29話 母へ報告 ★
裸猿のタツヤと研究を始めた翌日。私は一度学校へ向かうことにした。
タツヤから聞いたタツヤの前世の記憶の驚くべき事実を、母に報告するためだ。
それと研究用の機材、魔導具などを借りてゆく予定でもある。高価な機材もあるので、学校の研究施設にしかないものもある。
私は主に学校で研究していたので、個人の資機材も学校に置いてある。下働きを連れてきているので、卒業も近いことだし全て家に持って行かせることにする。家に自分の研究室があるのだから、わざわざ学校に置いておくこともない。
「お母様。大変な事実が判明いたしました!」
校長室の扉をバーンと開き、開口一番そう言った。
「はぁ……ミルキー、あなたは少し行儀作法からやり直した方が良いのではなくて?」
ノックもせずに闖入したことで、母はまた眉間を抑えながら辟易として言う。
「お母様? 行儀作法で研究者の欲求は満たされませんよ?」
「今は研究者の話はしていません。もう卒業も間近だというのに、それではお嫁にゆけなくてよ?」
「嫁にゆく予定はありません。そのうち婿を迎えますから」
「まったく……あなたって子は……」
家の事なんて気にしなくても良いのに、と、母は呆れてそれ以上何も言えなくなった。
嫁にゆく気など更々ない。今は研究が最優先。父が隠居を決めた時に婿を取ればいいだけだ。まあ結婚せずとも養子を迎えてその子に当主の座を継がせてもいいのだし、やり方なんていくらでもある。
「お母様聞いて下さい。タツヤはやはりただの裸猿ではありませんでした。裸猿ですけど裸猿ではないのです」
「……少し落ち着きなさい。裸猿じゃない裸猿って意味が分かりません……」
「ええそうですね。裸猿は裸猿ですからね。でもタツヤ曰く、タツヤは裸猿ではなく、自分を『ニンゲン』という種族だと言っていました」
「ニンゲン?」
タツヤの言うニンゲンという単語を、母も知らないようで首を傾げた。
「とにかくお母様も考えていた通り、タツヤは輪廻転生者です。ですが全く違う転生者なのです!」
「ちょっと待ちなさい。あなたも研究者なら、しっかりと纏めた報告をしなさい。要点も支離滅裂じゃないですか? なんですか転生者だけど違う転生者なんて、意味不明です」
興奮しているのは否めない。だけど母なら回りくどく報告するよりも、普段なら要点を述べれば分かってくれたのだが、今回は理解も及ばないようだ。
私も未だ理解したというにはほど遠いので仕方がないかもしれない。
「実はタツヤは──」
昨日のタツヤから聞いた事柄を、順序よく組み立て母へ報告する。
私も良く理解していない所が多いが、タツヤの言葉通りに話した。
「そう、なるほど、異世界という場所から来た、と彼はそう言ったのね?」
母はタツヤと最初にあった時点から、タツヤを裸猿扱いしていない。彼、と一人の男性扱いをしている。ひと目見た瞬間に、タツヤは他の裸猿とは違う、と見抜いていたに違いない。私達と同じ知能を持った生き物として接し始めたのだから。
「ええ、その世界には私達のような獣人はいなくて、裸猿、いえ、タツヤ曰くニンゲンしか知能を持った人型の生物はいなかったようです」
「裸猿の世界……私達の常識では考えられない世界ですね……しかもその全てが高度な知能を持ち、そして高度な文明を築き生活していたなんて……にわかには信じられないわね」
「ええ、私も半ば冗談と思うほどでした。しかしタツヤはこちらの言葉を覚える知能を有し、こちらの世界と異世界との違いを淡々と語ったのです。物語にしても、覚えたての言語でそう詳しく話せるでしょうか? 私はタツヤの言葉に嘘偽りは、無いと思います」
「確かにそうでしょうね。今の彼に嘘を言うメリットも何もない状態です。しいて言えば嘘を言うことで立場を悪くする可能性がある身分で、嘘はつかないでしょう。自分の立場も理解しているのでしょうし」
「そうですね。タツヤは言葉を覚える前から、自分は奴隷として買われたと理解している節がありました。言葉を覚えてから最初に出た質問も、自分が奴隷なのかどうかでしたから、間違いなく自分の立場を理解しています」
最初言葉も分からなかったときの何もかも悟ったかのような低姿勢振りといい、言葉を理解するまでもなく、自分の立場をいち早く理解していたと思われるタツヤ。言葉を覚えてからも、私のことを「ご主人様」とはじめから呼んでいるのだ。私を敬い低姿勢な態度は、確実に上下関係を理解している。
そこまでの知能を有しているのであれば、自分の立場を悪くする嘘など吐くわけもない。
前世の記憶を持っているからこそ、状況を的確に判断する能力を持っているのだろう。
「でも、そこまで特異な記憶を持っているとなると……これは彼の扱いには、十分に注意が必要ね……」
「注意ですか?」
「ええ、そうおおっぴらに公表できないわね」
母は難しい表情でそう言った。
「公表できない、ですか? 研究成課が発表できないということですか?」
「いいえ、そういう意味ではありません。彼の前世の知識が狙われる危険性があります」
「タツヤの知識を、ですか?」
母はタツヤを世間に公表すると、タツヤ自身の知識を狙った者たちに攫われたりする危険性を仄めかした。
「ミルキーは彼の話を聞いてどう思いましたか? 魔法のない世界で、この世界よりもはるかに進んだ技術があるという話で、その辺りどう考えますか?」
確かにそうだ。最初は魔法のない世界でどうやって生きているの? と考えた。しかし聞く事柄全てが、魔法でもなければできないようなものばかりだった。しかしそれは魔法の力を使わずに、生活のありとあらゆる場所に使われている「技術」だという。
ハッキリいって信じられない話でもある。
「魔法の力を利用せずに、色々な物が作れるのではないかと考えます」
「そうでしょうね。この世界でも豊富な魔力を自在に使える人達は一握りです。大多数が生活に魔法を使う魔力も乏しく、魔法石を触媒にして動く魔導具を使っている状態です。そんななか魔法を使わずに生活できる技術とやらがあると聞いたらどうしますか?」
「便利だな、と思います」
「それは当たり前です。便利だから異世界人の彼らの世界でも使っていたのでしょうから。要はその便利なものが全て魔力を使わないということです」
魔力量の差がこの世界での上下関係を生んでいるといっても過言ではない。
魔力量の少ない者達は、自分の魔力を生活に充てるのも精一杯。むしろ仕事に魔力を使うと、生活に必要な魔力まで補えない。すると自ずと魔法石に依存した生活を余儀なくされているのだ。
そこに魔力を使わない技術が応用できれば、一般庶民の生活は非常に楽になる。それに必然的に魔力消費が抑えられ、国の総魔力量も底上げされる。
これは大変なことだ。
元来、私達猫族を含めた獣人は、昔から魔力に依存して生きて来た。魔力が無ければ生きていけないほど、魔力は個人の生活にも、街の維持にも、それに国の維持にも必要なものなのだ。
国が保有する総魔力量が国力の目安。要は各国間の力関係に大きく影響を及ぼす程だ。
魔力の豊富な国は、それだけで富んでいるといえるだろう。万が一戦争にでもなろうものなら、総魔力量が勝敗を分けると言ってもいいほどだ。
それだけ魔力が豊富な国は国力が高いといえる。
「これは、お父様とお母様の研究成果どころではないですね……一歩間違えば、世界に混乱を招くかもしれません……」
「そうでしょうね。わたし達の発見もそうでしたが、要は知識の使い方を間違えてしまえばとんでもないことになります。それがもしも悪用されたり、他国に渡った時には、取り返しがつかない事態になるかもしれませんよ?」
「確かにそうですね……」
もしも自分の利益しか考えないような人にその知識を奪われたら、確かに国は富むかもしれない。しかし裏を返せば、他の国にその知識が漏れ出せば、他国が富む。より高値を付ける所に売ろうとすれば、今現在豊かな国が一方的に国力を増強させることになるだろう。
パワーバランスが総崩れするかもしれない。そうなれば種族間の抗争も今よりも激しくなり、絶滅するような種族も出てくるかもしれない。
「そこまで考えが及びませんでした」
「まあ、そうすぐに結果は出ないでしょうが、その知識を持つべき者が持たなければ、後々大変な事態になるのは間違いないでしょう」
「そうですね……では、タツヤの研究はこのまま秘匿すべきですか?」
「もちろん今時点では研究結果も秘匿しておくべきでしょう。ですが時期を見計らって精査した後に公表すべきだということです。然るべき受け皿を用意しておかなければ、国自体が混乱しかねませんから」
タツヤの扱いが難しくなってきた。
珍しい転生者の個体だからと言って浮かれている場合ではなくなった。
「今の所誰にも彼の存在は知れていないのですから、まだ彼の存在を隠すことは出来るでしょう」
「ですが噂は消せませんよ? どうしましょう……」
「噂は単なる噂でしかありません。こちらから公表しない限りそんな噂は、じき消えてゆきますよ」
そう簡単に消えてくれるといいのだが、既に厄介な奴に目を付けられているのも事実だ。
ここは普通の裸猿でしたと常に強調しておけばいいかしら?
「それでも裸猿は虚弱ですからいつ死ぬとも限りませんので、研究だけはしっかりと続けなさい。後先を考えすぎて委縮して研究するようでは、研究者としての目を曇らせることにもなり兼ねませんからね」
「はい、分かりましたお母様」
研究者の精神とは、禁忌に触れてでも折ってはいけない。
昔の研究者はそうして数々の謎を解き明かしていったのだ。私にだってその精神は受け継がれている、はずだ。
こうして母への報告を終え、必要な機材の借用書を提出して許可を貰い、私は学内の自分の研究室へと向かうことにした。
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