とりあえず勇者、お前だけは絶対に許さない
ズドンと、腹のあたりで鈍い音がした。
そして自分の意識が薄れていくのを感じる。
目の前にあるのは、申し訳なさそうな勇者の顔。
僕は、理解した。
勇者に裏切られたのだと――――
僕ことランスロットは迷宮都市で冒険者相手に荷運び役をしている、ちょっと優秀だけどそこまで珍しくもない、そんな冒険者だった。
自慢するわけではないけど、21歳の若さでダンジョンの奥まで行ける僕は優秀だ。
自嘲するわけではないけど、ダンジョン奥で活躍する冒険者に比べると僕ぐらいの奴ならかなりの数がいる。
そんな僕が、勇者様と一緒に魔王退治の旅に付いて行く事になったのは、神殿でお告げがあったからだ。
王家より、「勇者と一緒に旅に出ろ」と命令されたのだ。
魔王とは、魔物を統べる王である。
彼は世界中に宣戦布告を行い、自分こそがこの世界の主であると宣言したのだ。
各国の王家は女神神殿の神官に命じ、勇者をその従者を集めだした。
僕が呼ばれたのには、そういう経緯がある。
勇者様との旅は、そこまで問題なかったと思う。
勇者パーティとして一緒に旅に出たのは、王国でも剣の腕で名の知られた騎士ガウェイン様と、僕と同じく冒険者出身で若くして多くの魔術を操る女魔術師ヴィヴィアンと、王孫にして聖女というメルヴィナ様と、“王家の影”と言われる謎の覆面ドールさん、そして荷物持ち兼雑用の僕ランスロットだ。
僕以外はかなり豪華な顔ぶれだ。
ただ、旅の仲間は勇者様を含め、ほぼ全員が僕に優しかった。
唯一、王女様のメルヴィナ様だけは3年間の旅の中で僕と打ち解けることができなかったけど、他の皆とはわりと打ち解けられていたと思う。
ちなみに、一番仲が良かったのは魔術師のヴィヴィアンだ。
彼女からは恋の相談――勇者様との仲を進展させるための相談を受けるほど、信頼関係を築けていたんだ。
メルヴィナ様はそんな僕に厳しい視線を向けていた気がするから、王女様は勇者との関係を邪魔する僕が疎ましかったのかもしれない。旅の前半はヴィヴィアンともあまり仲が良くなかった気がするからね。
魔王退治も、何度も苦戦したし死にかけることもあったけど、それでも何とかやり遂げることができた。
厳しい戦いではあったけど、主に勇者様の頑張りにより打ち勝つことができたんだ。
戦いの直後、喜びのあまり僕と同じく後方支援をしていたメルヴィナ様に抱き着いてしまいほっぺに紅葉を作ってしまったけど、それを含め、いい思い出だった。
僕らは世界中の期待に応えることができたのだから。
魔王退治の旅から戻れば、戦勝の宴である。
世界中の国々から王様や貴族が集まり、英雄となった勇者様やその仲間たちに取り入ろうと話しかけている。
幸い、僕や覆面さんは“いい所の産まれ”ではなかったため、そういった攻勢から外れることができた。僕のような庶民には国王陛下からのお褒めのお言葉と、多大な報酬だけで十分なのである。
全てを終えた僕は、冒険者に戻るつもりであった。
戻る、つもりだったのだ。
そしてそれは、叶わぬ夢となる――――
宴もたけなわ、とはいえ夜も更けたので、そろそろお開きという頃。僕は勇者の遣いである覆面さんに呼び出され、空き部屋へと向かった。
そこで、勇者の手によって意識を奪われたのだ。
僕の人生の歯車は、そこで大きく狂う事になる。
僕の平穏は、その瞬間に消えてなくなった。
翌朝。
目が覚めた僕の隣にはメルヴィナ様がいた。しかも服を着ていない。
「なんですとー!?」
思わず素で大声が出た。
どう見ても全裸のメルヴィナ様です。
そしてここは王城です。
バレたら間違いなく首が飛ぶ(物理)というのに、各隙もないほどの大声で叫んでしまった。
「うみゅ……うるさいですよ、ランス。
せっかく私たちが結ばれた朝だというのに、そのような声を上げるとは何事ですか」
「結ばれた!? え、嘘!? 僕知らないよ!!」
よく見たら、僕も全裸だ。
しかも、ベッドのシーツには血の跡が……。
ついでに僕の(ぴーー)には使用後の汚れが付いていて……。
どう見ても事後です。
ごちそうさまでした。
って、昨夜の記憶が無いよ!
勇者に殴られたことは覚えているけど、そこから先は知らないよ!?
ちぃ、知らないよ!!
何もしてないよ!!
「姫様、何事ですか!?」
何度も大声を出したからだろう。僕らのいる部屋に、見知らぬメイドさんが突撃してきた。
いや、城勤めのメイドさんの顔なんていちいち覚えていないんだけどね。
「これは……陛下ーー!! 陛下ーー!! 姫様がーー!! ランスロット様と同衾をーー!!」
「いきなり陛下ですのん!? やめてーー!!」
メイドさんは叫びながら逃げ出していった。
思わず追いかけたくなるけど、今の僕は全裸だ。羞恥心が自制心となり、僕の行動を縛る。
広まっていく冤罪情報に、僕は思いっきり絶望した。
その日のうちに、僕は姫様と熱い一夜を過ごしたとして有名人になった。
これは幸いなのか不幸なのか、僕が陛下に処刑されることは無かった。姫様と結婚するなら、無罪らしい。……断ったら死刑だけど。
そして冷静になって考えてみると、昨晩の事は勇者が怪しい、そういう結論に至った。
僕を気絶させたのはおそらくも何も勇者に間違いないのだから、当然の結論だ。
だから僕は勇者を問い詰めることにした。
なぜ僕を気絶させたのか。
なぜ僕の隣に全裸の王女がいたのか。
全部聞き出す気で勇者の所に行ってみた。
「それはね、ランス。君が『鈍感』だからだよ」
しかも天然で致命的だね、と勇者様――いや、僕を嵌めた勇者の糞野郎が言った。世界を救った英雄だろうと、こいつは僕に冤罪を擦り付けた悪い奴だ。
誰が鈍感だ、誰が。しかも天然だと?
とんでもない冤罪を積み重ねる奴だな、こいつは。
「ちなみに、君と王女の関係は冤罪とは言い切れないよ。彼女、本気で君のことを狙っていたからね。多分じゃなくて、絶対に、君は、もう……」
糞勇者は、目に涙を浮かべながら僕の股間を見た。
そうなのか?
僕の息子は王女様とアバンチュールを楽しんでしまったというのか?
僕が寝ている間に大人になってしまったのか?
ヤっちまったなぁ、オイ!
愕然とした顔で勇者を見ると、彼は泣きながら頷いた。
おぅ、まぃ、がー。
ふずばっど。僕は膝から崩れ落ちた。
その後の事はよく覚えていない。気が付いたら王女の部屋に連れて行かれた。
王女様は、僕の落ち込んだ顔を見てふくれっ面になっている。
僕を嵌めた――この場合、僕がハメた?――くせにと、僕はメルヴィナ様をにらみつける。
「どういうつもりですか?」
「どういうつもり?」
「僕を嵌めた件です!!」
僕は勇者ともう一人の当事者、犯人であるメルヴィナ様を問い詰めることにした。
睨む僕に対し、メルヴィナ様はニッコリとほほ笑んだ。
「私が貴方を愛しているからです。
私が何度もアプローチしていたというのにあの女狐とばかり仲良くする貴方の退路を断って差し上げたのです」
「はい? え、王女様は僕のことを避けていたはずでは?」
「メル、です」
「いえ、あの……」
「私の事は、メルと呼びなさい」
「え、あ、はい。メル様……」
「様は要りません!」
あまりのお言葉に状況がつかめ無くなった僕に、愛称呼びを強要するメルヴィナ様――いえ、メルですね、心を読んで睨まないでください。
とりあえず、メルは、僕のことが好きだったらしい。旅の間のどこからかは知らないけど。
でも僕がそれに気が付かなかったからこのような凶行に及んだと?
僕はそれにちょっと待てと言いたい。
僕は旅の間、メルに対し仲良くしようと何度も声をかけた。
それを突っぱね、距離を置いたのはメルである。僕は何も悪くないはずだ。
「貴方は少し、乙女心を学んだ方が良いのです」
なぜかジト目で睨まれた。解せぬ。
その後の僕は、王女の伴侶というより次期国王として教育を受けることになった。
なんでこうなったかは分からないけど、とにかくそうなった。
……理由の何割かは、勇者のせいみたいだけど。
勇者がかなり僕のことを褒めちぎっていたので、陛下や周囲の大臣さんたちも断りきることができなかったみたい。
もっと頑張って断ってよ。いやホントに。
そして勇者はヴィヴィアンと結婚して自由気ままな冒険の旅に出るという。
……僕は次期国王として勉強の毎日なのに。爆発しろ、ハゲてしまえと念を送る事しかできない。悔しい。
裏切者3号の覆面さん(1号は勇者で2号はメルである)は、そのまま王家を支えるべく働いている。
たまに顔を合わせることもあるけど、顔を一度も見た事が無いし、声で男女が判別できないようにしているし、この人の事はいまだによく分からない。
きっと、ずっと付き合いを持つことになると思う。
……僕が国王になったら、無理難題で困らせてやると僕のちっちゃな器に見合った復讐を計画している。
騎士のガウェインは、今回の件にノータッチだったのでノットギルティ。
もうすぐ結婚するっていうから、こっちはそのまま祝福したいと思う。
数年して、僕は正式に国王になった。
まだ早いと言いたかったけど、前国王が健在なうちに引き継がないと何かあった時に対応できないから、こうやって急いで世代交代をするらしい。
結婚そのものはあれから直ぐにやったから、メルは当たり前のように僕の隣にいる。
戴冠式の時に僕が考えていたのは、“どうしてこうなった”だ。
僕はもともとただの冒険者で、国王とかそんなのは雲上人、関係ないはずだった。
なのに僕が国王になる。
全く意味が分からない。
「いやぁ、目出たい! わが友が国王になる日が来るとは我が目をもってしても見抜けんかったわ!」
外野其の一の声がうるさいけど、それはいいんだ。
「僕らを繋いだ立役者。国王になるのも当然さ!」
キラリと歯を光らせる外野其の二は絶対に許さない。
「あはは。でも、これからきっと大変よ? たまには顔を出して助けてあげないと」
外野其の参。良い事を言っているようだが、貴様も裏切者だろうに。何を他人事のように言ってらっしゃるかね。
でも許しちゃう。国王の業務はマジでつらいので、へるぷみーなのですよ。
外野其の四はさすがにこの場にはいないはず。だって影だし。表舞台に姿は出さないよね。
最後に。
外野ではなくもう一人の当事者。
メルがいる。
「幸せになりましょうね、アナタ」
お前が言うなと、昔の僕なら心の底から思っただろう。
しかし数年も一緒にいれば少しは絆されるもので。心の中の何割かは頷いてしまいたい僕ガイル。じゃない、僕がいる。
昔ほど強く突き放せない。
はぁ、とため息1つ。幸せが一個減ってしまった。
そんな僕の心情を無視し、頭の上に王冠が載せられる。
これでもう逃げだすことができなくなった。
……今までも逃げられなかったけどさ。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
周囲から飛び交う、祝福の声。
その中でもわりと近くにいる勇者の声は、はっきりと他と区別ができる。
あの日、勇者に呼び出されなかったらと、そんな事を考えた。
僕はきっとそのまま冒険者に戻って、多くの資産と積み重ねた名誉で幸せな毎日を送っていたに違いない。
そんな事を考えてしまう僕にしてみれば、「おめでとう」の言葉は呪いの言葉に等しい。
本当に、どうしてこうなったんだろう?
とりあえず勇者。お前だけは絶対に許さない。