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15話 裸猿の観察 ★

 ─ ミルキー ─



 奴隷商のジェイソンさんのところから屋敷に戻った私は、裸猿を連れてすぐに父から貰った研究室に向かった。


 賭けに勝ったのだから当然、研究室は遠慮なく頂きます。

 帰りの馬車で、ガックリと項垂れた父の姿はとても滑稽だった。

 それでも裸猿を二匹購入させられ、研究室を私に取られたから項垂れている訳ではない。私と一緒に寝る権利を手にすることができなかったことが、なによりも残念でならなかったのだ。そのくらい親バカなのです。

 そもそも研究室の一つや二つ、父にとっては痛くも痒くもないと思う。屋敷内に研究室が三部屋もあるのだから、一つ減ったところでまた増築なりして作れば良いだけなのだから。

 あとは国立学校と役所にも小さいけれども研究室を持っているので、なんの問題もありません。


 ここは父が荷物置きのように使っていた研究室なので、そう使用頻度が高いわけではない。

 母は国立学校で校長をし、歴史学の教鞭を取りつつ研究をしている。主に学校の研究室を使っているので、なんの問題もないでしょう。

 私も学校に研究室はあるが、裸猿を毎日のように学校に連れてゆくことはもう止めたのだ。裸猿にとっては移動もストレスになり、すぐに病気を悪化させ死んでしまうことが分かったので、どちらにしても、また裸猿の研究をするのなら、自宅で研究を進めようと考えていた所なのだ。一度はもう止めようと考えていた裸猿の研究を、また再開することになろうとは、あの雄の裸猿に感謝すればいいのかどうか、複雑な心境である。

 ともあれ、ここの資料を片付けて欲しいけれども、別段邪魔になるものでもないし、欲しい時に取りに来れば良い話だ。私は研究する場所が欲しいだけで、その実あまり多くは求めていないのだ。


 さて脱線気味でした。


 私が二匹の裸猿をここに連れてくると、私付きのメイド、ミッチェルが心配そうについて来た。


「お嬢様、この裸猿をここで飼うのですか?」

「ええ、そうよ。良い研究材料が手に入ったわ」

「そうやってお嬢様は、いつも嬉しそうにわたくしを困らせますね……」

「ごめんなさいね。でも今回の裸猿は、いつもと違うわよ」

「裸猿に違いなどございません。端から下等生物に躾など無意味なのですから……」


 ミッチェルは短く嘆息し、過去の苦労を思い起こしているかのようだ。

 物事の理解力や学習能力が乏しい裸猿は、私達が子供の頃に教えられるような、普通の躾を行っても理解してはくれない。強制的に体罰を与え恐怖で縛るようにすれば、トイレぐらいは覚えることができるが、それは本来の躾とは言えないだろう。それは調教だ。私はミッチェルに体罰を許していない。

 故にミッチェルは苦労して裸猿を躾けていた。


 以前も裸猿を研究材料として数匹飼っていたのだが、その時にはトイレぐらいしか覚えず、何も研究が進まないまま病気で死んでしまったのだ。

 だから私ももうこの研究を諦めようかと考えていた。裸猿だって生きている。何故あの姿で低知能で生まれてくるのか知りたいと思うが、研究材料としていたずらに死なせてしまうのも忍びないと思い始めたところだった。

 しかしその矢先、今回の言葉らしきものを話す裸猿発見の一報を知ってしまったのだ。


「今回の二匹は、既にトイレは覚えているようですよ。雌の裸猿は監獄で看守に調教されて覚えたらしいです」

「雄の方はどうなのですか?」

「今回は雄が特殊なのです。雄は監獄で、誰にも教わることなくトイレを覚えたそうです。おそらく雌の行動を参考にしたのでは、と看守が言っていたそうです」

「……お嬢様……お嬢様が冗談を真に受けるなど……そして強引に二匹も裸猿を売付けられたのですね……その看守、わたくしが調教してまいります! お名前はジェイソン様にお訊ねすれば分かりますね? では明日にでも、行ってまいります!」


 ミッチェルは私が騙されたと思い込んでいるようである。

 裸猿が見て覚えるなどあり得ないではないか! そんな表情だ。

 嘘を言った看守を調教という名目で体罰を与える気満々だよ。止めないとね。


「いえ、冗談ではありませんよ、ミッチェル。現にここに来ても二匹はそんなに暴れたりしませんでしたでしょ?」

「そ、それは……確かにそうでしたが、今は猫を被っているのかもしれませんよ?」


 いやいや、猫の獣人は私達でしょうが。


 猫を被るとは、野生の猫やペットの猫などのことを差し、猫族以外の種族が他種族を騙す時によく使う言葉である。最初は猫のように可愛げに接触し、後に牙を向くような輩のことを差す。

 猫族としては甚だ心外ではあるが、世間ではそれで通用するのだから仕方がない。決して猫族が裏表のある卑怯な種族というわけではない。


「ミッチェルが知っている裸猿は、そんなに猫を被れるほどに器用ですか?」

「……確かに。そう言われると言葉に窮します……」


 ミッチェルは苦い表情で押し黙ってしまう。

 前回も、前々回も、裸猿の扱いに苦労したのはミッチェルだった。


 何度教えても満足に服を着ない。物覚えが最悪。裸で暴れまわる。食べ物は食べ散らかす。水浴びをしたがらない。臭い。など挙げればキリがない。

 そしてその内食も細くなり、徐々に元気がなくなり、挙句病気になって死んでゆく。そんな感じだった。

 私の見解では、群れから離された個体は、寂しさで死んでしまうのではないかと推測している。ストレスからくる情緒の乱れ、心労性精神疾患とでも言えば良いだろうか。その内食べ物も受け付けなくなり嘔吐し、衰弱死してしまうのだ。


 見た限りそんなに繊細そうには見えないが、それが実情だったりする。


「とにかく、今回は雄の方が優秀です。ですから雌の方もそう手はかからないかもしれませんよ?」


 ここにきてすぐに雄の裸猿は、興味津々に研究室の周囲を見渡していた。

 それだけでも他の裸猿と全く違った行動だ。本来なら怯えて縮こまるのが関の山で、周りを観察する余裕など一欠けらも見せないのである。

 それに、下働き用の隣部屋へ案内し、「ここがこれからあなた達の寝床よ」と言うと、雄だけがやたらと目を輝かせ、体全体を使って感謝を伝えているかのようだった。

 まるで綺麗な部屋で寝られるのが心から嬉しいと言わんばかりの態度であった。


「畏まりましたお嬢様……」


 ミッチェルは不承不承に頷いた。


 そしてこれも実験の一つ。

 私は部屋を与えたはいいが、部屋の中にあるものの説明は一切していない。

 あの雄がどういった行動を取るのか、それも興味深いからだ。


 ──準備はしているけど、まさか下着を履いたり、服を着たりはしないわよね? ベッドがあるけど床で寝るでしょうし……。


 それでも興味は尽きない。今までにない行動をする雄の裸猿。なんの情報も与えずにどれだけの事をしてくれるのか、今から楽しみでしょうがない。


「さて、今日はまだ夜の餌を与えられていなかったようですので、簡単な物を差し入れてくださいな。熱いスープと、パンとジャム」

「えーと、お嬢様? 熱いスープですか? 冷ましたスープではなく?」

「ええ、とにかく熱いのをお願いね。そうそうスープの器は陶器製の器を使ってくださいな。それにスプーンを添えることも忘れてはなりませんよ?」

「……お嬢様……わたくし、お嬢様の言っている意味がとんと理解できません。陶器製の食器などすぐに壊されてしまいます。それにスプーンを使う裸猿はいません」

「いいのよ、別に壊されても良い器ならたくさんあるでしょ? でもスプーンは必ず添えてくださいね。これも研究の一環です」

「か、畏まりました……」


 ミッチェルは再度不承不承に頷いた。

 私の命令である以上、メイドに断る権限はない。よっぽど無理難題を言いつけない以上、主従関係は絶対である。

 でも本当に間違えたり我儘放題だと、しこたま怒られますけどね。主人の失態はメイドの失態でもある。ミッチェルは私の教育係でもあるのだ。貴族にあるまじき行為は慎むように教育を受けなければならないのです。


「あ、そうそう、ミッチェル。今回は。食事の監視はしなくていいですからね。餌を与えたらすぐに戻っていただいて結構ですよ」


 二匹が誰の指示も受けずに、どういった行動を取るのか興味がありますから。


「えっ? それは危険ではありませんか? 熱いスープを餌に出すのですから……」

「何かあったら私が対処します。食事が終わりましたら呼ぶので、それまでは控えてください」

「畏まりました」

「あと、明日、治癒師を呼んでください」

「はい? 治癒師を、ですか?」

「ええ、そうですね。中級以上の治癒師が良いでしょうかね」

「まさかお嬢様? もしかしますと、あの裸猿の雄に治癒魔法を施すおつもりですか⁉︎」

「ええ、そうよ。いけないかしら?」

「いけません! ……と、言いたいところですが、お嬢様がそうなさりたいのですよね……」

「ええ、あの雄の裸猿は少しでも長生きして欲しいのです。もしかしたらこの世界の大発見になるかもしれないのですよ!?」

「はあ……ですが、裸猿に治癒魔法を施すなんて前代未聞です……」


 ──いいじゃないの前代未聞! 世界初の試み、なんだってしょうじゃありませんか!


 確かによほどペットに執心している飼い主でなければ、動物に治癒魔法を施すことはないだろう。

 けれどもあの雄の裸猿だけは話は別である。あの怪我が要因で病気にでもなって、みすみす死なせる方が損益になる。せっかく見つけたレア個体なんだから、少しでも長く研究したいと思うのは研究者として当然のさがである。

 とにかく裸猿の生態もあるし、魔法が効かない体質かもしれない。その辺りを検証する為にもあの怪我を回復させたい。


「畏まりました。では、わたくしは二匹の餌の準備をして参ります。その間お嬢様もお食事になされてはいかがですか? 旦那様が首を長くしてお待ちかねかと愚考いたします」

「そうね、先に食べてしまいましょう。餌を差し入れるのはその後にしてちょうだい」


 本当に面倒臭い。私が一緒ではなくとも食事ぐらいさっさと食べればいいのに……母がいなくても別段平気に食べているのはなんで? 全くもって面倒な生き物よね父親って……。

 今は裸猿の方に興味がいっているから、少し放って置いてほしいのだけど。


「畏まりました。では参りましょう」


 私は渋々食事を摂りに食堂へと向かうのだった。



 そしてその後、私は二匹の裸猿の行動に、少なからず驚くことになるのだった。


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