9話 共犯者の二週間 その1
よろしくお願いします。
例えば、ある優しいおじさんから大金との引き換えが約束された貴重な白い粉を貰ったとする。その粉は持っているだけで所有者に不利益が生じる。しかしそれをどんな手段をもってしてでも手にしたい人がいる。利害は一致した。大金を手にしてリスクを払うことに成功した。この行為は良いことだったのか考えてみる。大金を手にして、粉とオサラバできることはもちろん良いことだ。だが相手にとってはどうだろうか? 相手が不利益を被るとしたら、これは悪いことに当たるのだろうか。相手がもっと金を出す新しい相手を見つけたとしたら、それは良いことだ。より儲けることができるから。最悪なのは相手が自分自身で使用した場合だ。優しいおじさんはこの粉を使わないほうがいいと言っていた。使用することで自分という人間が壊れてしまうという。そんなおじさんの注意事項を交換相手は言わずもがなで承知しているようだった。恐ろしく冷ややかな目で品定めのごとく、見られた。この人にとってこの粉は商売道具であるということはすぐにわかった。相場は知らなかったが、封筒いっぱいの札束と交換してもらった。「次もあれば贔屓させてもらうよ」と言われたが、「たまたま手に入ったものなので」、と丁重に断りを入れた。今となって風貌は覚えていないが、真人間というものを生まれて初めて見たような気がした。
☆☆
ウガミの中でつまるところ、良いことと悪いことの違いは判別できない。考えることは尊いが少し疲れる、そう結論づけた。
これからやることは周りからどう思われるかなんてウガミにはわからなかった。
ヨーの復讐を手伝うという約束をしてから3日が経った。約束をした日以降ヨーとは学校で顔を合わせていない。
学校に思い入れの少ないウガミにとって、この3日はあっという間に過ぎた。本来のスピードに戻っただけ。ウガミはそう思うことにした。この3日間でやったことと言えばコンビニに置いてあった週刊誌から世間を見て回ったくらいのもの。どうやら日本の治安は悪くなっているらしい。これがあの日と関係しているかはウガミにはわからない。
しかし事件はたくさんある。
有名どころでは子どもを拐い目の販売をする通称抉り。ウガミには少し関連あるワード。
四足動物の前足をハサミで切っていく通称イルカ。
農作物に煙草を水で溶かした液を注射する通称えんか。
パチンコ玉を道路に撒いて周囲を蜂の巣にする通称ぎんだま。
この4つは特に大見出しの記事で書かれていた。
今や高齢者や小学生にだって凶悪犯罪者がいる時代だという。新興宗教や差別意識、ヘイト、選民思想からくる集団犯罪もある。最近では、スマホのアプリで犯罪に加担していたのは5才児だった、なんてこともあるらしい。他には老人の集団失踪なんかもある。
金のためのことはもちろん、自己実現のための犯罪が増えている。記事には権威者だろう人の見解が綴ってあった。わかったこと。ヨーが被害にあった連続通り魔くらいでは週刊誌の記事にならないらしい。それくらいに日本は狂いだしていた。いや、もともと狂っていたものが表面化しただけかもしれない。
梅雨入りの東京は雨。通学路にも土臭いような青臭いような梅雨の匂いが鼻をつく。アスファルトの凹んだ部分には小さな水溜まりができていた。灰色の空に指した傘は少し値のはる一品。黒くて頑丈な傘、ウガミ自身とても満足していたのだが、言葉で飾るセールスのセンスはない。
教室の席に着いて、いつも通りウガミはホームルームの開始を待った。いつも通り教室で彼女はウガミをじっと見る。
教室に人が戻っていることにウガミは気づいた。あの日以降不登校気味になっていた生徒たちも今はちゃんと通っているようだ。
もともといじめなんかないようなところだ。教室は登校してきた生徒を温かく迎えていた。繊細な心の機微が学校から遠ざかった理由だろう。どう心に踏ん切りをつけたのか、ウガミにとってそれが気になるところであった。これじゃ期末試験はクラス最下位だなともウガミは思った。中間試験は欠席者がいたからウガミは最下位でなかっただけ。高校の厳しい評価方法のおかげだった。
ウガミは授業中ぼんやりと物思いに耽った。
ヨーは今どうしているのだろうか。通り魔を探し出すことなんてできるのか、など。
帰りのホームルームの後
ウガミは人と会う約束があった。A組のヨーの友人の男子生徒。
会うとなるとやっぱりA組の補充授業を待つことになる。
ウガミの足は自然と図書室へ動いていた。入ってすぐのところ、展示されていたおすすめの一冊と紹介されていた本を手にとって適当な席へ着いた。本の中身は高校生の青春ノスタルジックもの。本を今すぐ閉じたかったがそうしなかった。ウガミは小説の中の情景描写を綺麗だと感じた。時間潰しに文字列を目で追っていた。
約束の時間になって
A組の教室へ行くと、いかにも不機嫌そうな顔をした男子生徒が席に座っていた。こんがりと日に焼けたであろう茶色の肌、スポーツをやっていることは誰の目から見てもわかる。彼の机の上にバインダーがある。これはヨーから予め聞かされていた情報であり、それによって約束の人物であることがわかった。ウガミは彼の机の前に行く。教室には人がまだ残っていて、周りは好奇のような冷たいような視線をウガミに送っていた。
「ウガミ君ちょっと遅いんじゃない」
彼はウガミに優しくゆっくりとした口調で注意した。彼の不機嫌な顔は自然な笑顔へと変わっていた。ヨーほどではないがウガミの見た目にあまり臆していない様子。事前にヨーから目のことを聞かされていたのだろう。
「悪かった」
「まぁいいよ、はいこれ。今日の配布プリント」
ウガミはヨーの友人からバインダーごとプリントを受け取り自分の通学鞄にしまった。
「どーも」
「明日からは俺が渡しに行くから放課後どこにいるか教えてくれないかな」
「放課後は図書室にいる」
「オッケー」
その後、一言二言挨拶を交わしてウガミは教室を出た。ウガミが教室を出て二三歩歩いたところで、A組の教室内が騒がしくなった。反応はどうでもよかった。ウガミは自分の教室の傘立てから自分のものをとって外へ出る。
外は雨。しばらく止みそうにない。暗い空からの冷たい大粒。
ウガミがドアを開けて家に入ると
気楽で不気味な笑顔を見せたヨーが目の前に来て言った。
「おかえり」
「……ただいま」
ウガミは返事をして傘を置いた。
ありがとうございました。
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