101話 北部奪還作戦
――1日目 夜明け前 (北部奪還作戦部隊)
「斥候兵よ。様子はどうだ。」
「今のところ、こちらの動きに気が付いている様子はありません。監視塔は二箇所ありますが、稼動しているのは1箇所……右門側だけのようです。」
「なるほど、相当気を抜いているように見えるが……。どう思うアルネ」
現在、第一部隊と第二部隊は向こうから見えないぎりぎりの範囲で待機中である。これ以上進むと大きな岩場が無くなり、障害物の無い平地が続き丸見えになってしまう。
「まぁいつもはこの感じなんじゃろう。妙に深く考えても無駄じゃ。その情報だけを見ると、左門側から監視塔に入り、監視役を始末、その後流れるように進撃できればより確実じゃろう」
「なら! この斥候部隊の隊長の私が行きましょう。」
獣人族の女性斥候隊長が名乗り出た。
「よし、じゃぁ任せたぞ。倒せたら、監視塔にあるたいまつの明かりを消してくれ。それが合図で全軍突撃だ……。」
「分かりました! では遂行いたします。」
斥候隊長はそのままシャドウウォークを使い、闇に消えていった。
斥候隊長には、ここはしっかりと達成しなければならないという強い意思があった。というのも水蛇暗殺の話が出た時に斥候隊長もその一役を任されるべく立候補しようとしたがその瞬間、闇に深く溶け込み、恐ろしく精度の高いシャドウウォークを見てしまい自粛した。私はこの少年、フィアンの足元にも及ばないと……。自分より精度の高いシャドウウォークは無いと自負していたその気持ちは、この時点で崩れてしまっていたのである。それでも北部での斥候兵として女王より一任され、お前のシャドウウォークには期待していると言われた。ここで失敗するわけには行かないのだ。
(監視塔の真下までは難無く来れたな……。)
(後は……。)
斥候隊長は持前の爪を立て、静かに陰の場所から塔に登り始めた。こういった所は獣人族の特権……強みと言えるだろう。
シャドウウォークは切らずにゆっくりとよじ登って行く。現状監視塔まで続く岩壁の上には誰もいない。非常に好都合な状態だ。
(あまりにも静かだな……。)
そして、一番上まで到着し、手を掛けて少し顔を出した瞬間……。
「やぁご苦労だったね。じゃぁさよなら」
――ズドンッ!
「くっ……!」
辛うじて斥候隊長は身を反らし、致命傷は避けた。それと同時に失敗の知らせを出すべく、触媒紙を取り、上空へ魔法を打ち上げた。
「ファイヤボールが上空に!! 失敗だ! 全軍突撃するぞ!!」
待機部隊は失敗を確認後、すぐさま進軍を始めた。
「だめだ、力が入らない……。くそ……失敗……し……。」
致命傷は避けたが、強い衝撃を受けてしまった斥候隊長は、そのまま高い監視塔から落ちていった。
「――よいしょ!」
だが、地面激突の瞬間に誰かに抱きかかえられ、一命を取り留めた。
「ア……アルネ殿……」
「ふう。間一髪じゃな」
「何故もう……こんな所へ……」
「わしゃ足が速いからな! とにかくこの触媒紙を使え、すぐさま戦闘態勢をとるんじゃ。まだやれるだろう?」
そういいながらアルネはヒーリングの触媒紙を使用し、手当てをした。少し嫌な予感がし、一人で前方に移動していたことは伏せた。
「だいぶ良くなりました。アルネ殿……かたじけない。」
「よし、もうじき両部隊こちらへ到着する! 左門前で合流し、門を破るぞ!」
「はい!」
大きな笛の音が聞こえ、門全体に明かりが灯された。どうやら完全にバレてしまっているらしい。
さっきまで驚くほど静かだった岩壁の上から複数の敵が現れ、弓矢を構えている。
「む……岩壁に敵複数! 盾部隊! 矢や魔法に備えよ!」
盾部隊は最前線で立ち、ディフェンスオーラを展開した。
「あ! アルネ殿が戻ってきたぞ!」
「隊を離れてすまなんだ!! 斥候隊長も無事じゃ! このまま進撃するぞ! 岩壁に敵が多数おる! 私と盾兵で前へ出て後衛を防御じゃ!」
「おおおお!」
アルネ、セイヌ部隊が順次進行。
矢と魔法が定期的に飛んでくるのを盾が受けどんどんと進んでいく。何名か負傷したが基本的に矢によるもので、ヒーリングライトで即座に回復できた。
この薄暗い状況、厄介なのは光って飛んでくる魔法より、矢のほうだ。真っ暗で視認しにくく、非常に避けにくい。
致命的なダメージを受けることは無いが、ヒーリングライトの触媒紙をかなり消費してしまう。
「魔法兵! ファイヤエクスプロージョンを用意せよ! また門前到着の狼煙を上げよ!」
門前へと進軍を成功させたセイヌ部隊は硬く閉ざされた門をこじ開ける為、盾兵の後ろで魔法兵に魔方陣を描かせた。またそれと同時に触媒紙にて到着合図のファイヤボールを上空へ放った。
「セイヌ部隊の方が先に着いたか。魔法・弓兵達よ! 岩壁の上にいる敵を狙うぞ!」
「門はいいのですか!」
「構わん! 少しでもここで敵兵力を削ぐ!」
アルネは少し後方の場所で進軍を止め、遠距離主体で岩壁上の敵兵を狙い始めた。
最初の交戦が始まったのであった。