35話 身体測定
「お待たせタツヤ、マロン、さあ始めましょうか」
ミルキーご主人様とキャンディーお嬢様が学校から帰ってきてすぐ、僕達は研究室に呼び出された。
研究室内にはたくさんの機材のようなものが運び込まれていた。午前中に隣からガタゴトと何かを運び入れるような音が聞こえていたが、これのせいだったか。
「お帰りなさいませ、ご主人様、キャンディーお嬢様。準備は万端でございます」
「おあ、えり……せ」
マロンも頑張って『おかえりなさいませ』と言おうとしているようだが、いまいちだ。
それでもご主人様は微笑んでマロンを褒めた。
しかし少し様子がおかしい。ご主人様もそうだが、昨日は元気が良く、今日の身体測定をあれほど楽しみにしていたキャンディーお嬢様が、どこか浮かない顔をしている。
「キャンディーお嬢様どうなされたのですか? お元気がないようですが」
「……ううん、なんでもないよ。心配してくれてありがとうタッ君」
「いいえ、昨日あれだけ楽しみにされていたのですから、僕も期待しているのですが、調子が悪いようでしたらお休みになられてはいかがですか?」
「そうよキャンディー。せっかくの研究なのですから、学校でのことは、今は忘れなさい。研究を上の空で行なっては、大切なことも見逃し兼ねません。それは研究者として失格ですよ」
どうやら学校で何かあったらしい。
キャンディーお嬢様がしょげているのは、その何かしらが関係しているということか。
「ごめんなさいお姉様。わたしの所為で問題が大きくなりそうなのに……」
「それはさっきから、もう気にしなくとも良いと言っているでしょ? 過ぎてしまったことはどうすることもできないのですから、先のことはなるようにしかなりません。もっとも被害を最小限に抑える努力はしなければなりませんけど、今はタツヤ達の研究を進めるのが本題です。余計なことは考えないことですよ」
「はい、分かりましたお姉様」
ご主人様に気にしないように言われるが、しょんぼりとしているのは変わらない。
「今後の事は私も一緒に考えますので、今はタツヤとマロンの測定を進めましょう」
「はい!」
ご主人様がキャンディーお嬢様の頭を優しく撫でながらにっこりと微笑みかけると、キャンディーお嬢様も表情を引き締めて頷いた。
何があったのかは知らないが、少しは持ち直したようだ。姉が妹を支えているようで微笑ましい。
──僕もキャンディーお嬢様を撫でたいんですけど! モフらせてくださ~ぃ!
そんな言葉が危うく喉元まで出かかったが、堪えることに成功した。
「さて、何から始めましょうか」
ということで早速身体測定に取り掛かるようだ。
だがそう問われても僕には段取りが分からない。
たくさんの機材があるが、初めて見るものばかりで、用途すら分からないのだ。ぱっと見分かるのは、身長を測るような器具ぐらいだろうか、前の世界と似たような形状だった。
「魔力測定から始めてくださいませお姉様。わたしは体力測定の器具の準備をしますので少し時間がかかりますので」
「そうね、では魔力測定から始めましょう。タツヤ、マロン、こちらにいらっしゃい」
「はいご主人様」「は、は~ひ!」
おどおどと返事をするマロンが微笑ましい。名前を呼ばれ、僕が返事をしたので真似て返事をしただけなのかもしれない。でも言葉を覚えようとしているのはいい傾向だ。
その後はキョトンと立っているだけで、行動を起こそうとしないので、僕がマロンの手を引いてご主人様に続く。
ご主人様の後をついて行き、魔力測定の機材らしきものが載せてある机へと移動した。
机への上には2台の機材。ひとつは、中央に大きめな水晶らしき丸いものが乗った器具だ。水晶らしきモノの周りにたくさんの宝石のようなものが、同心円状に配置されている。ざっと数えただけでも百個近くはある。
そしてよくよく水晶らしき丸いものを見ると、透明な物の中、中心部あたりに奇妙に揺らめく虹色の何かがあった。
──おおっ! これはあれか? 魔法的な不思議効果なのか?
どう見ても電気的放電などによって発光している揺らめきではない。七色の光が順繰りと光を強めながら揺らめくように、まるで炎のように光っている。
──イイネ! イイネ! ようやくファンタジーになって来たよ!
僕のテンションも俄然上がってくる。
もうひとつの機材は、似たような形をしているが、用途は別物なのだろう。
円状に描かれた線の上に等間隔で六つの宝石のようなものが配置されていて、その円の真ん中にまた別の正六角形の宝石がはめ込まれている。各々を線で繋いだ形は、六芒星に見えなくもない。
──キター‼︎ 魔法陣! 魔法陣でしょこれ⁉︎ マジで異世界っぽいよね!
テンションは俄然上がってくる。
魔法陣的なものを連想させるには、これはうってつけの機材だ。
「これが魔力を測定する魔道具です。今からこれであなたたちの魔力量を測定しますね」
「はい」
ご主人様は水晶が乗っている機材を指差しながらそう説明する。
大きめな水晶がある魔道具が、魔力量を測定するものらしい。
するともうひとつは、魔法属性とかを判定するような魔道具かな? そんな予感がする。
「さて、それではマロンから始めましょうか」
「……マーロ?」
ご主人様に名前を呼ばれたマロンは、自分がなんで呼ばれたのか理解していないようで、キョトンとしながら小首をかしげた。なんか日に日に人間らしい行動を取るようになって来た。意外と可愛い仕草だよ。まあ、こちらでは人間といった表現は無いようだけど。
ちなみにマロンは、ご主人様に警戒心を抱くことはなくなった。優しくしてくれる人はいい人、とでも思っているのかもしれない。
ついでにミッチェル様にも警戒心は無くなってきた。たぶん餌をくれる人はいい人、と思っているらしい。
マロンが動かないので、僕がマロンをリードして魔道具の前に立たせた。
「うふふ、マロンはまだ言葉を理解するには難しいようね」
「はい、自分の事はマロンという名だと理解していますが、全体的にまだ言葉を理解していないので、会話はまだまだ無理そうです」
「それでも今迄の裸猿と比べたらとても優秀で驚いているぐらいですよ。付けられた名前を自分の名前として理解する知能があったなんて、それだけでも大発見なのですから」
「なるほど、やはり裸猿は知能が低く、物覚えが悪いという事なのですね……」
本当に裸猿は動物並みに低知能なのだろう。言葉も話さず道具すら使えない。ともすれば野生の猿にも劣る低知能ぶりだとか。なんか肩身が狭いね。
「まあ確かにそれもありますけれど、大概がものを教える以前に死んでしまい、研究を続けられないだけなのよ。私達に慣れることもなく怯えたまま、衰弱して死んでゆくの……」
ご主人様は沈痛な面持ちでそう言った。
今まで何匹もの裸猿をそうやって死なせて来たのだろう、と容易に考えられる表情だった。
「さて、余談はこれくらいにして測定を始めましょう。タツヤ、マロンの手をこの水晶に触れさせて下さいな」
「畏まりました」
マロンに命令しても仕方がないと踏んだご主人様は、僕に命令をする。
魔道具の中心にある水晶に手を触れさせればいいようだ。
僕はマロンの手を取り、水晶へと近づける。
「うーっ……」
マロンはビクリ、と身体を強張らせ水晶に手を置くのを拒む。
見たこともない不思議なものに触れることに、恐怖心が芽生えたのだろう。
「大丈夫、痛くはないよ、たぶん」
もしかしたら痛いかもしれないが、マロンを安心させるように僕は微笑みながらそう言った。
「ええ、少し魔力を吸われる違和感があるだけで、痛くはありませんよ」
なんと、痛くはないけど違和感があるのか。前世では魔力なんてなかったからどんな違和感なのか楽しみだ。
「うー……」
僕が笑顔で手を添えているので、マロンは渋い顔をしているが、嫌々ながら身体の力を抜いた。
そして水晶の上に手を置く。
「……」
なんとも微妙な表情をしているマロンだが、おとなしく手を乗せている。
すると少しすると反応が現れ始める。
水晶の周りに同心円状に配置された宝石が、ひとつ、またひとつと光りだす。そして30個ぐらいの宝石が光ってその動きは止まった。
ふむ、幻想的な光がまたファンタジーだ。
「まあ! こんなに魔石を光らせるなんて、マロンの魔力量は常人以上じゃない‼︎」
「お姉様! マロンちゃんは幾つ魔石を光らせたのですか?」
ご主人様が驚きながら大きな声を出すと、少し離れたところで機材の準備をしていたキャンディーお嬢様が、準備を進めながら訊ねてくる。
どうやら魔道具に付いている宝石は、魔石と言うらしい。なんか異世界っぽくて滾ってくるね!
マロンは周りの騒がしさとは無縁で、微妙な顔付きで水晶に手を触れたままだ。
「ええ、32個の魔石が光りました……」
「えっ! 32個ですか⁉︎」
「ええ、間違いありません。確かに32個です……」
「それは凄いですよ! 今迄裸猿でそんなに魔力を持っている個体は、いなかったのではないですか?」
キャンディーお嬢様は準備の手も止まり、瞳をギラギラと輝かせながらそう言った。
先程までのしょぼくれた様子はどこ吹く風だ。まあ元気になったから別にいいけど。
だけどマロンの魔力量は予想よりも多かったらしい。
「32個は多いのですか?」
僕も気になったので訊いてみた。
「ええ、裸猿の研究サンプルは少ないですけれど、多くても10個未満、平均は5個です」
「それでは、平均の6倍強ですね。でも裸猿以外でそれは優秀と言えるのでしょうか?」
平均が5個なら6倍強のマロンは優秀と言えなくもないが、あくまでも裸猿での平均値なので、実際の獣人と比べたら低いのかもしれない。
「ええ、優秀です。裸猿としては破格の魔力量、それに私達獣人の一般的な平均値は20個ですから、それ以上の魔力量を持っていることになります……これはまた予想外の結果ですね……」
ご主人様は、驚きというよりも、どこか困惑した表情で頬に手を添えた。
でも、魔力量が多いのはいい事だよね? そんな困るような事なのかな?
「一番多い方でどれくらいの魔石を光らせるのですか?」
「そうですね、他国の賢者と呼ばれる大魔導師が、69個光らせたと記憶しています」
「69個ですか……」
うん、何かを想像しそうな微妙な数字だ。せめてもうひとつ光らせようよ。
なるほど大魔導師で69個、マロンがその約半分となれば、中魔導師程度の魔力量があるということか。中魔導師なんて聞いたことないが、魔導師と大魔導師の間ってことで。
「ちなみにご主人様は、いかほど光らせたのですか?」
「私は47個ね」
「キャンディーは45個!」
キャンディーお嬢様には聞いてもいないのに、律儀に答えてくれた。テンション上がって素がでていますよ、キャンディーお嬢様。
でも二人は平均値を大幅に上回っている。ということは、それなりの魔導師といってもいいのかもしれないね。
「まあ、成長期にはそれなりに鍛錬することによって、魔力量も増える傾向にありますから、私よりもキャンディーの方が将来的には魔力量が多くなるでしょう」
「えへへ」
姉に褒められて嬉しそうな妹。
なんだかんだいっても姉が大好きそうなキャンディーお嬢様だった。
「マロンもういいですよ」
ご主人様がそう言うので、僕はマロンの手を水晶から離した。
マロンは相変わらずキョトンとし、何をしていたのかさえわからない様子だ。
「では、タツヤ次やってみましょうか」
「はい!」
さて次は僕の番だ。
マロンの結果が予想以上だったことを知り、なぜか期待値がうなぎ登りだ。
全部の魔石を光らせてやるぜ! ぐらいの勢いだけはある。
せっかく待望の異世界に来たというのに、現状無能の奴隷では悲しすぎるではないか。
──はあぁぁぁぁぁぁぁーっ‼︎
勇んで水晶に触れ、そして念じるかのごとく魔力的なにかを放出するイメージを膨らませた。
──みんな、僕に力を分けてくれ! ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉーっ!
気合だけは十分だ。
スーッと何かが掌から吸い取られる感覚がある。なるほど、これが魔力を吸われるという感覚か。こそばゆいでもなく、痛いでもなく、どこか肉の内側がムズムズとする感覚。
マロンが微妙な顔をしていたわけが分かったよ。これは微妙な感覚だ。
強いていえば、回復魔法を受けた時のムズムズ感が近いな。前世では経験できないムズムズさだ。
そうこう魔力を吸われていると、魔導具に変化が現れる。
が、しかし、
「……?」
「……?」
「ターチャ、ターチャ、あー、あー」
ご主人様と僕が魔道具を真剣に覗き込んでいると、魔石が光った事をマロンが教えてくれた。
光った魔石は、
「えっ? い、っ、こ?」
「……ひとつ……みたい……ですね……」
「あー、ターチャ!」
光った魔石はひとつだけ。
あのう、マロンさんや。嬉しそうにしないで貰えますか? 光ったはいいのですが、マロンさんの32分の1なのですよ。
僕的には死刑宣告を受けた気分なんですけど……。
「いっこ……これまた珍しい結果になりましたね……」
「えーっ! タッ君1個なの⁉︎」
「は、はぃ……そのようです……」
キャンディーお嬢様の驚愕する声に、消え入りそうなか細い声で答える僕。
驚愕したいのは僕ですよ。なんなの? 絶対にイジメだよね? こんなんだったら異世界転生なんてしない方がいいじゃん! なんのために異世界に転生なんかしたの? マジで訳わかんないんですけど‼︎
内心黒い感情が沸々と湧き上がってくる。
「ま、まあ、裸猿は得てしてそんなものですよ……」
そう慰めてくれるご主人様。
しかし今の僕には、グサリ、と胸に突き刺さる言葉でしかない。
「そんなものなのですか……これって魔力量が最低という事ですよね?」
「うーん、まあそうとも言います……」
「ひとつしか光らない人は、結構いるのですか?」
「いいえ、初めて見ました。裸猿でも、最低3つは光りましたので、それ以下は見たことがありません……」
「……」
ご主人様の答えが追い打ちをかける。
最低3つは光らせる最底辺の裸猿よりも、更に最低な僕って……。
──はぁー……。
外見は普通に振舞っているが、内心ため息しか出ない。
結局僕はこの異世界でも最も底辺な存在? どんな転生物語だよ! 物語にもなりゃしないじゃないか!
いや待て待て、少し待とう。
魔力は無いけど、実は剣とか体術とかそっち方面に極振りされているとか?
魔力は誰しも持っているのだから、ひとつでも光ればいいという感じで、体力面に、キャンディーお嬢様が言っていたような、神の補正というものが‼︎(まだまだ諦めない頑固者)
こうして身体測定は続くのだった。
お読み頂きありがとうございます。