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27話 研究の方向性 ★

 裸猿の雄、タツヤに粗方言葉を教え終わり、斯くして私は本来の研究を始めることにしたのだ。


 しかしこの短期間(約3か月)で、これほどまで話せるようになるとは思わなかった。

 まだまだ知らない単語があるようだが、普通の会話は何の問題もなくできるまでになったのだ。最初は切れ切れだった発音も、しっかりと流暢に話せるまでになっている。

 とても裸猿とは思えない優秀さだ。


 これで裸猿の生態が解明される。若しくは輪廻転生の信憑性がグンと高まり、過去の世界の情報がわんさか手に入る。

 そう思っていた。

 が、しかし、私の予想ははずれ、研究を始めて数分で未知なる領域へと足を進めることになったのだ。


 とにかくタツヤは、裸猿として生きていた記憶を一切持っていない。最初から覚えていないのか、それとも忘れてしまったのかは定かではないが、気がついたら谷底で倒れていたそうだ。

 それ以前の記憶はなく。自分が裸猿という動物だとすら今の今まで分からなかったという。


 これで裸猿の生体を詳しく知ることは出来なくなった。

 でも、まだタツヤも雌の裸猿のマロンも生きているので、今後二匹を研究する事で徐々に謎だった生態も分かってくるだろう。そこは気長に攻めたいと思っている。

 とにかく二匹の精神状態も今の所良好で、病気になるそぶりも見せていないので、そこは安心材料だ。


 そして私の予想通りタツヤは、前世の記憶を持って裸猿に生まれ変わった輪廻転生者ということも判明した。

 だが判明したのは良いのだが、そこからは私の予想をはるかに上回るような事柄だった。


 なんとタツヤはこの世界での転生ではなく、他の世界から転生してきたという事実だ。

 タツヤはそれを異なる世界、異世界と呼んでいた。

 そしてその異世界は、私の想像をはるかに超越するような、奇想天外な世界のようだった。


 わたし達のような獣人は一切存在せず、精霊族も存在しない世界。

 いるのは裸猿だけ。タツヤ曰くニンゲンと自分達を呼んでいたが、その裸猿しか存在しない世界だということだ。

 そしてその裸猿はほぼ全て言葉を話すらしい。さらに驚くべきは、魔法がない世界で、その代わり異常に発達した技術があり、高度な文明を築いていたという。

 差し当ってその技術の一端を訊いてみたが、魔法でもない限り不可能なような技術ばかりだった。


 遠く離れた人と会話が可能な装置、多くの情報が指一本で閲覧できる装置、高速で移動できる馬要らずの乗り物、超高速で空を飛ぶ乗り物、などなど。

聞いていても頭がついてゆかない程に奇天烈なものが多かった。


 とにかくタツヤという裸猿は、そんな世界で以前は生活していたと淡々と語ったのだった。


 これは私一人では手に負えないほどの研究素材なのかもしれない。そう思い始めた。

 とりあえず私の研究から大幅に逸れる可能性はあるが、その事も含めて研究を進める

結論に至った。


「それでタツヤは、この世界に何のために転生してきたと考えているの?」

「うーん……それは分かりません。異世界に転生とか転移する事に憧れてはいましたけど、一度死んで神とやらがいたのなら、転生させてくれと頼んだのかもしれませんね」

「神に転生をお願いしたのですか?」

「いえ、記憶に不自然な空白部分があるので、死んでから次目覚めるまでの間になにかあったのかもしれませんが……今は覚えていないのです……」


 なんとも興味深い発言だ。

 神という存在は、この世界では非常に身近だ。その神に死んだ後にお願いすれば、記憶を持ったまま転生できるということだろうか。

もしそれが事実ならば、神殿や教会が騒ぎ出すかもしれない。死の概念すら変わってくる。

 これは思い出して欲しくない危険な記憶かもしれない。だからこそ神が私達の前世の記憶を操作しているのかもしれない。穿ち過ぎだろうか……。


「なにより、今僕はご主人様の奴隷ですので、この世界でなにをする為に生まれて来たという以前に、ご主人様の御命令に従うのみです」

「そう……」


 なんとも健気な考えだろうか。

 タツヤは今自分が置かれた状況を冷静に判断し行動している。諦め、というよりもどこか達観し、自分の置かれた残酷な状況すら、既に受け入れているように見受けられる。

 そもそも話を聞くと、タツヤの前世の記憶が蘇ってからは、残酷なサバイバル状態だったはずだ。ただ生きるために足を進ませ、毒草を食らい、畑を見つけて生きるために作物を盗み食いした。そして捕まり、最終的に私に買われた。

 ただなるようにして奴隷になってしまった。それだけだ。あの酷い怪我で抵抗すらできずにただ生きるために流されただけ。


 これが私だったらどうだろう? 右も左も分からない世界に来て、空腹で死にそうになり、挙句の果てに奴隷になる。

 うぁ、最悪の展開だよ! 私だったらこうも素直に享受などできない。


「タツヤは随分と達観しているのですね?」

「いいえ、達観などしていません。自分を取り巻く大きな流れに逆らっては、この世界で生きていくのは厳しいと最初に悟っただけです。それにご主人様に買われなければ、おそらくそう長くは生きていられなかったでしょう。命の恩人に礼を尽くすのは当然の事です」


 うーん、それを達観していると言うのだと思うけど。

 前の世界は話が確かなら、この世界よりもはるかに発展した世界だったはずだ。それが急転直下の最低な境遇に突然放り出されるなんて……。

 私には我慢できないわー……。

 偉い、偉いよタツヤ!


 その心意気に打たれた私は、タツヤとマロンはぞんざいに扱わないと心に決めた。


「ご主人様は、どんな研究を専攻しているのですか?」

「私は考古学全般とメインはこの世界の動物の進化論かな。主に獣人族。でも精霊族も興味はあるけど、そうそう研究できるほど身近にいないしね……」

「進化論ですか。それは壮大ですね」

「壮大って程でもないわよ。ある程度の進化の過程は他の研究者が紐解いているけれど、私はその進化論自体がどこかおかしいと感じているの。だから突き詰めて研究したいだけ」

「今の進化論はおかしいのですか?」

「ええ、辻褄が合わないのよ。だから研究するの」


 この世界の獣人は、ある時期を境に突然進化したと今は考えられている。だがその理論は理に適っているようで、どこかちぐはぐな印象を受ける。


 その前に、この世界では、獣人がこの世界に生まれた説は、大きく分けて二つある。

 神々に依って創り出されたという創造説と、動物から進化したという進化説だ。


 神々を信望する者たちは、私達獣人の身体は『神が作りたもうた唯一無二の魂の容れ物』として、進化説を全否定している。

 私達の身体は、低能で野蛮な動物から進化したなどあり得ない、と。


 私も一部共感できるところはあるが、はたしてそれでは、いつ、神は私達を創造したのか。

 それに関する資料は、今の所聖典に書かれている記述にしかないのだ。


 『世界は闇に包まれ、そして男神タイタンが再び地上を明るく照らし、女神ルミナが夜闇を優しく包む時、神は人々を創造なさいました』


 と記述されている。

 しかし、いつ、どこで、どんな人種が創造されたのかは明記されていない。

 そもそも聖典自体が本物かどうかも怪しい。2000年以上も前に書かれたと言われているが、この世に現存する聖典は、どれもみな新しく、古くとも200年ほど前に書かれた聖典が最古のものと認定されている。原本はなく、中身も2000年前と同じだとは限らない。

 はっきりと言えるのは、文字も紙の本も、200年以上昔にはなかったものだ。原本が本当にあったかどうかさえ疑わしいものだが、聖職者はそれを頑なに信じ、布教している。


 さて進化論の方はと言えば、これも微妙に本筋から逸脱した理論が多い。


 進化とは動物が数万年規模で地道に姿を変えて行くことを言うのだが、この進化論は、ある時期を境に突然変異的に動物が獣人化したというものである。

 その時期は、とある研究者が発表した論文には、およそ5千年前と発表されていた。根拠としては、その時期の地層に動物から進化した初期の獣人の骨があった。という漠然としたものだ。

 だがこの論文が今の所、最も有力な説として世界に認知されている。


 ここで疑問なのは、そのある時期を境に、数種の動物が全て獣人化する進化を同時に起こすだろうか、という疑問だ。

 単純に考えてもそんな進化など考えられない。同時期に獣人がこの世界に現れたというのなら、どこか意図的に作られたとしか考えられないのだ。


 それにその中に精霊族の存在はどこにもない。

 なにより精霊族と獣人族は、身体のつくりから何から何まで違う。進化元すら不明なのだ。


 そしてここで問題になるのは裸猿の存在だ。

 5千年以上昔の地層から獣人の骨は発掘されない。けれども、それ以前の地層からは、なぜか裸猿と思われる骨が多数発掘される。それと古代遺跡と呼ばれる場所には、必ずと言っていいほど裸猿の骨が見つかるのだ。

 この矛盾に研究者は、一度滅んだ古代文明の名残だろうと言うだけで、古代文明の研究すらしない。


 なぜ裸猿が古代文明の遺跡から発見されるのか。そして今現在の裸猿と、その古代文明の時代の裸猿はどう違うのか。

 そこにこの世界のあらましを見るような気がするのだ。


 私の見解では、この世界は意図的に作られた世界。そう思えて仕方ないのだ。



「そうですね、色々な痕跡からその時代を検分し、どう進化してきたのかを予測するのですから、新発見があれば過去の研究結果など簡単に覆ってしまいますからね。そう考えれば闇の中を手探りで正解を探すような大変な研究ですね」

「そうなのよね。実際獣人がいつこの世界に現れ、その前、古代文明時代には何故いなかったのか。それと共に、古代文明時代にいたであろう裸猿がなぜ現在では低知能な動物として存在しているのか。その辺りが解明されたら、私達の世界の成り立ちが少しは解明される気がするのよ」

「凄いですね、尊敬致します。僕がお手伝いできることは何でも致します。ご主人様の研究の一助になれば幸いです」

「うふふ、ありがとうタツヤ」


 研究対象でもある裸猿のタツヤも、とても協力的なことを言ってくれる。


 なんか自分の荒唐無稽な研究を、認めてくれたようで、裸猿であっても嬉しくなった。


「でも、僕の前の世界でもそんなことはあったかもしれませんね。何者かに依って意図的に隠されていたり、本質が歪曲されて伝わっているような。そんなことはどこの世界にでもあるのですね」



 そして、タツヤのこの一言で、後に私は一つの仮定を立てることになるのだが、今はまだその重要性に気付かないのだった。


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