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28話 期待

 ミルキーご主人様の研究、というかとりあえず質問の嵐を僕は受けた。


 どうやらご主人様は、この世界の人々、獣人がどうして、なんの目的があって生まれたのかを追求したいようだ。

 この世界は、専ら神が創造した世界、と精神論が人々の根底にはあるらしい。大地を創り空を創り、そして人々が創られた、と。

 そしてそれとは相反して進化の末、人々は英知を得た。と進化論を唱える学者もいるらしい。


 僕は最初、ご主人様は後者だとばかり考えていたが、話を聞いてゆく内にそのどちらでもないことがよく分かる。


 僕はそんな生物学に明るいわけでもないし、研究に携わった経験すらないが、これでも伊達にオタクをしていたわけではない。世界の不思議とかには意外と興味を持っていた。


 ともあれ、この異世界に転生して、すでに奴隷落ちまでしているので、僕の意思とか無関係に僕は流されてゆくだけだ。

 僕を買ってくれたミルキーご主人様の手伝いをすることを、僕は拒むことはできないのである。


 人間は時として弱いものである。この厳しい現状でこの世界に一人で放り出されでもしたら、それこそ数日と待たずに野垂れ死ぬことだろう。

 それに今知った情報では、僕とマロンは、人間とは呼ばず裸猿というらしい。この裸猿という存在は、この世界で最も底辺にいる種族でしかないようだ。ご主人様はともかく、その他大勢は、裸猿を動物以下の存在として認知しているらしい。そんな世界に裸猿である僕が放り出されたら、おそらくまともに一人で生きてゆくことなどできないだろう。

 そうなると、この先なんとか生きていこうとするならば、誰かの庇護が絶対に必要だ。長い物には巻かれろという精神ではないが、時にはそうせざるを得ない現実だってある。

 その辺りの処世術は、前世で習得済みなのだ。


「お姉様、ただいま戻りました」


 そうこう色々な話をしていると、夕方近くになってご主人様の妹である、キャンディーお嬢様が研究室に入って来た。

 まだ幼い容姿をしているが、利発そうで可愛い獣人少女である。クリッとした瞳と、整った顔立ち、モフモフでふかふかしていそうな猫耳と尻尾は、一度は触れてみたい欲求に駆られる。

 ご主人様は艶のある綺麗な赤髪だが、キャンディーお嬢様は、色素の薄い赤髪で、ピンク色に見えなくもない。


「あら、お帰りなさいキャンディー。早いのね、生徒会の方はもういいの?」

「もぅー、お姉様ご自身は好きな研究をしているから楽しそうですけれど、お姉様の尻拭いで、生徒会の仕事を押し付けられたわたしの身にもなってくださいませ。自分の勉強も、研究も遅々として進まないではないですか。これでは単位の先取りも遅れてしまいます。そうやって楽しそうにお姉様だけ学校をお休みになって研究を進めているし、わたしも研究がしたいのに……お姉様はズルいです!」

「あら、私だって一期生の頃から生徒会に強制的に参加させられていたのですよ? 立場は今のミルキーとなんら変わりませんよ。それでも四年で全ての単位を履修できたのですから、勉学も研究もヤル気の問題です」

「生徒会とはいっても、生徒会長代理ではなかったですよね? 仕事量が全く違うではないですか!」


 プンスカと鼻息荒くし、姉であるご主人様に当たり散らすキャンディーお嬢様。

 よほど腹に据えかねているご様子だ。


 キャンディーお嬢様とは最初に会っただけで、その後は顔も見せてくれなかった。

 言葉の勉強の邪魔になるからと、ご主人様が入室禁止を言い渡していたらしい。昼間は学校が忙しいそうなので、ほとんど屋敷にいないだろうから仕方がない。それに僕に付きっ切りで相手をしてくれたご主人様も、その間滅多に顔を合わせなかったようだ。

 聞いていると、どうやらご主人様が余計な仕事を妹のキャンディーお嬢様に押し付けたみたいだ。

 それでこの憤慨ぶりなのだろう。


 まあ、可愛い猫の獣人が姉妹で口喧嘩している姿は、なんか微笑ましいが。

 キャンディーお嬢様とはあまり顔を合わせていなかったので、マロンも少し警戒気味だ。少し怯えながら僕の服を掴み、陰に隠れるようにしている。


「それはそうね。でも、悪いことばかりではないわよ? 早くから生徒会に顔を売っておけば、それなりに学校生活は有意義に過ごせるはずです。私は今年で卒業ですし、キャンディーはこれからまだ6年も在学しなければならないのですよ? その間に他の貴族連中に生徒会を牛耳られでもしたら、平穏な学園生活が脅かされる危険性だってあるのです。ですから生徒会をあなたが牛耳れるように、今から味方になってくれるようなブレーンを集めておきなさい。もっともそれがお父様とお母様の心労の軽減にも繋がるのですから、少しは我が家のために頑張りなさい」

「我が家というよりも、大部分がお姉様のためになっているようなのは心外です……けれど、わたしもそうした方が良いと感じます……」


 半分不貞腐れた顔をしているが、ご主人様の言い分が正論に近いものなのだろう。キャンディーお嬢様は渋々だが納得したようだ。

 まあ、僕には今の所なんのお話をしているのか、よくわかっていないが……。


「それは重畳です」

「ですが明日は学校にお越しください。お姉様でなければ解決しないような案件が幾つかあるのです」

「そうね、明日はお母様に報告することもありますし、もうそろそろ会長選挙の時期も近づいていますから顔を出しますよ」

「顔を出すだけではなく、しっかりと生徒会長の仕事もして下いまし。特に問題なのは、例の方ですから、それだけは確実にお姉様が対処して下さいませ」

「例のって……またバーン?」

「いいえ、バーン様ではなく、弟のハイド様が何かバーン様の件でご相談があるようです。どこか急ぎの用件らしく、とても慌てているご様子でした」

「ハイドが?……分かりました。明日お話ししてみましょう」


 ご主人様がそう言うとキャンディーお嬢様は、一仕事を達成した様子で、ホッとしたように微笑む。

 僕にはなんのお話かちんぷんかんぷんだが、どうやら一通りのお話は済んだようだ。


「それで裸猿のタッ君は、言葉を覚えたのですって?」

「あら、耳が早いこと」


 次は僕の話題のようだ。

 だが『タッ君』? なんか小学生の時そう呼ばれていた記憶があるが、可愛い猫耳少女にそう呼ばれると、なにかとこそばゆい。

 中身30歳のおっさんに、『タッ君』はないだろう。と思ってしまうが……まあ、これもありだな。


「今朝ミッチェルから聞きました。お姉様が今日から本格的な研究を開始する、と。ということは言葉の壁は取り払われたのか、若しくは教えるのを諦めたかのどちらかしかありませんから。ですけどこの短期間でお姉様が諦めるとは思えませんでしたので、わたしはタッ君が言葉を覚えたと結論づけました」

「さすがね」

「で、どうなんですか? 裸猿のタッ君は本当に話せるようになりました?」

「そんなに気になるのなら、ご自分で確かめてみなさいな」

「えっ? よろしいのですか?」

「どうぞ。タツヤも私の可愛い妹とお話できて嬉しいでしょうしね」


 はい、嬉しいです!

 できれば是非ともモフらせて欲しいです!

 なんて言ったらどうなるだろう。殺されはしないだろうけど、白い目で見られるのは間違いないな。

 まあ余計なことは言いません。奴隷としての振る舞いを心掛けます。


「では、タッ君こんにちは」

「ご機嫌麗しく、キャンディーお嬢様」

「──やぁ! 本当に言葉を話してる‼︎」


 僕は席を立ち奴隷らしく恭しく挨拶すると、キャンディーお嬢様はキャラリン! と瞳を大きく見開き驚いた。


「よくこんな短期間で言葉を理解できたわね? タッ君は優秀なのね?」

「いいえ、ミルキーご主人様がお優しく、それに根気よく教えて下さったからです。特段僕が優秀なわけではございません」

「やぁーっ! 謙遜までできるなんて、なんて優秀なんでしょう! どこぞの貴族のバカ息子やバカ息女辺りに見習って欲しいほどです。ねえ、お姉様!」

「全くその通りですわ」


 著しくテンションが上がるキャンディーお嬢様。若干丁寧な言葉遣いも忘れがちになってきている。

 でもチョット惜しい、やぁー、とか、やぁーっ、の前に『に』を付けると、それらしく聞こえるのだが、実に惜しい。オタク心をくすぐるにはもう一声なんだが……。


 まあ、貴族を引き合いに出されても、僕にはこの世界の貴族がどういった人種なのかは分からない。この話塩梅からすると、結構横柄な輩が多いのだろうか。ラノベでお馴染みの貴族以外の奴らは人じゃない、的な、ヘイトをしこたま貯めるような貴族が多いのだろうか?

 しかしご主人様達も貴族のようだし、貴族全般がそういった人達ではないのだろう。


「もう裸猿のことを少しはわかったのですか?」

「いいえ、まだ始めたばかりですけど、驚くべき事実が多すぎて、なにから手をつけようか悩んでいるところですよ」

「驚くべき事実、ですか……詳しくどういった事実なのでしょうか?」

「詳しくは夕食の時にでもお話しましょう。ちょうどお父様も王都から今日お戻りになるでしょうから」

「はい、楽しみに致します」


 僕のことが夕飯のおかずになるみたいだ。


「お姉様、それよりも裸猿の魔力や体力測定は終了したのですか?」

「いいえ、まだしていませんよ。その機材も学校から借りてこようかと、明日お母様にお願いしようと考えていた所です」


 なに! 魔力と体力測定? それを僕に使うということか?

 こ、これはもしや、ここから僕の異世界無双で下剋上が始まる予感! 最底辺からの成り上がりイベントか!


「では、その時はわたしも立ち会わせてくださいませ! わたしの研究にもきっと良いデータが取れると思うのです」

「うふふ、良いわよ、その時には一緒に致しましょう」

「ありがとう存じます、お姉様!」


 ご主人様の許可を得たキャンディーお嬢様は、嬉々として喜び、俄然やる気を漲らせる。

 どうやらその測定とやらに興味津々のご様子だ。なんなら僕も期待値マックスです。


「あのう、質問よろしいでしょうか?」

「ええ、なにタツヤ?」

「その、僕にも魔力とか魔法を使えるような素養があるのですか?」


 気になったので訊ねてみた。

 空白の記憶のように、神の気まぐれで隠された何かが僕にもあるかもしれない。

 きっと元の世界の言葉で魔法を発動しようとしたから、全く魔法が使えなかった。とかがあるかもしれないしね。(諦めようとしない頑固者)


「ええ、この世界に魔力を持たない生物はいません。多少なりともみんなが持ち合わせている力ですから。ただ、魔力量の多い少ないは個人差と、種族によっても変わります。裸猿でいえば、データは少ないですが、基本的に魔力量は非常に少ないです」

「……」


 裸猿は非常に少ない……うーん、なんか微妙な感じになってきたな。聞かなきゃよかったよ。

 測定してから魔力があると聞いた方がテンション上がったかもしれない。でも初めから少なめ、それも非常に少ない言われたら、期待値がダダ下がりだ。


 でも生物全般が魔力を持っているというのは、多少は期待できる。面白そうな世界だ。

 もしかしたら、ってことも無きにしも非ずだからね。神様が何かと便宜を図ってくれているかもしれないしね。(観測的希望)


「では体力測定とは、どういうものですか?」

「ええーと、それは専門のキャンディーに説明お願いしようかしら」

「はい、お姉様! わたしにお任せください!」


 おや? どうやらこの事柄については、ご主人様は専門外でキャンディーお嬢様が専門に研究しているということか?

 なんか優秀な姉妹だね。


「タッ君、ええとね体力測定とは、基本的な体力を色々な器具を使って測定するのですよ」

「……」


 そのまんまじゃないか!

 学生時代の体力測定と同じって事?


「あ、なんか言葉そのままだと思っている?」

「──‼︎」


 なっ! 心を読まれたか⁉︎ エスパー猫娘‼︎


「あはは、心を読んだわけじゃないよ? そんな顔していた。こんな表情豊かな裸猿なんて初めて見たよ」


 カラカラと笑うエスパー猫娘。どうもやり辛い。


「ええとね、話せば長くなるのですが、この世界にはまだ解明されていないけど、目に見えない不思議な力を授かるシステムがあるの。例えば体格が似たような二人がいたとして、標準的な体型で筋肉量がほぼ同じだとします。それがある条件を満たしてゆけば同じ筋肉量でもそれ以上の力を出せる者と、出せない者がいるのです。それと同じで、同じ筋肉量でもなにもしなければ当然出せるであろう力もだせない。そんな不思議な力を、神の補正と呼んでいるの」

「神の補正ですか……」


 むむむ……これはあれか? レベル的な物が存在しているというのか?

 そうであれば、努力次第では強くなれるかもしれない……僕無双も……いや、根本的に最底辺が今から頑張って、無双できるまで強くなるのにどれくらいかかるか分からない。そもそも獣人さん達は生まれた時からなにがしかそういったことをしてきているだろう。これから努力したところでマイナススタートは埋められないかもしれないな……。


「それは、レベルとかいうのではないですか?」

「レベル? レベルとはよく分かりませんけど、神の補正です」

「それでは、その力を数値的に見ることができるとか?」

「むぅ~見るとかそういうのではないですよ? 数値化できないわけではないですけど、測定者の主観ですから、全ての人が同じ数値で表せるとは限りませんからね」

「……」


 どうやら能力鑑定とかでもなさそうだ。ステータスすら見られないとなれば、ただ漠然と力が強くなったぜ! と思うしかないよね。筋肉が増えただけじゃね? って事にもなり兼ねない。筋肉の質だって個人個人で違うだろうし、赤筋と白筋の比率でも、瞬発力や持久力が違って来るからね。

 でも同じ筋肉量でなにかしらの補正がかかるというのであれば、やはりレベル的なものか、スキル的な何かが作用するのかもしれない。それによってステータスに補正がかかるというのが有力かもしれないな。


 いかんせんそれを見ることができないのであれば、レベルもスキルも、ステータスすら分からな状態だ。本当にあるのかも微妙な線だと感じる。


 その後もキャンディーお嬢様の長々とした話は続いた。

 どれほどこの研究に意味があるのか。この判定法が確立されると世界のパワーバランスは猫族に傾くとか、熱弁はとどまることを知らなかった。

 本当に長かった。



 こうして翌日、僕とマロンは、その魔力と体力の測定を行うことになるのだった。


お読み頂きありがとうございます。



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