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ツインズさまにはあらがえない  作者: 雲黒斎草菜
《第三章・カロン 阿蘇編》
64/131

仕掛けられた罠

【改稿理由】

ネコではなくてネズミでした……修正してお詫び申し上げます。

詳細は本文で。

  

  

 アストライアーが乗降口を開けると、鳥がクチバシを開けた格好によく似ている。その下方向斜めに降りるタラップの足取りも軽やかに、俺たちは外へ出た。

 久しぶりの開放感に浸るよりも先に、外気に蒸された熱い熱気と一緒になって、カビ独特のむせ返りそうな悪臭が鼻を刺してきた。

 ミウは眉をひそめて手で口と鼻を覆っていた。この世界に慣れないあの子には少しキツそうだ。


 この臭いを簡単に説明すると、アオカビがぎっしり生えた食パンを鼻面に突き出されたと思ってくれ、な、平気なヤツはいないだろう。

「いつ嗅いでも気分を害するな」

 顔に当たる冷気を強めにして、俺はヘッドクーラーの位置を微調整した。ミウにもそのやり方を教えてやった。


 ヘッドクーラーから流れ出る冷風が顔全体を包み込み、それが耐熱スーツの首の吸気口から吸い込まれる、というエアーカーテンで頭部を冷やすのと、カビ毒の侵入を防ぐ構造である。ヘッドクーラーが正しく装着されないと、このエアーカーテンも上手く機能しないからだ。


「さぁ。いくで!」

 気合とともに、

 ガシャッ! ズシャッ!

 麻衣がショットガンのアームを前後させて弾を込めた。そして軽々と銃を肩に担ぎ、麻由も銃弾のカートリッジを自分のライフルに突っ込むと、ぶら下がるウサギのキーホルダーを翻して銃を背中に回し、ショルダーストラップをきゅっと絞った。


 ミウは一目散に崖の先へ飛んで行く双子へ叫ぶ。

「崖が崩れるかもしれません。急がないで!」

 どっちが年上なんだ、と思わせる素振りに苦笑いが浮かぶ。

 麻衣たちも素直に従い、絶壁の手前まで行って急ブレーキ。そこからは横歩きになって、地面を確認しながら進んで行った。

 ミウも走り寄ると三人で縦並びになった。麻衣が先頭、真ん中が麻由、しんがりがミウ。しっかり手を繋ぎ合わせて、徐々に崖の真上へ移動する作戦だ。


「ミウ。もうちょい進んで」

 麻由の腕をしっかりと掴んだ麻衣が、下を見ながら恐々足を伸ばす。

 柏木さんはさらに後ろを四つん這いになって進む。せっかく子猫みたいにしなやかな身体をしているのに、それではまるで腰が抜けた室内犬のようだ。


 その横を平気な顔をしてイウが素通りすると、昨日アストライアーが崩した岩の出っ張りへと歩んで、恐れることなく真下を覗き込んだ。

 麻衣が呆気にとられる。

「なんや、あんた。怖ないの?」

「ん? オレは高所恐怖症でもないし、まんがいち落ちても、亜空間に飛び込めば済むからな」

 こともなげに言うが、ミウが睨みを利かせて忠告した。

「時間を飛ぶことは禁じます。もしどこかへ飛んで逃げようとしても無駄ですからね」

「逃げたりしねえよ、安心しな」

 鼻息も荒く言い返すと、イウは半壊した道を数歩進んだ。痩せた体を崩れた先へと乗り出して眼下の岩棚を注視した。


 イウが立つ位置からアストライアーが付けた走行跡が現在の停車場所まで続いている。昨日そこからボディが半分は向こうへ突き出たのだ。思い出すだけで、腰の辺りが砕けそうになる。


「わっわっ。思ったより高いわねぇー。だ……だめ、立てない。私って高所恐怖症なんだわ。初めて知った」

 四つん這いで進んで来た柏木さんが、よほど怖かったんだろう、そのままうつ伏せになり、体をぺたりと地面に貼り付けて、イウの足元から顔だけを突き出して、崖下を覗き込んだ。


「きゃ――たかぁい」


 少し遅れて俺も崖を眺められる位置に立った。高所恐怖症でなくともこれは怖い。

 幅120メートル。立った場所から向こうに、両断された九州の片端が水蒸気に霞んで見える。こっちと同じように子実体の天井が広がるところを見れば、あっちもケミカルガーデンが続くようだが、目の前を寸断する巨大な亀裂が進出を拒んでいる。幅はほんの短い距離だが、圧倒されるのはその深さだった。


 震える脚を踏ん張りながら、真下を覗いてみた。


 その途端!

 吹き上げてくる上昇気流に激しく体を飛ばされそうになる。


「危ねえー」

 ドキドキしながら、もう一度、ヘッドクーラーを手で押さえて、下を覗き込んだ。


「た……高けぇぇ――っ!」


 300メートルを越えるほぼ垂直の断崖絶壁だ。底に向かって切り立った両岸が吸い込まれるように一点に距離を狭めて、遙か下方でぼんやりと消えていた。まるで底が見えない。

 そんな崖の縁にイウが尻を着けて座った。その先に崩れた通路の跡が見えていた。


 下から吹き上げてくる気流は渦を巻き、時々崖の方へ引き込むような力を掛けてくる。

「やばいぜ。気をつけないと本気で吸い込まれるぞ」

「ほんまや」

 麻衣のふわふわした髪も激しく亀裂に向かってなびいていた。


「麻衣さん。身を乗り出し過ぎです。危険ですわよ」

 狂ったように暴れる長い銀髪を押さえながら、ミウが震えた声を漏らした。


「やめなさいって」

 ミウはさらに割れ目の先へ近づこうとする麻由と麻衣を引き戻そうとするが、

「だいじょうぶやって、地面は意外と硬いで……」

 麻衣は慣れてきたらしく平気で先端へ向かって仁王立ちなった。ふわふわした癖っ毛が、びゅんびゅんと振り乱れて舞っている。


 崖に腰掛けていたイウが、唐突に縁から飛び降りた。

「あ――っ!」

 それを目撃した柏木さんが、四つん這いで駆け寄る。同時に背筋を伸ばしたイウと目が合った。

「もう。そんなとこに足場があるの? ビックリさせないでちょうだい!」

 風に激しく躍らせる黒いロングヘアーを両手で捕まえて、ペタンと座り込んだ柏木さんは可愛く怒って見せた。

「へへっ。驚かせたか?」

 崩れたのは最上段だけのようで、その下に次の岩の出っ張りが出ており、そこへ飛び降りたのだ。


 イウはしばらく下の岩棚に転がる岩石の破片を注視していたが、

「これを見てみろ! 先生!」

 何かを発見したらしく、崖の上から再び四つん這いになったまま覗き込む柏木さんへ、上擦った声を出した。

「やべえぞ。この岩棚は人為的に崩れるように細工されていたんだ」

 手に持っていた破片を上に放り投げて、自分もよじ登ってきた。


 麻衣が放り投げられた岩を拾って目を凝らす。片手で持てるほどの岩の欠片だったが、

「ほんまや……」

 それには明らかにドリルか何かで空けられた丸い穴が開いていた。その先からひび割れが伸びて、岩全体がぱっくりと割れていた。


「これって、重いものが載ると崩れるように細工してあったんだよ」

 麻由の主張に呼吸が瞬断。確かにそのとおりだ。でも誰がそんなことを……。


「政府はここまでやって来れないし、ましてや私たちがここを通るなんて、誰も知らないわ」

 現代組はイウが持ち上げた岩石を凝視。誰もが言葉を飲み込み沈黙し、イウは推察ぎみに尋ねる。

「あの乗り物のナビゲーター情報を抜き取ったとか……」

「ないない。それは無いわ。ランちゃんはアストライアーが政府の手に渡る前に服部くんが普通のシステムと入れ換えたんだから、それだけは私が保証する」

 柏木さんは真剣に手を振って否定。麻衣はかぶりを振り、

「でも、これは絶対に掘削機の跡やで」

 岩に空けられたドリルの穴に指を突っ込んで、口の先を尖らせた。


「こりゃぁ、やべえぜ……」

 イウの眼光が厳しさを増した。未踏の地に何者かの手が入っていたという、不自然な出来事を認めざるを得ない事実だったからだ。

 それもただのイタズラではない。この道を通るのはアストライアーだけだということを知っておきながら、その結果がどうなろうとも、一切関知しない非人道的な手段を選んでいる。俺たちが相手するのはそんなヤバイ連中なのか?


「何者かが、ここへ先回りしたことは間違いない」

 いろいろな思惑が頭を巡るが、こうなると結論は誰に言われるまでもなく一つしかない。それを確かめるように柏木さんが訊いた。

「こんなことをするのは誰だと言うの?

 ミウは平然と応える。

「超未来人です」

 覚悟はしていたが、言いようのない恐怖が俺を襲った。


「確かなのか……ミウ?」

「現時の政府でないとしたら、一般人はこんなところへ来れませんでしょ。となると、そうなりますわね」

「そ、そうか。そうなるか……」

「あたしたちを殺してまでも阻止しようとしてるの?」


 ミウは怯える麻由をなだめるように、

「いえ、脅しでしょうね。あの乗り物の性能も知った上での細工です。だって、ここで現代組が死んでしまっては時空震が起きません。連中はそれを起こして欲しいんですから」


 そう言われて少しはほっとするが、イウの青い目が鋭くミウを貫いていた。

「どっちにしても、オレたちを(もてあそ)ぶ気なんだぜ」

 眼帯男は超未来人が仕掛けた無言の仕打ちに、えらく興奮した様子で、

「決定だな。これは修一らに向けたもんじゃねえ。オレたちリーパーに向けた宣戦布告だ。すでにレールは敷かれたんだぜ。後戻りも……方向転換もできねえ」

「弱音を吐くんじゃありません! 正しい流れを作れば超未来人とて敵ではありません。必ず元に戻るんです。あなたは曲がりなりにも、時空理論を学んだリーパーでしょ!」


 だがイウは憤然と言い返した。

「バカやろ。俺たち3人しかいねえんだぜ。相手は何十人、いや何百人かも知れねえんだ!」

「何を怯えてるのです? 相手が何万人いようと正しい流れに戻った途端、すべてが変わります。協力し合えばなんとかなりますわ!」


「そうだよイウ。俺たち現代組も協力するんだから、3人じゃないぜ。7人だ!」

「何言ってやがる! こんな崖ひとつで、もう座礁しちまってるじゃねえか。たった7人で何ができる。このでかい乗り物を担いで、この割れ目をロープで綱渡りか? へっ! いい見世物ができるぜ。いっそのこと、その超未来人さんに見せて金でも取るか?」


 興奮するイウへ俺は言い返す。

「他の降り道を探すまでさ」

「へっ! 甘いぜ修一。そんなチマチマしてたら、超未来人にあっという間に翻弄されるんだ! オレにいい案がある、ちょっと待っとけ!」

 途端、青白い閃光とともにイウは消えた。


「あぁ。逃げたぁ!」

 柏木さんの悲鳴に近い声で、咄嗟に振り向いたミウの小さな体から目映い閃光がほとばしり、俺は銀白に輝く光の中に反射的に腕を入れた。

「待ってくれミウ!」

 猛烈な力が発生した。腕からその中心へ体ごと引き摺られ肩周辺に激痛が走った。見えない力が亜空間に俺を引き込もうとしたのだが、すぐにミウが時間跳躍を中止。

 目映い光りが消え、俺を背に向けたミウの小さな肩が目の前にあった。まるで事前に俺が飛びつくのを待っていたとしか思えないタイミングだった。


 ミウはくるりと身を翻し俺へと言う。

「後先考えずに行動すると、体がいくつあっても足りませんことよ」

「お前、俺が飛び込むのを知っていたんだろ?」

 と囁く俺へ、彼女は銀髪をこくりとさせた。


「なっ!?」

 懐疑と困惑に思考が乱された。

 だからさっきゴーグルを外して時間の先を視ていたんだ。

 となると、イウの失踪にも意味があるのか?

「今は無知でいてください。知ると動きが不自然になります」

「どういう意味だよ?」

 ミウはこれ以上の詮索を咎めるように俺の目の中を覗き込んでいた。それは時間規則違反になると語っている。


「――まったくもって未来組のやることはワケが解らんな」

 ひとまず深く息を吸って落ち着かせた。


 麻衣たちも、ようやく何が起きたのか理解したようで、

「いま、あんたの体が光の中に入ってたで。怪我は無い?」

「心配ない。ほらちゃんと動くし……」

 まだ肩の辺りに少し痛みが残っていたが、特に問題は無い。


「ほんで、あのおっさんは?」

 駆け寄る双子にミウは、「見失いました」とウソぶいた。


「逃げたの?」

 首をかしげる柏木さんにも、

「はい。タイミングが合いませんでしたわ」

 同じ答えをした。

 ちょっと待てよ。これだと追跡しようとしたミウを俺が引きとめたような状況に演出され、麻衣たちや柏木さんにはそう映ってしまっているではないか。

 何らかの意図を感じるが、これが超未来人に対抗するための策略だとすると、ここで俺は騒ぎ立てないほうがいいだろう。なにしろ一歩間違えれば死ぬかもしれない罠を平気で拵える超未来人が手を出してきたのからだ。



 何も事情を知らない麻衣たちは、憤りを隠せないでいた。

「やっぱ、あいつ悪いやっちゃな。修一の気持ちを知っとってトンズラかましたんやで!」

「早合点するなって、あいつ消える間際に、俺に『待っとけ』って言ったんだ」

「うそ?」

 麻衣の瞳がこっちを懐疑的に見据えた。イウが逃げたという事実よりも俺の言葉に戸惑ったようだ。


 俺はミウの表情を窺いながら麻衣に言ってやる。

「あいつなりに何か考えがあるんだと思う」

「ほんまなん?」

「ああ。あいつは、何かのけじめをつけたがっていたんだ。だから単純に逃げたのではないと思う」

「ふ~ん」

 ミウは無表情を貫き、麻衣と麻由は納得したのか、黙って崖に向かった。吹き上がって来る強風で丸まった栗色の髪の毛が暴れていた。


 麻由は削岩機の痕がついた岩を拾って言う。

「この人らの手段選ばず、って感じ……怖いね」

 超未来人へ宛てたセリフだった。

「でもさ……」

 それをおもむろに空中へ投げた。と同時に背中に回していたライフルを素早く構えると撃ち抜いた。


 ダァーーーン!

 静けさを切り裂いて轟くライフルの発射音。岩は噴煙をあげて粉々に吹き飛んだ。


「きゃっ!」

 いきなり爆音を受けて、ミウが耳を押さえてしゃがみ込んだ。俺だって鼓動が跳ね上がったさ。こいつら時々こういうことをやるから驚かされるんだ。


 バラバラと乾いた音を上げて、崖の底へ落ちていく破片へと向かって麻由が叫ぶ。

「っしゃぁぁぁっ! どうでもええわ! うちは、何がなんでも鹿児島行くで! ぼけぇぇ――っ!」

 完璧に麻衣口調だった。


 ドォォォォォーン!

 続いて麻衣もショットガンを空に向けて撃つ。

「うぉらー! うちかって鹿児島行く! どんな奴が現れてもビビらへ――んっ!」


 ガシャリ、とアームをスライドさせて銃弾を充填すると、

「ミウも撃ってみる?」

 半身を捻って麻衣がショットガンを突き出した。

「――っ!」

 ミウは夜道でヘビを見つけたネズミみたいに目を丸々とさせて拒否。半歩逃げたところで、柏木さんに両肩を捕獲される。

「ねえ。いなくなった人のことは後で考えることにして、今はこの崖をどうするか。一旦戻って対策を練ろうよ」

 肩越しに語られる優しげな言葉に身を返らせるミウ。

「そうですね。イウのことは後でどうにでもなります。今は超未来人が手を出してきた、ということのほうが重要ですわ」


 親鳥を柏木さんとして、その後を追ってゾロゾロ引き上げるカルガモ一家のしんがりに付いていた俺は恐怖に(おのの)いていた。

 姿の見えない敵が登場したことで、これから毎日、薄氷を踏む心境で暮らしていかなければならないのだ。


 地面を睨んで歩む俺の耳元で声がした。

「流れに身を任せればいいのです」

 昇降タラップの入り口で待っていたミウが、そう囁いてから階段を登って行った。


 ミウの言葉は心強い。今のは何か得策があることを示唆してくれたのだろう。

 つまり考え過ぎるなってことか?

 よし。ここは未来組を信じよう。


 そう思うと、意外と気持ちが軽くなるもので。柏木さんの胸中って案外これかもしれない。そうでないとこんなおかしな連中をまとめて引っ張って行けるワケが無い。あらためて柏木さんの心情を理解できた気になった。


 操縦室へ戻ると、案の定ガウロパがでかい体を揺さぶって飛んできた。こいつは何も知らない。

「銃声がしたが何かあったでござるか? あ? イウはどうしたでござる? まさか逃げられたとか?」

 麻衣と麻由は小さくうなずくものの、柏木さんは静かに動かず、俺とミウは黙ってスキンヘッドの目を窺った。


「ヤツを撃ったでござるか?」

「違います。あれは麻由さんが憂さ晴らしに発射させただけですわ」

「だから言ったでござる。あいつは何を考えているか解らんでござるぞ。口だけは達者だが、やることはいいかげんで信用ならんヤツですぞ」

「わりぃ。俺の責任だ」

 頭を下げる俺に、ガウロパはいきなり小さくなり、

「い、いや。お主を責める気はさらさらござらん。気にしないで欲しい」

 どんな理由があるにせよ、その発端を作ったのは俺なんだ。


「修一さんのせいではありません。最終的にそれを決めたわたしの責任です」

「まぁさ。くよくよするのはよそうよ。誰の責任でもないし。きっと戻ってくるでしょ。だって、『待ってろ』って言ったんでしょ?」

 柏木さんの問いに俺は弱々しくうなずいた。確かにそう言った。でもその理由を何も聞いていない。


「だったらさ。待ってればいいんじゃない?」

 柏木さんの朱唇がほころぶ。それは溶いた一滴の赤絵の具を水面に落とすかのように、心に温もりが広がる微笑みだった。


 この人は考えなくていいときは何もしないのが得策だと――無駄なことはするなと言いたんだ。

 胸の奥に淀んでいたモノが、みるみる消えて行く。

 良子さんの不思議なパワーは驚きに満ちている。


 俺の表情が明るくなったのを感じたのだろう。柏木さんは部屋に散らばる仲間に向かって問う。

「それよりさ。どうする、みんな?」

 どさりと操縦補助席に腰掛けて甘い吐息を漏らした。


「新しい通路を見つけるか修繕するか……やろな」

 呼吸のついでに声を出した、みたいな覇気のない口調で麻衣も椅子に腰掛けながら言った。

「修復はやめたほうがいいと思う。あの手この手の細工が入ってる可能性がある」


「イカダを作って、海からぷかぷかして行くって、どぅ?」

 本気のような冗談のような柏木さん――いよいよ海賊船にするつもりだ。

「飛行船で吊り上げるというのは?」

 マジかよ、ミウ。どこにそんなモノがあるんだ?



 五里霧中どころか、夢物語めいた意見ばかりが出る話し合いの中、俺の背後で突然強烈な光が噴き出した。それは操縦補助室から後部の食堂までの空間を青白い閃光で埋めた。


「わ、なっ、なんだ!」

 これまでに無い広い範囲で光が溢れ出し、アストライアーの室内が瞼を開けて入れらないほど眩しい。

「な、なにごとですか?」

 この現象に慣れているミウでさえも驚愕の目で蒼光を見た。

 先頭から後部までの部屋を埋め尽くすばかりの光の海は、次の瞬間、たくさんの光球に分裂し、さらに輝きを増すと人型に変化した。


「あっ!」

 俺は茫然となった。光は順に完全な人物に変わり、実体化していく。

 そして――。

「悪かったな、遅くなって」

 すぐ前で実体化した人物がそう告げた。


 イウだった。

「なんだ! この野郎!」

 俺は飛びついた。込み上げる熱い気持ちで心が躍った。嬉しくて手を握ろうとした俺の腕をイウは引っ掴み、

「おいおい、男の趣味はねえって言ってるだろ、修一」

 迷惑そうに俺の腕を突き放すイウが笑っていた。


 今度は怒りが込み上がってきた。

「バッカ野郎! いきなり消えるな! 俺はてっきり」

「逃げたと思ったんだろう」

 イウは俺の言葉を遮った。


 即行で否定しない俺の頭をイウはポカリとやって、

「言っただろ、オレはもう後悔するようなことはやらねえことにしたんだ。オメエが教えてくれたんだろ? 後悔は人生で最も悲しいコト……だろ? 修一」


 みんなを信じようと決した自分自身の気持ちに興奮した。真っ赤に充血した目ん玉を派手に瞬きながら、

「そうさ! 最も悲しいことだ!」

 滲み出る涙を必死で誤魔化そうとしたが、麻衣と麻由が微笑んで俺に寄り添ってきたので、バレバレだというのが分かったが、どうすることもできなかった。


「それにな……」

 まだ何か言いたそうなイウ。

「なんだよ?」

「それによ。硫黄にまみれた気味わるい蟹を大事に飼ってる、そこのコピーねえちゃんらの愛らしい姿にも心打たれたんだよ。こんな暗黒時代を健気に生きていく姿にな」

 麻衣たちはいきなり話が振られて、キョトンとする。別に変な蟹とも思っていないし、暗黒時代なんて現代組にはまったく自覚がないのだから。


 イウは臭いセリフを吐いてしまったという恥じらいに、頬を染めていた。

「ちょっと、あなた!!」

 ミウが、ぐいっと立ち塞ぐ。

「それならひとこと告げなさい! 黙って消えたら逃げたと思うのは当然です。修一さんの気持ちを踏みにじって!」

 もういいよミウ。これで満足だ。そしてお前もこのあらましの未来を視ていて、あえて知らせないことで、俺たちの絆を深めようとしたんだ。

 後で知ることになるのだが、獅子身中の虫を揺り起こし、グループの結束を内側から崩すのが連中の手口だと。

 ミウはこのとき、その地固めをしたのだ。


 うんうん、と独り納得する俺と火花をバチバチ飛ばすミウたちへ。

「あのぉぉ…」

 驚きと戸惑いの混ざった変な微笑みを浮かべていた柏木さんが、ミウの肩をトントンと突っついた。

「せっかくの感動の場面に、ちょびっと悪いんだけどさぁ……」

 憤り半分、嬉しさ半分という複雑な表情をしているミウへ遠慮がちに尋ねる。


「あのさぁ。この人たち……誰ぇ?」

 俺たちの前に奇妙な衣服をまとった5人の男女が、手に手に荷物を持って立っていた。

  

  

次回予告【五人の来客】

イウが連れてきた怪しい五人組。戸惑う現代組。どうなる?


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