冬の難関大模試
十月からの予備校生活も、すでに二ヶ月が経過。受験対策への追い込みとして、志望校選択を左右する難関大模試が行われようとしていた。
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予備校に通う毎日は続いていた。授業のスピードにはついていっており、基礎知識は今まで以上に固められてきた。問題は入試で出される応用問題である。基礎はもちろんしっかりしていないといけないのだが、応用問題が解けないと国公立の大学受験には受からない。昨年は国立の数学の問題を半分しか解くことができず、それがとてもショックだった。どうしたら応用問題を解けるのだろう。模試の解説を見ると、「こんなの思いつかねーよ!」と言いたくなる問題、いわゆる「捨て問」もあった。どんなにたくさん考えても、解法の糸口がつかめないと時間だけがすぎ、精神的にも辛くなる。そうやってズルズルと引きずってしまうから、満足のいく結果がいつも出せなかった。
あたりはすっかり冬になっていた。気がつけば、センター試験まであと一ヶ月ほどになっていた。今月は国立大学を受ける人を対象とした難関大模試というものがあり、その模試の結果で志望校変更などを考えないといけない。ここで何とか結果を出して、志望校合格に向けて弾みをつけておきたかった。
いつものように塾に行くと、いつも席に座っているはずの高橋さんと坂本さんがいなかった。なぜかチャラ尾くんだけは席でテキストを広げ、勉強している。
「お!二郎ちゃん、ちゃっすー!」
チャラ尾くんは僕が来たのに気がつき、いつものチャラい感じに戻った。真面目な姿をほとんど見たことがなかったため、挨拶を聞いてやっぱりチャラいことを再確認し、ホッとした。
「まだ坂本さんと高橋さんは来てないの?」
「あー愛理は体調悪いんだってよ。インフルかもしれないって。大事な時期なのに大変だよなー。」
「そうなんだ、心配だね。」
「まあゆっくり休めば大丈夫っしょ。すぐ治るって。」
チャラ尾くんはすごい軽く発言するなと思った。彼女が体調悪いのだから、もう少し心配してあげればいいのにと思った。
「泉ちゃんも体調悪いんじゃね?この前二人で出かけたって言ってたし。インフル移った疑惑ワンチャンあるな。」
チャラ尾くんはテキストをめくりながらそう言った。
結局、時間になっても二人は現れず、予備校の授業は始まった。今日は特に授業のコマ数が多く、休むと大きな負担になりそうだった。僕は高橋さんに頼まれたときに備えて、授業内容をきれいにメモっておくことにした。
予備校の中は暖かかった。暖房が強めでついており、快適すぎて眠くなりそうだった。生徒が風邪をひかないための配慮だろうけど、あまりにも暑いので、授業に集中できなかった。
隣を見ると、チャラ尾くんがウトウトしていて、白いノートの上にはシャーペンで書かれた意味不明の文字が書かれていた。ウトウトしていると手が勝手に動いて、ノートがシャーペンのランダムな動きによって汚くなってしまう。僕もその経験は何度もあるから、気持ちはわかる。眠りながらも、シャーペンを持っている腕だけは、何とかノートを取ろうと努力しているような感じに見えた。
「丸尾!大丈夫か?」
授業の担当講師がチャラ尾くんに声をかけた。声に驚いて慌てて起きたので、周りに置いてあった筆記用具を下にばら撒いてしまった。
「あ、先生!大丈夫ですよ、元気です。」
寝ぼけたような言い方だったため、周りからは笑いが起こった。僕もチャラ尾くんの振る舞いを見て、呆れるしかなかった。同時に、こういう人のことは考えず、自分のことに集中しないといけないと思った。
予備校の授業が終わった。必然的にチャラ尾くんと二人で帰ることになってしまった。いつもは坂本さんや高橋さんがいるおかげで、チャラ尾くんとは会話をしなくてよかったのだが、今日はさすがに無理だった。しかし話すこともないため、僕からは何も話しかけなかった。
しばらく沈黙が続いた。チャラ尾くんも何か考え事をしているようだった。余計なことをいうと面倒な展開になりそうだし、面と向かって「チャラ尾くん」と言ってしまう恐れもあった。相変わらずこの名前で呼ばれるのは嫌いらしい。僕と二人だと取っ組み合いの喧嘩になる恐れもあった。だから「黙るが仏」だと思った。
「インフルか、まあしゃーねーよな。」
チャラ尾くんは独り言のようにボソッと言った。
「おい、聞いてんのかよ。」
どうやら僕に話しかけていたようなので、仕方なく反応する。
「とにかくゆっくり休むしかないよね。早く治ってもらわないと。」
「やっぱそう思うか?」
変なことを聞いてきた。
「は?そりゃあそうでしょ。早く治らないと試験が大変じゃないか。」
チャラ尾くんは何か考えていた。僕とチャラ尾くんの間で、会話が噛み合うことはほとんどなかった。もちろん僕が会話をしようとしないことも原因だけど、今回は明らかにチャラ尾くんの方がおかしかった。
「そういえば、チャ、いや丸尾くんは難関大模試受けるの?」
「俺か?受けねーよ。」
「あれ、どうして?国立受けるんじゃないの?」
「おれ、受験なんて興味ねーし。」
「え?どういうこと?」
「話すと長くなる。」
「教えてよ。」
「じゃあ、飯食いに行こうぜ。そこで話してやる。」
「あ、あー。」
とても上から目線で言われてむかついたけど、チャラ尾くんの言葉が気になってしまった。僕らは駅に着いたので、近くのファミレスに入ることにした。夜ご飯はすでに食べ終えていたため、軽くつまむ程度でメニューを頼むことにした。
チャラ尾くんと二人でファミレスに入るのは初めてだった。しかも、真正面に座っているわけなので、目線をはずすわけにもいかなかった。第一、僕がチャラ尾くんの言葉に気になってしまったから、こういうことになったのだ。僕の責任なので仕方がない。これも試練だとして受け入れるしかない。
「タバコ吸っていいか?」
「え?」
「聞いてなかったのか?タバコだよ。匂い苦手か?」
「あ、まあ別にいいよ。」
「りょーかい。」
チャラ尾くんがタバコを吸っていたのを今初めて知った。タバコの匂いは嫌いではないのだが、健康にすごく悪いというのを授業とかで教わっていたため、大学生がタバコを吸っていることに驚いてしまった。
「周りの人も結構吸ってるの?」とチャラ尾くんに聞いてみた。
「お、タバコに興味あるのか?」
「そういうわけじゃなくて、ただ単に、周りにも喫煙者がいるのかって話だ。」
「俺は、友達が吸ってたから吸ってるんだ。ストレスが溜まったときとかに吸いたくなる。さすがに予備校じゃ吸えねーから、家とか喫煙所で吸ってるよ。」
「へえ。」
「二郎ちゃんも吸うか?」
「俺はいいよ、体に悪いし。」
「二郎ちゃんは相変わらずまじめだな。面白くねえ。」
「だって健康に良くないじゃん。」
「そりゃあ、良くないかもしれねーけど。今の俺には必要なんだ。無理して我慢してたら体に悪い。今を精一杯生きてるんだよ、俺は。」
今を精一杯生きているのは確かに正しいけど、そのためにタバコを吸うのは間違っていると思った。でもそれを指摘すると機嫌を悪くさせる恐れがあるから、敢えて言わないことにした。
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「二郎ちゃんなら周りに言わないと思うからここで言うけどな、俺はな、愛理には大学に受かってほしくないと思ってるんだ。」
チャラ尾くんの口から思いがけない言葉が飛び出した。
「どうして?応援してるんじゃなかったの?」
「最初はな。もちろん彼氏なわけだし、応援してた。だかな、そもそも俺自身は大学に入り直す気はねーんだよ。」
「え…?」
「愛理が予備校に行きたいって言ったから俺も入ったんだ。応援してあげるつもりで入ったんだが、俺はただ予備校通って勉強してるだけなんだよ。」
「じゃあやめればいいんじゃない?」
「二郎ちゃんな、そう簡単に言うなよ。俺がやめるって言って愛理に変なショック与えたりしたらやばいだろ。」
「でも受かってほしくないんでしょ?坂本さんには。」
「まあそうなんだけどよ。だからといって見捨てたくはねーんだよ、愛理のこと。できれば一緒に暮らして、後々は俺の専業主婦になってくれればいいんだ。」
「丸尾くんは今後どうするの?」
「俺は、とりあえず受験はするよ。だか、大学に入るつもりはない。記念受験みたいな感じだな。」
「へー。やる気ないって言う割にはがんばるんだな。」
「あ?偉そうに言いやがって。まあ、俺にも思うところがあんだよ。」
「思うところ?」
「なんか、今までまともに勉強したことなかったから、どうせすぐ飽きるんだろうと思ってたけどよ、少しは思えるんだ。勉強が楽しいって。」
「それはいいことじゃん。」
「大学入る気はねーけどな。居眠りすることはあるけど、授業を聞くのは楽しいんだよな。だから勉強はしてる。変だけどな。」
「楽しいならいいじゃん。授業で学んだことは将来に生かされるよきっと。」
「そうかねー。数学とかやってても、何の役に立つのかわかんねーけどな。」
「まあ今すぐにはわからないかもしれないけど…。」
「楽しいけど、はっきり言って役には立たない。だからそこまでがんばって大学行くのは嫌だな。」
「でも、せっかく勉強してて楽しいなら受けてみて、合格したら大学行ってみたらいいじゃん。」
「簡単に言うなって。受かったとしても、学費は誰が払うんだ?親には来年短大を卒業して、就職するって既に言ってあんだよ。」
長く会話が続いていた。チャラ尾くんの素直な考えを聞いたのは初めてだったから、新鮮な気持ちになった。チャラ尾くんに二郎ちゃんと呼ばれることに抵抗はあったが、三郎さんに何度も呼ばれていたため、少しは慣れていた。それにしても、仲がよくないであろう俺によく素直な考えを話してくれるなーと思った。裏に何かあるのだろうか?
「二郎ちゃんこそ、よくそこまでして大学行く気になれるな。」
「俺はそもそもまだ浪人中だし、早く大学行きたいんだよ。」
「行ってどうすんだよ。」
「え?」
「何かやりたいことあんのかよ。」
「とりあえず勉強したいんだよね、色んなこと。」
「へー、ざっくりしてるな。そういう奴ほど大学に行く意味があるのか疑問に思うんだけどな。」
「まーね。すぐにやりたいことは見つからないっちゃ見つからないんだけどね。」
「俺は保育の短大入ったけど、正直自分に合ってないということに気づいた。子供は確かに好きだけど、専門的なことを学ぶうちに、これは違うんじゃねーかと思っちゃって。」
「へー。卒業後はどうすんの?どっか就職?」
「考えてない。とりあえず何かバイト見つけて働くかな。働きながら自分探しするみたいな感じ?」
「へー。大変だな。」
「まあ大変っちゃ大変だけどよ、保育の道が自分に合っていないことがわかって、俺は良かったと思う。無理にその道に進んで、嫌な気持ちのまま働くのは最悪だしな。」
「たしかにな。」
「親に学費を払ってもらったのは正直申し訳ないが、これからは親には頼らんわ。自分で何とかする。」
「予備校のお金はどうしてんの?」
「バイト代から払ってる。案外いけるもんよ。とりあえず勉強は楽しいから今は続ける。でもその後はどうなるかわかんねえな。働いて、いろんなことを経験すりゃ、自分が何がしたいかわかってくると思うけどな。」
チャラ尾くんは、意外にも三郎さんと同じようなことを考えていた。僕自身も大学に行くことに疑問はあるけれど、チャラ尾くんも同じことを考えていたのか。何も考えてない馬鹿野郎だと思っていたけど、意外と色んなことを考えていて感心してしまった。見下していた自分を恥ずかしく思った。
「愛理は、保育の道が合っていると思うんだよな。あいつの笑顔は最高だよ。子供と触れ合っている様子を見たとき、愛理なら、子どもたちを幸せにできると思ったな。それを見て、俺はだめだなと思ったけどな。」
「そうなんだ。」
「まあでも、愛理が向いてないって自分で言ってるから、それに反対するのは良くないのかもな。だが、大学に行くのもどうかと思うけど。悩ましい。」
「人生、何が起こるかわからないし、今できることを精一杯やればいいんじゃない?坂本さんは大学に行きたいって言ってるんだから、応援してあげればいいじゃん。受からなかったら、またその時に考えればいいし。」
「二郎ちゃん、たまにはいいこと言うな!まあ、そうか…。応援してみるか、とりあえず。」
「それよりも自分の今後を考えたら?」
「俺か?特に何もやりたいことねーよ。二郎ちゃんこそ、もし大学落ちたらどうすんだ?三郎に名前を改名か?」
「冗談じゃないな、それは。落ちたらどうしようかね。特にやりたいことなんて…。」
とそのとき、僕は三郎さんから小説を書いてみろと言われたことを思い出した。小説家ってどうなんだろうか。文学賞とかもらえたら有名になれるのかもしれない。でも、今の自分には書けるような材料がないし、良いストーリーを思いつきもしなかった。
「もうこんな時間だ。明後日難関大模試なんだろ?早く帰ったほうがいいんじゃねーか?」
「あ、そうだな。悪いね、こんな時間まで。」
「俺も話しすぎたわ。わかってると思うが、俺が今話した内容は、愛理には絶対言うなよ。」
「わかったわかった。」
「あと、泉ちゃんにもだめだからな。」
「わかってるって。言わないよ。」
僕らはファミレスを出た。時間は夜十一時を回っていた。一時間くらい、みっちり話していたことになる。チャラ尾くんと話すことがあんなに嫌だったのに、一時間も話してしまうとは思わなかった。今日のトークでチャラ尾くんに対する見方が少し変わった気がする。「チャラ尾くん」と呼ぶことが、無礼なことかもしれないと思った。
駅の中に入り、改札口へと向かう。こんなに遅い時間なのに、意外と人が多かった。酔ってる人もいたけど、普通に会社帰りの人も結構見かけた。僕らは特に何も言葉を交さず歩いた。
「じゃあ、また。」
改札に着いたところでチャラ尾くんに言った。
「じゃあな。」
チャラ尾くんも返した。
「あ、ちょっと待った!」
僕がICカードをタッチしそうなタイミングで、いきなり僕の動きを止めてきた。
「なんだよいきなり。何か言いたいことあるの?」
「気になってたんだけどよ、お前ら繋がってないのか?」
「え、何のこと?」
「愛理から聞いたけど、泉ちゃん、結構お前のこと良く思ってるらしいぞ。」
「あ、そうなの?」
「鈍感だなー。まあいいや、お疲れ。」
そういってチャラ尾くんは手を振って歩いて行ってしまった。
電車に乗りながら、僕はチャラ尾くんに言われた言葉をずっと考えていた。
「高橋さん…。」
僕は、高橋さんのことを考えていた。僕のことをどう思っているのだろう。好きなのか、そうではないのか。どっちなのかわからないため、胸がますます締め付けられるような気持ちになった。
明後日に難関大模試があるというのに、余計なことを考えてはいけない。
「試験に集中しよう。」
そう言い聞かせながら気持ちを落ち着かせようとした。
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「体調大丈夫?」
「大丈夫よ、昨日には良くなったから。」
「それは良かったー。」
「心配してくれてありがとう!」
「いやいや…。」
よく思うことがあって、僕は友達に「ありがとう」と言われた時、どういう言葉で返していいか迷ってしまうことがある。
何かしてあげたときは、「全然いいよ」と返せばいい。あまり偉そうに言うのは良くないと思うからだ。でも今回は、心配してくれて「ありがとう」だから、「全然いいよ」と答えるのは変である。「それほどでも〜」と答えるのもおかしいし、「どういたしまして」もかしこまりすぎるし、何と答えるのがベストなのだろうか。誰かに聞こうと思っても、すぐに忘れてしまっていた。そのため言われたときは、「いやいや…」と苦し紛れに言葉を濁すしかなかった。
駅の改札口を出たとき、偶然高橋さんに会った。おそらく同じ電車だったのだろう。僕に気がつくと、手を振って近づいてきた。その姿にはどうしてもキュンとしてしまう。
今日は難関大模試。駅から塾に向かう途中、制服を着た高校生たちがたくさん歩いているのを見かけた。僕らと同じ、国公立大学を目指す人たちだった。僕らは私服だけど、大概の人が現役の高校生だから、制服を着てくるのが普通なのだ。中には私服の人もいたけれど、基本は制服だ。私服が少ないのは嫌だなーと思いながらも、だからといって制服を着る気にもなれないため、文句は言えない。僕たちは、制服を着た現役高校生との争いに勝ち、大学進学へと進まないといけないのだ。
部屋が受験番号ごとに違っていたので、入口のところで高橋さんと別れ、自分の座る場所へ向かった。この試験の結果はとても重要だ。来年の志望校を変更すべきか、それともそのまま引き続き目指すべきか。受験前の大きな判断が下されるようなものだからだ。今までのがんばりを、ここで発揮しないといけない。強い気持ちを胸に試験に臨んだ。
試験中は、特に余計なことは考えなかった。問題を解きながら、あと何分くらいで次の問題に行こうとか、ここの問題は難しいから後に回そうとか、落ち着いて試験に取り組めていた気がした。
周りの受験生もみんな必死だ。しかし、必死さなら誰にも負けたくない。大学受験は人生の分かれ道だ。特に二浪している自分にとっては絶対に超えないといけない壁だった。勝ちたい。自分に勝ちたい。大学受験を成功させたい。その気持ちは常に頭の中にあり、僕のやる気を維持させていた。
頭の中では、なぜか音楽が流れていた。昔よく見たアニメとかのBGMが頭を支配していた。アニメでの感動シーンや迫力のあるシーンでは、それに合わせてBGMも感動したり格好良かったりする。頭の中に流れることで、自分があたかもアニメの中にいて、何かすごいことを成し遂げているような気分になれた。理想は模試で良い結果を出すことだ。頭の中のBGMでテンションを上げ、モチベーションを上げていく。僕の試験を受けているときの不思議なルーティーンだった。
昼休みになり、飲み物を買おうと自販機のあるところに行くと、三郎さんに会った。偶然にも受験会場が同じ場所だったのだ。
「おう!二郎ちゃん、がんばっとるな!」
「三郎さんこそ。偶然ですね、お会い出来るなんて。」
「そうやな。どうや、模試の出来は?」
「まあまあですよ。三郎さんこそどうなんですか?」
「俺もそこそこやな。どうや、模試が終わったら飲みに行かんか?」
「いいですね!行きましょう。三郎さんと飲んだこと、まだありませんでしたよね。」
「よくよく考えたらそうやな。じゃあ、がんばろうや!」
そう言って僕の肩を叩いて部屋の方へ戻って行った。いつもよりそんなに力が入っていないようにも感じた。
試験が終わると、模範解答をもらって少しペラペラとめくって確認してから、入口の方へ向かった。ただ、高校生が多すぎて入口が混雑しており、なかなか出ることができなかった。
ようやく入口を出ると、スマホを取り出し、「今どこですか?」と三郎さんにLINEした。三郎さんは制服を着ていなかったし、体格も大きいため、いたらすぐにわかるはずだった。しかし、なかなか待っても三郎さんの姿は見えなかった。LINEを確認しても、既読がついていなかった。僕との約束を忘れてしまったのだろうか?
模試に関しては、そこそこできたと思う。難しい問題もあって解けないところもあったけど、できる範囲のことはやった。これを足がかりにして国立大学合格に近づきたいところだった。
待っていてもなかなか現れず、入口で少し待っていると、中から女性二人組が一緒に歩いてきた。一人がもう一人を肩に手をかけて支えている。近くに来て、それが高橋さんと坂本さんであることがわかった。
「あ、二郎くん。お疲れ様。」
坂本さんは僕を見つけると、ホッとした表情を見せた。
「泉がね、すごく落ち込んでるのよー。ほら、二郎くんいるわよ。」
高橋さんは坂本さんに抱えられながら、僕の方へ来た。どうやら泣いているようだ。明らかにいつもの高橋さんではない。
「どうかしたの?」と坂本さんに聞いてみた。
「私にもよくわからないのよ。中で会ってからすでにこんな感じだったから…。」
坂本さんも理解していない様子だった。
「さあ、飲みに行くわよ。」
「え?」
「え?じゃないわよ。辛い気持ちを吹き飛ばすために、泉を囲んで飲むのよ!行きましょう。あと、泉のこと手伝って!」
坂本さんは、高橋さんの介抱で疲れているらしく、僕に任せようとした。
「二郎くん…。」
よくわからないけど、泣きながら僕の名前を言っているようだった。何も理解していないけど、とりあえず高橋さんを連れて居酒屋へ行くことになった。いったい彼女に何があったのだろう。こんな姿を見たのは初めてだった。周りの高校生の視線を感じながらも、僕らは駅に向かって歩き、高校生が通らないような居酒屋が並ぶ道の中に入っていった。
適当に安そうな店に入って席に座り、一息ついた。幸いにも三人分の席が空いていたため、予約なく入ることができた。今日は十二月二十三日。周りはクリスマス気分だった。この時期はどのお店も混んでいるため、店には簡単に入れないと思っていた。だからとてもラッキーだった。
駅の周りはデコレーションがきれいで、その周りにはカップルたちがたくさん歩いていた。そういう姿を見ると、僕はどうしても切ない気持ちになってしまう。しかし今は受験期なので仕方がないと思い、カップルたちを意識しないようにした。
スマホを見ると、何やらたくさんの通知が来ていた。三郎さんからだった。何度か着信履歴があった。
すっかり忘れてしまっていた。夜は三郎さんと飲む約束をしていたのだ。入口で待っているうちに高橋さんと坂本さんと出会い、流れで居酒屋へ来てしまっていた。
これから三郎さんと飲もうにも、二人を見捨てるわけにはいかなかった。これは謝るしかない。そう思ってLINEを開き、謝罪のコメントを送ることにした。すると、何度か既に三郎さんから連絡が来ていた。過去のコメント欄は次のようになっていた。
「遅くなって悪い、今どこや?」
「入口にいるで!」
「もう帰ったんか?連絡くれや!」
「おい、どうした?」
「キャンセル」
「キャンセル」
「キャンセル」というのは、着信履歴ことだった。マナーモードにしていた筈なのに、二度の着信に気がつくことができなかった。最後のコメント欄の時刻からは、既に三十分以上が経っていた。僕はこういうコメントを返した。
「三郎さんすみません、すでに帰っていると思い、僕も帰ってしまいました。連絡遅くなってしまってごめんなさい。」
約束を破ってしまったことに、ものすごい罪悪感があった。相手との約束は忘れないように気をつけていたのだが、今日ばかりは高橋さんの泣いている姿を見てしまってすっかり忘れてしまった。こんなことは初めてで、自分でもショックだった。
「どうかしたの?」
坂本さんが僕の方を見て言った。
「何でもないよ、ちょっと連絡を取り合ってただけだよ。」
「そう?あ、泉!大丈夫?」
高橋さんはお手洗いに行っていて、今席に戻ってきた。先程とは違い、すっかり落ち着いているようだった。
「ごめんね、心配かけちゃって。やっと気持ちが落ち着いたわ。二郎くんもごめんね。」
「良かったわ。突然泣き出しちゃうからどうしたかと思ったわよ。何かあったの?」
(続く)




