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39話 ヤバい奴等闖入

 今日は昼になってもご主人様が帰ってこなかったので、お昼ご飯(餌)を食べた後、ご主人様が戻るまで、またミッチェル様の鬼の訓練が実施されることとなった。


 ミッチェル様は、どうしても不甲斐ない僕を鍛えたいらしく、午後からの訓練はそれこそ鬼の形相で怖いくらいにしごかれた。

 マジできつかった。腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット、懸垂、ランニング、ダッシュ、諸々をワンセットにして、何度も繰り返す。


「ゼエゼエゼエ……」


 夕方になる頃には、僕はボロ雑巾のようにぼろぼろで、声もだせない状態だった。

 マジで勘弁してほしい。腕立て伏せなんか2回もできないほど疲弊している。ふくらはぎや太腿、腹筋まで攣り、激痛に顔を歪める。

 腹筋なんてはじめて攣った。痛くて息ができないほどだ。

 汗も大量に流したので、塩分やミネラル不足で筋肉が痙攣を起こしているのだろう。


「があああっ……」

「はぁ〜……タツヤは雄の癖に全く進歩が見られませんね……マロンの成長は目を見張るものがあるのですけど……」

「ターチャ! ターチャ!」


 呆れた様子でため息を吐きながらミッチェル様は、痛がりのたうつ僕を軽くディスる。

 その隣でマロンは涼しい顔で僕の名を叫んでいた。同じメニューを僕よりも断然多い回数こなしているにしては元気溌剌だ。僕が軟弱なだけなのだろうけど……。


「ふう……今日はここまでにしましょうか」


 ミッチェル様は今日の訓練を終えるといった。そろそろタイラン(太陽)が傾き始め、空も赤らんできた。

 ぜひそうしていただければありがたいです! そう言いたいが声も出ないほど両足と腹筋が痛い。ぶっ続けでいじめられた僕の筋肉は、盛大に悲鳴を上げ続けている。ついでに僕も悲鳴を上げたいが、筋肉の痛みに、ぐうううと呻くだけでハッキリとした声も出ない。

 くそう、どうしてご主人様は帰って来ないのだろうか。昼からはご主人様の研究の相手をすればいいと考えていたのに、とんだ拷問を受けた気分だ。

 研究ならばこんなにも体力を使うことはない。魔道具を使って身体を調べたりするだけなので、疲れることもない。多少チクリとしたり魔力を吸われて妙な気分になることはあるが、ミッチェル様の鬼のしごきに比べれば、天国と地獄の差がある。

 地獄の鬼がこんなに綺麗な女性ならいいかもしれないが、実害を被っている僕にとっては閻魔様に匹敵する怖さがある。少しは手加減をしてほしいものだ……。

 裸猿は虚弱なんだよ? もう少し手加減してください! と言いたかったが、腹筋が攣り声も出せなかった。


「かはっ……ぐはっ……うはっ……」


 痙攣する両足と腹筋を抑え、伸びたり縮んだりしながら地面をのたうつ僕。一番苦痛が和らぐ体勢を探しながら、筋肉の痙攣が治まるのを待つ。


「ターチャ、いた、い、だいじょ、び、?」


 僕が長々とうめき声とともに痛がっていると、マロンも心配になってきたのか、覚えたての言葉を口にしながら頭を撫でてくる。

 痛いのは頭ではないけどね。


 僕は声が出せず、あう、あうと唸るだけだった。


 すると、突然裏庭に3名のお客様が現れた。


「──何者です‼︎」

「……」



 ミッチェル様がいきなり現れた3人のお客さんへ、強い口調で問い質す。

 しかし3人は答えようともしない。

 ミッチェル様が何者と詰問する以上、3人はお客様ではないらしい。侵入してきた経路も林側からなので、無断で押し入ってきたのだと判断する。

 3人は揃いの黒の外套を身に纏い、頭まですっぽりとフードを被っている。そして口元を黒色の布のようなもので覆い、人相が分からないようにしている。猫族かどうかも分からない。(フードに三角が二つあるから耳なのだろうと思うが、犬族かもしれないし判断できない)


 怪しい。怪しさ満点だ。不審な賊が押し入ってきたようである。

 とはいえ僕は両足と腹筋が攣ってそれどころではない。


「答えなさい。ここがこの街の領主、ブリューゲル男爵様の屋敷と知っての狼藉ですか?」

「……」


 ミッチェル様が再度問い質すが、3人は依然として無言に徹する。

 しかしその内の一人が、ずいっと一歩前に出てきた。そして野太い声で語り出す。


「その裸猿をおとなしく引き渡せ。抵抗するのなら容赦はしない」

「引き渡せとはまた穏やかではありませんね。そのご様子ではミルキーお嬢様や旦那様の許可など、もとより取っていないのでしょう。ミルキー様の筆頭メイドのわたくしがそれを許容するとお思いですか?」

「ならば力尽くで引き渡してもらうまで」


 すっ、と持ち上げた両手には、既にナイフのようなものが握られていた。

 いつの間に握ったのか分からなかった。それも当然だ、両足と腹筋が痛いのでそれどころではない。


 話していた黒ずくめの男(声で判断)は、もう話は終わったとばかりに、後ろにいる二人に顎で合図を送る。すると二人も意を得たように、無言で行動に移る。


「タツヤ、マロン! 屋敷に逃げなさい‼︎」


 僕達とこちらに向かってきた黒ずくめ二人の間に移動しながら、ミッチェル様は背中越しにそう言った。

 しかし、残念ながら僕は両足と腹筋が攣っていて、すぐに動ける体勢ではない。それにまだ言葉も理解していないマロンは、ミッチェル様の言っている意味すら理解できずに、僕の頭を撫でながらボーっとその様子を眺めている。


「ふぐぅ……」

「ターチャ! いた、い?」


 マロンだけでも逃がそうと声を出そうとするが、痛みで声も出ない。

 マロンが心配そうに声をかけてくれるが、そうじゃない。早く逃げなさい。そう言いたいのだ。


 しかしそのやりとりを見ていた賊は、意外にもすぐには行動を起こさなかった。


「ふっ、やはり噂は真実だったのか。言葉らしきものを口にする裸猿がいるとは、信じられない話だったが事実なようだな」

「どうしやすか? 雌は喋るようですが、雄は普通の裸猿っぽいっすね」

「ふむ、依頼主には言葉らしきものを話す裸猿と言われていたが、念のためだ。両方攫え」

「了解しやした!」


 なにやら仲間内で話しているが、どこか誤解しているようだ。

 おそらくこの賊は僕を攫いにきたと考えられる。言葉を話す裸猿と言っているから間違いないだろう。

 しかし僕は今、痛みで声も出せないほどの状態で、その代わりマロンが覚えたての言葉を口にしてしまった。賊はマロンが言葉を話す裸猿と誤解してしまったのだろう。


「させません‼︎」


 賊二人が動ことしたところ、ミッチェル様がそう言いながら賊に襲いかかる。


「おっと! 危ないっす!」

「なかなかやるね、このメイド」


 ミッチェル様の攻撃を難なく躱す二人。

 ミッチェル様の動きは非常に早かった。初めてミッチェル様のそんな姿を見たが、それなりに鍛えているような、洗練された動きだ。いつの間にかナイフも持っているし、それを構える姿は堂に入っている。

 しかしその見事な攻撃を簡単に躱すとは、この賊の二人もそれなりに強いということだろう。

 どうやら三人の内、一人は声からいって女性のようだ。


 しかしいくらミッチェル様が強いからといっても、3対1では分が悪い。僕達を入れて3対3だが、両足と腹筋が攣っている僕は、へなちょこ以上に使い物ならない。かといって元気だったとしても非力な僕では勝ち目もなにもない。マイナス要員にしかならない超へなちょこぶりなのだ。

 マロンも同様だろう。僕よりも体力はあるが、今は体を鍛えているだけで戦闘の訓練すらまだ受けていない。そんな状態では戦力にもならない。それに今なにが起きているのかさえあまりよく理解していない様子だ。

 ミッチェル様だけでこの状況を乗り切れるのか?

 囲まれたら危険だ。こちらに向かってくる二人よりも、最初に話していた野太い声の男の方が、リーダー格ぽいし、断然強そうだ。


「いい、そいつは俺が相手しよう。お前らは裸猿を攫え」

「了解っす!」

「了解」

「チッ!」


 リーダー格らしい男がミッチェル様の前に立ちはだかる。ミッチェル様は舌打ちをして相手を睨む。

 二人が男の命令を受けると、サッと両側に素早く展開した。ミッチェル様は動けない。

 どちらに動こうとも、リーダー格の男がその行動を阻止してくる。そう踏んだに違いない。


「じっくりと対戦したいところだが、そう長居する気は無い。さっさと終わらせる」

「くっ……それはこちらのセリフです!」

「殺しを依頼されている訳じゃないんだが……まあ、メイド如き殺したところで何の問題もないが、上級貴族に余計な怨みを買うのだけは感心しない。命拾いしたなメイド」

「くっ! 戦う前から余裕ですね!」

「戦うまでもない。お前では俺に勝てない。それだけだ」

「黙りなさい!」


 そう言うや否やミッチェル様は地面を蹴った。


「ねえ、この芋虫みたいに蠢いてる雄は何なの?」

「さあ、何すかね? 気持ち悪い動きしてるっすね」


 ミッチェル様に気をとられていたら、他の二人の賊が、目の前に立っていた。


「ぐぅ……」

「ターチャ……」


 僕は痛みで声も出せない。マロンは不審な姿の二人に挟まれ怯え始め、僕にすがりつく。

 だがたとえ声が出せたとしても、今のマロンに、屋敷に逃げて応援を頼んで来るんだ、と言っても、そもそもそんな高度な行動はまだマロンには無理だと分かっている。


「へーこの雄は、ターちゃんていうのか。裸猿に名前まで付けるなんて、お貴族様は優雅なものね」


 なんだよターちゃんって……ジャングルの帝王みたいだな!


「そういうのはいいっすから、早いとこ仕事しちゃいやしょうぜ」

「そうね。あんたは雌を縛りなさい。アタシはこの雄を縛るわ」


 そういうと女の賊は足の裏で僕を蹴り転がす。


「うぐっ……」


 ──うぁ! やめて! 動かさないで! せっかくもう少しで痙攣が治りそうだったのに!


 うぐぅぅぅ、と呻き声を出すしかできない。マジで痛すぎる!


「ヤー! ターチャ、さわる、ない!」

「おっと、あんたはそっちじゃないっす!」


 その様子を見たマロンは、僕が乱暴されていると思ったのか、声を荒げて再度僕の方にこようとしたが、もう一人の男の賊に取り押さえられた。


「ターチャ! うー、うーっ!」

「おっと! 意外と裸猿って力あるっすね〜」

「な訳ないでしょ。裸猿は貧弱なものよ。気のせいよ」

「そ、そうっすかね? まあそうかもしれいっすね……」

「てよりもあんたが力ないんじゃないの?」

「いや、それはないっすよ! これでも毎日鍛えてるんすから」


 僕の名前を叫びながら暴れるマロンに、驚きながら抑える男の賊。


「こっちはおとなしそうだから、そっちをまずは縛り上げちゃおう」

「助かるっす」


 暴れるマロンに手を焼いている男を見兼ね、女の賊も加勢する。

 僕といえば未だに両足と腹筋が攣って思うように動けない。それを安心材料と女の賊は考えたのだろう。


「ターチャ! ターチャ! うーうーっ!」

「喧しい! この雌猿が!」

「ぐ……」


 ボコっと女の賊の拳がマロンの腹に突き刺さる。容赦がない。

 マロンはそのまま気を失ってしまった。ヤバイ、これはマジでヤバいやつじゃないか!


 ──おいおい、シャレにならんぞ……。


 とはいえ、シャレでも何でもない。現に僕等二人は、この三人組に攫われようとしているのだから。

 これはマズい。どう考えても勝てる気がしないし、逃げ出すこともできなさそうだ。


「ほら、あんたは足を縛りなさい」

「了解っす」


 二人はロープを手にマロンを縛ろうとしている。マロンは昏倒して微動だにしない。

 死んでいない事を祈る。


 そうこうしていると、僕が寝転がっている地面のすぐ前に、ドサッ、何かが飛んで来た。


 ──えっ? ミッチェル様⁉


 それはミッチェル様だった。


「ふん、多少は心得があるようだが、まだまだだったな……」


 少し遠くからそんな声が聞こえた。

 蹴り飛ばされたのかどうかは分からないが、少し離れたところに例の賊の男が立っている。表情は分からないが涼し気に立っている。

 あんな場所からここまで人が飛んでくるものなのか? 優に10メートルぐらいはある。前世で人間がこんなに飛ばされるなど、車に轢かれた時ぐらいしかない。(人が車に轢かれるところを間近で見たことがないが)


 ──おいおい、化け物か? 僕の貧弱な体力と比べれば、化け物で間違いないだろう。


 ミッチェル様はマロン同様地面に倒れて動こうともしない。気を失っているのか? 若しくは死んでいる?

 さーっと血の気が引いてゆく。


 どうすればいい? この窮地を脱する方法は何かないか?

 瞳だけで周りを見渡すが、屋敷はちょっと遠いいし応援が来てくれる可能性は低い。

 かといってミッチェル様とマロンは既に気を失っているので、ここにいるのは僕一人。

 その僕は両足と腹筋が攣って身動きすらままならない。マジで使えない奴だ。


 これはもうどうする事もできない。このまま抵抗しても、ただ悪戯に痛め付けられて怪我を負うこと必至だ。ここはおとなしく攫われた方が、マロンの為にもなる。

 後はご主人様が助けてくれるのを待つしかない。しかし攫われた僕達を助け出すことができるだろうか。どこか知らない場所にでも連れていかれたら、僕だってこの街の事が分からない。知らせるにも方法もなにもない状況で、どうすればいいだろうか。

 何かいい考えはないか?


 そう考えた時僕の目にある物が映った。


 ──ちくしょう……一か八かだ!


 僕は両足と腹筋が攣って歩けないが、腕だけはまだ少し動かせる。

 匍匐前進の要領で少し移動し、目に付いたものを左手で握った。


 ──つつつっ……!


「あれれ? やっぱこいつ裸猿だよ。ナイフの握り方すら分かんないのかね? あはは」


 その行動を見た女の賊は、僕を蔑むように笑った。

 そう、僕が左手で握ったのはミッチェル様の使っていたナイフ。それもブレードの方だ。


「反撃するなら柄を握りなさいよ。刃の方を握ったら手が切れるでしょうに。ばっかじゃないの? あははははっ!」

「別に反撃しようと考えたわけじゃないっすよ。ただ目の前にあったから触っただけっしょ?」

「確かにそうね。裸猿が武器を使うなんておかしいものね」


 ゆっくりと近付いてきた女の賊は、僕の手からミッチェル様のナイフを取り上げた。すっ、と引かれた瞬間、掌に刃が滑る。


 ──うっ! 


 その痛みで掌が深く切れたことを認識した。

 ぬるぬるとした感触が掌にはある。血が流れ出た証拠だ。


「ほら切れちゃった。あはははっ!」


 女の賊は、高らかに笑った。


「いいから早くしろ!」

「は、はい! お頭」


 愉悦に浸っていた女の賊に向かって、野太い声が叱責した。

 やはりあの男がリーダー格で間違いない。お頭らしい。


 僕はこのまま怯えたふりをした。

 抵抗するとマロンのように容赦なく気絶させられるかもしれない。

 多分賊はマロンの方が珍しい裸猿と勘違いしている節がある。それを逆手に利用してやることにしよう。


 僕は怯えたふりをして、おとなしく縛られた。



 そして僕とマロンは、賊に攫われたのだった。

 ミッチェル様の無事を確認できなかったことが心残りだった。死んでいないよね?


お読み頂きありがとうございます。('◇')ゞ

レビュー絶賛受付中です! よろしくお願いします(●´ω`●)

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