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16話 奴隷の食事がこんなに美味しいなんて

 晩御飯が運ばれてきた。


 今日はもう晩御飯は与えて貰えないのでは? と半ば諦めていたが、どうやら杞憂だったようだ。

 しかも、この世界に来てまともに御飯と言えるような、そんな食事だった。


「──うおぉーっ‼」


 思わずガッポーズをして叫んでしまった。先輩少女はその叫びでビクッ! と身を竦ませ、食事を持ってきた猫耳メイドさんも、明らかに狼狽えた表情をした。

 ちょっとテンション上げ過ぎたね……失礼しました。


 スープはこれでもかっ! というくらい湯気を立ち昇らせているし、パンも丸ごと一個皿にのっている。もしかしたらジャム? ともいうべき謎のゼリー状の物体まで付いている。それにピカピカの食器に配膳してくれているなど、清潔感も万全。パンなんて、奴隷商で食べたものよりも、見た目だけでも柔らかそうだ。


 ──ありがとうございます! ありがとうございます! ご主人様に一生付いてゆきます‼


 僕は体全体で感謝を表現した。


「──うhe‼」


 食事の前に土下座する僕を見て、猫耳メイドさんは目を剥いて驚いている。

 しかし僕の感謝の念はとどまることを知らない。ここにきてやっと人間扱いされているようで、本当に嬉しく思うのだ。


 衣、食、住は、人間の最低限の生きるかたちではないだろうか。前の世界では当たり前のように揃っていたものが、この世界では最初からなかったのだから。

 マッパだし、言葉も通じないし、まるで動物にでもなったかのようだったよ。


 ちなみに猫耳メイドさんが食事を持ってくる前に、部屋に置いてあった下着と服はちゃんと装着済みだ。先輩少女に下着や服を着せるのに手間取っている所に、猫耳メイドさんが食事を持ってきてくれたのである。

 先輩少女は服を嫌がっているようだが、ここは僕の心の平穏のためにもちゃんと着てもらいたいものだ。色々と目のやり場に困るからね。

 これでマッパも卒業できたし、腰を引き内股になることもなくなるかと思うと、薄い布のようなものでも、服ってかなり防御力が高い。実際の防御力は僅かだろうが、精神的に無敵になったような気分だ。


「……」


 猫耳メイドさんは何か言いたそうに僕を見ているが、グッと口を噤んで食事をテーブルの上に置くと部屋を出て行った。

 カチャリと鍵をかけられる音が部屋に響く。


 ここでようやく先輩少女は警戒を解き、配膳された食事に寄ってくる。

 服の窮屈さよりも食事に気が向いたのだろう。


「さあ、た、べ、ましょ、うか」

「……」


 そう言うも、先輩少女は相変わらず応えてくれない。やはり言葉を理解する能力がないのだろう。

 僕の言葉はまだぎこちないが、なんとか発音できるようになってきた。この身体もやっぱり言葉を喋る声帯が不完全なのかもしれない。


 ちなみにここにくるまで、ある程度出会った人の名前らしきものは聞き取れている。

 僕達を買ってくれたご主人様が、ミルキー。なんとも甘そうな名前だ。父親らしき人物と奴隷商人が何度か口にしていたので多分そうだと思う。

 猫耳メイドさんはミッチェルだと思う。ミルキーご主人様が何度か発音していた。

 父親らしき人物はよく分からないが、奴隷商人はジェイソンだと思う。なんか猟奇的殺人をしそうな名前で、奴隷商人としてシックリくる名前だと思う。


 という訳でスープが冷める前に食事にしよう。

 冷めたスープとは違い、温かいスープは湯気が立ち昇り、美味しそうな香りを運んでくる。うん、食欲をそそる上に幸福感が胸を温かくする。温かい食べ物などいつ以来だろうか。

 会社を辞めて、食材を買い豪勢に一人すき焼きで退職祝いでもしようかと計画していたのだが、その前に死んでしまったみたいだし。

 それ以前は会社でおにぎりを食べていた記憶しかないな。

 最期の温かい食べ物で浮かんでくるのが、カップ麺とか……それはないでしょ……。


 今思い返してしみじみと思う。ああ、カップ麺美味しかったな、と。


「──あ゛ーぅ‼︎」


 湯気の温かさと香りを堪能していると、やおら奇妙な声が先輩少女の口から漏れ出した。

 スープの器に直接口を運んだ先輩少女は、あまりの熱さに舌を出しながら、ビクッとテーブルから飛び退く。


 ──えっ? バカなの? バカなのかな?


 僕もビックリだ。

 相変わらず口で直接食べようとして、スープの熱さに驚いたのだろう。湯気の具合からいってもかなりの温度があると考えるべきだろうが、そこまで思い至らなかったのだろうか。

 もしかしたら、温かい食事を食べたことがないとか? マジですか?

 というより、スプーンのようなものが一緒に配膳されているのに、それを使おうとしないところを見ると、それすら使い道が分からないということだろうか。


「……だい、じょ、う、ぶ、?」

「──イーッ! イーッ!」


 真っ赤な舌を出しながら、手で熱さを拭うような仕草をする。

 そうやってもあまり効果はないと思うけど……。

 舌を火傷したかな?

 水差しとコップも置いてある。この世界のコップは初めて見たが、なんと、透明ではないがガラス製品のようだ。クリスタルガラスを製作する技術はまだないのかな? あ、確かに窓ガラスもすりガラスみたいだ、外が見えない。まあ夜だからかもしれないけど。

 それでもそれなりの文化水準はあることだけはわかる。

 いやそれよりも先輩少女に水だ。僕はコップに水を注ぎ、熱さで暴れる先輩少女に近づく。


 ──どうどうどうどう、さあおとなしくしてくださいねー。


 僕は先輩少女を落ち着かせながら、あーん、と口を開けるように促す。

 おそらくだが、彼女はコップで水を飲むことができないのではないか、と、これまでの行動から予測した。器を手で持って食事することすらしないのだ。水だってコップで飲む習慣はないのかもしれない。


 最初の頃に比べると、僕への警戒心は殆どなくなった。なんなら懐いていると言っても過言ではないだろう。別に嫌われるよりもマシだろうと考えている。

 だから僕の指示には従順に従ってくれるのだ。

 コップを見て多少警戒していたようだが、僕の笑顔とコップを交互に見つめ、なんとか口を開いてくれた。


「──ぎょふっ!」

「う、わっ!」


 彼女は水を口に流し込まれた拍子に盛大に咽せた。

 やはり慣れていないのだろう。いつもは犬や猫のように水を飲んでいるからね。


 ──ああ、せっかく服を着たというのに水をかぶってしまったよ……。


 顔と服に盛大に飛沫が飛んで来た。せっかくの衣服を汚してしまった。雑巾、雑巾!

 しかしそう大量の水でもないので、すぐ乾きそうだけど。

 テーブルの上に綺麗な布巾が置かれている。ナプキンと言うべきか。

 仕方ないのでそれで先輩少女の口の周りを拭いてから、自分の服を拭う。床にも飛び散っていたので、さっと拭った。


 これでほぼ確定だ。先輩少女は、まるで乳幼児程度の知能しかない。そう思い至った。

 彼女だけがそうなのか、殆どの人間がそうなのかは、今の所サンプルが彼女しかいないのでなんとも言えない。ただし今まで出会った猫の獣人さん達の様子を見るに、僕の行動の方が、この世界の人間の行動として特異なのかもしれない。

 これは困った問題だ。

 同じ人種の所に行けば、それなりになんとか生きて行けると考えていたが、こうも明らかに低知能な種族だったら、まったくもって頼りにならない。どうしたものだろうか。


 そう考えたところで、既に奴隷として猫の獣人のご主人様に買われてしまっているので、もうどうにもならないんですけどね。


 とりあえず御飯を食べてしまおう。せっかくの温かい食事だ。奴隷の歓迎として、初日だけかもしれないし、味わって食べないとね。


 僕はテーブルに向かい食べようとすると、先輩少女はスープの熱さが身に染みたのか、う~ぅ、と小さく唸りしょんぼりとしている。今度は警戒して食べようとしないみたいだ。トラウマか!


 仕方がないのでスプーンですくい、僕が手本を見せるべく一口食べた。うん美味い! この異世界で、今までで一番の濃い味だ。

 次いで不安そうに見つめる先輩少女に、ふーふーして一口食べさせる。


「──‼︎」


 先輩少女は恐る恐る口に含むや否や、目を剥いて驚いた。

 どうやら美味しかったみたいだ。


 これで食べてくれるかな、と考え彼女の器にもスプーンを入れてあげるも、彼女は一向にスプーンを取ろうとせず、僕へ期待の眼差しを向けたまま、口をあーんと開くのだった。


 ──おいおい、勘弁してくださいよ……。


 こうして僕は先輩少女に食べ物を与え、ようやく自分の食事ができる頃には、折角の温かいスープは冷めていた……。


 もう……見た目は少女なんだけど、なんか大きな赤ちゃんの面倒を見ているようだよ。


 というわけで、食事も終え後片付けも済ますと、それを見計らったようにまたメイドさんが食器を下げに来てくれた。

 食事に満足した僕は再度、たいへん美味しゅうございました。ごちそうさまでした。と感謝を込めて土下座をした。


 メイドさんはふらふらとした足取りで部屋を出て行ったが、具合でも悪いのだろうか?


 とりあえず今日は眠ることにする。明日からは奴隷として本格的に何かをしなければいけないのだろうから、早めに寝るに越したことはない。

 いらない子認定されたら、即刻お払い箱にされかねないからね。


 僕はベッドに先輩少女を横にならせ、毛布らしきものを掛けてやった。

 ベッドが怖いのか、なにかビクビクとしていたが、少しすると落ち着いたようで、静かに瞳を閉じた。


 この先輩少女の面倒を見ながら、これから奴隷生活をしなければならないのか?

 そう考えるが、もう僕にこの状況をどうこうすることは出来ない。現状を打開できる力も何もないし、逃げ出したところでまた牢屋に逆戻りになると簡単に予想ができる。

 どちらにしてもこの先彼女とは一蓮托生になるような気がするので、僕のできる範囲で彼女の面倒は見ていこうと考えた。

 当面はご主人様に嫌われ捨てられないように、うまく立ち回らなければならない。


 そう考えて先輩少女とは別のベッドで眠るのだった。


 ちなみにトイレは別の個室に備え付けてあった。壺じゃなくて床に穴の開いたトイレだった。なんかそんな小さなことがホントに嬉しくて、じんわりと涙が出たことは内緒にしておく。

 先輩少女には、ここがトイレだと身振りで教え、寝る前に用は足させた。ベッドや床に粗相されたら堪らないからね。

 トイレに入る前に下着まで脱がせなければいけなかったことは、些細な問題だ。もう慣れることにしたよ……。



 それではおやすみなさい。


お読みいただきありがとうございます。




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