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25話 言語習得

 僕がこの世界に来てから、ちょうど100日目を迎えた。


 ミルキーご主人様に買われてからというもの、この世界の言語を猛勉強してきたのだ。

 僕としては、この世界には魔法も確かにあると実感してから、僕にもなにか特殊能力のような、そんなものが無いのか早く知りたい所でもある。

 だって僕も魔法が使えるかもしれないんだよ? それこそヒャッホウ! な展開じゃないか? 異世界への期待値が俄然上がって来るというものだ。


 しかしこちらの言葉が分からない以上、質問もできないし、説明を聞いても分からない。なのでそれを後回しにして言語と文字を猛勉強しているのだ。

 ペンと紙を自由に使えるので、遡って日記を記している。

 少し黄ばんだ紙を綴ったノートのようなものがあるので、それなりにこの世界の文化レベルは高そうだ。

 いちおう日記は日本語で書いています。日記を見られると恥ずかしいからね。この世界の言葉では書きません。奴隷の持ち物などあってないようなものだろうし、いつ取り上げられるかもしれないしね。


 異世界初日の大雨で流されて、気絶していた時間がどれくらいかは分からないが、その気絶していたであろう時間を抜いて、ちょうど100日なのだ。

 とにかく僕はまだこの世界で生きている。最初はどうなることかと思ったが、しぶとく生きています。


 奴隷としてミルキーご主人様に買ってもらった事が、運命の分かれ目だったのかもしれない。

 この家の人達は、みな優しく親切に僕に接してくれている。もちろんマロンにもだけど。

 奴隷なのに食事もちゃんと与えてくれるし、重労働や体罰も受けた事がない。

 おそらくだが、別の主人に買われ、劣悪な環境に放り出されていたら、こうも長く生きていられなかった自信はある。

 奴隷の怪我まで治してくれる優しいご主人様で良かったと、心から感謝したい。


 強いて言えば、勉強三昧の日々が、中身30歳間近の精神をガリガリと削っていたことが、苦労といえば苦労だろうか。

 まったく、こうも真剣に勉強したなんて何年ぶりだろうか。英語はまあ多少(ほんの片言)は話せるが、見たことも聞いたこともない未知の言葉や文字を覚えるのは一苦労だった。


 僕は頑張ったよ。うん、頑張った。(自画自賛)


 初めの一週間は、とにかくご主人様の発音を真剣に聞き、文字と発音を必死に覚えた。ヒアリングだけでは覚える時間がかかり過ぎるので、取り敢えずペンと紙を貸してもらうために、その単語を拾っていった。絵本や教科書みたいな中からそれらしき言葉を抽出し、簡単な文法みたいな形を覚えようとしている内に、なんとか少しだけは話せるようになったのだ。


 そこからが長かった。

 これ何? あれ何? 作戦で普通名詞、固有名詞、数字、等をどんどん覚えてゆかなければならない。途方も無い暗記作業に、おっさんの脳は知恵熱が出そうなほどだった。

 30歳間近のおっさんの記憶力を侮ってはいけない。もう若い学生時分とは違うのだよ。


 そう思っていたが、異世界に来て身体が若返ったせいだろうか。何故か乾いたスポンジに水を吸収するが如く、スルスルと記憶してくれるから不思議だった。

 それとも真剣に勉強したせいだろうか。覚えなければ死活問題ともなれば、おっさんの記憶力も若者並みになるのかもしれない。


 取り敢えずこの屋敷に来てから90日ぐらいの勉強で、こちらの言葉はおおよそ理解できるようになってきたし、話せるようにもなった。まだ知らない単語はたくさんあるだろうが、それはその都度聞いて覚えてゆけばいい話だ。

 声を発声し辛かった声帯も、毎日の発声練習でなんとか詰まらずに発音できるまでにもなった。

 これでコミュニケーションの要である言語は習得したと言ってもいいだろう。本当に苦労したよ。


 とにかく、これでこの世界でも、最低限なんとか生きていけるだけの言語は習得したとみていいはずだ。

 質問に答えることもできるだろうし、釈明だって可能になる。お腹が空いたらちゃんとお願いして食べ物を貰うことだってできるだろう。

 先ずは最低限クリアだ!


 しかし、僕は奴隷の身。ミルキーご主人様に買われたので、ご主人様が要らないと言うまでは、ご主人様の所有物になるので、勝手な行動はできない。

 ただ気になるのは、言葉を覚え始めてから少しだけ違和感を覚えるようになった。


 当初『食事=餌』と、言う単語だと思っていたのだが、僕達の食事は『朝の餌、昼の餌、夜の餌』で、ご主人様達の食事は『朝食、昼食、夕食』みたいなのだ。

 それと僕達を一人、二人とは数えず、一匹、二匹と数える。


 餌? ペット枠? 動物扱い? そう思ったが、今の所口に出してはいない。

 もしかしたら僕やマロンのような人間は、獣人にとっては動物と同じように数えるのが普通なのかもしれない。でも身体の大きさから言って頭じゃないのかな? とは思うけどそこはこの世界の常識的数え方なのだろう。

 後で詳しく訊いてみよう。


 そして、マロンだが、90日以上も一緒にいるけれど、未だに言葉を覚えてはいない。

 僕の名前と。自身がマロンということは認識できてきるようだが、その他の言葉はあまり覚えない。というか、興味がないのかもしれない。

 ここに来てようやく僕の名前を発音できるようになってきたが、発声もいまだにつたない。

 まるで赤ちゃんがようやく言葉を話し始めるような感覚だ。


「ターチャ、ターチャ」

「ん? どうしたのマロン」

「うー、うーっ……」

「そうか、まだ自分でボタンを嵌められないんだったね」


 服を着ることには慣れてきた。最近は僕が着せなくても途中までは着るようになってきたが、ボタンやホックをまだ自分では嵌められない。

 うーうー唸って苛立たし気にしている。

 それでも最初に出会った時から比べれば、笑顔も見せるようになってきたし、野生少女の面影は少しずつだが払拭されつつある。


 食事もぎこちなくだが自分でスプーンを使いスープを食べられるようになったし、食べ物に口を先に持ってゆくことも無くなってきた。パンも手でちぎって食べられるようになったのだ。

 いちおうは成長がみられる。


 この屋敷の住人にも極端に警戒をすることはなくなってきた。ただ食べ物をくれる優しい人、と認識しているのかもしれないが、以前よりは唸る回数も減ったし、暴れることもなくなった。

 いい傾向である。


 マロンに関しては、気長に教え込んでゆくしかないと考えている。僕の見立てでも、乳幼児程度の知能しか持ち合わせていないように見えるので、無理に教え込んでも逆にイラついて反発しそうな感じだ。

 とにかくマロンと一緒にいて、みんなの会話を聞かせたりしていれば、その内覚えてくれるだろうと期待している。

 ミルキーご主人様も、マロンの事は何故か僕に丸投げだ。僕が面倒をみるものだと最初から決めつけられているように感じた。



 さて、朝食(朝の餌)も食べ終わり、部屋の掃除と片付けも終わったので、そろそろご主人様が来る頃合いだ。

 部屋自体は奴隷ということもあり、基本的にご主人様かメイドのミッチェルさんがいなければ鍵を外側から掛けられる。脱走しようとは今の所は思わないけれども、自由度は限られているのだ。


 ちなみにこの部屋にはテーブルとベッド、それに個室のトイレがあるだけで、他には何もない。一応教材として本とペン、ノートは持ってこられるが、凶器になり得るものは持ち込みを禁止されている。ナイフとかロープとかそういった類の物。

 お風呂は毎日夕方、外で水浴びをさせられる。

 いちおう屋敷内にお風呂はあるようだが、奴隷には使わせてくれないようだ。それでも毎日体を洗えるのだけはありがたい。前世でも毎日シャワーでも浴びたい主義だったからね。

 贅沢をいえば、温かいお風呂に浸かりたいのだが、奴隷の身ではそれは無理だろうと既に諦めている。


 そしてなぜかマロンと一緒に水浴びすることになっています。当然自分で体を洗わないマロン。そもそもマロンは体を洗うという習慣がないのかもしれない。川で行水程度で済ませていた可能性が高い。

 奴隷商? で初めて身体をデッキブラシみたいなもので洗われた時も、相当嫌がっていたし……あ、あのブラシは僕も嫌だったけど……そのせいか?

 とりあえず僕がマロンを洗ってやる役なのだが、これは僕得と考えて良いのだろうか? まあマロンは妹のような存在なので、僕は兄として体を洗ってあげるだけだ。


『くぅ~っ! 竜也氏、死ね‼ 拙者が代わってやるでござる!』


 オタ友のそんな悲痛な叫びが聞こえてきそうだけど、代わってあげる気など毛頭ない。

 へへーん、ざまーみろ!


「おはようタツヤ、マロン」


 そんな他愛もない優越感に浸っていると、ご主人様が現れた。


「おはようございます、ご主人様」

「あぅ……」


 僕とマロンは姿勢を正してご主人様へ挨拶を返した。

 マロンは僕の隣で、あぅ、と小さく呻くだけだが、一緒に挨拶の真似事をしているので、その内ちゃんと覚えてくれるかもしれない。


「今日もよろしくね」

「はい、よろしくお願い致します」


 そうして部屋を出て、隣の大部屋へと向かうのだった。


 この大部屋は研究室と話していた。ミルキーご主人様の父親の研究室らしく、色々な化石のような物がたくさん保管されている。ご主人様の父親と母親は、耳にした情報では、考古学を専門に研究している学者さんらしい。

 その研究室を、ご主人様が譲り受けて、僕達を住まわせてくれているといったところだ。

 というか、僕達が研究対象ということは、薄々は感じていたのだが。


 ご主人様は、いつものように定位置の椅子に座り、僕も卓を挟んで向かい側にマロンと並んで座る。


「さて、昨日も言ったと思うけど、タツヤ、あなたはほぼ言葉は理解できるようになったので、今日からは本来の私の研究に協力してもらいます。よろしいですね?」

「はい、問題ありません。分からない単語や専門用語がありましたら、逐一質問いたします」

「うん、よろしい」


 ご主人様はにっこりと微笑み満足そうに頷いた。

 僕もそれに合わせてにっこりと微笑み返す。

 昨日までは言葉と文字の勉強に集中していたので、ご主人様の研究ということには、全く触れて来なかったのだ。今日からその研究とやらを本格的に始めるらしい。


 今の所ご主人様の研究目的がなにかは分からないが、僕もこの世界の事をもっと知りたいと考えている。今の所この部屋から出るのは水浴びぐらいなので、外の世界の事は何も分からない状態だ。

 今までは言語の習得として、教材や辞書みたいなもの、それに子供が読むような簡単な物語を読んだりしていたが、それだけではここの世界の大要など分かるわけがない。魔法がある世界だということは理解しているが、その他にも色々不思議な力とかもある可能性も否めないのだ。なんといっても異世界なのだから、期待したい所だ。

 特にそんな魔法とか不思議な力が、僕にもあるのかどうか気になる部分でもある。


 ──若しかしたら、ここから僕の異世界デヴューが始まるかもしれないじゃないか!


 なんて、まだ諦めていない僕がいるのも確かなのだ。(奴隷だけどね)


「先ずは、今のあなたの立場と、私達との関係性から話しましょうか」



 こうしてご主人様との研究が、これから始まるのだった。


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