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40話 帰宅すると ★

「それでは帰ろうかミルキー」


 と、父はニコニコと嬉しそうな笑顔でそう言いながら帰り支度を始めた。


 学校で母へ報告した後、私は役所に訪れた。父にもこの一件を報告し、口裏合わせをお願いしておかなければ、いつゲイリッヒ家の手の者が接触するとも限らないからだ。

 そうなる前に方向性だけでも伝えておかないと、と思っていたのだが、話が終わると、さっさと帰り支度をする父だった。


「お父様? まだ就業時間内でしてよ。お仕事も途中だったように思うのですが?」


 私が父の元に来た時に、父は必死に書類の山と格闘していた。

 領主の煩雑な仕事に追われ、蒼い顔をしながら書類に目を通して認印を押したり、不許可、再提出の棚に分けていたのだ。

 現に机の上にはまだ書類が山と積まれている。


「いいじゃないか。どうせ今日で終わる仕事量でもないし、せっかくミルキーと一緒に帰れるのだから、早く上がっても問題ないよ」


 父は爽やかな笑顔でそう言った。

 書類を整理していた時とは打って変わって血色も良い。

 問題ないとはいうが、この書類の量は問題を先送りすると言っているようなものだ。領主失格だ!


「お父様……それはご自分でご自分の首を絞めているようなものですよ? そもそも普段研究の事ばかり考えているからそういった仕事が貯まるのです。お仕事と研究、メリハリを付けなくてはいけませんよ」

「いやー、ミルキーは手厳しいねー、母さんソックリだ。でも今日くらいいいじゃないか。例の裸猿の件も最初見ただけで、最近は話でしか聞いていないし、パパも見ておきたいんだよ! それに最近発見された遺跡から発掘された遺物もミルキーに見せたいしね」


 研究者の顔をしてそんなことを言っているが、その実、「娘と一緒に帰りたいんだよ!」といった親バカぶりが透けて見える。私が母に似て来たのは否定しないが、父は家族に叱られることに生き甲斐を見出している節が窺える。愛情の裏返しとでも思っているのだろうか、とても嬉しそうだ。


 でも遺物には私も興味がある。

 この間父が王都で行われた領主会議の時、発掘報告を受けていたそうだ。それが今日になって届いたと言う話だ。実に興味深い。


「まあ仕方ありませんわね……今日だけですよ?」

「うんうん、分かっているよ! それじゃあ帰ろうか!」


 私が甘いことを言うと、そそくさと上着を羽織り、スキップしそうな勢いで扉に向かって行く。


「ねえミルキー、久しぶりにパパと手を繋ごうか!」

「嫌です!」


 間髪を入れずお断りすると、父はこの世の終わりのような表情でショボンと肩を落とした。


「ミルキーのいけず……昔は、パパー手を繋いで! って自分から言ってくれたじゃないか……」

「私はもうそんな年ではありません。お父様はもう少し世間体を考えてくださいまし」


 この年齢で父親と手を繋いで歩こうものなら、私がファザコンと勘違いされてしまう。まったく、いつまでも子供ではない、少しは体裁を考えて欲しいものだ。



 そして役所の外に出た。

 役所前は街の人たちの憩いの場として、広い公園のような作りになっている。

 噴水があり、希少な有機植物が植えられ、のんびりとできる緑化公園として人気が高い。


 父は普段馬車で自宅と役場を行き来するのだが、どうやら今日は馬車を使わないようだ。

 執事と御者に先に戻るように先ほど言っていた。少しでも長く娘と歩きたいからさ、と、親バカ丸出しの笑顔に、執事も御者も苦笑いをしていた。全く、恥ずかしいことはしないで欲しい。


 少し歩くとベンチに腰掛ける二人がいた。


「あ、お姉様! ……と、お父様、も……?」


 妹のキャンディーが私を見つけるなり立ち上がったが、ついでのように隣にいる父を目に止め、首を捻った。


「おーっ! キャンディーもパパと一緒に帰ってくれるのかい⁉︎」


 キャンディーを見つけた父は、俄然テンションが上がる。

 私は内心溜息をつく。


「いえ、お姉様と一緒に帰る予定です。お父様はお仕事にお戻りください」


 私と同様、キャンディーもすげなく父をあしらう。

 まあいつものことだ。


「いやーパパは幸せ者だよ。こうして二人の娘に愛されていて」


 いやいや、ちゃんと話を聞きなさい。

 キャンディーも鬱陶しく思っているよね? 過剰な愛情表現に辟易としているんだよ?

 けして愛していないわけじゃないけど、向けられる親バカ丸出しの愛情が鬱陶しくもあるんです。


「お父様、公の場所でそういった発言はお控えください。そういうことを言うなら、もうご一緒にご飯もだべてあげませんよ?」


 キャンディーの冷たい一言に、ノーゥ! と言いながら(orz)こんな格好で父は地面に頽れた。

 公の場で領主が取る行動ではない。


「お父様、お召し物が汚れてしまいます。それに領主たる者がそんな姿を領民に晒すのは如何なものかと考えますけど?」

「あ、ああ、そ、そうだね、ゴメンゴメン……」


 そう言いながら立ち上がり、パタパタと膝についた土埃を払う。


「ではミルキー、キャンディー、帰ろ……ん?」


 土埃を払い終え、再度表情をキリッとさせ前を向いてそう言う父は、キャンディーの後ろにいる人物に、ようやく気付いたようだ。


「はて、ボクに息子はいないはずだが……君は一体何者だい? ……ま、まさか! キャンディーを嫁にしたいという輩か! や、やらんぞ! どこの馬の骨とも分からぬような男に、うちのキャンディーは絶対に嫁にはやらん! それにまだ10歳のキャンディーを狙うとは、貴様ロリコンか! そんな変態には、たとえ適齢期になろうともキャンディーはやらんからな! 絶、対、に、だ‼︎」

「「お父様!」」

「──うぐふっ!」


 父のなんともいえない早合点に、私とキャンディーは同時に腹パンを見舞った。

 父は呻きながら、(orz)こーんな格好で再度地面へ膝をついた。


「お父様、失礼ですよ。ご挨拶もせずにいきなりハイド様に暴言を連ねるなんて」

「ぐふっ……なかなかいいパンチだ、二人とも。少し見ない間に成長しているようでパパも嬉しいぞ……ん? それよりも誰だと?」


 お腹を抑えながら立ち上がる父。

 そして私達の親子愛を遠い目で眺めていたハイドが、すすっ、と父の前に歩みでた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳御座いません、ブリューゲル卿。わたくしゲイリッヒ家次男、ハイド・ゲイリッヒと申します。以後お見知り置きを」

「あ、なんと! ゲイリッヒ卿のご子息のハイド様でおいででしたか。これは大変失礼を致しました」

「いいえ、爵位を持っているのは父であって、わたくしでは御座いません。一介の学生の身ですので、様はご容赦ください。それに学校の理事でもあらせられますブリューゲル卿の方が、今のわたくしよりも立場が上で御座います。学生だと思って接していただければ幸いにございます」

「そういうわけにもいきますまい。ここは学内ではございません。侯爵家のご子息を蔑ろにしては、我が家の品位が疑われてしまいます。何卒ご容赦を」


 いやいや、まあまあ、そういうわけには、いいえ、などと押し問答をしている。


「もう、お二人共、それではいつまでたっても帰れませんよ? 他人目がある時はそれなりに、他人目のない時は無礼講で良いではございませんか? 同じ秘密を分かち合っている間柄ですから、他人行儀もほどほどが良いでしょうし」


 きりがないので私が仲裁した。


「なんと、ハイド様は例の件をご存知なのですか?」

「はい、わたくしは父や兄とは違い、常にミルキー様の研究の理解者でありたいと考えております。ですので、わたくしもミルキー様とご一緒にわたくしの家族と戦う所存です」

「そうでしたか。敵の身内に味方がいるなど、これは頼もしい。おっと! 申し訳ございません。敵とは言いすぎでした」

「いえ、良いのです。ご配慮痛み入ります。ですが、家族はわたくしにとっても敵のようなものなのです。ですからお気になさらないでください」

「そ、そうでしたか……」


 父は胡乱な表情でハイドの言葉を受け止めた。


 きっと父は、自分の二人の娘に、そんな「私達にとってもお父様は敵よ!」などと言われたら、立ち直れない自信があるからだろう。きっと自殺するわね……。

 血を分けた家族にそんなことを言わせるような、ハイドの家庭環境を不憫に感じているのかもしれない。


「お父様、ハイド様にもタツヤ逹を紹介するとお約束しているのです。ですからここで長々とお話しているよりも、まずは帰りましょう」

「う、ああ、そうだね。帰ろうか」


 なんかどっと疲れてしまった。余計なことをしなければ、もうとっくに帰宅していただろう時間帯だ。タイランも暮れかかり、薄暗くなってきた。


 こうして私達は家路へと就くのだった。



「戻ったぞ」

「ただいま戻りました」

「ただいま」

「おかえりなさなさいませ、旦那様、お嬢様」


 家に戻ると、執事やメイドが揃って私達を出迎えてくれた。

 こうして揃って帰宅するなど、最近はなかったので珍しい光景でもある。


「お客様をお連れしているの。客間の準備をお願い」

「お邪魔致します。いえ、ミルキー様、そんなお気遣いはなさらなくても結構です。今回はわたくしの我儘で寄せてもらっているのですから」

「いいえ、客人は客人として持て成すのが貴族としての流儀ですから、いちおう持て成されて下さいな。その後は研究者として和気藹々と致しましょう」

「そうですか……ならば、いちおう形式だけでも……」


 ハイドは済まなそうに従った。

 メイドがせわしなく動き始める。

 そしてふと違和感に気づく。

 いつもは必ず出迎えてくれるはずの、私の筆頭メイドのミッチェルの姿が見当たらない。


「あら? ミッチェルはどうしたのかしら?」


 近くにいたメイドに訊いてみた。


「はい、ミッチェルはタツヤとマロンを連れ、裏庭で訓練をして来ると申しておりましたが、それにしては遅いですね。もう暗くなってきましたのに……」

「随分と張り切っているみたいですね?」


 私が昼に戻らなかったので、午前の訓練を昼からも継続しているのだろう。

 マロンはともかく、タツヤが全く成長しないことに、ミッチェルはイラついている感じだったからね。

 それにしてもこんなに遅くまで訓練なんてがんばりすぎだろう。ミッチェルの鬼のしごきで、タツヤが壊れてしまうかもしれない。


「ねえ、ミッチェルを呼んできて下さいな。訓練のし過ぎもあまり良くないですし、これからお客様へ御紹介したいので、身を清めて来るようにとも伝えて下さい」

「はい、畏まりました」


 メイドはパタパタと急ぎ気味にミッチェルを呼びに行った。


 客間にハイドを通し、私達も一緒にミッチェルが来るまでお茶と雑談を交わしていると、先ほどミッチェルを呼びに行かせたメイドが血相を変えて客間に飛び込んできた。


「ミルキーお嬢様!」


 お客様がいるのにもかかわらず、ノックも何もなく慌ただしく部屋に入って来るなど、行儀作法がなってないメイドだこと……などと考える暇もなかった。

 メイドの様子で、ひと目でなにか重大なことが起こったと悟ったからだ。


「どうしたのですか⁉︎」

「み、ミッチェルが、ミッチェルが、裏庭で何者かによって大怪我を負わされておりました!」

「──‼︎」



 客間の全員が息を飲んだ。


お読み頂きありがとうございます。

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