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26話 研究対象

 それはミルキーご主人様の話から始まった。


 僕はご主人様の対面に座り、姿勢を正し真剣に聞く。マロンも、聞いているのかどうかはわからないが、僕の片腕を握りながらおとなしく座っているので問題ない。


「私達の種族は、獣人の中の猫族という種族になるの。タツヤ達の種族は、裸猿と呼ばれているわ」

「裸猿ですか……」

「種族というよりは品種かしら」


 種族的な話を聞くに、僕やマロンの種族は、猿の中でも裸の猿と区分されているらしい。


「人間として区分されているのではないのですね……?」

「ニンゲン? その意味はわからないけど、人と呼ばれるのは獣人だけね。他にもこの世界には精霊族がいるわ。主に彼らは種族名で呼ばれるから、ニンゲンといった分類はこの世界に存在しないわね」

「……」


 おっと、のっけからヘビーな話を聞いてしまった。人間という言葉自体、探してもなかったので元の世界の言葉で代用したのだが、本当にそれを意味する言葉自体もないようだ。訳すのなら獣人が人間に当たるのだろう。

 裸猿という単語は何度も聞いているが、それがなんの意味なのかはよくわからなかった。裸の意味と、野生の猿という単語の組み合わせからして、多少は予想できていたが、僕達の種族名、いや品種だとは考えもしなかった。

 そもそも僕は、人間というのだとばかり考えていたので当然と言えば当然だ。


 とにかく僕とマロンは、野生の猿と大別されている。品種というからには動物と同じ括りと考えられているのだろう。

 一人、二人ではなく、一匹、二匹と数えるのはそのせいか……。


「そもそも、裸猿が名前を持っている自体、タツヤとマロンがこの世界で最初の裸猿なのよ。それに言葉を口にするのもタツヤが最初。今まで報告例も上がっていないの」


 どうやら予想通りらしい。

 僕達裸猿という種族は、マロンのように言葉を話さないのが普通らしい。


「もっとも裸猿には、未だ生態すら知られていない部分が多いから、もしかしたらそんな個体、集団もいるのかも知れないけれど、今の所言葉らしきものを発し、なおかつこの世界の言葉を覚えられたのは、あなたしかいないわ。私の予想では、マロンの名前をつけたのはタツヤだと考えているのだけど、どうかしら?」

「はい、その通りです」


 名前があった方が呼びやすいと思ったから名付けただけだ。いつまでも『先輩少女』と呼ぶのもなんだったからね。


「やはりね……ということでここからが本題よ。答えたくないのなら別に答えなくともいいけど、できれば正直に話して欲しいかな? 隷属紋で無理に聞き出すこともしたくないしね」


 僕とマロンの胸に施された奴隷紋、本当の名前は隷属紋というらしい。

 主人へ敵対行動をしたり、命令には逆らえないような魔法がかけられており、逆らうと苦痛を与える魔法の術式だという話である。

 今の所そんな苦痛は受けたことが無いが、やはりファンタジー色の強い世界みたいだ。

 かといって僕がその隷属紋を刻み込まれるなど、考えもしなかったけれども……。

 ラノベ的に言えば、無双系スキルを得た主人公が、可愛い女性の奴隷なんかを侍らせるハーレム展開が多いが、主人公が端から奴隷ってどういうことだろう? 展開が底辺過ぎる。

 僕はそもそも主人公ではない、のだろうが……。


「はい、ご主人様の命令に背くことは致しません。ちなみに僕達は奴隷という立場で間違い無いのでしょうか?」

「うーん。隷属紋を施したので奴隷と言って差し支えないのだけれど、根本的には違うわよ。先ほども話した通り、裸猿はこの世界では低知能の動物扱いで、奴隷と呼ぶべきものじゃないの。本来なら裸猿にとって隷属紋は(しつけ)の用途でしかないの。でもタツヤは意思疎通が取れるうえに私達と同等、もしくはそれ以上の知能を持っているようだから、今は奴隷という認識でいいと思うわ」

「なるほど、理解いたしました」


 ふむ、どうやら奴隷とは、ご主人様達と同程度の知能を持った、獣人がなるようなものらしい。

 僕達裸猿は、奴隷にすらなれない。ペットのように躾が目的なペット枠、というよりは、それ以下の存在としてこの世界で認知されているということらしい。

 たんに命令すら理解できず、唸って暴れることを抑えるための、躾用に隷属紋を刻み込むに過ぎないということだ。

 犬や猫でもきちんと躾ければ主人の命令を聞くようになるのだが、今までの裸猿はそれすらもなかったらしい。故に苦痛を与えて暴れることを抑えるのだとか。何とも数奇な運命を持っているんだ裸猿よ……。

 ペット以下って、どうなの? 人間扱い以前に、動物以下の扱いって、最低な転生だよ……。


 なんとも知れば知る程僕の立場は、限りなく底辺に近づいてゆくようだ。

 その内昆虫とかと同レベルになりそうで怖い。


「ということでタツヤ。あなたの知能は、常識的にも他の裸猿から逸脱しているし、はっきり言って私達獣人よりも優れている可能性がある。教えていないにもかかわらず、できることが多すぎるしね。ひょっとしてあなたが生まれた所、裸猿の集落は、これが当然の事だったのかしら?」


 ご主人様はメモを取りながら興味津々に訊いてくる。


「いいえ、分かりません。僕が気付いた時には、周りには誰もいなくて一人でした」


 谷底で目が覚めた時からの記憶しかないので、正直に言った。


「気付いた時? それは、すなわち記憶がそれ以前はないということかな?」

「はい、谷底で目を覚ました時、僕はそれ以前の記憶を失っていたようです」

「それはいつ頃の話?」

「はい、ここに来る少し前の話です」

「少し前って、具体的には?」

「谷底で目を覚ました僕は、大雨で流され森のようなところでまた目を覚ましました。森を何日か彷徨いやっと森を抜け出し、そこで小さな村を見つけ、お腹が空いていたので畑の作物を無断で食べて捕まりました。それから牢獄のような所に連れて来られ、そこでマロンと出会いました。次にジェイソンさんのところに移され、そしてご主人様に買われました。それからはご主人様のご存じの通りです」


 僕はここに至るまでの経緯を簡潔に話した。


「なるほど。そうすると、直近の記憶しかないってことで間違いないのね?」

「はい、間違いありません」

「それにしては、言葉のようなものや、文字を書く知識、諸々の所作、などは忘れていないということは、どういう事かしら?」

「それは……」


 異世界から転生してきたのですよ!

 と言っても信じてくれるだろうか?

 まあ物語的に考えれば、異世界の記憶を持ったまま転生したとかは、秘匿するべき事案だ。色々なチート的能力や前世界の知恵の源は秘匿されるべきものであり、異世界で主人公として成り上がるためには、秘密にすべき重大な事柄である。


 しかしそれは物語での話。

 今の僕にはチートらしき力もないし、そもそも底辺まっしぐらなのだ。ご主人様に買われなければ野垂れ死んでいたかもしれない。

 それにご主人様は信用できる人柄を持っている。

 僕の人を見る目はそれなりに確かだと自負している。世間の荒波をひっそりと生き抜いてきて、人を見る目と空気を読むスキルは健在なのだ。

 ご主人様は、前の世界のブラック企業の腹黒社長や上司などよりは、間違いなく信用の置ける人だろうと考えられる。こうして生きていられるのもご主人様のお陰だし、隠すべき能力も持たないのだから、正直に話すことにした。


 まあ奴隷として買われた以上、隠し事もできないのだろうけどね。


「それはタツヤ。あなたは前世の記憶を持って生まれて来た。もしくはその谷底で記憶を取り戻したか、転生した以前の記憶を持っているという事じゃない?」

「……!」


 ご主人様はダイレクトに核心に触れてくる。

 頭が良いということはわかっていたが、ここまで切れ者だったとは思いもしなかった。異世界人にもそんな知識があるとは、とても興味深い。


「どう?」

「はい、その通りです」

「やっぱりね! 私の予想通りだわ!」


 ご主人様はパッと表情を明るくさせ、自分の予想が正しかったことに喜びを隠しきれない。


「それなら前はどの時代で生きていたのかしら? それと種族はなんの獣人だったの? もしかして精霊族だったのかしら? いえ、言葉の意味が分からないという事は、この世界の共通語ができる前? 原始人かしら? いやいや、それなら文字を書くのもおかしいしわね……でも精霊族なら、もしかしてそんな言語を大昔は使っていて、文字も書いていたかも知れないし……」


 質問なのか考えを整理しているのかよく分からない。考えながらブツブツと独り言とも取れる言動を繰り返している。

 ご主人様は、僕が転生者とわかりテンションが一気に上がったようだ。

 しかしその考えは少し的を外している。ご主人様は、おそらく僕が前世をこの世界のどこかで生きていた何者かと考えているようだ。獣人であるのか精霊族であるのかを悩んでいる。

 しかし残念ながら前世もこの裸猿なのですよ。というよりも裸猿しかいない異世界です。


「ご主人様。僕が以前生きていた世界は、この世界とはまるっきり異なる世界です」

「えっ? なにそれ……」


 僕の答えが意表を突いたのか、ご主人様はキョトンとして行動を止めた。


「僕が以前生きていた世界は、肌の色の違いはあれど、この裸猿と同じ姿をした『人間』という種族しかいない世界です。魔法とかもない世界で、言ってみれば異世界ですね」

「ニンゲンというのは分からないけど、裸猿しかいない世界なんて信じられないわね……異なる世界。そもそも輪廻はこの世界で廻るという仮定が根底から覆るような事象ね。この世界と別の世界があるなんて、それこそ夢物語よ」

「でもそれが僕の前世です。地球という名前の星でした。この宇宙には沢山の星々があります。その中には色々な世界が存在するかも知れません」


 この宇宙には数えきれないだけの銀河があり、その中にはさらに数えきれないだけの恒星がある。その中には地球と同じように生命のいる世界もきっとある。

 異世界とはそのうちの一つの星なのかもしれない。そしてそこに僕は転生したとも考えられる。それとも他の次元とか平行世界とかもあるかもしれないけど、本当に他の次元とかがあるのかどうかも分からないのだ。


「チキュウ? ウチュウ? ホシボシ? それはいったいなに?」


 ご主人様は宇宙と星という発音に首をかしげる。

 確かに言葉としてはその類の単語はなかったので、日本語の発音でしたのだが。


「宇宙とはこの惑星がある巨大な空間です。星とはその宇宙に点在する恒星や銀河の総称で、夜空に輝いている無数の光の点です」

「……全く意味がわかりません。夜空に輝く無数の光なんて無いですし。夜空に浮ぶのは、ルミナという毎夜形を徐々に変化させる神の化身だけです」


 夜空に星が無いという点は驚きだが、どうやら月のようなものはあるらしい。ルミナというのがそれだろう。

 この世界の人達は、まだ宇宙という概念も知らず、昔の地球人と一緒で、地球は平らなものだと考えていた時代の人達と同じようなものかもしれない。

 そういえば、僕はこの世界に来てからまともに夜空を見たこともない。森の中は暗かったし、獣に襲われないよう息を殺し、生き延びるのに精一杯だったから、優雅に星空を眺めようとも思わなかったからね。

 その後は檻を点々として、この屋敷にきて、夜に外になどでてもいない。窓もすりガラスみたいで、夜はなにも見えなかったし。


 聞くと、昼間はタイランという男神の化身が大地を明るく照らし、夜はルミナという女神の化身が夜闇を薄く照らしてくれる。

 と専ら信じられているらしい。勿論天動説が基本のようだ。

 タイランが太陽、ルミナが月といったところだ。


「まあそれは追々の課題にしましょう。それよりもタツヤが以前いた異世界は、裸猿しかいない世界ということは分かったけれど、その全員がタツヤみたいに言葉を話していたの?」

「はい、言語こそ統一されていませんが、多くの言語が有り、概ね全員が話せます」

「そ、そう……」


 ご主人様は難しい表情で考え込む。

 裸猿しかいない世界など、この世界の人にとっては考えすら及ばないのかもしれない。


「魔法もない世界で、どうやって生きていたのですか?」

「この世界ではどうか知りませんが、向こうでは魔法がなくとも、生活に必要な技術は進歩していたのです」

「技術ですか……火も使えない裸猿が技術なんて……」


 どうも人間をこちらの世界の裸猿と比較してしまうようだ。

 とにかく裸猿はこの世界では人ではなく動物と見做されているので、火や道具を使うことを一切しないものだと考えられているらしい。

 それと比較されると、どれだけ前の世界の人間が有能でも、即座に信じることはできないのだろう。

 僕の感覚でいえば、日本猿が別の世界では、車に乗ってスーツ着てスマホ片手に取引先と交渉して仕事をしている、そんな姿を思い浮かべればいいのかもしれない。チョット無理がありすぎる。


 でも、この世界の人から見ればそんな感じなのだろうと思う。



 こうしてご主人様の研究に付き合う僕だった。


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