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24話 言葉の勉強 ★

 私はミルキー・ブリューゲル、16歳、ブリューゲル家長女。ハーネル国立学校卒業後は研究者として、この世界の隠された謎を解き明かしたいと考えている。


 壮大な夢と笑ってくれても構わない。

 この世界は、ただ生きていくには厳しい世界だ。多くの人達は生活をするだけで大変で、そんな世界の謎を解き明かす暇などない。それに世界が謎に満ちていることすら知らないだろう。

 私も普通の環境で育ったのなら、別になにも気にせずにこの世界のいち住人として、ただ漫然と生きるために働き、そして年老いて死ぬ人生を送ることだろう。


 ただ私は生まれながらそういった環境にいなかった。

 両親共に研究者で、その長子として生まれてきた私は、幼い頃から両親の影響を多大に受け、この世界の謎に触れてきたのだ。それを追求したいと思うのは必然だったのだろう。


 奇しくも私が生まれた時には、我が家は既に男爵家という地位も持っていた。

 興味を持ったものはなんでも与えられる環境があり、両親も私の探求心を満足させるためならば、お金に糸目はつけなかった。

 普通の貴族なら貴族に相応しいものにお金を費やす。家や装飾品など、いかに他の貴族と比較されて見劣りしないように、家の力を誇示するために使う。


 しかし私の両親は私を含めそんな物には一切興味などない。研究に必要なら、私財を投げ打ってでもその資金に充てるような研究バカだ。貴族云々以前に、根っからの研究者なのである。

 それまで両親は、苦学生から研究員を経て教諭として、王都の学校で教鞭を振るいながら研究に没頭していた。

 その研究の一端が王の目にとまり、世界的大発見として発表された。

 その功績をもとに爵位を与えられたに過ぎない。


 私も両親同様、爵位などどうでも良いと考えている。研究資金が潤沢なのは否めないが、爵位など研究者にとっては邪魔な地位に他ならない。煩雑な職務に追われ、研究時間が激減するからだ。

 残念ながら私の家系には男の子供がいない。故に私は長子ということもあり、当主の座を受け継ぐ立場にある。なので学校を卒業するこの歳にもなると、縁談の話がひっきりなしに来るのだ。今の所全てお断りを入れている。だって研究時間が削がれてしまうから。


 準貴族や騎士爵のように、当代限りの爵位もあるが、王から直接頂いた男爵位は、上級貴族として扱われ当代限りの爵位ではない。貴族としてなんの成果もあげなければ、次代の爵位を剥奪される可能性もあるが、辺境とはいえ大きくはないが、この街と付近の領地の領主を務め、そして国最高峰の学校まで運営しているとなれば、その可能性はそこそこ低い。なにかとんでもない失敗でもして、国に不利益を与えなければ爵位の剥奪などされないだろう。


 男子の跡取りでも産んでくれないか、と両親に真剣にお願いしたこともあるが、私と妹が手のかからない歳になると、二人はもう子作りよりも研究がしたいようで頑張ることをやめてしまった。

 それなら妹のキャンディーにその立場を譲るよ、と言ってはみたが、研究バカの家族は揃って研究バカだった。

 妹は既に自分の生涯の研究課題と進路を決めているようで、一切首を縦に振ろうとしなかった。『そんな面倒なものになるぐらいなら、この家の子をやめる』と、簡単に家族を切り捨てる覚悟があるようだ。その言葉に父は(orz)こんな格好をして涙を流していた。


 父曰く、『なに、爵位などどうでも良い。ミルキーもキャンディーも好きに生きれば良い。貴族になりたいと考えている奴らはいくらでもいるし、いまの貴族の中にだって私達を妬んでいる奴らだってごまんといるんだ。そんなのはやりたい奴に任せれば良い。奴らに研究ができるわけじゃないんだ。我々は研究を続ければ良いだけだ。王様から頂いた爵位だから捨てるわけにはいかないが、パパが死ぬまではこの爵位を守っていくから安心しなさい。何より研究には資金が必要だ。その資金はパパがなんとかするから、それまでは自由に生きなさい』と言ってくれたが、せっかく両親が作り上げた成果や名誉を、他の貴族に奪われるのも癪である。


 それならば父が現役で居られるうちは、自由にやらせてもらうと宣言しておいた。

 父が現役を退く時になって、考えれば良いことだ。婿を迎えて家を継いだっていいとも思っている。一番の研究バカな父が、研究を我慢して貴族なんてやっているのだ。引退したら好きにさせたくもある。

 贅沢を言うなら、私を自由にしてくれる婿がいればいいけどね。家は婿殿に任せて、私は研究三昧の日々を送る。それが理想だ。


 まあ、そんな未来のことを今考えても仕方がない。

 両親も今はまだ元気だし、今やるべきことは、そんな貴族云々よりも重要なものなのだから。




 今私はこの世界の神秘の一端に触れようとしている。

 二匹の裸猿が私の手元にいる。この研究が、今私を最大限に燃え上がらせているのだ。


「お嬢様! 何をなさっているのですか!? 危険です!」


 私が研究室で二匹の裸猿に言葉を教えていると、休憩のお茶を持ってきたミッチェルがいきなりそんなことを言い出した。


「えっ? なにが危険なのですか、ミッチェル?」

「なにが、ではございません! 裸猿がペンを持っています! それを武器として襲われる可能性がございます!」


 確かに先の鋭くなったペンは、ちょっとした武器になり得るかもしれない。

 思い切り刺されたら、死なないまでも大怪我をする恐れもある。


「あははは、それはないわよ」


 それでも私は笑って、ミッチェルの懸念を軽く流した。

 しかしミッチェルはそんな私の態度に、ムッと顔を顰めた。


「ないとは言い切れません! お嬢様がそうお考えでも、相手は知能の低い裸猿ですよ? なにを考えているのかわかりません! 万が一襲われたらどうするのですか⁉︎」


 ミッチェルは私の危機感の薄さを指摘する。

 私の身の安全を案じてくれるのはとても嬉しい。しかし、大丈夫なものは大丈夫なのだ。


「大丈夫よ。襲う気があったらペンが無くとも襲っていますし、奴隷紋を施している以上敵意を持つことはできません。敵意を持った時点で苦しむのですから」

「敵意など関係ございません! 偶然にもペンを振るって当たる可能性だってあるのではないですか? そもそもペンを使えるのですか? 裸猿にはそこまで考える知能があると言うのですか?」

「そうね、この二匹の内、雌の方には確かにないわね。だからペンを持たせていません。必要ありませんから。でも、雄はちゃんと理解していますよ」

「理解などできるのですか? 裸猿ですよ?」


 いくら説明しても分かってくれないようだ。

 この雄の裸猿は他の裸猿と少し違うとミッチェルは考えている事は確かだが、しかし根本的な部分では、まだ裸猿の本来は低知能な生き物という事実を捨て切れていない。知的能力の低い野生動物としてしか見られないのだ。


「そうね、裸猿ですからそう思うのも仕方ないでしょうね。でも、──ねえタツヤ。ミッチェルはああ言っていますけど、あなたは私を襲う?」


 卓を挟み向かい合わせにペンで文字らしきものを書いている雄の裸猿、タツヤにわざとらしく訊いてみた。

 ミッチェルはそれに胡乱な表情で首をかしげる。裸猿が私達の言葉を理解するとは到底思えないのだろう。しかし、私の質問を聞いたタツヤは、ペンを置きおもむろに口を開く。


「いい、え。僕は、ミルキー、ご、主人様、へ、攻撃する、意地は、御座い、ません、あるよ。安心、して、ほしいあるます、ミッチェル、さま」

「──ひっ!」


 その言葉を聞いてミッチェルは、小さな悲鳴をあげて蒼くなった。


「タツヤ、意地じゃなくて、意思かな」

「意思、で、あるですね。気を、付けます、ある」

「それと、あるよ、とか、あるます、はなんでつけるのかわからないけど、丁寧に話そうとしているのかな?」

「はい、そう、あるです。ご、主人様」


 まだたどたどしいが、言葉として形になり始めているし、タツヤも単語を理解して、考えながら言葉を組み立て始めている。

 雌の裸猿、マロンは、やはりタツヤとは比べるまでもなく知能が低い。しかしタツヤと一緒にいるとおとなしくしているので、一緒に言葉の勉強をしている。ような気がするだけかもしれないけど。

 そもそもタツヤと離れると、暴れるしどうしようもないのでタツヤ任せにしているのだ。


 私とタツヤの会話が成立していることに、ミッチェルは口をパクパクさせながら、蒼くなっている。


 それもそうだろう。私も驚いているのだから、ミッチェルなら尚更だろう。


 二匹がここに来てから一週間が経過している。

 昨日までは子供が言葉を覚えるような絵本の読み聞かせや、子供達が文字や言葉を教わるような教材を使って、言葉を丁寧に根気よく教えていた。休憩を挟みながら朝から晩まで、読み聞かせていたのだが、タツヤは集中を切らすことなく、私の話に真剣に耳を傾けていたのだ。


 夜も教材を部屋にまで持ち込んで、復習する気合の入れようだった。


 そして今日になってたどたどしくこちらの言語で話し始めたのだ。


『ミルキー、ご、主人様、単語、メモ、したい、でありまして、ペン、と、メモ、紙を、頂きたいく、あるよ』


 私も最初は言葉も出ないほどに驚いた。たった一週間で覚えられるとは到底思えなかったから。

 今まで黙って読み聞かせを聞き、基本文字の発音をボードに書いて、私の発声の後に発音させていたぐらいなのに、誰に教わることなく言葉を組み立てたのだ。絵本や子供用の教材から覚えたものだろうと、納得するしかなかった。

 こんな短期間で言葉を覚えて、あまつさえ会話を成り立たせてしまうなど、驚き以外のなにものでもない。


 今まで乳幼児以下の知能しか持たないと思われていた裸猿が、言語を操る。

 これだけでも世界がひっくり返りそうな大発見である。


「で、ですがお嬢様……くれぐれも注意を怠りませんように……」

「分かっているわ。でも心配ご無用よ、私だって魔法過程も騎士過程も履修しているのですから、ペンごときではやられはしませんよ」


 私が腕に可愛い力こぶを作って見せてあげると、ミッチェルは気が抜けたように嘆息する。


「はぁ……確かにお嬢様は剣も魔法も優秀な成績を収めております。けれども慢心はなさらないでください。不意を突かれたらいくら達人でも簡単に命を落とすのですからね。お気を緩めないようにしてくださいませ」

「はいはい、分かっていますよミッチェル」

「ハイ、は一度で結構です」


 ミッチェルは、最後にはプリプリしながら研究室を出て行った。

 ミッチェルは私が子供の頃の教育係に戻ったようだ。もう子供じゃないのにね……。


 ともあれ、タツヤがこうも早く言葉を理解してくれると、こちらも俄然テンションが上がってくる。

 色々と質問したいことがたくさんあるのだが、まだそんなに単語の数を覚えていないので、会話としてはまだ成り立たない。取り敢えず覚えた単語を使って今日初めて話しただけのようだ。そんなに複雑な会話は望めなかった。

 話の合間に知らない単語が出て来る度に『それは、何である、か?』『今の、単語の、意味教え、ほしい、ある』と、会話が中断されるので、単語と固有名詞を徹底的に教え込んでから質問することに決めた。


 タツヤは見聞きした単語を文字としてメモに残し、その単語の脇になにやら記号のようなものを書いている。なんの記号かは分からないが、それでその単語の意味を理解しようとしているようだ。どこかで見たことがあるような記号だが、この世界で使っている記号ではない。文字と言われれば文字に見えなくもないが、私にはよく分からなかった。

 とにかく独特な勉強法である。

 しかしこの短期間で、まだ初歩ではあるが、文字まで読み書きできるようになるのだからすごいとしか言いようがない。まるで日常で文字に触れていたような感じに受け取れる。


 そこで確信できたことがある。

 タツヤは野生の裸猿ではない。

 教えていないのにペンで文字をスラスラと書く。不思議な勉強法といい、物覚えの速さは、私達に匹敵するような知能、何らかの進んだ知識を最初から持っている。そう思わざるを得ない。


 もしかしたら転生説が濃厚になってきたようだ。



 こうして私達は言葉の勉強を続けるのだった。


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