38話 噂 ★
妹のキャンディーが口を滑らせたおかげで、噂が噂を呼ぶようになった。
キャンディーが友達に話した翌日、実は、あれは私の誇大妄想が生んだ嘘だと弁明してきなさい、と、言たところ。時既に遅かった。
キャンディーの教室は勿論、一期生はその噂でもちきりだったらしい。
キャンディーがいくら弁明しても、噂は広まる一方。歯止めは利かなかった。
そして一週間たった今、その噂は学校中に蔓延していた。
そして私達3人は、対策のために学内の研究室で顔を突き合わせている。3人とは、私とキャンディー、それにハイドである。
「噂とは恐ろしいものですね……」
ハイドがしみじみと呟く。
「ええ、これほど荒唐無稽な話が作られるとは……」
「お姉様どういたしましょうか……?」
キャンディーが泣きそうな顔で項垂れる。
言葉を話す裸猿から、なぜか裸猿がこの世界を支配する準備を始めている、といった訳の分からない話にまで飛躍している。
どこで歪曲されてしまったのかは定かではないが、徐々に噂が独り歩きし、伝わる度に脚色され誇大な話になっていったのだろう。
「でもここまで来ると、誰も信じないでしょう」
「そうですね。面白半分で吹聴している者もいるみたいですから、放っておいてもその内噂自体が廃れていきそうですが……」
噂自体は心配するほどのものではないとハイドは言うが、やはりバーンの動向が気になるようだ。
「妹のアーデルを止められなかったのは痛いです。この間のお休みの日に、兄と妹が実家に帰省しました。そこでおそらく父にもその話が伝わっているかと思われます」
ハイドの実家は隣の領地である。首都はこの街よりも大きな街で、規模は3倍ほどだろうか。
ハイド達が学校に通うために、ゲイリッヒ家の別宅がこの街にあり、普段はそこから通っているのだ。休みの日にはバーンとアーデルはよく帰省するらしい。
ハイドはほぼ帰らないそうだ。休みの日も学校で研究や勉強をしているらしい。
「ふぅ……困りましたね……」
こうなると、バーンだけの話ではなくなる。
おそらく家同士の話に発展するかもしれない。この前までは、ゲイリッヒ侯爵も父に探りを入れていただけだろうし、噂程度なら誤魔化し切れると思っていた。
しかしキャンディーが直接友達に話していたことを、ゲイリッヒ家のアーデルに聞かれているのであれば、噂はより真実に近付く。
どうしたものか。
「とりあえずは、なにを訊かれてもあれは嘘ですと言った方が、良いでしょうか?」
キャンディーが困り果てた顔でそういう。
「うーん、知らぬ存ぜぬ、で通した方がいいのかもしれませんね……」
「いえ、それでは余計真実味を帯びます。何かを隠していると疑われることでしょう」
確かにハイドの意見には一理ある。
噂の出所がキャンディーと分かっているのに、今更とぼけてみても、余計隠し事をしている様にしか映らない。
「それもそうね……では、こうしましょう!」
「何でしょうかお姉様?」
「ミルキー様?」
私はポンと手を打ち宣言する。
「裸猿は言葉を話すことはない。あれは冗談だったと貫きます。そしてその裸猿はもう死んでしまった。訊かれたらそう答えるようにしましょう」
「なんか無理押しのような気もしますが、それで大丈夫ですか? お姉様……」
「ですね……それでは兄は納得しないかもしれませんね……」
「いえ、もともと裸猿は虚弱ですし、死んだといっても無理はないでしょう。それに言葉を話していたというのも、唸り声を聞き間違えただけ。そう言い張れば誰も疑いませんよ。話していた証拠もなにもないんです、死んでしまってはどうする事もできないでしょうから」
「確かに……わたくしもまだその裸猿を見ていませんから、今でも信じられない部分があります。死んだと言われたら諦めるしかないでしょうね……」
以前の裸猿のように学校の研究所まで、毎日下働きに頼んで連れて来ていたわけじゃない。自宅で密かに研究している分には、誰にも見つかっていないはずだ。
現にエインリッヒ先生には、裸猿は死んだと仄めかして誤魔化しているのだ。何を聞かれても死んだと言い張ればいい。今の所我が家から出て目撃されているわけでもないのだから、誤魔化し切れるはずだ。
「先ずはその方針で行きましょう。お母様とお父様には私から説明して口裏を合わせていただきます」
「では、わたくしは兄と妹の動向を観察しながら、そんな話を小耳に挟んだ、とそれとなく話してみますね」
「よろしくお願いします」
「お姉様、わたしは何をすればよろしいですか?」
「あなたは最初にお話したお友達に、ちゃんと説明なさい。そこからまた裸猿が死んだという噂が流れることを期待しましょう」
「分かりました」
これで噂自体が薄れたら良いのだが、それでもあのバーンが諦めるかどうか疑問である。
そもそも、この間の私の態度が気に入らないようだから、何かと嫌がらせをしてきそうな気がする。そこでまだ裸猿が生きていると知ったら、それこそ手段を択ばずに奪いに来るかもしれない。
根回しは必要だ。
「では私はこれからお母様に報告してきます。お二人も各々動いて下さいな」
ハイドとキャンディーは真剣な表情で頷いた。
「ミルキー様。それと今お願いするのも不躾だと思うのですが……」
私が席を立とうとすると、ハイドがおずおずと何か願い事があるのか、恐縮しながら口を開いた。
「何でしょうか? ハイド様には今回の件でご迷惑をかけておりますので、私に出来る範囲であれば、お聞きいたしますが」
「はい、できればその裸猿を一度拝見したいと思いまして。いえ、今日とかそういった急な話ではございません。この件が落ち着いてからで結構ですので……」
どうやらハイドは裸猿に興味を持っているようだ。
でもなんで少し顔を赤らめているのかが分からない。裸猿になにか思う所があるのだろうか? まさか雌の裸猿、マロンに興味を持っているとか?
ゲイリッヒ侯爵の子供だから、そんな好事家の血を受け継いでいるとか? いや、彼にそんな悪趣味な性癖はないと思う。たんに研究の一環として興味を持っているのだろうと考えることにした。
「そうですね。同じ秘密を共有する仲間ですから、ハイド様もご覧になった方がいいかもしれませんね」
「よ、よろしいのですか⁉」
「ええ、構いませんよ。では私はこれからお母様の所に寄って、それから今日お父様は公務で役所にいますのでそこに向かいます。夕刻には話も終わると思いますから、役所で待ち合わせましょうか?」
「えっ? 今日拝見させて頂けるのですか?」
「ええ、早い方がいいでしょう。今は問題なくとも、本当に裸猿は虚弱でいつ死んでもおかしくないのですから」
「ありがとうございます! 是非伺わせていただきます!」
「キャンディー、ハイド様をお連れしてくださいな。一緒に役所で待ち合わせましょう」
「はいお姉様」
急遽ハイドにタツヤとマロンを紹介することになってしまったが、まあこれはこれでいいだろう。
ハイドにも骨を折ってもらっている事だし、研究者として一度は見ておきたい珍しい裸猿ですからね。
こうして私達は一度解散した。
ああ、午前中で雑事を済ませようとしたのだが、少し時間がかかりそうである。
昼には帰ってタツヤたちの研究をしたかったのだが、後回しになりそうだ。
まあ仕方ない。これもタツヤたちが奪われないようにするためとあらば、行動しておくに越したことはないのだ。心置きなく研究できるような環境をつくるのも私の役目なのだから。
研究室を後にして、私は母に報告と口裏合わせをお願いするために、校長室へと向かうのだった。
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