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8話  心配する天使、背中を押す悪魔

よろしくお願いします。



午後10時


ヨーは何も言わずに進む。

ウガミはヨーの後を少し間を置いてついて歩く。


人が少なく静かな夜だった。

ウガミは無意識のうちにローファーの足音を出さない丁寧な足取りになっていた。


「こっち通るよ」


ヨーは振り向かないまま、ウガミに告げる。人も街灯もさらに少ない道になった。

ウガミは商店街を横にヨーがこっちの道を選んだ理由を考えてみた。家まで急いでいるんだろう。それがウガミの出した結論だった。


二人は歩き続ける。ヨーの家を目指して。


ヨーが急ぐなら話を早めに切り出さなくてはならない。

ウガミはヨーの耳にも入るように大きく息を吐いた。




「……俺はさ、楽しかったんだ」

「今日とか学校で誰かの帰りを待つなんてすげえ久しぶり。まぁ放課後にお前を呼び出したからなんだけどさ」

「図書館で美人に話しかけられた。課題はお前に助けられた」

「この前もなんだけどさ、誰かと飯食うのなつかしくてさ」

「腹一杯食えたよ」


「……」


「お前は今日どうだった?」


「……僕も楽しかったかな」


「……お前、やっぱり俺に嘘ついてるだろ」


「ウガミ君に嘘つけないって」


弱々しい返答だった。ヨーがどんな表情をしているのかウガミからは見えない。

二人は依然として縦に並んで歩いていた。

ウガミは大きく足を動かして、前を歩くヨーとの距離をつめて肩に手を掛けて動きを止めた。


「ヨー。お前は俺に言いたいことあるんじゃないか?」

ウガミは胸に引っ掛かる何かの正体を知りたかった。


振り返るヨーの顔は蒼白だった。

目は焦点が合ってない。叫びだしそうなほど怯えている。


「おい‼ ヨー! しっかりしろ」


言葉が耳に入っていない。ヨーの足が覚束ない。

ふらついたヨーの体を支えるため、引っ張るようにウガミはヨーの手を握った。


――手は冷たいまま


そうウガミが感じた時には、ヨーは糸の切れた人形のように倒れた。

ウガミが握った片手を残してヨーの体はすぐ横の閉まっていたシャッターにぶつかる。


衝撃音が人のまばらな夜道に響く。


「おい、ヨー! ヨー!!」




「えへへ、参った参った」


「……大丈夫か?」

「救急車とか家の人呼ぶか?」


ヨーの体はシャッターに預けられるように、もたれ掛かっていた。

心配するウガミにヨーは衝突した方の垂れ下がった手を振った。


ヨーの顔は下を向き、表情は伺えないが大丈夫らしい。ウガミはそう解釈した。

ウガミが握っていた手を離すとヨーは膝を両腕で抱え込むようにしてその場に座った。体育座りのような格好はヨーという人物を随分と小さく見させる。


ヨーが深呼吸した後、さらに深く息を吐き出した。

「僕さぁ、夜が怖くて怖くてたまらないんだ」

「ウガミ君に後ろから話しかけられただけでダメなんて、おかしくて笑えるよ」


強がりなのかわからない。しかしヨーの顔は出会った頃の気味悪い表情に戻っていた。


「僕はいつもさ」

「夜は一人で外、出歩けなくてさ、妹に頼んで一緒についてもらってる」


その表情は……


「最高にダサいでしょ」


……今までにない悲痛に歪んだもので、

目には涙が溢れ、声にいつもの無邪気さや元気がなかった。


「これでも兄ちゃんやってるんだぜ」

「僕がウガミ君に近づいたのはさ、こんな自分を治して、皆に大丈夫って伝えたいからなんだ」

「僕は通り魔に襲われてから全部狂ったんだよ」

「トラウマだよ。PTSDだよ」

「夜が怖い。鏡で見る自分の気味悪く微笑む表情も」

「しかも目が醒めたら、3年後に人類滅亡だあ?」

「ふざけんなよ。わからねえよ」


ヨーの口調が激しくなる。


「頭の中がゴチャゴチャでさぁ」

「まるで夢の中のような別の世界に来ちゃったんじゃないかっていつも思ってんだよ‼」


ヨーの体は相変わらず体育座りのまま固まっていた。


ウガミはヨーの隣に腰を下ろした。シャッターに背を任せて安座を組む。シャッターの閉まった店前でたむろする二人。時間は午後10時をとうに過ぎていた。こんなご時世、注意する人間なんかいやしない。さっきの衝突音だって対応するに値しない酔っ払いが原因だと思われているのかもしれない。


ヨーは吐き出した。辛かったこと。おそらく抱え込んだまま誰にも言えなかったこと。ヨーが語尾を荒げる様子をウガミは横目で見ていた。


隣でヨーの嗚咽が聞こえる。

強い、弱いじゃなくてヨー本来の姿だった。第一印象からは考えられないような姿。それにウガミも本心で語る。


「俺も夜はダメなんだ」

「両目を潰して、今の目になってからさ」

「夜なんか、視野が狭くて怖くてたまらねぇ」

「まぁ、周りの協力もあってある程度は克服したけど」

「……だから、ヨー、お前も俺を頼れ」


ウガミはヨーの返事を期待していなかった。その時言いたいことを言っただけ。


二人は狭くて暗い空を見上げていた。月が陰る。ヨーは縮こまった体育座り。

ウガミは脚を伸ばした。道路に脚を出したところで困る人がいなかった。


「あとさ~、お前も怖いなら言えよ!」

「3年後に死ぬなんて、お前が教えてくれなきゃ、俺は何にも知らないでのうのうと生きていくところだったんだぞ」

「しかもその話題はタブーぽくてどこからも新情報ないし」



ヨーにしか言えないことをこの場で吐露できたのが嬉しいとウガミは感じた。気分が和らぐ。ストレスが発散される。


「俺も世界に置いてかれた気分だよ」

「俺だけじゃないってわかってよかった」


これは、今ヨーに伝えたくなったことだ。


ヨーの横目がウガミに刺さる。


「ウガミ君強いから、僕だけ悩んでるのかと思った」

「ウガミ君も大変だったんだね」


「当たり前だ。どんな境遇だって皆辛い。皆がもがいてる。ここはそういうところなんだよ」


ウガミの口からすらすらと言葉が出た。口調は優しかった。それは少し前にある人から聞いた言葉の受け売り。


ウガミは人差し指を空虚な空に向けて言う。


「夜を克服して、尚且つ3年後の同じ恐怖を抱える身として助言してやる」


「3年たったら俺らは死ぬんだろ」

「そんな通り魔クズ野郎に悩まされ続けるなんて時間の無駄だ。もったいない」

「治したいんだろ? 遅かれ早かれ決めてたことならさ、これからすぐ取りかかろうぜ」

「俺らでその通り魔を後悔させてやろう、奪われたものを取り返そう」

「お前がやっつけろ」

「責任も根拠も俺は何も持てないけどさ、通り魔に復讐すれば何もかも上手くいくかもしれないだろ?」


ヨーは黙ってウガミの話を聞いていた。





RRRRR……


スマホの着信音が鳴る。

ヨーの妹のアキからウガミにかけられたものだった。


すうううっ と空気を肺に詰め込んでウガミは電話に出る。


「うるせええええんだよ」

「かけてくんな‼」

このブラコン野郎が、と言いそうになるところを我慢してウガミは電話を切った。





RRRRR……


間髪を容れずに着信音が再び鳴る。今度は出ない。

メールも送られてきた。

スマホを確認するのが面倒になった。

自分の個人情報がヨーの妹に漏れすぎている。ウガミはスマホをスラックスのポケットにしまって忘れることにした。



「理不尽に悩まされるくらいなら無理矢理にでも暴れまわって自分が一番気持ちよくなる方法を俺は選ぶ」

きっと社会で淘汰されるべき幼稚未満の理論だとウガミ自身思った。しかし口に出してヨーに伝えたかった。



ヨーは笑って言った。

「そうだよね。僕らは皆死ぬんだ」

「どうあがいても死ぬ」

「それでも楽しいことだってこれからまだまだある」

「やらなきゃいけないことがある」

「ウガミ君、僕はやるよ」

「通り魔に復讐しよう」

「僕は自分を取り戻す」



ヨーに元気が戻っていた。

ウガミはヨーが持ち歩いているグミを一つ貰った。


二人はヨーの家に向かって再び歩きだした。


「さっきの話だけどね」

「僕は本気だよ」

「ウガミ君、僕に力をくれないか?」


「俺が手伝えることなら何でもやってやる」

「だから思い切りやれ」


二人は自然と横並びになっていた。




「遅いし、今日家に泊まっていく?」


「いい」

お前の妹にうるさく小言を言われそうだ。ウガミは態度に出すことなくヨーの誘いを断った。


「あそこが僕の家だよ」



ヨーの家は庭付き一戸建てだった。

家の前には小柄な少女が立っていた。ウガミは少女がヨーの妹だと直感した。


「家まで送ってくれてありがとう。またねウガミ君」


ヨーは不気味な笑顔で別れの言葉を言って手を振った。


いつものヨーの顔だった。ヨーの本当の笑顔なんて知らない。この表情しかウガミは知らない。


ウガミは体を翻して帰る。

後ろから扉を閉めるだろう音が聞こえた。ウガミの頭には早く帰って眠ろうということしかなかった。




「おい」


後ろから声をかけられてウガミは振り返った。


そこには少女が立っていた。上下ジャージ姿。身長はヨーより一回り小さいくらい。

その声、話し方からもわかる。


「ヨーの妹か」


ウガミを無視して少女は続けた。

「ウガミ、私が言ったこと覚えてるか?」


「ああ。伝言通りに家までヨーを送ったぞ」


「おせえんだよ、のろま!!」

「急げっつたよな」


「お前にも親にも心配かけたよな」

「遅くなって悪かった」


「お前みたいな奴はお兄ちゃんに迷惑なんだよ」

「鏡見たことあるか?」

「すげえ顔してるぞ」


「俺の顔は怖いだろ?」

「自分でもわかる」


「あっそ」

興味をなくしたように一言残してアキは家に帰った。


本当にこの顔が嫌だったら、顔を隠すやり方はいくらでもある。その方法を調べたことも、隠そうと思ったこともウガミにはなかった。


ウガミはアキの姿が見えなくなるまでヨーの家の方を見てそれから帰ることにした。途中アキが後ろ手に手を振ってるように見えた。夜目が見づらいウガミはアキなりの感謝の印と思うことにした。



ウガミは右足で一つたたらを踏んだ。

静かな夜道に音が生まれた。


しばらくの間、ローファーは踵をすり減らしながら音を鳴らして進む。


いつの間にか陰は消え暗闇に月が浮かんで見えた。梅雨が始まるこの季節。ウガミは少し目線を上げて歩いた。


ヨーの家まで通った道を今度は反対に進む。


帰り道で考えたこと。

今日はたくさんの人と会話した。



帰宅して制服を吊るした後、ウガミはすぐ寝た。




ありがとうございました。


ここからヨーと通り魔の話が続きます。

気長によろしくお願いします。

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