な傷を付けることはない。ミッチェルでさえ切り傷もなく倒されているところを見ると、それは明白だ。

 きっと頭の切れる誘拐犯なのだろう。この家がこの街の領主の家と知っていて、その家の者を殺せば、それなりに厄介な事になると理解している。貴族に恨みを買われたら、地獄の果てまで追い詰められる。そう考えてのことなのだろう。


 だがもう遅い。私はミッチェルも大事だが、タツヤとマロンも大事なのだ。

 二人を攫っていったのは、私の怒りを買うのに過不足はない。

 当然地獄の果てまで追い詰めて、後悔させてやる。


 装備を整えた私は、父のところに向う。

 広間にいた父は、数名の兵士と一緒だった。


「お父様! 準備が整いました。至急追跡を行いたいので、腕の立つ衛士を2、3名貸してくださいまし!」

「はぁ? ミルキー、お前は何をいっているんだい? そんな危険なことは兵士に任せなさい。パパは許しませんよ!」


 父は私の意見を真っ向から退ける。しかし私は聞く耳を持たない。


「あ、ケント様、お久しぶりです。ケント様すみませんが、貴方と貴方の部下で腕に自信がおありな部下2名ほど私と同行願いたいのですが」


 ケントはこの街の衛兵部隊で衛士長を務めている兵士である。

 私が小さな頃から、月に数度は剣術の稽古をつけてくれている師匠でもある。


「ミルキーお嬢様、ご無沙汰しております。畏まりました、わたしでよければご同行いたしましょう」

「おい、ミルキー聞いてる? パパの言うこと聞いてる?」

「ありがとう存じます、ケント様。では時間がないので早速出発いたしましょう」

「はっ!」

「ねえミルキー、ケントも聞いてる? パパは許しませんって言ったんだよ?」

「ではお父様、行って参ります!」

「だからパパの言うこと聞いてないよね? ダメだって言ってるんだよ?」

「ブリューゲル卿、ミルキーお嬢様がああ言われては、もう止めることはできますまい。いざという時は、わたしが命に代えてもお守りいたしますのでご心配なく。とはいえ、ミルキーお嬢様は、わたしの部下以上に優秀ですので、そう問題はないでしょうが」


 ケントは私の剣の腕前も良く知っている。故に私が一緒に行動しても問題ないと判断したのだ。それに私が犯人を追跡できる手段を持っている事も瞬時に理解している。無闇に街の中を捜索するよりも、私と行動した方がより早く事件を解決できると踏んだのだろう。


「いや、でもね危ないよ……」

「お父様、今は一刻を争うのです。痕跡が新しい内でなければ見失う可能性があるのです。お説教なら後で伺いますので、これにて失礼します。では行きましょうケント様」

「はっ! ──お前とお前、付いて来い!」


 私は広間を足早に出る。ケントは二名の兵を選抜し、私の後に続いた。


「ミルキ〜‼︎」


 広間の中からそんな悲痛な叫びが聞こえていたような気がするが、聞かなかった事にする。きっと父は。(-orz)こんな姿で叫んでいることだろう。


 ミッチェルの治療を終えた治癒師も連れて裏庭に出ると、外は既に真っ暗になっていた。

 ミッチェルの意識はまだ戻っていなかったので、そのまま部屋で休ませるように指示してきた。


「キャンディー準備は良いですか?」

「はいお姉様! 感度を極限まで上げておりますので、大丈夫かと思います」

「ありがとう、後のことは頼みましたよキャンディー」

「はい、お任せくださいお姉様!」


 私はキャンディーから魔道具を受け取り、すぐに行動する。


「──では、出発!」

「はっ!」

「お気をつけてお姉様!」



 キャンディーの声を背に、私達はタツヤとマロンを追跡するのだった。



 ◇



「チッ……随分と手回しが早いな……」


 二匹の裸猿を捕らえた黒猫窃盗団のブリングは、依頼主へ報告をしようと、街の様子を伺いながら移動していると、慌ただしく動く衛兵たちを目にして舌打ちをした。


「街の閉鎖をするのが早すぎる……さすが領主の力ってやつか……」


 街は既に閉鎖状態にされていることを悟る。


「まったく……裸猿ごときでこうも厳重な警戒をするとは……やはりただの裸猿ではないということか……」


 街の門も一時門扉が閉じられ、出て行こうとする馬車や人を足止めしている。

 もう既に夜なのでそんなに騒ぎにはなっていないが、街の外に出るには厳しいそうだとブリングは判断した。


「これは早いとこ裸猿を依頼主側に押し付けた方がいいな……」


 長々と証拠を手の内に置いておくのは危険だ。依頼主に裸猿を渡してしまえば依頼は終了。足が付いていなければ、証拠がない以上ブリングたちの仕業とは誰も思わないだろう。

 街中の捜索をされようものなら、アジトが露見するのも時間の問題かもしれない。


 そう考えたブリングは、急いでアジトへと戻る。

 最初は少しの間裸猿をアジトに隠して置き、それだけ珍しいものなら依頼主と交渉し、もう少し依頼額を吊り上げようとしていたのだが、そうも言っていられなくなった。


「奴らはもうアジトについたところだろう……まったく、手間をかけたのだからもう少し搾り取る予定でいたが、今回は諦めるか……」


 ヘマを打たなければ、手下の二人はアジトに着いて二匹の裸猿を監視しているはずだ。

 二人はまだ新米で少し心配な面はあるが、窃盗団のイロハは叩き込んでいるのでヘマはしないはず、とブリングは考えている。

 しかしないともいえないのが新米の悲しい定めだ。


 アジトに到着し、周囲を警戒しながらドアノブに手を掛けた。

 そしてふと足元を見ると、なにかのシミのような跡を発見する。

 そのシミを指先で触り、確認する。


「……これは!」


 そのシミが血痕であると即座に判断したブリングは、周囲の地面に目を向けた。

 するとそこには点々と続く血痕が落ちていたのだ。

 マズイ! と、内心焦燥に駆られた。

 急いでドアを開くと、下へと続く階段にも、点々と血痕が落ちている。


「くっ! あのバカどもが‼」


 急いで階段を駆け下り、バン! とドアを乱暴に開く。


「あ、お疲れ様っすお頭!」

「お疲れ様です!」


 部屋に入ると手下二人は、椅子に腰掛け何食わぬ顔でブリングを迎えた。

 そんな二人を見てイラっとするが、先ずは確認が先だ。

 ブリングは部屋の中を見回し、裸猿二匹に目を向けた

 雌はまだ気を失っている。怪我をして血を流している形跡はない。

 そして雄に目を向けると、縛られた手、そこからおびただしい血が床を濡らしていた。それと同時に雄は真っ青になり意識を失っている。大量失血により意識を失っていると判断できた。


 ──チッ!


「オイお前等‼︎ なぜ雄のこの怪我を放っておいた!」

「えっ……」

「……?」


 手下二人は、なぜブリングが怒鳴っているのか分からずに首を捻った。


「いえ、ついさっきまで怯えてて、元気そうなので、それぐらい大したことないと思ってたっす。それに対象は雌だから、どうでもいいと思ったっす」

「馬鹿野郎! 対象が雌だったからって、依頼主には両方無事に届けるのが俺たちの仕事だ!」

「──いひっ!」


 ブリングの剣幕に手下は恐れ慄いた。


「じゃ、じゃあ今から手当を……」

「もういい! それどころじゃない! こいつの血が街中に点々と落ちている。もう間も無くここが露見する。早くここを出るぞ!」

「「──ひっ! は、はい‼︎」」


 ブリングの剣幕に手下二人は、裸猿のように怯えて返事をした。

 ブリングは魔道具で血液の魔力を追跡することができることを知っている。この街の領主ともあろう金持ちが、その魔道具を持っていないことはない。そう予想したのだ。


 手下二人は至急二匹の裸猿を外套でつつもうとするが、


「雄はいい、もうそいつは手遅れだ。雌だけ連れて行く!」


 雄の状態はどう見ても芳しくなかった。もうじき息絶えるほどの出血で移動中に死なれる。死体を依頼主に渡したところで此方のミスと判断されるのが落ちだ。そう判断したブリングは、雌だけ連れて行くことにした。

 雌が言葉を口にするところを全員が目撃している。依頼は完遂され、何も問題は残らない。

 ブリングはそう判断したのだ。


「チッ……ったく、厄介な仕事になったもんだ……」


 ブリングは身に迫る危険を肌で感じ舌打ちした。

 そして懐から何かを取り出し、壊れかけのテーブルの上に置き、そして地下の扉を急いで出る。


「いいか、行くぞ!」

「「ハイ!」」


 入り口で周囲を警戒したブリングが安全を確認し外に出る。

 続いて手下二人も、雌の裸猿を担いでアジトを後にした。



 そして静寂の中、雄の裸猿一匹だけが地下室に放置されたのだった。

お読み頂きありがとうございます。

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