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33話 妹うっかりおしゃべり ★

「──実は先程、一期生の教室の前を偶然通りかかった時、キャンディー様が例の裸猿の話を、お友達数名と廊下でしていたのを小耳に挟んでしまいました」


 ハイドは苦み走った表情で真剣にそう言った。

 ハイドが講義を終え廊下を歩いていると、はしゃぎながら裸猿の話をしているキャンディーに偶然出くわしたという。


「裸猿の話ですか?」

「ええ、ミルキー様が買われた裸猿に言葉を教えたところ、3か月という短期間で覚えたと、わたくしの耳にも聞こえてきました。その場の友人らしき方たちはあまり信じておられなかったように見受けられましたが、事が事ですので、わたくしがキャンディー様をその場から連れ出し、少し叱ってしまいました……申し訳ありません」


 ハイドは先ずキャンディーを叱り付けたことを謝罪した。

 というよりも何故叱ったのかが不明だ。裸猿の話をしていただけ……あっ! それはまずい! 今は非常にまずい!


「キャンディー! 本当なのですか⁉」

「は、はい……ごめんなさいお姉様……」

「はあ……」


 キャンディーは顔を蒼くしながら謝った。

 遅かった。とはいえ口止めをしていなかった私も悪い。私ですら母と話すまでは内密にした方がいいと気づかなかったおだから、キャンディーを責めるわけにもいかない。

 しかし、それはある程度までの許容だ。

 キャンディーは研究者の家族として、いえ、自分も研究者の端くれなのだから、それぐらいは分かっているはずだ。


 他の研究者の研究成果を、無闇に話してはいけない。その一点を侵害している。


「わたくしも研究者として行ってはいけない軽々しい行為だと、厳しく諫めましたので、ここは怒らないであげてください、ミルキー様」

「そうね、キャンディーも悪気があっての事ではないのでしょうから。話すことができないと思っていた裸猿と話せたことで、すこし舞い上がってしまったのでしょう……ですがタイミングが悪すぎます」


 怒りはしなかったが、キャンディーは事の重大さを身に染みて理解したようで、一層深く俯いた。


「それなんです。今まで不確定な噂でしかなかったところに、身内であるキャンディー様が、こともあろうか私達と同じ言葉を裸猿が話すと断言したようなものです。これは噂が広まれば、大変なことになり兼ねません」

「ですが、聞いていたお友達は信用していなかったようだ、とおっしゃいましたよね?」

「ええ、そちらは心配いらないと思うのです。ですが、わたくしの妹、アーデルもその場にいたのです。これは確実に兄や父の耳に入ってしまうでしょう。今一番厄介な二人にそんな情報が入ろうものなら……」

「……」


 うわー、厄介だ。

 きっと今以上に興味を持って、タツヤを奪おうとしてくるかもしれない。

 それにその噂が王都にでも流れようものなら、きっと色々な学者が王都の研究所に寄越せと言い始め、極論、王の耳にまで入り強制的に連れていかれる可能性だってある。

 いくら父が高名な研究者だとしても、王命には逆らえない。


 それよりも厄介なのは、他国に情報を握られることだ。この国だって一枚岩ではない。他国の間者も多少は入っているだろうし、この国に良くない感情を抱いた国民だっていないわけじゃない。そんな奴等が他国に情報を漏らしたとしたら、王の命令どころの話ではない。

 下手をすれば誘拐され秘密裏に他国に送られることだってあり得ないわけではない。


「とにかくわたくしは妹と早急に接触し、あの話は信用できないと言い包めておきます。ですが、兄同様、わたくしと妹はあまり良い関係ではありません。どこまで抑制できるかは分かりませんが……」

「そうですか……ですが、そうして頂けるだけでも少しは違うでしょう。──キャンディー! あなたは他のお友達に、どうにか誤魔化しの利くような理由を考えて言い包めなさい、いいですね?」

「は、はい! 分かりましたお姉様!」


 キャンディーはハッと顔を上げ返事をした。

 私とハイドが異様に真剣なので、自分の仕出かした、たかがおしゃべりが、そこまで深刻な事態になるとは思っていなかったのだろう。

 顔が強張っている。


「キャンディー気にするなとは言いませんが、気にしても始まりません。話してしまったことをなかったことにはできないのです。ですからこれから少しでも状況を悪くしないようにしなければなりませんから、落ち込んでいる暇などありませんよ?」

「は、はい……申し訳ありませんでした……」


 そうは言っても落ち込むキャンディー。

 まだ10歳なのだから仕方がないが、すこし浮かれ過ぎた感が否めない。研究者としての心構えも、もう少し教えておかなければいけない。そう思う私だった。


「どころでミルキー様、確認なのですが。実際キャンディー様のお話は本当の事なのでしょうか? わたくしも未だに信用できないお話なのですが」

「ハイド様はどこまでお聴きになりましたか?」

「はい、先程も申した通り、3か月という短期間で言葉を覚え、会話ができるようになった、と、そこまでです。その後は止めに入りましたので」

「そうですか……」


 どうやら、転生者という所までは聞いていないようだ。

 キャンディー自体も、そこは話していない可能性もあるが、ハイドが聞く前に話している可能性もないわけじゃない。あとで訊いてみないと。

 ハイドも半ば信用していないようだが、ここまで大袈裟にして今更嘘だというのもおかしな話だ。一応敵方の弟だが、先程の家庭内の確執を吐露したことを鑑みても、信用しても良いと思える。これが演技でなかったらね。演技にしては真に迫っていたので、全くの作り話とは言い難い。ここは信用してみることにする。

 異世界からの転生者の部分は教えませんけど。


「概ね間違っておりません」

「事実、ということですか……ミルキー様に肯定されても、いまだに考えられません。それが事実なら、これは大変に貴重な個体となりますね。余計に兄や父には渡せません」


 神妙な表情で考え込むハイド。

 もしそんな裸猿がいたとしたなら、血眼で奪いに来る可能性を示唆している。


「できれば今後も内密に研究を進めようと考えておりますので、ハイド様のご協力があれば心強く思います」

「はい! わたくしでよろしければ、いつでもお力になります。たとえ命の危険があろうとも、わたくしはミルキー様の味方であり続けます!」


 ハイドはパッと頬を染めながら嬉しそうにそう言った。

 命までかけろとは言ってないよ。なんか重いなぁ……。

 でも可愛い後輩だし、味方は多い方がいいから協力してもらうよ。でも命までかけなくていいから。


「では、わたくしは早速妹の所へ行ってまいります。何があるか分かりませんので、ミルキー様、キャンディー様お気を付け下さい」


 そう言ってハイドは研究室を出て行った。


 キャンディーと二人きりになったので、何人のお友達にどこまで話したのかを問い質した。

 直接話したのは5名だが、傍で聞いていた人もいるかもしれないという。ハイドが偶然耳にしたぐらいなのだから、10名以上には聞かれているかもしれない。

 幸いだったのは、異世界からの転生者という部分は話していなかったようだ。『そこまで話す程バカではありません』と、しょげながら言っていたが、言葉を話せる裸猿の事もそれなりに重要だと認識して欲しいものだ。


「では生徒会室に戻りましょうか。早く仕事を終わらせて帰りましょう。あなたの楽しみにしていた体力測定もしなければいけないのですからね?」

「は、はい、お姉様……」


 私はトボトボと歩く妹を引っ張りながら、生徒会室に戻るのだった。



 研究は楽しいのだが、こうも想定外の厄介事が周りで起こるとは、どこか目に見えない何かに邪魔をされているような、そんなあやふやなモノをひしひしと感じる私だった。


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