42話 絶賛攫われ中です
えーと、僕とマロンは、怪しい黒尽くめの三人の賊にどうやら絶賛攫われ中の模様ようです。
僕達2人は、手足を縛られ担がれて移動している。僕は「……っすね!」と、下っ端口調の男に担がれている。マロンは女性と思われる奴に担がれてぐったりとして動こうともしない。
マロンは、女性と思われる者の腹パンチを受け昏倒しているままみたいだ。
全く容赦がない。マロンは多少体力も付いていたから気を失っただけだろうが、虚弱な僕だったら死んでいたかもしれないパンチだった。腹筋も攣っている状態だったしね。
さて、僕達はなぜ攫われているのかはわからないが、ご主人様の話にも少し出ていた、珍しい裸猿がいるといった情報が出回っていたのかもしれない。
ミルキーご主人様が、珍しい裸猿を手に入れた。そんな情報を誰かが入手し、この黒尽くめの怪しい賊にさらってくるように依頼した。
そんなところだろうか。会話の端々にそんな情報が紛れていたので、まず間違いないと推測する。
そして目的の裸猿とは、僕、である。
言葉を発する珍奇な裸猿。きっと物好きな金持ち辺りが珍しがって僕を欲した、若しくはご主人様と同様、研究用のモルモットとして奪いたかった、かのどちらかだろう。
故にこの黒尽くめの怪しい賊は、何者かに依頼されただけ。
僕達を無傷で依頼主へと渡すまでが仕事だろう。
だからおとなしくしていれば、すぐに殺されることはない。そう僕は考えた。
しかしここでこの賊達にイレギュラーが発生していることも同時に認識している。
依頼内容は、言葉を話す裸猿の確保。しかし、おそらく言葉を口にする珍しい裸猿、としか聞いていなかった黒尽くめの賊は、言葉らしきものを口にしたのが雌のマロンだった事を知った。
あの時僕は筋肉が攣って呻くしかできなかったからね。今でも攣っているが……。
つまり、目的の裸猿の存在は僕なのだが、マロンと勘違いしているのだ。
マロンは僕の代わりに珍しい裸猿として捕まってしまった。
ついでに依頼は裸猿の確保と言う事で、僕も縛られこうして連れ去られている。なかなか有能な賊のようだ。
その代わり幸運? なこともあった。いや不運の中に僅かな光明というかそんな感じ。
マロンは僕が襲われていると思い込み、必死に僕を助けようと暴れた結果、腹パンで昏倒してしまった。
しかしマロンが言葉を話す知能を持っていると判断されたため、僕は低知能の裸猿と判断され、たんに縛られただけでその後暴力的なものは受けなかった。猿轡の様なものはかまされているが、意識はしっかりとしている。
ということで僕は考えた。
今この状況を動かすことができるのは、僕しかいない。
僕とマロンが助かる方法は、ミルキーご主人様に見つけてもらうしかない。
もしかして僕達を攫えと命令した奴が、ご主人様よりもいい人かも、なんてことは微塵も思わないし思えない。
この黒尽くめの怪しい賊に依頼した相手が誰かは分からないが、こんな賊を使って僕達を攫らわせる奴が、ご主人様よりいい奴なんて絶対にありえないからだ。
他人のモノをまともな交渉もせずに、奪ってこい、と言う様な輩は、前の世界でも犯罪である。窃盗、誘拐、それに傷害、住居不法侵入、銃刀法違反、銃刀法はこの世界にはないかもしれないが、これだけの罪が実際に行われている事実は覆せない。
それにミッチェル様もこいつらには果敢に立ち向かっていた。僕とマロンを守るために。
結局は倒されてしまったが、まさに命懸けだったことは明白だった。
だから僕は一世一代の演技を実行中なのだ。
僕はうめき声しかあげず、終始怯えている様子をこいつらに見せつけている。
本来の裸猿の行動は、初めて出会った時のマロンを参考にすればいい。僕は低知能の裸猿を演じればいいのだ。見た目が裸猿だから演技とは言わないかもしれないが。
という訳で、僕は下っ端らしき男に担がれながら、左手の痛みに顔を歪めながら、自らの血を流し続けた。
屋敷の裏庭でミッチェル様のナイフをわざと握り、手のひらに傷をつけたのだ。
賊の女性にナイフを取られた時に、結構深くまで切れてしまったので、かなり痛い。左手を握っていないとダラダラと血が流れる始末だった。少しやりすぎ感も否めないが、加減などできる状況でもなかったし仕方ないだろう。
左手をにぎにぎし、加減しながら血液を地面や草に飛ばしてゆく。どこまで移動するのかは分からないが、僕の血がなくならない事を祈った。
あまりにも長距離だと、失血死してしまう事だろう。
なぜ血を流しながら攫われているかって? それはご主人様に見つけてもらう為だ。
これから暗い夜になるのに、そんな些細な血痕見つけて辿れるの? 街から出たらそれこそ終わりだよ? ともお思いだろう。
確かに街の外に出られたら僕も諦めようと思う。そこまで血が持たない自信があるし、死ぬまで血を流し続けることもバカらしいからね。
ただ街中ならなんとかなるかもしれない。そう、これは一種の賭けだ。
この一週間で、ご主人様とキャンディーお嬢様の研究にも少し協力している。
その中で血液を採血するものがあった事を思い出したのだ。この世界でも血液の検査をすることがあるらしい事を知った。けれどもそれは、たんに血液型を判断するものではなかった。
ここは魔法がある世界だ。血液にはその本人の魔力が微妙に含まれており、その血液の魔力を判定できれば、個人を特定できると言っていた。
確かにご主人様が僕達の隷属紋になにかしら魔法的処置をしていた時に、血液を使っていた事を思い出す。ご主人様となるにはその本人を魔力的なもので特定できなければならないからだろう。それが特定できなければ、誰の血液でもいい話になる。だがそれなら隷属紋としては役に立たない。誰の命令なのか魔法的に縛る方法が曖昧になってしまうからだ。
故に血液を残せば、その血液が僕のモノとご主人様はすぐにでも調べてくれるはずだ。
そして所々に血痕を残しておけば、それを辿って僕に辿り着く。そう考えたのだ。
魔力追跡の魔道具もあることも教えてもらい、現物も見ているので、ナイフに付着した僕の血液を魔道具に認識させれば、僅かな血痕でも良いと思う。
ただ、問題なのは、僕の魔力量が極限まで少ないことだ。魔力が少なすぎて追跡できなかったら、その時点で諦めるほかなくなるだろう。
僕ができるのはここまでだ。後はご主人様が僕達を見つけてくれるのを、ひたすら祈るしかない。
結局最底辺の僕は、この世界では何事も流されるしかないのだ。これで無双できるような特異能力があれば簡単なのだろうが、残念ながら全くもって使えないポンコツ転生者なのだ……ホント、悲しくなるね……。
屋敷の裏手の林をしばらく進み、少しするとあたりは闇に包まれ始めた。
タイラン(太陽)が沈んだのだろう。夜の訪れだ。
それでもこの賊は、林と民家の境目あたり、人気の無いところを移動している。先程まで薄明るかったので、目立たないようにしていたのだろう。
そして民家の脇で周囲を警戒し、
「おい、例の場所で合流だ」
賊のリーダー、お頭と呼ばれている奴がそう小声で言いながら、黒い外套を脱ぎ始めた。
その合図で、他の二人も無言で頷き、一度僕達を地面に下ろし外套を脱ぎ始める。顔を隠していた黒い布も外すが、残念ながら暗くて顔がよく見えなかった。
そしてその脱いだ外套で、僕とマロンを隠すように包んだ。
なかなか考えているようだ。
多分これから街の中に入るらしいのであの黒い外套を脱いだのだろう。怪しさ満点だからね。それに固まっての移動は目立つので、バラバラに例の場所とやらに集まるらしい。なんとも頭が回る奴らだ。人攫いのくせに猪口才な。
「うー、うーっ……」
「ちっ! おとなしくするっす!」
「……」
再度担ぎ上げられた僕は、少し呻きながら体制を整えると、下っ端男に小声で軽く叱られた。
少し体制が厳しいが、縛られた両手を外套の外へ出すことができた。なんとか血痕を残すことができそうだ。
しかし若い体は柔軟でいい。ちょっと無理な体勢だが各部が柔らかいのでそう苦もなく手を出せた。
これが前世のチョイメタボな身体だったら、こうも上手くいかなかっただろう。
頭を隠されてどこをどう進んでいるのかは分からないが、きっと人通りの少ない場所を進んでいるようだ。周りに人の気配が余り感じられない。逃走経路も計画済みかと想像できる。
暫く移動すると下っ端男は立ち止まる。
ガタン、と音を立て扉を開くような音がした。
そして階段を下る振動が伝わってくる。
再度立ち止まり、また扉を開くような音が聞こえてきた。どうやら地下室のようだ。
「遅いわよ」
「うす、ちょっと人混みを回避してきたんで遅くなりやしたっす」
女性の声がした。
マロンは既にここにいるということか?
「よっこらせっ、と」
少し進んで、ドサッと床に落とされた。
「うーっ……」
痛いけど演技は忘れない。ここで呻き声以外をあげたら警戒されるだろう。
ばさり、と外套を剥がされた。
「ここでおとなしくしてるっすよ」
下っ端男がそういうので、思い切り怯えてみせた。
どうやらここは、何かの倉庫とか物置みたいな場所らしい。明かりがひとつ灯っているだけで、薄暗い。
生活臭がない部屋で、粗末な椅子が4脚と、今にも壊れそうな小さなテーブルが一脚置いてあるだけだ。
後ろを見ると、マロンが未だ気を失っているようで、部屋の隅に寝かされていた。
呼吸をしっかりとしているようで、呼吸に合わせて上体が少し上下に動いている。
良かった。死んではいないようだ。
安心してまた視線を賊に戻す。今は下っ端男と女性の二人しかいない。警戒を解いているのか、顔を隠そうともしていなかった。見た感じはまあ普通って感じだろうか。下っ端男は粗野っぽい感じで、女性ははすっぱな感じが拭えない。まあ予想通りだ。
しかしお頭と呼ばれていたやつの姿がない。
どこへ行ったのだろうか。
すると椅子に腰掛けた賊二人は、何やら話し出した。
僕は怯えながら聞き耳をたてる。
「あーっ、もう、外套に血が付いたっすよ」
「ああ、そういえばナイフで手を切ったんだよね。馬鹿じゃないかしら」
「ヤッパ、裸猿は馬鹿なんすよ。けど雌の方は賢そうですね。言葉も口にしてたし、見た感じも身奇麗にしているし、ぱっと見可愛く見えるっすよ」
「確かにそうだね。裸猿の雌がこんなに綺麗だなんて癪に触るわね。あの屋敷では相当大事にされていたんでしょうね。しっかりと名前まで付けられていたようだし、バカじゃないかしら!」
「何怒ってるっすか? もしかして自分より可愛いから妬いてるっすか?」
「バカ! うるさいわね! なんでアタシが裸猿に対抗心出さなきゃいけないのよ! いくら可愛くても結局は裸猿は裸猿。アタシ達とは住む世界が違うのよ!」
「やっぱ怒ってるじゃないすか。そんなに悔しいっすか?」
「うっさいわよテッド! あんたも裸猿と同じくらいおバカなの?」
「おバカってなんすか、ジェラ! 怒るっすよ! あ、それよりも仕事中に名前を呼ぶのはダメっすよ! お頭から言われてるじゃないっすか」
「何よ! あんただってアタシの名前呼んだじゃない!」
「あ、そうだった……」
「大丈夫よ、雌はまだ気絶してるし、雄は怯えてオロオロしてるだけじゃない。それに雌は賢そうだからあれだけど、普通の裸猿は頭が悪いから、アタシ達の話なんか聞いてたって理解できるわけないじゃない」
「それもそうっすね……てか、その裸猿と比較しないで欲しいす! オレは裸猿より賢いっすよ!」
「あはははは、似たようなものよ」
「似てないっす!」
テッドとジェラね……顔と名前、この裸猿の僕がしっかりと覚えました。
「てかお頭遅いっすね?」
「アタシ達のお頭は用心深いからね。色々と情報を集めてるんでしょ? だから仕事の失敗も少ないのよ。黒猫窃盗団でブリングのお頭にかなう奴なんていないのよ」
「そうっすよね。腕っ節も強いし、頭も切れる。ブリングのお頭はオレの憧れの人っすからね!」
黒猫盗賊団、お頭の名はブリング。はい、この裸猿の僕、しっかりと覚えました。
うーん、こうもベラベラと話をしてくれるとは思わなかった。
余程裸猿はバカだと考えられているのだろう。警戒心も何もないよ。
その後も二人は雑談を続けている。
さて、ご主人様は僕の意図に気付いてくれただろうか。
早く見つけて欲しいな。
なぜかって? 結構左手が痛いんです。深く切れすぎてまだ血が止まってない。
一応手を握り締めてはいるけど、だんだんと力が抜けてくるし、血が足りなくなってきたのか、少しボーっとしてきた。
そういえば汗を流して、そのまま水分もとってないから、これはマズイかもしれない。
あ、なんか身体も少し冷たくなってきたような。
──あれ? ヤバイって! チョット、手当てぐらいしてよ! 虚弱な裸猿は簡単に死ぬかもしれないんだよ!
と言いたいが今は演技中だ、声をあげるわけにはいかない。
僕の意識は徐々に朦朧とし、そしていつの間にか意識を手放していた。
今までもピンチ続きだったが、ここにきて僕はこの異世界で最大のピンチを迎えるのだった。
助けてご主人様!
お読み頂きありがとうございます。




