3話 異世界といえば特殊能力
僕、こと水口竜也、享年29歳、会社員。
あ、死ぬ直前に会社辞めたので無職です。死んで履歴書みたいなもの書かなければならないのなら、無職は嫌だね。どうせなら前日だったら良かったのに。などと関係ないことを考えたが、そんな事は今のこの状況には何ら慰めにもならない。
僕は前世では、パッとしない人生を送っていた。
容姿もお世辞にもイケメンと呼ばれる部類には属していなかった。人生後半はブラック企業勤めの不摂生な生活が祟り、少し小デブなメタボ予備軍に配属されてしまい、ちょっともさっさり系の顏の、どこにでもいるようなオタクっぽい奴、といえばお分かりだろうか。
趣味もその見た目によく合った、オタク好みの趣味を好んでいた。
ゲームにラノベ、アニメ鑑賞などなど、僕の人生になくてはならないものばかりだった。
友達は多い方とは言えないが、それなりに(オタク仲間とか)はいたと思う。
けれども引きこもりではない。ちゃんと大学も卒業したし、就職もして仕事もしっかりとしていたと思う。自分で言うのもなんだが、結構真面目に勤めていた。
就職先がブラックだったので二度も転職したが、ブラックでもそれなりに腐らずに勤勉に勤めたと自負している。会社が無茶振りをして来なければ、きっと退職などせずに、今でも勤めようとしていたかもしれない。(死んだようだしもうどうでもいいけど)
とある友人に言わせれば、『竜也氏、貴殿はよくあんな会社で我慢して働いているでござるな? もっといい会社などいくらでもあり申すぞ?』と、僕の就職先がとても悪辣な会社だったとモノ申していた。(この友人は、一人称が拙者という少しウザイ人物だった)
しかし就職してからそんなことを言われても、どうにもならない。就活の相談をした時に言ってもらえれば、考慮の余地もあるってものなのにね。
おっと、脱線したね。
つまり僕はとことん付いていない人生を送っていたようなのだ。僕の前世はハズレ世界みたいなものかもしれない。
けれども世の中にはもっと悲惨な生活を送っている人達も大勢いた。食べ物がなくて飢えていたり、長年内戦が続き国家が崩壊したりと、他の国には恵まれない人々も大勢いたのだ。
だからそれでも僕は、日本という恵まれた国に生まれ、運が悪くともそれなりに生きてきた。
飢えることもなかったし、戦争に巻き込まれたこともなく、趣味に没頭(逃避ともいう)できる環境もあった。不運の割には恵まれていると考える事にしていたのだ。
そうでなければやっていられない。
だから就職先がブラックだろうとも、与えられた仕事は、きっちりしっかりとこなすのが僕なりの矜持でもあった。しかしその矛先が他人に向くならその範疇ではなくなる。僕が他人にそんな嫌な仕事を振るわけにはいかない。だから辞めたのだ。
まあ前世の不運な話はそこまでにしておこう。
つまり僕はこういう状況を少なからず望んでいたのだ。
そう、ラノベやアニメでおなじみの異世界転生、転移。
ふん、そんなものは物語の中の話だけであって、現実問題ある訳がないじゃないか、そう誰もが思うことだろう。斯くいう僕も、そんなことは重々承知している、いや、承知していた(過去形です)。
けれども夢ぐらい見たっていいじゃないか。
今迄の不運な人生から抜け出せるのなら、どこだって良い。異世界に行ってみたい、と切実な願望を抱いたって誰にも迷惑はかけないだろう。
中二病を併発していたかといえば、それはイェス! だ。
常日頃から現実逃避するが如く、僕はなんとか異世界みたいな場所に行けないか模索していたのだ。それは29歳になったおっさんになっても変わらなかった。いや、ブラック企業で身を粉にして働いている過程で、年々その願望は強くなっていたのだ。
クラス丸ごと転移するよね! 学生の頃は授業中毎日、足元に魔法陣が現れるのをひたすら祈った。
けれども、そんな非現実は訪れる事なく卒業した。
タンスが異世界に繋がっているかも! 毎日たんすを確認している。
けれども、そんなことは今の所一度もない。
誰かを助けてトラックに轢かれたら異世界に行けるかも! これぞ異世界転生のテンプレ!
けれども、轢かれそうな誰かに巡り合うこともなかったし、そもそもトラックに轢かれる度胸がなかった。
ネトゲをしながら寝落ちしたらゲームの世界にGOだ! ゲーム世界のお約束だ!
けれども、毎日寝落ちするまでゲームをしたが、電気代が嵩むだけだった。そもそもVRMMOなどまだ開発されていない。
ありとあらゆる可能性に期待をしたが、そんな異世界に行けることなど、今までありはしなかった。
異世界などないのだろうか? 仕事にも疲れ、会社を辞め、とことんついていない僕の人生はこのままなにごともなく、ただ漫然と過ぎ去って行くのだろうか。
退職してしばらくはラノベを読んだり、ゲームを心ゆくまで楽しんだりしながら、少しゆっくりとしよう。
そう思っている矢先、
どうやら僕は死んだらしい。
そして今僕は、新たな身体を手に入れたのだった。
僕は目を覚ましたら別人になっていたのです。
やっほ~ぅ! 異世界万歳! ヴィバ異世界!
まだ確証は取れていないが、おそらくここは異世界で、この少年の身体に転生した可能性が高い。
薄暗い谷底に倒れていたので、上を見上げても鈍色の空が見えるだけ。青空じゃないのが僕らしい。
「い、てててて……」
僕は痛む身体で周りを観察する。
周りを見ても、両側に岩壁がそそり立っているのみ。近くには小川というよりも、チョロチョロと少ない水が流れている。
僕は痛む身体を引きずりながらその小川まで行き、とりあえず血がついた手を洗う。
たぶん顔も血まみれだろうが、水量の少ない濁った小川の水で傷口を洗う気にもなれない。バイキン等が入って化膿したら大変だよ。この場所がどことも知れぬ状況で、迂闊に行動しては命取りになり兼ねない。先ずは状況確認と情報収集だ。誰かいないだろうか……。
とりあえず黙ってここにいても仕方がない。こんな場合はどうするか。
切り立った崖は十数メートルの高さがあり、登るのは無理そうだ。ロッククライミングでもやっていれば登れなくはなさそうだが、6〜7階建てのビルディングぐらいの高さの壁が両脇あるので、素人の僕には果てしなく無理だ。よじ登る気にもならない。
ならば谷底をどちらかに向かって歩くしかない。
小川の上流に向かって歩くよりも、下流に向かって歩いた方がいいだろう。これは定石ともいえよう。
上流に行っても山しかない可能性があるし、下流ならいずれ違う川と合流し、その川の近くに街があったりするかもしれない。確実なのは後者だ。
そう選択した僕は、痛む身体を引きずりながら下流に向けて歩き出したのだった。
そして歩きながら思考する。
先ず僕は以前の僕の身体ではなく、違う身体で以前の記憶を保持している。顔はまだ確認していないけれども、子供のような身体つきからして、間違いなくこの少年の体に転生したいえるのではないだろうか。
しかしこれが本当に転生なのか、はたまたここが異世界なのか、元の地球なのか。今の所なんの情報もなく皆目見当がつかないところだ。
そもそもこの身体が誰だったのかも不明。
崖から転落し、頭部を強打した結果、前世の記憶が蘇った元々の僕の身体なのか、転落して死んでしまった他人の身体に、僕の魂が入り込んだのか、どちらにしても調べる方法もない。
ただ、記憶が蘇ったにしても、それまでこの世界に生きてきたこの身体の記憶がないのは理解しがたい。記憶喪失? 前世の記憶が膨大すぎて今世の記憶が埋没してしまった? なにか都合のいい解釈だが、そういったこともあるかもしれない。一考の余地ありと……。
次にこの体の持ち主が死んで、僕の魂がこの身体に宿ったとしたら、そんなこともあり得るかもしれない、としか言えない。
ただこういった場合、ラノベ的に考えるのなら、前の持ち主の記憶がドバーッと頭の中に流れ込んできて、こちらの世界の言葉が理解できるようになったりするものだ。記憶転移みたいに、なんとも形容しがたいご都合設定があったりする。
──うわっ! 頭の中にこの体の持ち主の記憶があぁー、頭が割れるように痛い!
なんて、今の所そんな情報が頭の中に流れてくることは全くない。
頭が割れるように痛いのは、額を岩に強打したからだろう。言葉通りぱっくりと額が割れて血が出ているようだからね。
ちぇ……異世界じゃないのか?
しかし身体が入れ替わっていることは間違いない事実だ。
ここで異世界転生の確率は50%を超えるところだろう。(ラノベ的に)
それならば異世界特有の何かがあるのかもしれない。
もしかしたらここは剣と魔法の世界で、中世の街並みがあったりするのかもしれない。
そして転生した主人公は、神様、または女神様から頂いた特殊能力で成り上がる。無双系の始まりだ!
とはいえ僕は目が覚めたら、既に小汚いほぼマッパな少年だった。神様や女神様と会ってそんな特殊能力を授けてもらった記憶もない。
目覚める少し前に誰かと何か話していたような気がしないでもないが、今の所記憶にございません。
つまり僕は、前世界の日本の家の近所で気を失った(死んだ?)時点から、目を覚まして今(谷底)に至るまで特別なことはまるでなかったみたいだ。
でもうっすらと誰かと会話したような気がしないでもないので、もしかしたら神様的な存在と会話をしたのかもしれないが。(希望的観測です)
ということは、半分の確率でここが異世界なら、僕に何かしらの特殊能力やスキルがある(切に希望)はずだよね?
というわけで、下流に向けて歩きながら、僕はいろいろと異世界ノウハウを実験です。
──ステータス!
声が出しづらいので、頭の中でそう唱えると、目の前に自分のステータスが……現れない。
──ステータス! マイステータス! 能力鑑定! サーチ! ステータスサーチ! 能力開示! パラメーターオープン!
はあはあはぁ……。
なんの反応もありません。声に出さないとダメなのかと思い、声を出しづらいけれども我慢して色々と唱えたが、うんともすんともだった。喉がイガイガする……。
身一つ(ほぼマッパ)で訳のわからない場所に放置されて、特殊能力もなしかよ……。
ステータスすら分からない状況で、成り上がりや無双など、怖くてできない。
それならば持ち物はどうだ? マッパ同然でお金もなにも持っていない。武器すら持っていない。丸腰も丸腰、超丸腰と言ってもいい。
ここが異世界で剣と魔法の世界なら、魔物とか魔獣のような凶暴なやつもいる可能性がある。今の所周りは薄暗いだけで、危険な動物もなにもいそうにないので、たぶん大丈かもしれないが、出会ったら最悪だよ。マッパ同然の超丸腰でどうせぃちゅーのや!
異世界転生後、即詰みパターンだよ。
薄汚れた腰蓑のようなもの一つしかない紙以下の装備、武器もお金も支給されない、おまけに特殊能力すらない。言葉通りの丸腰の状況で、そんな世界に放り出されたら『死ね』、と言われているようなものだぞ? なんともハードな設定でしかない。
これがラノベの主人公だったら、規格外の力や魔法、特殊な武器とか、超優遇スキルを持って、そんなピンチも事もなくサクッと切り抜ける筈だ。
それならば、何か収納のような能力を授けられているのかも。ゲームの世界のようにその中にお金や武器、装備などが入っているとか?
──インベントリ!
そう唱えると、異空間に収納されているアイテムやお金が、目に見えるように……ならなかった。
──インベントリ! アイテム! アイテムボックス! 収納! 異空間収納! マイインベントリ!
はあはあはぁ……。
一応声を出してもみたけど、なにも起こらなかった。
なんてことだ……本当にマッパ同然で異世界に来ただけなのだろうか? マジで即詰みパターンではなかろうか。
なんか不安が募って来る。
そんなことをしながら歩いているが、まだまだ谷底は続いている。
僕は身体の痛みに顔を歪めながら出口を探し、ただひたすら歩くのだった。
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