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41話 攫われた? ★

「──‼︎」


 ミッチェルが何者かに襲われ、大怪我を負って裏庭で倒れている。

 息急き切って入ってきたメイドは、蒼褪めながらそんな報告をしたのだった。


 それには一同声も出ないほどに驚愕した。

 一体何があったというのだろうか。裏庭で訓練をしていて怪我を負うほどの何かがあったのだろうか。そう考えるがどうもうまく整理できない。

 メイドの話では何者かによって襲われた、と言っていた。そんな形跡が残っていたのだろうか。


「至急治癒師を呼んで来なさい! それと、タツヤとマロンはどうしていますか?」

「治癒師はすでに呼びに出ております。しかし、タツヤとマロンの姿がどこにも見当たりません。まさかとは思うのですが……」


 メイドは渋い表情で思わぬことを口にしようとする。


「余計な詮索はしないでちょうだい」

「は、はい、申し訳ございません……」


 私の叱責にメイドはビクリと身体を強張らせ謝る。

 よりにもよってタツヤ逹がミッチェルを襲ったと考えるとは、余りにも浅はかだ。


「まさか裸猿に襲われたのか?」

「お父様! それはあり得ません」


 父もミッチェルは、タツヤ逹に襲われて、タツヤ逹は逃げ出したのではないか? と、メイドと同じようなことを考えるに至ったようだ。確かに通常考えるのであれば、知能の低い裸猿が飼い主に牙を剥いた(牙らしきものはないが)と思うかもしれない。

 しかし私はそれを完全否定する。


「何故そう言い切れるのだい?」

「先ずミッチェルが警戒していないわけがありません。それに裸猿二匹如きにミッチェルが遅れをとるとお思いですか? 特にタツヤは雄でありながらおそらく今のキャンディーよりも非力です。マロンがいくら少し体力をつけているとはいえ、それでもミッチェルとは大きな力の差があります。それに知能も低い」


 ミッチェルとはかれこれ8年程の付き合いだ、私の教育係としてこの屋敷で雇い入れたのである。故に剣も魔法も非常に優秀なメイドなのだ。そのミッチェルがそう簡単にタツヤ達に後れを取ることなどあり得ない。


「だが不意を突かれては、いくらミッチェルでもやられるぐらいはするだろう」

「いいえありません。あのミッチェルがタツヤ達に不意打ちされるほど慢心するとお思いですか? それに最大の理由は、タツヤは絶対そんなことをする裸猿ではないということです。タツヤがしない以上、マロンも襲うことは絶対にあり得ません」

「何故だい? 何故裸猿をそこまで信用するんだい? ミルキー」


 父は身内に怪我人が出た以上、怪しいのは裸猿しかいないと考えているのだろう。


「タツヤは先日ハッキリと宣言しました。今自分が生きているのは、私が買ってくれたからだと。そして今時点で私に捨てられた場合、この世界で生きて行ける確率は、ほぼ0%に近いと試算して見せました。それがどういう意味かお分かりですか?」

「なに! そのタツヤという裸猿は、そんな計算まで出来るというのかい? 自分の今後を予測できる知能を持っていると?」

「はい、その通りです。タツヤは何通りかの予想を立てた上で、今時点でこの屋敷を出されたら、遅くとも数ヶ月で間違いなく死ぬと宣言しました。その予想方法を聞いた私は、どれも納得した次第です」


 この世界での裸猿の扱いをタツヤに話した結果、タツヤは自分なりに生存確率を試算して見せた。

 私でも今迄の裸猿は、すべて死なせてきている現実があるので、その計算方法は的を射ているというほかなかった。

 実際に他の人達の裸猿の扱いは酷い。珍しいからと購入したはいいが、ろくに餌も与えず、怯えたまま数日で命を落としてしまうのが現状だ。

 それに街の中から外へ逃げ出そうにも、そう簡単なことではない。すぐに兵士に捕まることだろう。


 仮に外へ出られたとしても、長くは生きられない、と、タツヤの言い分は至極真っ当だった。

 この世界に安全な食べ物は少ない。かなりの確率で毒を持った植物や動物がいる。そこに元々裸猿の記憶のないタツヤが、生きて行けるだけの餌を確保するなど困難だと、少ない経験から結論を導き出したのだ。

 私ですら一人で街の外で何日生きて行けるかと訊かれても、そう長い期間を答えることはできない。それだけ外には危険が待ち受けているのだ。

 だからタツヤは、この家、私の庇護下から当分の間離れることはない、と、宣言したのだ。

 当分の間というのは、それなりにこの世界の知識を身につけ、生きていくだけの諸々の力が備わった時。そう言っていた。

 だが今時点ではそんな時が来ても、私が主人としてタツヤを手放さない限りは、忠誠を誓うとも言ってくれたのだ。

 そこに嘘偽りはない。そう断言したい。

 しかし、それ以前にタツヤ逹の仕業ではない明確な証拠がある。


「それにもう一つ最大の理由は、タツヤ逹は隷属紋で縛られているのです。我が家の身内に危害を加えられるわけがありません」

「そうか、そうだなあ……」


 父も私の意見に納得した。

 隷属紋で我が家に関係する人達へ危害を加えようとするだけで、途轍もない苦痛に襲われることになる。その苦痛の中、ミッチェルに怪我を負わせるだけのことが可能か? と問われたら、不可能と答えるしかない。

 全身の筋肉が硬直し、身動きさえままならぬ、弱めの雷撃のようなものが見舞われるのだ。その状況でまともに動ける者など、この世には存在しない。いくら雷への耐性が強くとも、完璧に防ぐなど不可能なのだ。


 ちなみに雷への耐性を持つ者は非常に少ない。耐性を得るには雷を受けつづける事しかないので、初撃の雷で殆どが絶命するからだ。閑話休題。


「お姉様……それならば一体誰が……」


 キャンディーがそう言うや否や、テーブルが、──ドン! と叩かれ、まだ口をつけて間もないお茶がカップから溢れ出した。


「──くそう! やられました……もう既に手を回していたようですね……」


 ハイドが口惜しそうに呟く。


「ハイド様?」

「悠長にしている場合ではありませんでした……これは間違いなく父の息がかかっています」


 再度悔しそうにテーブルをドンと叩く。


「それよりもまだ連れ去られて間もないないと思います。何か痕跡が残っているかもしれません」

「そうね。お父様は街の門の閉鎖命令を出して下さい。街から出られたらそこでおしまいです」

「ミルキー、そう簡単に閉鎖といってもだな、色々と手続きが……」

「何をおっしゃっているのですか? お父様はこの街の領主ではないですか! 問答無用で命令できる権力を持っているのですよ? 今その権力を使わずしていつ使うのですか?」

「あ、う、そ、そうだなあ……でも、裸猿如きでそんな大それた命令を……」


 私の強い口調に、父は多少たじろぎながら小声で呟いた。


「お父様? 今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしますが、裸猿ごときに何ですか?そんな命令はできないのですか?」

「い、いやそうじゃない。ただ確証がまだ……」

「確証などあるではないですか! ミッチェルが怪我を負わされ、タツヤとマロンは攫われたのですよ? 立派な傷害、誘拐容疑、いえ、まだ公表できませんから裸猿の窃盗容疑ですかね。それで立件できます。それにタツヤは普通の裸猿とは全く違うのです。あの個体を失っては、きっと後々後悔することになります!」


 私がそう強く言うと、父は了解してくれた。すぐに執事達に命令を下す。

 執事達は一斉に部屋から飛び出していった。


 前世の記憶を持った裸猿など、この先まず現れない。

 それもこの世界とはまるっきり違う異世界の知識を保有しているのだ。下手をすれば国家間のバランスをも崩しかねない知識かもしれない。

 そんなタツヤをたんに裸猿だからといって、手を拱いて泣く泣く手放したくはない。

 もしかしたらこの国の宝以上に重要で有用な存在かもしれないのだ。


「いいですか、タツヤとマロンは必ず奪い返します!」

「はいお姉様!」

「わたくしも尽力致します!」


 キャンディーとハイドも真剣な表情で私の言葉に従った。

 父は私の決意が固いと見るや、色々と残ったメイドたちに指示を出し始める。

 この街、もとい我が家に忠誠心の厚い兵士をすぐに集めるように指示を出していた。

 こちらは父に任せておけば大丈夫だろうと踏んだ私達は、裏庭へと急いだ。



 裏庭に向かう扉の前で、ミッチェルが廊下に寝かされていた。

 あまり移動させるのも容態に悪いと判断した結果だろう。二人のメイドが心配そうに様子を窺っている。


「ミッチェルの容態はどうですか?」

「ハイ、命には別状ないと思われますが、おそらく肋骨が数本折れているようで、息苦しそうです……」

「そう……間もなく治癒師も到着するでしょう。到着したらすぐに癒しの魔法をかけてもらうように」

「ハイ、承知致しましたミルキーお嬢様!」


 命に別状なさそうで一安心だ。これでミッチェルに死なれでもしたら、私はどう償えばいいのか分からない。

 ハイドには悪いが、ゲイリッヒ家を恨むだけでは済ませない。報復まで考えてしまうことだろう。なおかつタツヤとマロンまで攫われているとなれば、もう私の我慢も限界に達してしまう。

 貴族? 侯爵? 上等じゃない! たかが肩書ひとつで何様だというのだろうか。同じ猫の獣人として、同じ血が流れ、同じものを食べて生きている。たかが肩書ひとつを引き継いだからといって、神にでもなったつもりなのだろうか? 

 人は皆、裸になればただの人でしかない。肩書が服を着て歩いている世など、間違っている。

 奢るのも大概にしろ!


 怒りが沸々と湧き上がってくるのを抑え込み、私達は裏庭へと足を運んだ。


「薄暗くなってきました。何か痕跡がないか急いで探してください」


 私の号令でキャンディーとハイドは裏庭を駆けまわる。

 手の空いたメイドと下働きも参加し、地面を隈なく探索した。

 すると、キャンディーが声を上げる。


「お姉様、こちらです!」


 その呼び声に一斉にみんなが駆け寄る。

 キャンディーの足元にはナイフが一本落ちていた。


「これは……ミッチェルのナイフですね」


 そのナイフはミッチェルの護身用のナイフだった。何度か見たことがあるし、我が家の家紋が刻印されているので見紛いようがない。


「そうなのですか? でもブレードに血痕が残っていますが……」


 ブレードの部分に真新しい血痕が付着している。固まってもいないので、そう時間が経過していない証拠だ。


「犯人の血痕でしょうか? それともミッチェル本人?」

「ミルキーお嬢様。僭越ながら、ミッチェルにはナイフや剣で斬られたような傷は、一切見当たりません。おそらく犯人のものではないかと愚考します」

「そう……」


 一人のメイドがミッチェルには斬られたような傷がないという。

 しかし、どこか腑に落ちない。

 ミッチェルほどの者が、ナイフで応戦しているのにも拘らず、そのミッチェルは切り傷が無く、ミッチェルは倒されている。

 犯人はミッチェルを打撃で倒すだけの力を持っており、ナイフすら脅威ではなかったと判断するしかない。

 ミッチェルのナイフには剣、若しくはナイフのようなもので受け止められたであろう幾筋もの傷がある。相手も刃物かなにかを持っていて、ミッチェルのナイフでの攻撃を捌いていた証拠だろう。

 そんな犯人が、ミッチェルのナイフで傷を負うことがあるだろうか?

 ないわけではないが、そうなるとミッチェルが刃物傷がないのが腑に落ちないのだ。

 どんな理由で刃物での攻撃をしなかったのか。そこが問題だ。


 ──若しかしたら!


 私はある状況を思い浮かべた。


「キャンディー! 先日タツヤとマロンの採血した血液のサンプルがありましたよね?」

「はい、お姉様……?」


 私の質問に、何を言わんとしているのか理解できないのか、キャンディーは悩んでいるようだ。


「魔力が少ないからどうかは分かりませんが、タツヤの血かどうかの判断はつくはずです。キャンディー、至急タツヤ達の血液のサンプルと測定器、それと魔力識別の魔導具も持ってきてください! 他の者たちは、小さな血痕でも構いません、周囲を探索してください!」

「ハイ、お姉様!」


 キャンディーを筆頭に全員が再度慌ただしく動き出す。

 暗くなってしまえば痕跡を探すのも困難になる。なるべく早く見つけ出す。それと時間的な余裕もない。犯人が遠くに移動しているのなら、その痕跡も辿ることは困難になるだろう。

 もし私の考えが正しいなら、タツヤはきっと……。



 夕闇迫る裏庭で、私達は必死に痕跡を探すのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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