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11話 奴隷買いませんか? ★

 ─ ミルキー ─



 私が学校から屋敷へと戻ると、そこには奴隷商人のジェイソンがいた。


「あら、ジェイソンさん、珍しいですわね、屋敷までお見えになるなんて」

「これはこれは、お帰りなさいませミルキーお嬢様。いえね、掘り出し物を入手致しまして、是非ともお嬢様に一番初めにお伝えしたくですね、えぇ」


 挨拶もそこそこに話し始めるジェイソン。

 奴隷商は本来こうして直接営業をかけてくることは稀である。しかしそれほど珍しい何かを手に入れたのだろうということだけは、彼の顔を見ただけで分かる。


「そう? 私が一番ですか? さしずめゲイリッヒ侯爵様の後じゃなくて?」

「いえいえ、滅相もございません。今回ばかりは間違ってもゲイリッヒ侯爵様に先に話を持って行くほど愚かではありません。ですから本当にミルキーお嬢様へ一番にお話をと考えた次第です、えぇ」


 嫌味たっぷりにゲイリッヒ侯爵の名前を出してやると、奴隷商人のジェイソンは、ひくっと顔を引き攣らせ、両手を小刻みに振りながら否定した。

 ゲイリッヒ侯爵は、この街の隣りにある街の領主で、変った種族や見栄えの良い奴隷を取集するといった、どこか猟奇的な趣味を持っている変態なのだ。

 珍しい奴隷ならばお金に糸目はつけない。故に奴隷商人にとっては上客と持て囃されている。ゲイリッヒ侯爵は主に愛玩奴隷を購入する事が多いので、私にはなんの興味もない。


「あらそう……でも、そんなに掘り出し物なのに、私が一番だなんて……もしかして例のモノかしら?」


 私は奴隷を買ったことがない。私が買うのは、若干変った品種の個体である。父と母は身の回りのことや、仕事の手伝いをさせる奴隷をたまに買うが、私は研究対象として欲しているのだ。


「えぇ、えぇ、さすがはミルキーお嬢様。さては既にお耳に届いておいでですか?」

「そうね、そんな眉唾なことはないと思っていますけど、もしそんな個体がいたら研究のしがいがありそうですものね」


 ここ最近街で、何かよく分からない言葉を話す『裸猿』が、兵士に依って連行され監獄に収容されている。と、もっぱらの噂だ。

 けれどもその噂は信憑性に乏しい。

 なぜなら裸猿とは山奥に棲む低知能の人型の生き物、動物なのだ。同種のコミュニケーションでも言葉を介すこともなく、それと特筆する能力も持たないただの動物。

 けれども、その個体は未だ余り研究されていない未知の存在なのだ。


 個体数も少なく、ごく稀に人里に迷い込んだ個体をどこかで保護してくる以外、その存在はあまりにも多くの謎に包まれている。


「いやはや、流石でございます。ですからわたくしはミルキーお嬢様へ、是非にとお話を持ってきた次第なのです、えぇ」


 ジェイソンは手でゴマを擦るような仕草をする。

 その手には乗らないわ、と言いたい所だけれど、興味が向いてしまった。


「ちょっと待って。ということは、本当にいるの? 未知の言語を喋る裸猿が?」

「えぇ、それはもうこの話を聞いた瞬間、ミルキーお嬢様の顔が浮かびまして、即刻買い付けてきた次第です、えぇ、ミルキーお嬢様にしかお売りいたしませんです、えぇ」


 そんなあるはずもない噂を元に、ジェイソンは裸猿を買い付けてきたという。


 そもそも裸族は奴隷として売れる商品ではない。

 それはなぜかといえば、言葉を話せない以前に、何をするにしても物覚えが悪い。そして脆弱な身体ですぐに死んでしまうのだ。

 そんな裸猿は奴隷としての価値はない。せいぜい珍奇な人型の動物として観賞用に檻に入れておく程度である。そう、裸猿はこの世界では家畜以下の存在なのだ。

 ただ希少さともの珍しさだけで取引されるようなものだ。


 けれども私はその裸猿に非常に興味を惹かれている。進化の過程がどうあれ、あの個体はどこか完成された何かがあると常々考えているのだ。


「本当に言葉を話すのですか?」

「はい、言葉自体は何を話しているのかは不明な言語でしたが、確かに言葉と呼べるような発音をしておりました、えぇ」

「不明な言語? それよりもちゃんと発音していたのですか? 唸り声などではないのですか?」


 裸猿は声を出すことをあまりしない。声と呼べるものは唸り声のようなものだけだ。その声を意図的に発音をしていたとなれば、これは大発見である。


「ハハハ、えぇ、紛れもなく言葉らしきものを発音しておりました。それに知能もそこそこに高そうです。こちらの言葉を少なからず理解しようとしているふうにも見受けられましたし、こちらの意図する事を理解して行動しているようでした、えぇ」


 ジェイソンは実際に見た結果を端的に話した。

 ジェイソン自身もそんな裸猿が存在するとは、最初は思っていなかったそうだ。しかしその個体と対面した時には、新たな発見をしたかのように楽しくなったそうだ。

 一も二もなく購入を決めたという話である。


「そんな珍しい個体なら、先にゲイリッヒ侯爵へ話を持って行くのが筋じゃなくて? 高く買ってくれるでしょうに……」

「いいえ、かの御仁には荷が勝ちすぎております。自己満足の為にわざわざ宝の持ち腐れにされ、遊び半分で殺されるよりも、この世界の探求のために研究なされておりますミルキーお嬢様へお譲りするのが筋と考えた次第です、えぇー」


 ジェイソンは大仰に頷きながら、おべっかとも取れるようなことを平然と言う。


「そう……それなら私が買いたい、と言いたい所ですが、お父様に許可を頂きますので、一両日中に返答いたしますね」

「いつもご贔屓頂きありがとうございます、えぇ、お待ちしております」


 ジェイソンはあからさまな手揉みで満足顔である。


「あ、ちなみにですが、言葉らしきモノを話すのは雄なのですが、これまた珍しく、その少し前に捕らえられた雌が同じ檻に入れられておりまして、なぜかその雄に懐いております。(つがい)ではなさそうでしたが、余りにも離れがたくしているもので、今回仕方なく雌の方も買い上げてきました。そこでお願いなのですが、できうれば雄と雌二匹、両方共にお買い上げ頂ければ幸いに思う次第です、えぇ」

「そう……ジェイソンさんは、なかなかに商売上手ですわね」

「いやはや、お褒めいただき恐悦至極です」


 別に褒めてはいない。ただ抱き合わせでもう一匹売り込もうとして、それらしい背景を捏造しているかもしれないしね。でも今回は乗ってあげることにした。そもそも希少な裸猿が一度に二匹も手に入るなんて、普段では考えられないことだからだ。


 そしてそれはなかなかに珍しい個体みたいだ。

 裸猿の雌は、そうそう見知らぬ雄に懐くことはないと言われている。小規模の集団で山奥に住んでいるので、その集団以外の雄には懐かないようになっているらしい。もしかして同じ集団にいたとも考えられるが、ジェイソンが監獄の看守から聞いた話では、その確率は少ないということらしい。捕獲された場所が全く別の場所だという話だ。

 そして檻の中でも最初は怯えながら離れてすごしていたということで、お互い初対面だったということに他ならない。お互い見知っているのなら、どちらからともなくグルーミングのような事をし始めるのだ。


「そう、分かったわ。雌は通常の料金なら問題ないわ。雄はある程度なら上乗せしても構いません。言葉を話せるなら、それだけ珍しい個体ですからね」

「ありがとうございます。それでは明日ご連絡をお待ちしております、えぇ」


 そう言うと奴隷商人のジェイソンは、ホクホク顔で帰っていった。



 とにかくこれは大発見ね。

 もしかしたらこの世界の理が解明できるチャンスになるかもしれない。裸猿の研究は、この世界の進化の過程をひも解く何かがある。そう私は睨んでいるのだ。



 この世界は普遍的に見えてどこか歪だ。

 それが何かは、今はまだ分からないことだらけ。でも、考古学を専攻する父と母の研究でも、どこかこの世界が不自然な成り立ちの上に創り上げられたような痕跡がある。

 進化論にしてもそうだ。

 私のような猫族のように進化した個体もいれば、犬族、馬族、牛族、竜族、エルフ族、ドワーフ族、小人族など数多くの種族がいるが、その全てが説明しようもない進化を遂げてこの世界に存在している。

 裸猿に関してもその進化の過程が未知のまま。


 しかしもっとも人型の完成形とも呼べるべき身体を持ちながら、何故低知能のまま進化しているのかが謎なのだ。我々が進化したのが本当なら、裸猿は退化している。そう思わざるを得ないのだから。



 もしも言葉らしきモノを話す個体がいるなら、その謎が解明できるかもしれない。



 まさに今、私の熱い研究者魂が、沸々と燃え上がるのを感じるのだった。


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