1話 過労死からの転生
やれと言われればやる。
小さな会社に就職し、社会人になってからは従順な部下として、そこそこに成果を出して来た。だが、自分から何かを行い、成す様な事は……一度もなかった。
思考停止でただ命令に従うだけだったが、気が付けば29歳で社長側近となっていた。
ある日、いつも通り社長に呼ばれ、言われるがままに内容もろくに見ないで書類にサインをした。そこから俺の人生転落した。
会社の資金繰りがよくなく、いわゆる闇金に手を出していたのだ。その連帯保証人の書類に俺は言われるがままサインをしてしまったのだ。
これが、今まで自分で考えて行動しなかった結果……自業自得なのだ。案の定次の日には社長は消えた。
それからは社長がやっていた仕事、取り立てに追われ、全ての責任は側近だった俺に負わされた。
せめて俺が二人いれば……。
そんな事を思いながら 終わりの見えない借金、仕事に追われ続けた。
休みも寝る時間も無い。そんな日がずっと続いたある日、久しぶりに家に帰り玄関を跨いだ瞬間、俺はふっと意識が遠のいた。そう……俺は過労死してしまったようだ。
それから長い間、暗闇にいる感覚が続いた。
どれだけ経ったか……時間感覚は分からないが、ふと暗闇に一つ青い光がふらふらと浮いてるのに気がついた。
俺はぼーっとそれを眺め続けた。
いつまでこの感覚が続くのだろうか……。
そんな事を思っていた時、急に何かに吸い込まれるような感覚になった。
・・・
意識がおぼろげに戻ってきた時、俺は見慣れない天井を見上げていた。
天井は高く、シャンデリアのような照明に、大理石を思わせるツルツルの壁……まるでお屋敷のような、そんな雰囲気だった。
あの光は夢だったのかな? てか今も夢?
少しぼーっとした後、意識がハッキリとして来た。
やばい! どれくらい寝ていたのか? クライアントとの約束の時間は過ぎて無いのか?
はっと全てを思い出し、身体を飛び起こさせた。……つもりだった。
……まったく身動きがとれない。起き上がろうとしても力が入らない。
何だこれ。寝てる時間はないんだ……!
辛うじて顔が動いたので視線をやや右の方向に向けると、脇には美しい女性が座っていた。
やっぱりまだ夢の中か? 金縛りかなんかになって、横にいるのは幽霊なのか!?
早く覚めてくれ! 焦り過ぎて思考がぐるぐるしていた。
ふう……。
身体も全然動かないし、とりあえず一旦落ち着き、その美女を観察することにした。
その姿は黒髪ロングヘアーに、整った顔つきだった。少し疲れてるような表情だったが……。
アイドルなどには興味は無かったが、なんとか48とかに居そう。そんな事を思いながらじーっと見ていた。
その様子に気付いたようで、目があった途端、驚きと戸惑いか混ざったような表情になり ながら声を上げた。
「フィアンが目を覚ましたわ! ああ、ありがとう! 神様!」
なんだなんだ、どういうこった? そんな事を考えつつ、泣きながら俺に頬っぺを寄せて来た彼女を見て、とりあえずなでなでをしてあげた。
身体がうまく動かないのでペシペシといった感じになっていたと思う……。
ん……?
そこである違和感に気付いた。
俺の意思で動いた手がどうみても赤ちゃんの手だったのだ。
HAHAHA……自分が赤ちゃんで美人に擦寄られる夢を見るなんてな! 久しぶりの睡眠で夢も鮮明なんだな。もう少しだけ楽しもうか……!
そんなことを考えながら、もらったミルクをごきゅごきゅ飲み干し、またすぐに眠った。
・・・
次の日、美女の歓喜に満ちた大声で目を覚ました。
……気持ちよく眠っていたというのに。
赤ちゃんらしく大泣きしてやろうかなんて考えていると、
「ネビアも目を覚ましたわ! ゼブ! こっちに来て!」
「ティタ! 本当かい! まって、すぐに行くよ!」
おや、昨日は聞こえなかった男性の声が……。この美女が母親なら父親の登場か。
その男性も黒髪の無造作ヘアー、おっとりとした感じで眼鏡を掛けていた。いかにも優しそうな男、頼まれたら断れなさそうな感じだ……。
「すごい! 二日続けて二人とも目がさめるなんて、すごいよ! 生まれてから二週間、ずっと寝たきりで……本当によかった! とにかく、ネビアもお腹が空いてるんじゃないか?」
「わかってるわ! 今からミルクをあげるから静かにしてて!」
ふたつのベビーベッドのようなもので別れているため、ネビアがどんな姿かは見えなかった。
横にはもう一人赤ん坊がいたのか。そして今からミルクタイムのようだ。
俺も腹減ったな、向こうのミルクが終わったら少し泣いてみようか……。
俺の腹ごしらえも終わり、その間ゼブとティタが話しているのを聞いていた。
どうやら俺ともう一人は双子で、生まれてから一度も泣かず、目を覚まさなかったらしい。それも二週間。
医者に何度も来てもらっていたようだが、絶望的だ、まったく分からない、もう目を覚まさないだろうとサジを投げられていたそうだ。よく生きてたな俺ら。
名前は俺がフィアンでもう一人がネビア。
父親がゼブで、母親がティタ。
一度会ったり近い人間の名前は必ず覚えろと、社長の教えがあったので心の中で復唱した。
社長……。そんな事をふと思い出すとまた心臓がきゅっと締め付けられる気分になる。あいつのせいで俺は……。
――2か月後
その間ずっと寝ては食べ、寝ては食べを繰り返した。正直これだけでも死ぬほど幸せだった。
ベッドに横になってゆっくりと眠れる、ご飯もしっかり食べられる。まぁ食べるといってもまだミルクだが……愛情が半端なく詰まっている。
久しく感じることの無かった安息と言うものをじっくりと堪能している。医者は俺たちの回復ぶりに、信じられない……。と驚きを隠しきれない様子だった。
そしてなんと体にも変化が! そう、寝返りである!
身体が動かせる喜びに物凄く転がり倒した。
「見てゼブ! フィアンが寝返りしたわ!」
「おお、2か月でもう寝返りか! 優秀な子だねえ。でも、大丈夫なの? やりすぎじゃないか?」
「何言ってるの! 元気な証拠よ。優秀な剣士になるに違いないわっ」
剣士だと……いい響きだ。
どうせ夢ならファンタジーの方が面白いからね!赤ん坊だから何も出来ないけど……。
それにしても、もう2か月くらいって夢だとしても寝すぎじゃないか?
夢特有の変に場面が飛ぶとか今んとこないぞ……?
流石に誰か家に来て起こしてくれてもよくないか?
ちなみに、ネビアも俺が初寝返りしてから一週間後に寝返り出来たそうだ。
・・・
いつも通りに食っては寝て、気まぐれに寝返りをしていると、ドォンと爆発音ようなものが聞こえた。ゼブとティタが誰かに叫んでるような声が聞こえる。何が起こっている……?
その瞬間、もう一度爆発音のような音がしたかと思えば、大急ぎでゼブとティタが俺たちの元へやってきた。
「ティタ、あいつらは本気だ……。この部屋の奥にある転移魔方陣を使って逃げよう。下で足止めはしているがすぐに解かれる。一応ここにも張っておこう。アイスウォール」
いつもおっとりとしているゼブが見たことの無い真剣な表情で話している。取り出した紙切れのようなものから魔方陣みたいなものが現れ、次の瞬間、扉側の壁一帯に分厚い氷の壁が発生した。
「でもあれは未完成だし、どこに飛ぶか分からないわ! 帰れる場所に出るかもわからないのに!」
魔方陣やらアイスウォールやら、現実感のない単語が飛び交っていた。
「こうなってはどちらにせよ戻れないよ。さぁ急いで。時間がない」
俺とネビアは二人に抱かれ、隠し扉の奥にある怪しい扉の方へ行った。
刹那、後ろから爆発音が聞こえ、氷の壁に穴が開けられた。
「呪いの子が目を覚ました! 殺せ!」
「やはり目を覚まさない内に処分しとけばよかったのだ……」
「探せ! 家の中からは出ていないはずだ!」
何の事だ、俺らの事か? その時、鏡面のような怪しい扉越しに自分、そして横で抱かれているネビアの姿を初めて見た。
ネビアは青い髪で、左の瞳が青く、俺は赤い髪で、右の瞳が真っ赤だった。
呪いの子の意味は分からなかったが、何となく俺らの事だなっていうのは確信できた。
「あいつら、訳の分からない迷信を! フィアン、ネビア。すまないこんな事になって……。こんな状況で泣かないなんて強い子達だね。ただ、この惨状は君達には見せたくない。少しだけ……おやすみ」
ゼブはまた紙を取り出し、紙が小さな光を出して消えながら魔方陣のようなものがでてきた。それが俺とネビアの前でゆっくりと回転し、俺はふっと意識が遠のいた。
「君達が目覚めた時、全てが終わっているよきっと……」