運命の瞬間
難関大模試を終え、周りは冬休みとなっていた。僕は町田で、とある人と約束をしていた。
【13/15】
36
年内最後の授業も終わり、冬休みに入った。クリスマスシーズンも終わり、お正月へと時間は突き進んでいた。
時は十二月二十八日になっていた。僕は外に出て電車に乗り、ある人との飲み会へ参加することになっていた。
前日は雪が降っていた。あたりは雪がまだたくさん残っており、子どもたちが作ったであろう、小さな雪だるまの数々が道の脇に飾られていた。顔もしっかり作られていて、見られている感じが何とも不気味だった。
「先日は本当にすみませんでした。」
「まあ、もうええわ。気にせんでえーよ。」
「約束破ってしまって、どうお詫びをしたらいいんだか…。」
「だからえーよって言ってんやろ!そう思ってるなら、来週飲むぞ!」
「来週飲めるんですね!」
「あー。前に飲めなかったからな。飲み直しや!」
最後のコメントは、何だか怒っているような感じがした。今日この日に、三郎さんと飲むことになった。二人でやっとサシ飲みすることができる。
模試の日にあんなに怒っていたため、飲む当日も機嫌を悪くしているのではないかと思っていた。それが不安で仕方がなかった。
待っていると、向こうからカップル連れの人たちがやってきた。誰なのか最初はわからなかったが、近づいて来るにつれて、その一人がまさかの三郎さんであることがわかった。
「おー久しぶりやな!元気にしとったか?」
「はい、元気にしてました。ご無沙汰しています。」
「そんなにかしこまらんでえーよ。そんなんじゃいつもの二郎ちゃんじゃねーし!。」
僕は隣にいる女性に視線が行った。どこかで見覚えがあるような気がして、誰だか考えていた。
「あ、言い忘れてたわ。俺の彼女だ。愛子っていうんだ。」
「愛子…?」
「あら、二郎くん久しぶりだね!私よ私。森田愛子よ。前に本屋の入口のところであなたと泉に会ったわよ。忘れた?」
「あ!そうだ。本屋で会ったね。」
「覚えてくれててよかったー。また会えて嬉しいわ。」
「愛子、俺はこれから二郎ちゃんと飲むから。」
「そうね、二人で思う存分語り合ってね。」
「じゃあ、また明日!」
「バイバイ~!」
森田さんはそう言って駅の方へと歩いて行ってしまった。
まさか森田さんが三郎さんの彼女になっていたとは…!しかしどうしてだろう。何の関係なのだろう。
「おい、どうした?はよ入ろうや!」
「あ、そうですね。」
僕らは居酒屋の中に入って行った。
「それにしてもかわいいだろ?俺の彼女。」
三郎さんはビールを飲みながら、機嫌良さそうにそう言った。
「羨ましいですよ。どこで出会ったんですか?」
「バイト先や。そこで話しているうちに、意気投合してな。彼女、小説を書くことに興味があるらしいんやで。」
「そうなんですか。確かにあの時も本屋で会ったから、本が好きそうだとは思ってました。そういえば、まだ文学賞は発表されてないんですか?」
「発表は三月上旬や。まだまだ先やな。ただ中間選考では通ったんやで。」
「本当ですか!すごいですね。何人の中に残ったんですか?」
「応募数自体は千くらいあって、そこからまず五十人に絞られる。その中に何とか入ったな。」
「倍率二十倍じゃないですか!すごすぎです!これはいけますよ!」
「おいおい二郎ちゃん、その考えはまだ甘いで。残ってる五十人から選ばれるのは一人だけなんやぞ?あと四十九人倒さなあかんわ。大変やで。」
「あー確かにそうですね。でもここまで来たら何とか受賞してほしいです。」
「そうなるといいよな。そんなことより二郎ちゃん。あれはどうなったん?」
「あれって何ですか?」
「彼女や彼女。結ばれたんか?」
「えっと…いや…。」
「まだ焦らしとるんか?」
「え…ま、まあ…。」
僕はうまく答えられなかった。高橋さんとは結ばれたと言ってもいいと思う。でも、高橋さんが彼女であることを言ってしまっていいのか迷っていた。もちろん高橋さんのことは大好きだった。しかし、実はまだ、直接高橋さんに「好き」と言えてはいなかったのだ。正直緊張していたのか、あの頃の記憶はほとんど残っていない。あのとき、高橋さんは何か僕に言ってくれたのだろうか?
年内最後の授業の日はいつも通りだった。チャラ尾くんも集まり、久々に四人で予備校を出た。最寄り駅まで一緒に歩き、改札で別れた。
「じゃあな、二郎ちゃん。良いお年を。」
チャラ尾くんは僕にそう言ってきた。
「丸尾くんこそ、良いお年を。」
あのとき、素直に「丸尾くん」と呼べた気がした。チャラいというイメージはすっかりなくなっていた。
その後高橋さんと電車で一緒に帰った。センターまであと二十日までしかないということで、お互いにがんばろうという話をした。高橋さんの話している姿は生き生きしていて、こちらもとても元気が出てきた。そんな楽しい時間も束の間、僕は最寄り駅にたどり着き、高橋さんと別れたのであった。
あれから三日。僕は勉強をがんばっていた。志望校に合格するために、今回こそは絶対に受験を成功させないといけない。そんな気持ちで何とか前に進んでいた。もちろん、高橋さんのことを忘れたことはない。時々勉強でわからないところをLINEで質問されることがあって、それに対応したりした。答えた後は、ざっくばらんな話をした。ここ最近はとても楽しい。受験に対するモチベーションはとても高かった。
「おい、二郎ちゃん?聞いとるか?」
いきなり我に返った。僕は高橋さんのことを考えてしまっていた。三郎さんと飲んでいることをすっかり忘れていた。
「俺の書いた小説、今日原稿持ってきたんだが、少し読んでみるか?」
「見てもいいものなんですか?」
「あんまり良くないけどな。まあ少しくらいだったらいいやろ。」
「どんな感じなんだろう…?」
僕は原稿の入っている紙袋を開いた。そこには三郎さんの字で埋め尽くされた原稿用紙がたくさん入っていた。「回想」という二文字が大きな字で書かれていた。
「これが題名ですか?」
「そうや。過去の自分の記憶をたどることで、今の自分がどう生きるべきか。それを友達共に学んでいくようなストーリーやな。」
「へぇーすごいですねー。」
僕は原稿用紙をパラパラとめくった。力強く、読みやすい字だった。一つ一つの字に魂がこもっていて、用紙から文字が飛び出してくるのではないかと思った。
ふと、僕はカラオケオールの帰りの不思議な光景を思い出した。タイムマシンに乗って、過去の自分の記憶を彷徨っていた。僕は自分自身のことを、タイムマシンに乗りながら振り返っていたのだ。これってなかなか面白いのかもしれない。
「実はな、もう次の新しい小説の内容を考案中なんや。」
「もうですか!」
「そりゃそうや。小説家になるためには、感受性豊かでなきゃあかん。次々と色々な案が浮かんで、小説を完成させんとあかんのや。年末は少し予定が空いてるから、序盤の部分は書き上げようと思っとる。」
「どんな感じの内容ですか?」
「悪いが、それは教えられへんな。それにまだ内容が固まってへんし。今後のお楽しみや!てか、喋っとらんでどんどん飲もうや!二郎ちゃん、まだたくさん飲めるやろ?」
「まあそうですね。」
「はよ飲めや!この前の分もあるんやし。」
「わかりました。飲みましょう!」
僕らは受験のことや将来の進路のことなど、様々なことを語り合った。一つ上の先輩だけど、とても頼もしい存在だった。今や、僕の言葉を全て受け止めてくれるゴールキーパーのような存在である。僕も同じように三郎さんの話を受け止めた。話をしていて、やはり刺激的だった。三郎さんとの出会いは自分を大きく変えてくれたと思う。
三郎さんとのこれまでを考えていたとき、ふと何か変だなと思った。何か違和感があると思った。しかし、酔っていくうちに思考回路がすっかり機能しなくなり、何のことか結局忘れてしまった。
外に出ると、雪がちらついていた。すっかり寒くなり、店の中の温度差に体が凍えてしまった。駅まで歩き、三郎さんは手を差し伸べた。
「まずはセンター、お互いがんばろうな。夢を叶えよう。」
「はい!がんばりましょう!」
僕らは決意を胸に握手をした。年内で会うのはこれが最後だった。来年以降は試験などで忙しいから、なかなか会うことはないと思う。共に大学受験合格に向かって突き進めるのか。名前を改名しないで済むのか。それはあと三ヶ月したら明らかになる。僕らは改札で別れた。
37
やる気エンジンが故障しているのだろうか。僕は年末、なぜか全く勉強する気になれていなかった。
年末のテレビ番組は特番のものが多い。くだらないものが多いけど、中にはとてつもなく面白い番組もあった。受験期を経験している人はわかると思うけど、テレビ番組は面白いとついつい見てしまい、貴重な勉強時間がどんどん奪われてしまう。たとえ勉強しないといけなかったとしてもだ。年末のテレビ番組は、受験生にとって天敵だと僕は思う。
「じゃあ我慢して見なければいい」と言う人もいるかもしれないけれど、そう簡単にはいかなかった。「我慢は体に毒」というのが僕のモットーとしてあって、そのままずっと生きてきた。そのため、見たいと思ったら見てしまうのだった。「途中で見るのをやめる」という、勇気ある決断を下すこともあるけれど、やめられない時がほとんどだった。
誰かが他の番組を見ていて好きな番組が見れないときは、渋々我慢して見ないこともあったけど、今の我が家は母親と僕の二人しかいない。前までは兄がいたから、リモコンの取り合いになることも度々あった。しかし、今やリモコンを取り合うライバルが存在しない。ライバルがいないと成長しない。だからテレビの誘惑にいつまでも勝てないのかもしれない。
あと、年末は家の掃除をするのだが、あれが楽しくて仕方がない。机は汚いことが多いけど、綺麗にするのも好きだった。勉強に身が入らないときは、机やその周りを片づけてしまい、勉強を疎かにしていた。
「獲得的セルフハンディキャッピング」と呼ばれる行動らしく、ちゃんと名前がついている。試験前に掃除などの、わざと時間のかかる作業を行うことで、自分でハンディキャップを作り出してしまうことを言うらしい。試験などで自信がないときに使うもので、掃除をしたことにより、テストで失敗しても、「掃除で時間がかかって勉強ができなかった。だから仕方がない」と言い訳することができる。もし成功した場合は、「短時間の勉強だったのに成功できた!」というポジティブな評価ができるのだ。
勉強に身が入らないときはいつも、この「獲得的セルフハンディキャッピング」を発動してしまっていた。自分にとっては都合の良い行動をさせてくれるからだ。僕にとって、窮地に追い込まれたときに使用する最終兵器のようなものだ。これによって、後で苦渋をなめることになるのは結局自分自身だから、自業自得ではあった。
これらの他には、時間を忘れてネットで動画をずっと見続けてしまったり、眠くなったときは、「睡眠が一番」と自分に言い聞かせ、積極的に仮眠を取ったりもしていた。
今までの年末は、このような堕落した過ごし方をしていて、時間の無駄遣いとなっていた。しかし今はさすがに二浪である。今までとは違う生活をしないといけないと思ってはいたのだ。
しかし、今年も同じような生活になりそうだった。というか、むしろその傾向が強まりそうである。浪人生活をすることで、トータルの勉強量は増え続けている。それが根拠のない自信となり、「勉強しなくても大丈夫だろう」という甘い考えに至らせていた。何とも情けないと思ってしまう。それによって「自分はだめなんだ」と自分で決めつけ、益々勉強に対するモチベーションを下げてしまっていた。
さらにもう一つ、僕は気になってしまい勉強に集中できない要素が増えてしまった。それは「高橋さんからのメッセージ」であった。
時々、勉強のこととかでLINEが来ることがあり、それが僕にとっては至福のひと時だった。「高橋さんとは繋がっている」と思うことができて、とても幸せな気分になれたのだ。
そのため、しょっちゅうスマホを見て、高橋さんからメッセージが来ていないか気になってしまった。十分に一回くらいは、スマホの電源ボタンを押してスマホを起動させ、通知の確認をしていた。完全に「スマホ依存症」になっていた。これによって勉強時間はもちろん、集中力も奪われていた。
気づいているのに直せない。それが問題だった。普通、問題そのものがあることに気づけないことが問題だが、僕の場合は違った。問題があるのはわかっていたけれど、克服できていなかった。
勉強に身が入らないまま、気がつけば日付は十二月三十一日になっていた。大晦日恒例の番組を見ながら、僕はツイッターを開いた。フォローしている人たちが、「#今年もあと少しなのでいいねした人に一言」というハッシュタグをつけて投稿していたので、周りに合わせて自分も投稿することにした。このハッシュタグをつけてツイートし、誰かから「いいね」がくると、その人に向けてツイートで一言を書く、というルールがあった。たくさん「いいね」が来ると、いろんな人にコメントを書くことになる。コメントを書くのは大変だけど、実際はいろんな人から「いいね」が来て欲しかった。
テレビで歌番組を見ながら、LINEの通知がないか確認しながら、ツイッターの通知がないか確認していた。目と親指がどんどん酷使されていく。テレビを見ているなら、テレビに集中すべきなんだろうけど、どうしてもスマホの内容が気になった。
ツイートしてから二時間後、ついに念願の初「いいね」が来た。相手は山本だった。彼とは同窓会以降、一度も会っていなかった。同窓会では僕のことを話題に挙げ、散々恥ずかしい思いをさせられてきたが、色々と感謝しないといけない相手であった。
山本に一言を書くことになったが、何を書こうか迷った。なるべく一四〇文字ぎりぎりで書きたかった。上手くまとめる必要もあるから、それなりの文章力が求められる。よく考えた結果、ありきたりのシンプルな文章になってしまった。
「今年は大学合格おめでとう!大学生活を楽しんでいるようで何よりだよ。あと、同窓会誘ってくれてありがとう。久々に色んな人と会えて楽しかった!来年もよろしくね。俺も大学合格に向けてがんばるよ!#今年もあと少しなのでいいねした人に一言」
文字数は一〇〇文字に届かなかった。ハッシュタグの文章の文字数を加えて、一二〇文字程度だった。若干文字数に余裕があった。とはいえ、これ以上良い文章は思いつかなかったため、そのまま送信した。
タイムラインを遡ると、山本も同じハッシュタグをつけてツイートしていた。「いいね」をしてもらった感謝の意も込めて、山本のツイートを「いいね」することにした。
歌番組では、砂嵐健吾の「今、この瞬間を精一杯生きる」という、二郎がよく聞いていた曲が歌われていた。この曲は今年大ヒットし、特に若者を中心に人気を集めていた。
「大晦日にも流れるようになったんだなー。」
僕は誰もいない部屋で一人呟く。今年は良い曲に出会えた一年でもあったし、独り言をたくさん言うようになった一年でもあった。
年越しまであと数分となり、テレビのチャンネルを回した。音楽番組を探していた。年越しの時間帯は、どこかしらのテレビ局で音楽番組が放送されていた。三、四回ほどリモコンを操作し、ようやく歌手が歌っている映像にたどり着いた。僕は音楽を聞きながら、年越しを迎えることになりそうだ。
今年は色々とあった。新たな出会いもあった。友達が少なくて、人と関わることも嫌だった自分が大きく変わったような気がした。こんなに良い年は、もうそう簡単には来ないと思う。今が一番幸せだった。来年も良い一年であってほしい。念願の大学デビューを目指して…。闘いは終盤戦に差し掛かり始めていた。
久々にスマホを開くと、ツイッターの通知が来ていた。山本からだった。ツイートに「いいね」をしていたのだった。僕はすかさずスマホのロックを解除し、山本からのコメントを見た。
「今年は良い一年だっただろうな。彼女さんとはお幸せに。来年は絶対に大学デビューしろよ!#今年もあと少しなのでいいねした人に一言」
38
「こちらは先頭一号車です。先頭を走るのは京王大学一年生の松枝二郎です。最初の一キロの通過が二分四十三秒。若干飛び出しすぎたでしょうか。京王大学の相模原監督は松枝に向かって、『後ろとの差は広がっているぞ。落ち着いて中継所を目指そう』と言っています。当然この区間の区間新記録を狙っているわけですが、果たして松枝はどのような記録を出してくるのでしょうか…?」
頭の中には、自分が走っている様子を実況している音声が流れていた。もちろん、ただの妄想である。僕は走っていた。江ノ島を目指して、境川沿いをひたすら走っていた。特にこれといった理由は何もない。ただ、走りたかった。ただただ、全てから開放されたかった…。
二〇一八年三月二十一日。あたりは春の暖かさを感じさせるような生ぬるい風が吹いており、もうすぐ桜の花が見頃を迎えようとしていた。丸い筒をチャンバラ代わりにして遊んでいる小学生の集団を見かけた。おそらく卒業式の帰りなのだろう。来月から中学生としての新しい一歩を踏み出す、未来のある小学生。そんな子どもたちを見て羨ましく感じた。
昨日の三月二十日に、国立大学後期試験の合格発表があった。僕と高橋さんは同じ大学を受けたため、一緒に行くことになった。電車で一時間かけて出かけ、ようやく着いた。改札口を出ようとしたとき、前を歩く集団の中に、白髪混じりのおじさんの姿があった。髪型が何となく父親に似ていて、本当に父親なのではないかと思ったが、実際は違った。白髪のおじさんの後ろ姿を見ると、どうしても父親のことを意識してしまっていた。
センター試験前日、珍しく父親からメールが来た。最近は離れて暮らしているため、会うことはほとんどなかった。しかし僕が大学受験をすることは知っていたようだ。
「落ち着いて頑張れ。応援している。」
父親らしい素っ気ない、簡潔した言葉だった。母親や僕たちにあまり良い態度を取ってこなかったため、あまり好意的には思っていなかった。しかしそんな父親からの応援コメントには、素直に嬉しく思えた。
父親は東京の一流大学を卒業し、その後一流企業に入って出世した。会社で母親と出会って結婚。僕と兄を生んでくれたのだ。父親と過ごした楽しい記憶はあまり残っていないものの、大学を卒業している大先輩として、僕は父親を尊敬していた。メールをもらった後、僕は父親と再会することはできないだろうかと考えていた。そのためだろうか、外を歩いていると、ついつい父親のことを意識してしまっていた。
「緊張するわね。受かっててほしいなー。」
高橋さんは不安そうな声でそう言った。
「大丈夫だよ、きっと。ここまで頑張ってきたんだ。受かってるはずさ。」
僕は強気でそう言った。実は、心の中では同じように不安な気持ちだった。しかし弱いところは見せられないと思い、ポジティブなことを言うよう心がけていた。
センター試験、私立大学受験と順調に行き、私立に関しては一校だけ合格をもらうことができた。しかしそれはあくまでも通過点にすぎず、国立大学に受からないと意味がなかった。二月末に行われた国立大の前期試験も、いつも通りにやり通すことができた。そこそこ自信はあった。しかし合格発表では、残念ながら僕の受験番号が載っていなかった。現実とは厳しいもので、点数が足りなければ容赦なく落とされてしまう。たとえ二浪して人生がかかっている人間がいても関係ない。大学は点数の高い、有能な人材しか欲しないのだ。
高橋さんも国立大学の前期試験を受けたが、残念ながら不合格だった。私立も、レベルの高い大学ばかりを受けたということもあって、合格した大学は一つもなかったらしい。もし後期試験で落ちていたらどうするのだろうか。また元の大学に戻って、法律の勉強に専念し直すのだろうか。それとも、進学に向けて勉強を継続するのだろうか。さすがに先のことまでは気まずくて聞けなかったため、高橋さんの心の内が気になっていた。
最近の薄型テレビと同じくらい薄い、茶色くて面積の大きい木の看板が姿を現していた。同時に、大きな歓声が聞こえた。
以前合格発表の開示時間直前に行ったとき、人が多すぎて、自分の受験番号を確認するのが大変だった。そのため、今回は若干時間を遅らせることにしたのだ。歩いていると、周りからは合格して喜びに満ち溢れている年下の学生たちがたくさんいた。胴上げされている人も中にはいた。そういう人たちを見ると羨ましく思うが、自分も彼らと同じように合格していると信じるしかなかった。
風が強く、合格発表の薄型看板が左右に揺れていた。それを見たら、「不合格だから浪人しろ!」と受験生たちをふるい落としているような状況を想像してしまった。周りには同級生同士で来ている人が多く、さすがに親子連れはほとんど見かけなかった。
看板の前に来た。僕は鞄の中から、受験番号の書いてある紙を取り出した。受験番号は2914だった。試験のときに何度も受験番号を見てきたため、ここでわざわざ受験票を取り出して確認する必要もなかった。なんなら、2914が2×31×47と素因数分解できることも確認済みであった。
しかし、万が一に備えて受験票は手元に持っておきたかった。色んな番号を見ているうちに、違う受験番号を探してしまうかもしれなかった。または、番号を見ているうちに素因数分解にはまってしまうかもしれなかった。何としても自分の番号を見つけるために、僕は受験票を力強く握りしめた。
受験の合格発表というのは、恋愛と同じように思える。好きな人に告白して「いいですよ」と受け入れてもらえるか、それとも「すみません」と断られるか。それが、志望校を受験して「合格」か「不合格」のどちらかの通知をもらうことに対応していると思った。受験はある意味「恋愛」である。結ばれるか、振られるか。僕は今まで振られてばかりだったから、さすがに結ばれたい気持ちでいっぱいだった。
「2914…。」
僕は口で番号を発しながら、ゆっくりと探し始めた。合格していますように…。頼むから受かってくれ…!
「この大学が好きなんだ…。付き合ってくれ…!」
僕は受験票を握りしめながら、ただただ祈るしかなかった。
(続く)




