37話 やっぱりマイナス補正?
「1、2、3、、、、、8、9……」
ミッチェル様の掛け声で腕立て伏せをしている僕は、8回目で生まれたての子鹿のように腕をプルプルさせ、上体を持ち上げることができなくなった。
「タツヤ! どうしたのですか! まだまだこれからですよ⁉︎」
「ブヘッ……」
ミッチェル様の叱責が飛んでくるが、僕のプルプル震える腕は、自分の体重すら支えられなくなり地面に潰れてしまう。
「はぁ……全く情けない……少しはマロンを見習いなさい!」
隣で掛け声も何もなくてもせっせと腕立て伏せを繰り返すマロンを引き合いに、ミッチェル様は溜息交じりに小刻みに首を振る。
マロンはすでに30回を超える往復運動を平気な顔で続けていた。少しは加減してほしいものだ。
「はぁはぁ……申し訳ありません。しかしながらミッチェル様。僕も全力なのです。けして手を抜いているわけではございません」
息を切らしながらそう訴えるが、ミッチェル様の表情は厳しい。
「雌よりも体力がないとは、雄として恥ずかしくはないのですか?」
「ぐっ……」
ミッチェル様は容赦ない。それを言われてしまうと立つ瀬がない。
そんなマロンは息を切らすこともなく腕立て伏せを続けながら、涼しい笑顔で僕を見ている。
勘弁してくれ……。
しかし前世のオタクの鈍った体でも20回ぐらいはできたと思うが、若い身体のくせにここまで体力がないのか……。
先が思いやられる。
というわけで、午前中のミッチェル様の鬼のしごきが始まって早一週間が過ぎた。
ご主人様はここのところ、午前中は学校に登校し、お昼に帰ってくる。時には夜まで戻らないことがあるので、何かと忙しいのかもしれない。
ミッチェル様の鬼の訓練は、研究室ではなく、雨が降らない限りは屋敷の裏庭で行われている。
屋敷の敷地も広く裏庭も非常に広い。裏庭の先は林のようになっており、他の建物もないし、人の往来もない。表側にもここよりも広い庭があるのだが、そこを使うことはない。きっと裸猿は珍しい為、目立たない場所として裏庭を選択したのだと考えられる。
さて、一週間も経ったら少しは体力も向上したとお思いだろう。
しかしながら、そうすぐには結果などでない。メキメキとゲームのように、目に見えて力が増えるのならヤル気も出るのだが、そう現実は甘くない。
腕立て伏せでいえば、初日10回はできたのだが、次の日は3回でダウン。まあ筋肉痛が主な原因だとは思うが、余りにも軟弱だ。その後は筋肉痛もなくなってきたのだが、今日になってもまだ全力で8回しかできない体たらく。腹筋も同じくだ。
本当に体力が付いているのかさえ怪しいものだ。全く成長の兆しが見られない。
しかし僕の不甲斐ない体力とは裏腹に、マロンは地道に体力を付けている。
初日は腕立て伏せを20回しか(この時点で僕よりも多い回数なので、しか、という表現は間違いだろう)できなかったのだが、今日になってみれば、100回近くできるようになっている。
おかしくね? 僕が未だマイナス成長なのに、なんで5倍もの成長を見せるのだろうか。
ミッチェル様が言うように、本当に男のくせに情けなくなってくる。
キャンディーお嬢様曰く、
『おそらく、そもそも基礎体力時点で神の補正が効いているのであれば、単純に筋肉が増えれば『力』プラス『補正』分が上乗せされると考えているの。と言うことは、タッ君の神の補正は、極限まで小さい可能性があり、単純な筋肉の力にすぎないのかもしれない。マロンちゃんは筋肉が少し増えるだけで補正も加わるので、力も上がるのが早いかもしれないわね』
と言っていた。
納得できない。神の補正とやらも僕を見放しているのだろうか。天は我々を見放した! とかなんとか古い映画で言っていたような気がするが、まったく僕に当てはまるようだよ……。
そもそも神の補正はどうやって獲得するのか。基本的な鍛錬でも増えるのか、それとも魔物とかモンスターなんかを倒したら増えるのか、それとも神にでも祈りでも捧げればよいのか、未だによく分かっていないらしい。
経験値的な何かがあるのか、スキル的な何かがあるのか、それとも信仰心的なものが作用するのか、キャンディーお嬢様も未だに多くは分かっていないそうだ。だから研究している、と言う話だった。
とりあえずは基礎体力を上げれば、それに応じて筋肉が付き、力の底上げにはなるので無駄ではないらしい。
しかし神の補正とやらが有効に作用している者と、そうでない者の差が歴然としている。このままムキムキマッチョになるまで鍛えたとしても、女の子らしいぽっちゃりとした細腕の筋肉にすら負け兼ねない。既に似たような体格の女の子のマロンに負けている時点で、神の補正に格差がある。甚だ理不尽だ!
これは早い所神の補正とやらをランクアップさせなければ、いつまで経ってもマロンに追いつけそうにない。そう思う今日この頃だった。
やってやる、僕は絶対にやってやるんだ。
このまま最底辺まっしぐらな異世界人生なんて悲し過ぎるじゃないか!
「よーし、次は腹筋です!」
「はい! 教官!」
「あーぃ‼」
こして鬼教官ミッチェル様のしごきは、お昼の餌の時間まで続くのです……。
絶対に諦めない! そう決めたんだ!
そう闘志だけは燃えるが、身体がついてゆかない。
腹筋も8回止まりで上体を起こせなくなりました。
完全に不完全燃焼です……。
それはそうと、訓練のために屋敷の外に出た僕は、奇妙な光景を目の当たりにした。
ここにくるまでに谷底や森の中、堆肥置き場の中、檻の中、と空をまともに見る機会が少なかった、いや空を見る余裕すらなかったから気付かなかっただけだろう。
空があまり青くない。ほぼ白に近い青だった。
最初は曇っているのかな? と思ったが、太陽、こちらで言うところのタイランというらしいが、そのタイランがしっかり輝いていた。
だがそれは薄い雲のフィルター越しに光っているような感じで、常に暈が掛かっている。たまに虹色の暈(ハロ現象)が二つもかかっていたりする。夕方は空が全体的に真っ赤に染まる。
ミッチェル様に今日は曇っていますね、と言ったところ「良い天気ではないですか」と返されてびっくりした。これが晴れている状態らしい。
空が青く見えるのは、大気中を青の光が散乱するのでそう見えると聞いたことがある。青の光は大気中を乱反射しやすいので、散乱しきってしまえばその他の色に染まる。夕日が赤やオレンジ色に見えるのはそのせいらしい。レイリー散乱だったと思う。
白く見えるのは雲のような大気よりも分子が大きいものに光が散乱して白く見えるそうだ。ミー散乱だったな。(オタクなのでそういう雑学は広く浅く収集する癖があります)
ということは、大気圏上層部に水蒸気とかガス状のなにかがあり、そこで太陽光が散乱され、白く見えているということだろう。薄く青く見えるのは、青く見えるほど散乱する青の光が少ないからだと推測できる。
夜はまだ空を眺めていないが、きっとこの状態が晴れならば、ご主人様が以前話していた通り、星すら見えない空なのかもしれない。月、こちらでのルミナは薄っすら光って見えるぐらいなのだろう。
これは大気中の水分が多いのか、大気圏上層に厚い水蒸気か氷の層があるのかもしれない。
前の世界とは全く違う環境だ。
星も見えない空なんて、なんか浪漫も何もないよね。
ということは、有害な紫外線や宇宙線も地上に届いていない可能性もある。そう言えば出会った人(まだそんなに多くはないが)みんな色白だ。僕の肌もマッパでいたのに日焼けもしていないしね。(小汚かったからかもしれないが)
やはりこの惑星は、地球とは全く違う惑星なのだろう。
異世界か……理想の異世界とは程遠いいけど……。
「ほらタツヤ! さぼるな!」
「──は、はいーっ‼」
腹筋で疲れたので、ぽけーっと空を眺めていたら怒られた。
ともあれ頑張るしかない。少しでも最底辺から這い上がってみせる。
そう心に刻む僕だった。
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