121話 恐怖
「ふう……」
レッドを倒した場所で修行を続け、一週間経った。依然として元に戻る気配が無い。
修行に関しては魔力も闘気も満ち溢れており、まったく疲れが来ない。眠気はしっかりと来るが……。
そして……他のディスオーダーマジックに関しては、結論から言うとまったく新しい魔法は撃てなかった。魔方陣としては完璧の仕上がりのはずなのに発動時にそのまま魔方陣は消失してしまう。
こういった現象から私の中で一つの結論がでた。どうやらこの身体の状態では新たな魔法等は生み出す事ができないようだ。試しにファイヤーリングという自身の周囲に炎の輪を出す、中級魔法を会得していなかった為、試しに練習してみたがそちらもまったく出来なかった。戻ったときに撃てれば確定だな……。
ただ、ペインについては合体時に物凄く鮮明に頭によぎり、それはその時撃つ事ができた。もちろん今も撃てる。
つまり……合体時に閃いた魔法や剣術しか撃てないって事だな。そのためには二人の状態でしっかりと修行して、基礎知識と魔法・剣術を会得しなければならない。天族になったから、まずは天衣を開眼しなければならないな……。
「この状態なら……ヴィスターンにも勝てるだろうか……」
あの時は恐怖しかなかったが、この力が通用するのかは気になるところだ……。任意でこの姿に変われればいいんだが、現状大体死に掛け……いやほぼ死んだ時にしかなれない。
「なら、今試してみるかい?」
その瞬間、私の背筋が凍りついた。何故気配を感じる事無くここまで近づく事ができるのだろうか……。
「ヴィ……ヴィスターン……!」
「君……フィアンだよね? 不思議な状態だね」
「今はネアンだ……」
「ふーん。獣人でも無いのに、ユニオンを使えるんだね」
「お前は……一体どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ。しかも僕がここに居る事に君は関係がないだろう。すぐにこの前の続きと行きたいところだけど……今は忙しいんだ。運が良かったね」
「関係が無い……か」
ここに来る理由は思い当たる節がある。恐らく同じ堕天使のレッドが関係しているのだろう……。そのまま知らないふりをすればいいのに私は……。
「レッドを探しているのか……?」
~~チェーンシャドウ
シャドウスピアーに形状形態変化、移動術式を組み、闇の鎖で相手を束縛する。
「ぐっ……!」
ヴィスターンの持つ剣の先から4本ほどの鎖が放たれ、私に巻きついた。もがいても取れる気配が無い……。
「君……何故レッドの名前を知っているんだい?」
「ここで……奴と戦ったからしっている……!」
「戦った……? それなのに君は何故生きている?」
「答えは決まっているだろう……。私が勝ったからだ」
「……は? ありえないね。こんな雑魚にレッドがやられる訳がない……!」
「ぐ……がは……ッ!」
私に巻きついた鎖状の物はぐいぐいと食い込んでくる。このままだと絞め殺される……!
「つまらない冗談を言ってると……このまま殺しちゃうよ?」
「ほ……本当の事……だ!」
――ディスオーダーマジック・ペイン
「なっ……!」
私はペインを使い、鎖状の物を断ち切った。
「僕の鎖を断ち切るなんて……!」
ヴィスターンが動揺しているように見える。とにかくせめて経緯を聞いて欲しい物だが……。
「おい! でも突然襲われたのはこっちだぞ?」
「だまれ……! やっぱり君は今ここで殺す事にするよ」
「聞く耳持たず……か」
「結局あの時、君に見せる事ができなかった技を今ここで使うよ……!」
禍々しい力がヴィスターンに集まってきた。シャドウディメンションの中で一瞬感じたあの邪悪なオーラだ……。
「堕天衣・黄昏」
ヴィスターンがそう言いながら指をパチンと鳴らした。
そのまま真っ黒な瘴気に包まれ、片翼が現れた。その翼は漆黒色で完全に悪魔の翼って感じだ……。堕天使ってレベルじゃねーな……!
「さぁ……処刑の時間だ……!」
「簡単にはやられない!」
――ディスオーダーマジック・ペイン!
とにかく有無を言わずに私は現状の最高威力も魔法を放った。これが通らなければ絶望的だ。
――ザンッ!
開幕で放ったペインは見事に胸を貫いた……ように見えたが……!
「君も闇魔法を使えるんだね! 魔法は凄くシンプルだよね……」
まったくの無傷でそのまま話し始めた。くそっ……効果無しか……。
~~チェーンシャドウ
「ぐっ! またか……!」
「同じ属性がぶつかり合う時……、単純に強い方が残り、弱い方が消え去る」
――ディスオーダーマジック・ペイン
「僕が纏っている闇魔法以下の威力なんて、少しも通す事ができないよ」
「くそ……!」
「じゃぁ……今度こそ、さよならだね」
私は鎖に縛られたまま身動きがとれず、喉元に剣をつきたてられた。まだ遠いか……ヴィスターン……。
――ホーリーランス!
――ホーリーランス!
「ちっ……! なんだ?」
「隊長! 手配書に記載のある大罪の堕天使ヴィスターンが居ます!」
「でかした! レッドの痕跡は見当たらないが……思わぬ収穫だ! 全員で捕らえるぞ! 戦闘準備だ!」
――天衣・兵翼!!
隊長と思われる天族以外は全員天衣を纏った。皆揃って同じ翼……兵翼って奴だろう。こいつらは天上要塞兵の先鋭達だろうか……。
「はぁぁぁぁぁ!」
「天衣・軍曹!!」
「ふう……5分で片付けるぞ」
すごい……! 天衣・軍曹ってアルネさんの兵長の更に上じゃないか……。かなりの強者に違いない。
「まったく……君との戦いは中々最後までいけないね……」
「そこの人! 今のうちに後退するんだ!」
「くそ……!」
「ふん。せいぜい足掻くがいいよ。こいつらを片付けたらまた君の番だ」
「うっ……」
冷酷さが滲み出ているヴィスターンにまた恐怖を覚えてしまった。
その瞬間あの時の恐怖もフラッシュバックし、2重の恐怖が私を襲った。
「うわああああ!」
私はそのまま一心不乱に逃げていった。何も考えられない……。ただ真っ直ぐに……真っ直ぐに逃げて行った。
「あ……っ!」
走り続けても疲れは感じない……。だが足がもつれてこけてしまった。
どこまで走ったか分からない。脚は早いからかなり遠くには来たはずだが……。
「うぐっ……くそっ……!」
自分が惨めで……情けなくて……涙が溢れて来た。
一瞬でも天狗になった自分を殴りたい……。
「私はまだまだ……弱いな……」
自然と拳に力が入った。
涙でぬれた頬が風に触れて冷たい。
今は綺麗に澄んだ空を見ると虚しさを強く感じるばかりだ……。