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まさかの正夢  作者: 柿田修ニ
8/16

もし、のみ、こい

 同窓会で知り合った坂本愛理と高橋泉。そしてチャラい丸尾くんが加わり、約半年ぶりに予備校へ通うことになった。これから4人での予備校生活が始まるわけだが、どのような展開が待っているのだろう…?

【7/15】


21


 明会を終え、僕ら四人は予備校に正式に入ることになった。とりあえず十月末にあるセンター模試に向けて、授業は進んでいくそうだ。

 僕は昨年と同じカリキュラムを受けることになったので、ある程度はついていけそうだった。これまで宅浪生活だったけど、受験の基礎となる学力の地盤はなんとかできていた。

 問題は、文系と理系どちらの大学に進むかである。今年の夏はオープンキャンパスで文系理系のどちらの学部説明も聞きに行ったけど、これといった決定的な要素がなかったのだ。三郎さんは「理系は就職に有利」と言っていたけど、そんなに理系にこだわりもなく、あやふやな状態が続いていた。

「松枝くんは文系と理系どっち受けようと思ってるの?」

 ある授業の休憩時間中、隣に座っていた高橋さんに声をかけられた。

「それが、まだちゃんと決まってないんだよね。」

「え?決めてないの?模試があるんだから、早めに決めないと。私はもちろん理系よ。」

 なぜか理系を推してきた。高橋さんはたしか法律学を専攻していたらしいが、そこから理系に転換するとはなかなか変わっている。

「理系って何を専攻するの?」

「物理よ。本屋で物理の参考書とか読んだんだけど、興味が湧いて面白そうだったのよ。」

 理由は意外にもざっくりしていた。

「二郎くんって、理系の大学受けたことあるんでしょ?」

「あるよ、昨年数学科のコース受験したんだけど、公式や定理を忘れちゃって大失敗したんだよね…。数学のトラウマがあるから、理系でいいのか迷っているよ。」

「数学嫌いなの?」

「嫌いではないよ。微積や数列とかは面白くて、勉強するのは好きだよ。」

「それなら数学科にすればいいじゃない。数学が好きなら数学科に行くべきよ。勉強すれば絶対成功するって。」

「うーん…。」

「とにかく、早くどっちかに決めて模試に集中しましょう。」

 早めに決めないといけない。そうは思いつつも決められずにいた。しかし今はもう十月となり、センターまであと三ヶ月となっていた。

「早く決めないと。」

 自分に言い聞かせた。今までも言い聞かせてきたが、今回はとても強い気持ちで考えている気がする。なぜか、高橋さんに応援されているような気がしたからだ。


 予備校は夜十時に終わるため、途中で夜ご飯を教室の中で食べていた。僕はよく、食べ物を口に入れながら公式が書いてある本とにらめっこしている。授業は四人で固まって受けているから、ご飯を食べるときも一緒だ。坂本さんと高橋さんの間では女子トークが繰り広げられていて、二人ともとても楽しそうだった。

「食べるときぐらい教科書なんて見なくていいのに。これだからまじめ二郎ちゃんは!」

 チャラ尾くんがよくそう言ってくるが、僕は気にしない。最近、丸尾くんのことは「チャラ尾くん」と自分の頭の中で呼ぶことにしている。チャラいから、「丸尾」くんの「丸」の部分を「チャラ」に変えてみた。そしたら「チャラ尾くん」という彼に相応しい名前が出来上がったのだ。直接丸尾くんに「チャラ尾くん」と呼んでもいいのだが、変な反応をされて絡まれるのも面倒なので、頭の中だけに留めておくことにした。

 少し自習をして、夜十時に予備校を出た。帰りは駅まで四人で歩いて帰るのが日課になっていた。

「授業疲れたね。」

「模試がんばらないとね。」

「土日って授業何時だっけ?」

 僕らの会話は、予備校に関するありきたりな話ばかりだった。さすがに勉強しまくると、頭が疲れて勉強以外の話題はそんなに出てこない。「作業」のように会話が流れているようだった。まあそれは受験に向けて、勉強に真剣になっている証だった。

 横浜線と小田急線を使う人がいるため、駅で別れた。坂本さんとチャラ尾くんは横浜線ユーザーのため、僕は高橋さんと一緒に小田急線に乗った。しかも電車に乗る方向も一緒なので、毎回僕は何を話せばいいのか迷ってしまっていた。

 沈黙が続くと、ますます気まずい雰囲気になる。だからといって、ありきたりな話題を話しても楽しくない。僕はいつも脳トレをするように頭を働かせるが、閃くことはほとんどなかった。

 電車が来るまでホームで待っていた。夜は仕事疲れのおっさんたちがたくさんいるため、それを見るだけで自分のエネルギーを奪われてしまう。周りに流されないで、何とか自分をコントロールしたいものだ。

 高橋さんが「はー。」っと溜め息をついた。僕と一緒にいるのがつまらないのかと思ったが、僕の方を見て口を開いた。

「二郎くんはさ、知ってる?坂本さんと丸尾くんが付き合ってること。」

「え?そうなの?」

「やっぱ知らなかった?あの二人は短大に入ってからずっと付き合っているのよ。」

「そうなんだ。大学に入ってから関係が深まったのか。」

「え、違うわよ。二人は大学で出会っているのよ。」

「え?ずっと同じ高校の人かと思っていたけど、違うの?」

「違うわよ!あんなチャラい奴、学校にはいなかったわ(笑)。」

 初めて知った新事実だった。坂本さんと仲良くしていたため、てっきり同じ高校の人かと勘違いしていた。確かに顔は見たことなかったけど、人付き合いが少なかった僕がただ単に知らなかっただけかと思っていた。しかもチャラ尾くんが彼氏だったとは思わなかった。

「そうだったのか。全然知らなかったな。」

「愛理が付き合っていたのは知っていたけど、まさか彼氏も一緒に予備校に連れてくるんだから、まったく、びっくりしちゃうわよ!」

「結構気遣う?」

「遣うわよ!この前も駅から予備校に歩いてたら、前にも愛理と丸尾くんが二人で手繋いで歩いてて、二人には気づかれないように気をつけたわ。」

 高橋さんは呆れたように僕に話していた。高橋さんが坂本さんに関する不満を言ってきたことに対する驚き。それと坂本さんの彼氏が、僕が良く思っていないチャラ尾くんであったことに対する驚き。二つが変に混ざり合っていた。

 前者については、まるでアイドル同士の不仲みたいなイメージで捉えてしまった。一見仲が良くても、影では恨み合って文句を言い合っているかもしれない。テレビでも、視聴者を注目させるために、「ある二人のアイドルの不仲説」みたいな正しいかわからない情報が流されることがある。僕にとって、そのような情報はどうでもいいけど、坂本さんと高橋さんに関しては他人事のような感じがしなかった。

 後者については、別に僕は坂本さんのことを気になっていただけであって、狙っていたわけではない。でも、チャラ尾くんが彼氏と聞いて、納得がいかなかった。同時に、坂本さんが、僕が良く思っていないチャラ尾くんと付き合っていることで、僕は坂本さんと相性が合わないのではないかと思ってしまった。いずれにしろ、あまり考えすぎるのは良くないだろう。

 電車に乗りながらも、二人に関する会話が続いていた。高橋さんは日々溜めているストレスを僕に対して吐き出しているような気がした。僕に話すことで、気持ちがすっきりするのだろうか。

 やがて僕が降りる駅に近づき、席を立つ準備を始めた。

「二郎くんごめんね、私の不満ばっかり聞いてもらっちゃって。」

「いいよいいよ。勉強してると、ストレス溜まりやすいからね。僕で良かったら全然聞くよ。」

「ありがとう。今日の話は二人だけの秘密ね!」

 高橋さんにいつもの笑顔が戻っていた。ストレスは発散されたようだった。最後の「二人だけの秘密」というフレーズに、一瞬ドキっとしてしまった。高橋さんとの秘密。それは何か特別なものを感じた。

 今日は家に帰ってからもテンションが高めだった。予備校にずっといるから疲れているはずなのに、まだ机に向かって勉強できる体力が残っていた。電車で高橋さんと楽しく会話ができたからかもしれない。

 鞄の中に入っていた単語帳を取り出し、机に置いた。夜は暗記物をやると良いということをどっかで聞いたことがあったため、英単語を覚えることにした。

 ちゃんと覚えられているのかはわからないけど、ページは意外と進んだ。テンションが高い状態で勉強するのは良いことなのかどうか、僕にはわからない。勉強に対する意欲は上がるけど、しっかりと身についているかどうかはまた別なのだ。単語帳をたくさんめくりながら、いつもの自分とは違うと思った。

 さらに、余程気分が良かったのだろう。本をめくりながら何かの歌を口ずさんでいた。

「道に迷ってさまよい歩き、ただ時だけ過ぎていく。どうしたらいいかわからなくて、泣きたいときもあるよね〜」

 普段は歌う習慣がないのに、なぜか歌詞が口から出てきた。けれど題名がわからなかった。

「何の曲だっけ…?」

 テレビや街中で聞こえた曲で、バラードのようなものだった。歌っている人の声がとてもきれいで、曲の歌詞が耳に残ってはいたが、どうしても題名が出てこなかった。

 途中まで歌って、ふと周りを見渡した。部屋には僕しかいないわけだけど、誰かに歌を聞かれていないかどうか不安になった。聞こえてはいないだろうけど、意外と大きな声だったかもしれない。自分で勝手に歌っておいて、自分で勝手に恥ずかしくなってしまった。

 そんなことをしているうちに、日付が変わりそうな時間になっていた。規則正しい生活をしているわけなので、早く寝ないといけない。

 テンションがさっきまで高かったものの、いつの間にか元に戻っていた。それに単語帳をめくりながら暗記をし続けていたため、すっかり頭がくたびれていた。ベッドに身を投じて目を閉じた。

「今日はがんばったなー。」

 独り言を言った。最近はよく独り言を言っている気がする。でも、こんな独り言を毎日言えたらいいなと思った。


22


 人間は、一人孤独では生きていけない。ある時は誰かに支えられたり、ある時は逆に誰かを支えてあげたりする。それにより他人と関係を深めていくことで、人生は何とかやっていける気がする。

 僕は定期的に三郎さんと連絡を取っていた。三郎さんも受験勉強をしているから、時々相談に乗ってもらったり、逆に相談に乗られたりすることもある。そういうやり取りが何とも楽しかった。「自分は孤独ではなく、他人と繋がっている」ということを感じることができるからだ。

 勉強以外にも、「今日も塾が夜十時まであるから大変です」とか、「今日同じ塾に通う奴が変なこと言ってきたんですよ」といった他愛も無い話も結構していた。恋人同士のようなやり取りなのではないかと思ってしまうこともあった。でもそれはお互い様だった。浪人生活を送っていると、どうしてもストレスが付きものになる。それを適度に吐き出していかないとやっていけない。そんな吐き出す場所というのが、僕と三郎さんのLINEで繰り広げられていた。僕は普段の生活などについて、遠慮なく三郎さんに話していた。それを三郎さんはしっかり受け止めてくれて、質問をしてきたり、自分なりの考えを送ってくれたりする。僕も与えられてばかりではだめだと思い、こちらからも意見を言うことにしている。こういうやり取りをすることで、国語の学力が上がってくれないかなーと呑気に理想を唱えている僕であった。

 ある日、いつものようにLINEで三郎さんとやり取りしていると、

「この前、二郎ちゃんが女の子と歩いている見たで!なんで俺に教えてくれんの?」とコメントが来た。 僕に彼女はいないのに、何の勘違いをしているのだろう。

「僕はそんなことしていませんよ。」と返信した。

「いや、あれは確かにおまえさんやった。町田駅の改札付近で偶然見かけたんや。」

「あ、それは…。」

 それは塾から一緒に帰っている高橋さんのことだった。僕らは横浜線組の坂本さんとチャラ尾くんと別れて、二人で乗っている。それにしても、その時間帯に三郎さんが町田にいるのも驚きだった。

「それは同じ塾に通っている僕の同級生ですよ。」

「そうなん?良い彼女やなーと思ったんやけど、狙ってないん?」

「そういうわけでは…。」

「お、狙ってるんやな!その子のこと、俺はどっかで見たことがあったんやけど、なんていう名前なん?」

 どうして名前を聞いてくるのだろう。三郎さんからすると、自分よりも一個下の学年のはずだった。名前を言ってもわかるのだろうか?

「高橋泉という人ですよ。多分わからないと思いますが…。」

 僕は謙虚にそう答えた。

「あーやっぱわからんな。悪いな、狙っている女子の名前聞いてしもうて。俺は別にその子を横取りしたりせーへんから、大丈夫やで。」

 三郎さんはそう答えると、ごっつい顔のおっさんのLINEスタンプを送信してきた。スタンプには、「がんばれや!」と書いてあった。


 受験期は、嫌でも時間がどんどん過ぎていってしまう。ついこの前の出来事が、すでに一週間前とか一ヶ月前になっていてもおかしくない。もうすぐ十一月になりそうだったが、今日はついにセンター模試を迎えてしまった。

 とりあえず僕は理系の大学を目指すことにした。数学が好きというのもあったけど、三郎さんにしろ高橋さんにしろ、みんな理系を勧めてきたからだ。予備校の津島先生でさえ、「お!未来の理系男子!」というよくわからない呼び名で僕を呼んできたことがあった。特にこだわりもなく、文系を選ばなかったことに未練もなかったため、理系で大学受験を挑戦することになった。

 センター模試は朝から晩までやるため、とても体力が必要だ。普通、センター試験は二日間で行うものだが、模試では二日に分けてやるのも塾側としては大変である。そのため休憩時間を極力短くし、一日で全ての試験を実施するのだ。だから、直前に試験科目の勉強をする時間はほとんどない。短い昼休みの時間帯に参考書をパラパラめくれるのがやっとである。しかも、狭い教室にたくさんの受験生が入るので、試験会場の環境もあまりよろしくない。まるで一日中、環境の悪い収容所で集団労働をさせられているようだった。

 ランダムな順番で皆座っているため、仲間である高橋さん、坂本さん、チャラ尾くんの姿は見当たらなかった。皆一人一人が独自で頑張らないといけないということだ。近くに高橋さんたちが座っていると、かえって気になってしまう恐れがあるため、むしろ姿を見られなくて良かったのかもしれない。

 塾のチャイムと共に、試験は始まった。センターは時間が短いため、効率良く、テンポ良く問題を解いていかないといけない。どこかで詰まると焦りが生じ、アリ地獄のようにどんどん苦境にはまってしまう。僕はアリ地獄に落ちないように、冷静にマークシートを埋めていった。

 何度も模試を受けてきているので、特に大きなプレッシャーはなかった。高校三年生のとき、周りの受験生がとても頭良く見えて、不安の気持ちに苛まれていた。しかし今は違う。むしろ二浪もしているので、今まで積み立ててきた勉強時間は周りの人より明らかに長いし、かつ基礎知識は周りより備わっているという自信があった。受験人生をこんなに長く全うすると、模試に対する心持ちが大きく変わるんだなーと思った。

 長い耐久レースだったが、あっという間にセンター模試は終わった。最後の試験が終わったあと、とても分厚い冊子が受験生に配られた。今回のセンター模試の解答冊子だった。自己採点して、即復習するよう先生から言われた。

 まだ塾にいてそのまま勉強しても良かったのだが、ずっと教室に収監されていた気分だったため、今日はすぐに塾を出ることに決めた。


23


 荷物をまとめて入口を出ると、仲間である三人が立っていた。どうやら僕を待っていたようだ。

「遅かったわねー。待ったわよ。」

 高橋さんが元気そうに僕に近寄ってきた。とても機嫌が良さそうなので、きっと試験に手応えがあったのかもしれない。

「疲れたね。二日分のテストを一日でやるなんて無茶だわ。」

 坂本さんは疲れ果てたような言い方だった。高橋さんとは一転、あまり手応えが良くないように見えた。できなかったことを、試験の時間設定のせいと言い訳しようとしているように聞こえてしまった。

「飲みに行こうぜ!今日はひとまずお疲れ会だ!」

 チャラ尾くんは言った。彼は何を考えているかわからない。受験生なのに、あまり試験のことは気にしていない様子だ。ただの飲み会好きのチャラい大学生にしか見えない。

「いいわよ、久々に飲みましょう。」

「そうね、たまには飲んでもいいかもね。」

 坂本さんと高橋さんも賛成していたので、僕も行くことになった。

 町田駅周辺には色んな居酒屋があり、会社員の溜まり場の数としては申し分なかった。歩いていると色んな店があり、迷子になりそうになる。僕らは近くにあった居酒屋チェーン店に入った。

 まさか予備校通いの四人で飲むことになるとは思っていなかった。そもそも予備校生がお酒を飲むこと自体、おかしな話だろう。僕はそんなに酒を飲む機会はなかったから、居酒屋に行く習慣もほぼなかった。最近飲んだのは、例の同窓会のときだろう。あれは自分が意外と酒に強いということに気づいてしまった瞬間だった。

 まだ時間が午後六時を回っていないこともあり、店の中は比較的空いていた。僕たちは奥にある座敷に通された。靴を脱いでゆったりとでき、周りのお客さんからもある程度隔離されていた。僕はうるさくてガヤガヤしている所は嫌いなのだが、個室であれば落ち着いて話ができると思った。とはいっても、この場で話をする内容が全く思いつかなかった。

 それぞれが好きなお酒を頼み、お通しとちょっとしたおつまみも来たので、お疲れ様会という名目で乾杯をした。

「二郎くんはセンター模試どうだった?」

 高橋さんがジョッキ一杯のビールをあっという間に飲み干して一息ついたところで、僕に聞いてきた。僕は高橋さんの飲みっぷりに驚いてしまい、若干戸惑った。

「えっと、まあまあかな。まだ採点はしてないけど、ある程度点数は取れてると思う。」

 僕は曖昧に答えた。

「そうなんだ。私もそこそこはできたと思う。まだ暗記科目は勉強が足りないなと思ったけど、他は手応えあったかな。」

 高橋さんは二杯目のジョッキを手に取り、口に運んだ。こんなに飲むということは、相当疲れたのだろうか。それとも余程ストレスが溜まっていたのだろうか。僕よりも明らかに酒に強そうだ。

「愛理と丸尾くんはどうだったの?」

 高橋さんは大きな声で聞きながら、三杯目を注文した。どうやらもう既に酔っ払っているようだ。一方で、坂本さんはそんなにお酒を飲むタイプではなく、ゆっくりと自分のペースで飲んでいた。

「うーん、一応答えは書いたけど、当てずっぽうも多かったかな。時間がすごい足りなくて。まだ勉強が足りないことはわかっているけど、この先が心配だわ。」

「そんなことないわよ!まだまだ試験までの期間はあるわけだし、頑張るしかないわよ!」

 高橋さんの声は徐々に大きくなり、周りに響いていた。高橋さんと坂本さんの姿は、まるで会社の上司と部下のような関係に見えた。

「俺は上々かな!まあ大丈夫っしょ!愛理が受かってくれれば俺はとても嬉しいね!」

 チャラ尾くんはそう言いながらカルーアミルクを飲んだ。店員が飲み物を運んでくると、ピーチサワーが彼の席の前に置かれた。カルーアミルクを飲み干すと、今度はピーチサワーに手が伸びた。

 彼の言っていることはいつもよくわからない。上々って言っていたけど、言うほどそんなにたくさん勉強して、学力を伸ばしたようには残念ながら見えなかった。それに、坂本さんが受かってくれれば嬉しいって…。自分の受験のことを第一に考えなくていいのかと思ってしまった。僕はますます彼のことが嫌いになる。一つ意外だったのは、チャラくてビールをたくさん飲むようなイメージがあったのに、カルーアなりピーチなり、女子が飲みそうなかわいいものばかりを飲んでいたことだ。

 これ以上チャラ尾くんのことを考えるとイライラしてしまうため、僕は耳をフィルターにし、彼の声はなるべく拾わないようにした。

「最近さ、不審者からのLINE多くない?」

 坂本さんが高橋さんに話しかけていた。

「突然知らない人から、『知り合いかもしれないのでメッセージしました!』とか送られてくるんだけど、マジ何なの?って思ったわ。泉はそういうのない?」

「私は特にないかな。でもお姉ちゃんがこの前しつこくLINE送ってくるやつがいるっていうのを聞いたわ。」

「やっぱ最近多いわよね。泉も気をつけたほうがいいわよ。」

 僕はただ、二人の話を聞いていた。LINEは若者だったら誰でも使っているけど、危険が潜んでいることを僕は全然知らなかった。そもそも僕は友達がそんなに多くないから、普段LINEを使うことはそんなになかった。話を聞いていると、「でも大丈夫。愛理のことは俺が守るから。」という格好つけた声が耳に入った。自分の耳のフィルターがちゃんと機能していないらしい。こういうキザな言い回しは嫌いだ。腹が立ってしまう。腹が立つのは、同じ言葉を自分が相手に言う勇気がないという理由もあるかもしれない。

「そういや泉ちゃんは彼氏いないの?」

 フィルターはついに壊れてしまった。チャラ尾くんはディープな話題を高橋さんに振っていたのだ。

「受験期なんだし、やっぱ、支えてくれる彼氏は必要不可欠っしょ。大学でいる?」

 普通こういうことを聞かれると、答えるのに躊躇ってしまう。しかし高橋さんは酔っぱらっていた。それを見越してチャラ尾くんは質問したのかもしれない。何ともずる賢い男だ。

「私?いないわよ。この前別れちゃったんだもの。」

「え?そうなの?泉、私聞いてないわよ!」

 坂本さんも話に加わった。僕はこういう恋愛トークには慣れていない。何を聞いていいかわからないし、聞いたら失礼だと思ってしまい、尻込みしてしまう。高橋さんの顔の表情を見ると、なんだか怒りが混じっているような様子だった。

「そうよ、つい最近別れたわよ。私が受験し直すってことを話したら、猛反対してきたの。『一緒に過ごせる時間が減っちゃうじゃないか!無理して受験し直す必要なんてないじゃん。』って。完全に自分のことしか考えてないよね。それ聞いて呆れちゃって、振ったわよ。」

「そんな男、最低ね。そんな奴とは付き合わないほうがいいわよ。他に泉の気持ちをわかってくれる人なら、周りに絶対いるわよ。」

「そうそう、泉ちゃんなら大丈夫っしょ!」

「僕は高橋さんの気持ちをわかっています」と言いたいところだったが、言えるわけがない。それにしても、相手の気持ちを理解するのは簡単じゃないが、話を聞く限り、相手の男はひどいとしか思えなかった。俺のほうが全然マシなのではないかと思った。

「二郎ちゃんはいないの?彼女?」

 いきなり話を振られた。

「え?俺は…。」

「いないんだな?わかったわかった。聞いて悪かったよ。」

「うるさいな、お前みたいなチャラ男に言われたくないよ!」

 ついに口が滑ってしまった。初めて丸尾くんに向かってチャラ男であることを口にしてしまったのだ。

「チャラ男?俺が?何言ってんだよ!俺をなんだと思ってんだ!」

 チャラ尾くんは若干イライラしていた。怒らせてしまったかなと思っていると、「私も同じこと考えてたわ」と高橋さんが言った。なんだか、さっきとは一変笑顔になっていた。

「丸尾くんはチャラいわよ。さっきの愛理に対する声かけもそうだし、普段もそう。二郎くんは間違ってないし、みんなそう思ってると思うわ。それにしても、丸尾とチャラ男ってちょうど言い回しが似てるわね。「チャラ男」って聞いてつい笑っちゃった…!」

 高橋さんはそう言って笑いを堪えられなくなった。さっきの怒りの表情とは大違いだった。それにつられるように坂本さんも笑い出した。

「おい、愛理まで何笑ってんだよ!」

「だって、面白いんだもの。丸尾の丸を『チャラ』に変えれば『チャラ尾』になるもんね。今度からそう呼ぼうかしら。」

「おいおい愛理までやめろよ、本当に俺がチャラいみたいじゃないか!」

「本当にチャラいわよ!」

 座敷全体に笑いが響き合った。僕が「チャラ尾」と口を滑べらせたことによって、雰囲気が予想外にも一気に明るくなった。チャラ尾くんが僕のことをどう思っているかわからないけど、今の雰囲気が明るくなったからそれはそれで良かったと思う。


 あっという間に時間が経っていた。気づけばもう夜十時を過ぎていて、店に入って、既に四時間を超えていた。明日塾が休みなのが幸いだったが、みんな適度に酔っぱらっていたし、高橋さんに至っては足がフラフラしていた。駅の改札まで四人で歩き、横浜線組の二人と別れた。僕は高橋さんと二人になった。

 高橋さんの顔色が悪いので、とても心配だった。

「大丈夫?トイレ行っとく?」

「そうね、ちょっと行ってくるわ。」

 そう言って駅のトイレにフラフラになりながら入っていった。ここで高橋さんを置いていくわけにはいかないので、出てくるまで待つことにした。十五分くらいして、やっと出てきた。

「ごめんね、時間かけちゃって。先帰ってて良かったのに。」

「いいよ、全然。むしろ酔っ払ってる高橋さんを見捨てる方が危ないよ。とりあえず電車に乗ろう。」

 そう言って電車のホームへ向かう。トイレですっきりしたのかわからないけど、さっきよりは落ち着いていて、言葉もしっかりしていた。

 偶然町田始発の電車があり、僕たちは座ることができた。高橋さんは寝ると思ったので、端の席に座ってもらった。

「寝てていいからね。」と僕は言った。

「うーん…。」という曖昧な声とともに、高橋さんはすぐに眠りに入った。僕も同窓会ほどじゃないけれど、ある程度飲んだから若干眠い。しかしここで寝ると寝過ごしてしまう恐れがあるため、スマホをいじくりながら寝ないように我慢した。

 電車はゆっくりと動き出し、独特な音と共に僕らは目的地へ運ばれ始めた。電車の適度な揺れが丁度よい眠気を誘ってくる。眠気に対する耐久レースはきつそうに思われた。

 そのとき、電車の揺れと共に高橋さんの体も揺れた。そのまま彼女の頭は僕の肩に寄りかかってきた。僕は何もできず、ただ寄りかかってくる高橋さんを横目でおそるおそる見守っていた。僕の顔に髪の毛が触れた。「女子の髪ってどうしてこんなにいい匂いがするんだろう」と思ってしまった。シャンプーの優しい香りが僕の顔の周りを包み込んでいた。

 その後また電車が大きく揺れ、彼女の頭は、反対側の金属の柵の方へ傾いてしまった。高橋さんの顔が僕の近くにあった時間は、なんだか特別な感じがした。そんなことを考えているうちに、僕の最寄り駅に電車が到着した。

「気をつけて帰ってね。寝過ごさないようにね。」

「うん、ありがとう。」

「じゃあね。」

「…。」

 高橋さんはまだ眠そうだった。僕は高橋さんがしっかり座っているのを確認して、電車を降りた。僕は心配性である。ちゃんと高橋さんが家にたどり着けるのかどうか心配だったため、こうLINEしておいた。

「心配だから、家についたら念のため連絡してね。今日は模試お疲れ様!」


 家に帰ると、僕はすぐに眠ってしまった。酔っている挙句に介抱するのはとても体力がいる。同窓会での山本の介抱には、改めて感謝しないといけない。ベッドの上に横になると、意識はプツンと切れてしまった。

 夜中三時ぐらいだろうか、喉があまりにもカラカラだったため、目が覚めてしまった。同窓会同様、お酒は頭に影響を及ぼしていた。頭痛を我慢しつつ水を飲みに行き、時間を確認するためにスマホを開けた。するとLINEが来ていた。高橋さんからだった。

「今日はありがとう。家に無事着いたよ。」というコメントが来ていた。時刻を見ると三時二分と表示されていて、直前に送ったようだった。それを見て安心し、スマホを閉じようとすると、もう一件コメントが来た。

「二郎くんがチャラ尾くんの話をしてくれたおかげで元気が出たわ!ありがとう!これからも一緒にがんばりましょう!」


(続く)

 今日の内容の中で、二郎が口ずさんでいた曲が出てきました。この曲は筆者が自分で作詞した曲となっており、今後も度々大事な場面で登場します。どんな歌詞なのかにも注目しつつ、本編をお楽しみいただければと思います。

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