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32話 ハイドの懸念 ★

 私の研究室に到着した。廊下の周囲を警戒して3人で中に入り、確実に施錠する。


「さてと、で、キャンディーとお付き合いしたいという話でしたか?」

「──なぁ‼」

「──お、お姉様‼ なんてことを口走るのですか⁉ そんな話ではございません! ハイド様に失礼です‼」


 私の発言にハイドは目をひん剥いて腰を引き固まり、キャンディーは一層顔を蒼くしながら、猛然と否定した。どこかハイドを気遣っている様子にも見えるが、気のせいだろうか。

 あれ、あれれ、どうやら違うのかな?

 ここに移動する間、考えていたことが外れたみたいだ。


「ち、ちちち、違います! キャンディー様のおっしゃる通り、そのようなお話ではありません!」

「あら、残念ですわ……」

「お、お姉様! 残念なのはお姉様です! ハイド様がお慕──」

「──あー! キャンディー様、今はそんな話ではございません! わたくしの兄、バーンの話です‼」


 キャンディーが何か言おうとしたところに、ハイドが急遽被せて来たような気がするが、どうしてだろう?

 それよりなに? なんで私が残念扱いを受けるの? 姉の私を残念とはいい度胸です。後でキャンディーはお仕置きだよ。


 でも予想通りバーンの話になった。

 きっと良からぬことを企てているとか、そんな感じだとは思うが、聞くだけ聞いてみよう。

 でもそこにキャンディーが必要かな? 別に裸猿の話なら、キャンディーはいらないと思うけど……。


「それでバーン様がなにを企てているのですか?」

「はい、兄はこの前の出来事に殊更腹を立てているようでして、なにがなんでもミルキー様の所有する裸猿を手に入れてやろうと、あの手この手を画策しているようなのです……」

「まあ、怖いお話ですね」


 あー怖い怖い。これだから権力を笠に着た暴君は嫌いだ。

 侯爵家の嫡男の頼みを一蹴した男爵家の娘に腹を立て、報復を画策するなど、暴君以外のなにものでもない。

 これが次期当主になるというのだから世も末だ。


「お気を付け下さいミルキー様。兄はああ見えて根に持つタイプです。わたくしも何度も、そんなことは止めて下さい、と諫めたのですが、聞いてもくれませんでした」


 ハイドは注意を促してくれた。

 ああ見えても、こう見えても、あの脳筋バーンが考えそうなことだから今更だ。

 結局この前の廊下での一件で、衆人環視の中、公然と私の味方をした弟のハイドにも腹を立てているのだろう。次期当主である兄の味方をせずに弱小貴族の小娘の味方をするなど、ゲイリッヒ家の恥晒しが、とかなんとか言われたのかもしれない。


「この前のお休みに帰省した時に、わたくしの父や、この学校の先生数名にも根回しをしていたようです」

「ええ、それらしい接触は既にありました……」


 父が王都での領主会議で、ゲイリッヒ侯爵に回りくどく裸猿を譲るように言われたこと。それと先ほどエインリッヒ先生がそとなく内情を探ろうとしてきたこと。

 すでに2件の実害が発生している。


「そうですか……もう始まっているのですね……」


 ハイドは既に計画が動いている事に落胆し、がっくりと項垂れた。


「それにしても、わたくしにそんな情報を流しては、またハイド様がバーン様の不評を買うのではないですか? なぜわたくしの味方をして下さるのですか?」


 家の中の不和は根深い確執に繋がる。特に、次期当主の威光を笠に着ているバーンなら、父親のゲイリッヒ侯爵が生きている内はいいが、亡くなりでもしたら、兄弟の縁を切りハイドを家から追放するかもしれない。

 貴族家での兄弟の骨肉の争いは、どちらかが身を引くまで続くものだ。


 特に次期当主であるバーンは、次男のハイドが優秀なのが面白くない。なにか問題を起こしたら、間違いなく次男のハイドに跡目が移るのだ。それでなくとも騎士科しかまともな成績を残していないバーンは、何もしなくても次期当主の座から降ろされる可能性だって否めない。ただ嫡子として生まれただけで、実際に家督を継ぐのはハイドの方がいいに決まっている。

 ハイドもハイドだ。兄のバーンが問題を起こしそうな度に仲裁役を買って出たり、何事もないように取り成したりしているお人好しだ。

 バーンを失脚させたら、次期当主の座は確実なのにそれをしようともしない。欲がないというのか何なのか……。

 兄想いの可愛い弟、そう考えていたのだが、そうではないみたいだ。


「わたくしは、たんにミルキー様の研究の邪魔をしたくないだけなのです。今回の珍しいと噂される裸猿は、ミルキー様が研究を目的として購入された貴重な裸猿と考えています。研究者にとってそれは崇高な目的のための素材に他なりません。それをただ珍しいからと言って興味本位で奪おうとする行為自体が許せないのです。珍しい個体ならば尚更研究目的にするべきだとわたくしは考えます。そしてあまつさえ侯爵家の威を借りてまで脅すような行為は、貴族として、いえ、もう兄は人として間違っていると思うのです」


 バーンはつらつらと淀みなく今回の件で私の味方をする理由を述べた。

 確かに理念はよく分かる。研究に興味がない者には分からない理屈だろうけど。

 けれども貴族としても人としても失格と、兄であるバーンに烙印を押しておいて、私の味方をする。そしてそれは傍から見れば兄を庇っている行為にも見えてしまう。

 バーンが何か問題を起こせば、必ずこの学校を退学処分にされる。次は、おそらく恩赦はない。それほど問題を起こしているのだ。

 そして私にそれとなく今回の件で気を付けるようにということは、兄の暴走を未然に防ぎたいと取れなくもない。他の貴族から見たら、ハイドの行動自体が解せないと考えることだろう。

 失脚寸前の兄を庇うお人好しの次男。そう映るはずだ。


「ご心配いただきありがとう存じます。けれど、どうもわたくしの心配以前に、バーン様の不祥事を回避させたいようにも思えるのですが。いかがですか?」

「……はい、実はそれがメインです」


 ハイドは言いづらそうに肯定した。


「実はわたくしは、兄には必ずゲイリッヒ家の当主になって貰いたいのです」

「何故です? このまま何もせずに傍観しているだけで、恐らくバーン様は自ら自滅しますよ? そうすれば労せずとも次期当主の座はハイド様のものになるのですよ?」

「はい、ですからそれを阻止したいのです……」


 なんと、ハイドは次期当主の座を欲していないようだ。


「兄が失脚すれば、次期当主の座は、必然的に次の男系子息のわたくしになるでしょう。わたくしの下にまだ弟がいればわたくしが辞退すれば良いのですが、下には妹のアーデルしかおりません。ですから辞退もできなくなるのです……」


 ハイドは切実に語る。

 でもそれは当然の事だろう。優秀な男系子息がいるにもかかわらず、妹にその座を譲るなど、ゲイリッヒ侯爵は許すわけもない。


「ですから是が非でも兄に当主になって貰わなければ困るのです。わたくしは当主などにはなりたくないのです」


 どうしても当主なりたくないので、兄に失脚されては困る。ということらしい。


「どうしてですか? 侯爵という爵位は、相応な地位になります。労せずに地位と栄誉をその身に頂けるのですよ?」

「そんなものは必要ありません!」


 うおっと、いつも温厚なハイドが強い口調で否定する。

 珍しいこと……。


「そこまでして跡継ぎを敬遠なさるには、それなりの事情がおありなのですね」

「はい、わたくしは幼いころから、ゲイリッヒ家の跡継ぎは兄のバーンと教えられてきました。わたくしが学校を卒業したら3つの選択肢がありました。一つは兄の補佐として敷地内に屋敷を構え、そこで生活すること。二つ目は父から領地内の小さ町を貰い、そこで下級貴族として町を運営しながら暮らすこと。三つ目はこの学校で騎士科でも魔法科でもどちらでもいいので単位を取り、騎士又は魔導師として王国の為に働くこと。この三つが父から言い渡されたことです」


 まあそうでしょうね。次男がずっと侯爵家に居座ることもできないし、成人したら家を出るのが当然だ。

 でもそこの何が問題になるのだろうか? それならばバーンを失脚させ、侯爵になった方がいいと思うのは私だけだろうか?

 だがここからが本題だった。


「小さな頃から次期当主として育てられた兄は、ああいった性格です。幼いころから傲慢で、もう既に自分が侯爵だと威張り散らし、弟のわたくしを蔑んでいました」


 なんか目に見えるようだ……。

 どうせ『お前などこの家には必要ないのだ! 俺が次期当主なんだから、学校を卒業したらさっさと出て行け!』ぐらいのことを言っていたのだろう。


「そんな環境下で育ったわたくしが、兄が失脚したからといって、当主になろうと思いますか? ハッキリ言って兄にも父にも幻滅していたのです。いくら侯爵家が高い地位だといっても、わたくしにはそんな地位など魅力的には映りませんでした。ですから手っ取り早く学校に入学したら騎士科を履修し、騎士として身を立てよう。そう考えていました。騎士でも頑張れば騎士爵を頂ける。当代限りの爵位としても、自分で手に入れた爵位の方がよっぽど誇らしいと思いませんか?」


 もう、学校に入学する前の、そんな小さな時から家族に幻滅するほどの仕打ちを受けていたのかと思うと、泣けてくるよ……。


「ですが、学校に通い始めてから考えが変わりました。1期生の時は騎士科さえ履修できればどうでもいいと自暴自棄だったのですが、その年に3期生ミルキー様が生徒会長になられて、わたくしの人生観が一変したのです」


 ハイドは突然瞳をカッと見開き、上気したように顔を赤らめながら熱弁した。

 えっ? なんでそこで私の名が? 脈絡がなさ過ぎる。

 というか、なんで私が生徒会長になったことで、人生観が一変するほどの力が働くのだろうか? 解せない。


「3期生で生徒会長? いったいどうすれば3期生が生徒会長になれるのだろうか。ああ、理事と校長の娘だから仕方ない、と同級生は言っていましたが、それだけで上級生を差し置いて生徒会長になれるとは、到底思えませんでした。そう考えたわたくしは調べました。ミルキー様が何故そこまでの短期間で会長に昇りつめ、学校を掌握するまでの力を得たのかを」


 なんか悪の総帥みたいな言い方しているね。

 それより調べたんだ……なんか背筋が涼しくなってきた。


「そ、それで、どうしてバーンを失脚させない事と繋がるの?」


 なんか本筋から少し逸れたような気がするので修正する。


「ですから見つけたんです。自分の進むべき道を、この学校で……いろいろと調べた結果、ミルキー様は1期生の時分から数々の功績を上げられておられました。その成果も認められ、この研究室も1期生の時から持っていますし、時には先生方を仰天させるだけの研究成果を提出し、学生ながら先生方の理論を覆すこともして見せました。それに3期生で既に5期生までの単位を履修する優秀ぶり。その全てに感服したのです。ですからわたくしも研究という道を選択しようと心に決めました。わたくしもミルキー様のような研究者になろうと。それには兄の失脚は許容できるものではございません。せっかく志した研究者への道を閉ざされることだけはしてほしくない。ですから兄には是が非でも跡取りになって貰わなければ困るのです」


 あーそうなのか、ハイド自体が自分で探し出した道を、脳筋なバーンに邪魔されたくない一心での行動だったのだと理解できた。


 それにしても私なんかがハイドの人生観を変えるような、そんな大袈裟なことしたことないと思うのだけど。自分の欲求をただ追及していただけなんですけど。

 あ、それでハイドは私の真似のような事していたのか。2期生のころから生徒会に顔を出すようになったし、研究室にも来るようになった。単位の履修もどんどん進め、もう全単位を履修する勢いだしね。

 ふむふむ、まあ自分で生きる道を選んだのならなにも文句はない。研究者が増えるのもこの国にとってもプラスになることだし、良いことだと思う。


「そうですか、分かりました。私も全力でハイド様の応援をしたいと思います。バーン様の件も未然に防げるように心掛けますので、ご心配いりませんよ」

「ありがとうございますミルキー様‼」


 ハイドは私の言葉がほんとうに嬉しいそうに、ぱっと表情を明るくした。


「いいえ、同じ研究者仲間として当然の事ですよ。余計な邪念は排除するに限ります」

「はい! あっ、でも少し状況がまずいことに……」


 一緒に頑張りましょうね。で終わろうと思ったのだが、ハイドは一転表情を曇らせキャンディーへと目配せしながら、不穏なことを言う。


「なにがまずいのですか?」

「ええ、実は先程……」



 そこで、キャンディーが一層暗い表情で俯いたのが見えた。


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