14話 買われてしまいました
僕達は奴隷商? で、見知らぬ親子らしき猫の獣人さんに買われたようです。
僕の愛らしい笑顔に、娘の方が落ちたということだろう。
いや、もしかしたら性奴隷みたく扱われるとか?
腕を上げられた時、股間を注視していた瞳が、やけに熱を帯びていたように感じたが、気のせいだろうか……まさかそれはないよね?
いやぁ、恥ずかしくて顔から火が出る思いだったよ。
あんな恥ずかしい思いをした事は、前の世界でもなかったよ。檻の中で手枷を嵌められ、その腕を無理くりあげられてくるっと一回転……どんな見世物だよ!
腰が引けて内股になったじゃないか。今考えても情けなくて身が縮む思いだよ……。
とまあ、過ぎたことはどうでもいい。
「あぅ……」
ともあれ、僕達はあの親子に買われ、この檻から出されるようだ。
足枷は外されたが、手枷はそのままだった。そして檻から出された僕達は、何かの儀式のようなものを受けるようだ。
檻の部屋から別の部屋へと連れていかれ、四十がらみの猫の獣人が用意しているお皿のような物に、黒いインクのような液体が垂らされた。次に猫耳美少女さんが小指を針のようなもので突き、その傷から流れ出る血液を数滴そのお皿へと滴らせる。
──おっと! これはもしや……奴隷紋的ななにかか!?
これぞまさしくファンタージー! 段々と異世界らしくなってきました。
ただ自分がそんな奴隷紋みたいなものを、己が身に刻み込むことになろうとは、この時まで微塵も思っていなかったが……。
本来なら異世界に転生した僕が奴隷を買って、ムフフでウハハな異世界生活を謳歌するところじゃない? まあ、それは物語の話で、現実は厳しいということだろうか。でも素直に納得できないよね。僕の異世界設計を返せ! そう言いたい。
この異世界転生は酷いものだよ。猫の獣人さんではなく、僕が底辺まっしぐらだ!
時間にして数分といったところだろうか、奴隷紋みたいなモノは、僕の左胸に刻まれた。これに魔法的効力があるのかどうかは今の所分からないが、何とも呆気なかった。もっとこう魔法的な何かがあってもいいような気がするが、何もないのがまた釈然としない。
──うぁーっ! く、苦しい……魂を縛られるような、そんな得体のしれない感覚がぁああああ~っ! ……なんてことはひとつもないのだ。
まったく拍子抜けだ。
江戸時代の犯罪者の入れ墨のようなものだろうか?
でも、それなら血液を混入する意味が不明である。やはりなにかしらの魔法的効力があるのだろうと推測できる。後で暇を見て訊いてみることにする。とはいえ言葉を覚えなければ訊けもしないけど……。
しかし注意事項もなにもなしみたいだし。こう主には反抗できないんだぞとか、命令は絶対だ! みたいなものがあっても良いと思うのだが……あ、言葉が分からないから説明されても分からないか……。
どちらにしても言葉は重要だと痛感するね。
程なくして先輩囚人少女も左胸に紋章を刻まれ、そして僕達二人は馬車に乗せられ移動するのだった。もちろん座席ではなく後ろにもう一台ある荷馬車の荷台に乗っているのだが……ドナドナ再来。
荷馬車に揺られること暫し、到着するとそこは豪邸だった。
石造りの建物で、二階建て。あまり装飾は凝っていないが、それなりに立派な建物だ。
おそらくあの金属みたいに硬い木よりも、石の方が加工しやすいからなのかもしれない。最初に捕まった村でもそうだったが、木造の建物は今の所あまり見ていない。あったのは細い木を組んで造ったような、ログハウス調だけれども、粗末な造りの木造の建物が数軒目に入ったぐらいだ。
そもそもこの石があの木由来なかもしれないが、今の所分からない。上に高く伸びている硬い木を倒して加工するよりも、山から石を切り出した方が効率良さそうだからね。
さて、そしてここが僕達二人を買った親子の家のようだ。
この先奴隷としてこの家に仕えるようになったらしい。しかし奴隷とはいったいどんな事をするのだろうか。
ラノベ的な考察からすれば、下働きよりも下の存在で、主に汚れ仕事を担当するのが奴隷の仕事。汚れ仕事といっても、殺し屋のような物騒な仕事ではない。主に3K(キツイ、キタナイ、キケン、もちろん奴隷だからキュウリョウなし! だから4Kかも)仕事だろう。
それともやはり性奴隷とか……ないない。
しかし残念ながら、僕達は言葉が理解できない。
言葉でのコミュニケーションが取れないと、結構辛いものがある。まあ、前の世界でも外国人就労者で言葉をまだ勉強していない人達も、それなりに仕事していたから大丈夫か?
僕はまだ相手の仕草で何をして欲しいのかおおよそ理解できなくもないが、先輩少女(奴隷に格上げされたので囚人は外しました)は、言葉も理解できなさそうだし、相手が何を言わんとしているのかを酌むこともできなさそうだ。
怯えるか唸るかのどちらしかしない。理知的な行動を見せないし、このままで使い物になるのだろうか? そう懸念してしまう。
とにかく、奴隷になったのなら、主人に対して粗相だけはしてはいけない。
まずはそこを気をつけよう。
とはいえ、なんでこんな異世界転生をしたのだろうか。まさか奴隷になるなんて、僕の異世界の予習項目には、奴隷で生き延びる項目は皆無だ。奴隷で無双は難しそうだよ。
それでも、ブラック企業で奴隷のように働いていたから、少しは役立つだろうか……。
屋敷に入ると、僕達はとある部屋へと誘われた。
かなり広い部屋だ。案内してくれたのは娘の方だった。どうやらご主人様は、父親の方ではなく娘らしい。紋章のインクに血を使ったのが娘なので、漠然とそうだとは思っていたが、本当にそうだとは思わなかった。
それでもむさい男の御主人様よりも、可愛い猫耳美少女の方が俄然奴隷としてのモティベーションも上がるというものだ。なかなかに嬉しい誤算だ。
おっと、ヤバいぞ! なにげに底辺街道まっしぐらに慣れてきていないか? でも抜け出せる方法が見つからないし、困った問題だ。
ともあれ何事も少し様子を見てから行動するべきだと、今の僕は思うわけです。
そしてこの屋敷に来てから別の猫の獣人さんが、猫耳美少女さんに付き従っていた。おそらく彼女付きのメイドさんなのかもしれない。服装は前世界でのアニメ風メイド服とは少し違うようだが、概ね動きやすそうな服装だ。娘と比べても衣装のランクが少し落ちるが、今の僕よりは断然マシだ。なんたって僕マッパですから。
主人に使えるような仕草がメイドさん然りとしている。うん、メイド、いいものだね。
歳は20代後半といった所だろうか。以前の僕と同い年くらいかな? ピシッとした立ち居振る舞い、見た目も綺麗だし、前世の僕なら直球でストライクゾーンど真ん中って感じの人だ。やっぱ猫耳がポイント高い。
しかし猫耳美少女はどうして僕達を買ったのだ? こんな可愛らしい女の子が奴隷を買うなど、いったいなんの目的があるのだろうか。性奴隷でないことだけを祈ろう(僕の異世界感が根底から覆されそうだから)。先輩少女も一緒に買ったからそれはないと、切に願いたい……。
相変わらずご主人様(おそらく僕は奴隷なので、これからはそう呼ぶことにする)達の言葉は意味不明だが、どうやらこの広い部屋の隣の小さな部屋が僕等の部屋になるらしいことはわかった。物置みたいな場所に、二段ベッドが二つ置いてある。普段は四人部屋なのだろう。
床には小さなテーブルもあり、奥にも扉があった。扉は何だろう? 物置かトイレかのどちらかだろう。床に壺が置いていないので、トイレであって欲しいと願う。
色々と説明してくれているようだが、いかんせん言葉が分からないので何を言っているのかは分からない。でも身振り手振りから推測するに、この部屋は僕たち二人で自由に使っていいような事を言っているように感じる。
僕がベッドを恨めしそうに見ていると、ご主人様はにっこりと微笑みかけてくれ『どうぞ、使ってもいいのよ』みたいに言っている気がする。ああ、間違いない、ベッドで横になっても良いようだ。なんて優しい御主人様だろう。くーっ! 涙が出て来るぜ!
この世界に来てから、真っ暗闇の木の洞で恐怖に震え、堆肥置き場のような場所で悪臭に身悶えし、牢屋の檻の中、ひんやりと冷たい床と来て、こうまで格上げされるとは思いもしなかった。
なんたって布団があるのだ。これで眠る時だけは、少し安心できるかもしれない。
それに下着や服も畳んで置いてある。ワォ! これでマッパを卒業だ!
──ありがとうございますご主人様! 僕は一生ついて行きます!
大袈裟だろうけど、今までの最悪ぶりから見れば、まるで天国だ。感謝感激である。
ちなみに奴隷商? からは、外套一枚を羽織っていました。さすがにマッパでは連れて歩きたくなかったようだね。
ただ先輩少女は外套も嫌がって脱ごうとしていたが、僕が宥めるとおとなしく羽織ったのだった。
隣の広い部屋はご主人様の部屋かと思ったが、そうではなさそうだ。ベッドも見当たらないので、別の用途の部屋だと考察できた。
前世の感覚からしてその部屋は、どうやら研究室のような感じで、大きなテーブルや書棚が幾つもあり、石の標本の様なものが棚にたくさん仕舞われている。他にも化石のような物や、何かよく分からないものがたくさんあった。
機械的な物は余りない。機械というよりも、天秤みたいなモノ、何に使うのかよく分からない器具ようなモノが複数見受けられる。前世界でも見たことのないような代物ばかりだ。
こういった不思議な物は、きっと魔導具とかいうのかもしれない。魔法があるかどうか今の所まだ分からないが、異世界だから期待はできるかもしれない。僕自身にはなんの魔法も持たないようだけどね……。
それとも他に魔法を発動する別な方法があるのかもしれない。(もう少しは期待しても良いよね?)
そういえばこの奴隷紋みたいなのを書き込むとき、ご主人様がなにやらごにょごにょと呪文めいたことを口にしていたが、それが魔術とか魔法とかいった類なのだろうか。
まあ言葉を覚えたら、それは追々分かるだろうね。
とにかく今日の所は、もう休んで良いようなことをご主人様が言っていたので、部屋で休むことになった。ここでやっと手枷も外された。その変わり部屋には鍵が外側から掛けられるようなので逃げ出すことは出来なさそうだ。
勿論逃げ出しはしない。逃げてもそう長く生き延びられる気がしないので、ここにいた方が当面は安全そうである。だからおとなしくしていますよ。
ご主人様は案外優しそうな方だ。けれども、奴隷に優しくするのは最初のうちだけだけかもしれない。
明日からどんな奴隷生活が始まるのか、不安と期待で眠れぬ夜になりそうだ。