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21話  前日

大変遅くなりました。

よろしくお願いします。


間隔あいたくせに短くてすみません。



 冷房の効いた部屋の中で彼女は笑っていた。

両手で覆うように口許を隠し、声を殺して、その場にある当然の姿のように、そこにあった。


 放課後の珍しく賑わう図書室の中、いつもの席に彼女はいる。

一学年上の先輩にあたるその少女、メグミの隣の席に腰を下ろしてウガミは尋ねる。

「何か良いことでもあったんですか?」

ウガミを一瞥し、メグミは笑うのを止める。

そして一呼吸おいてからゆっくりとした穏やかな口調で話を始めた。

「バケモノが一人捕まったのよ」

バケモノ? 一人(ひとり)? メグミの言葉にウガミの思考はおいてけぼり。

明日のスポーツ祭のことや何か楽しい話をするものだとウガミは考えていた。全く見当もつかないようなメグミの言葉にウガミは返答できないでいた。

雰囲気に任せウガミは適当に相槌を打ち、メグミは口を動かし続ける。

「別にその人は悪人ってわけでもバケモノじゃないとも思うんだけど……」

アキと会う時間まで暇を潰そうとウガミは図書室へと足を運んだ。スポーツ祭前日のためか、図書室は生徒で溢れ、その声は騒がしいと言ってもいい。

放課後に涼みを求める生徒にとって図書室は絶好の場所であった。凉みを求めているという点はウガミも同じ。

「やり過ぎよ。7日もかけて……」

いつもと違う。

図書室にはたくさんの人がいて

自分の右腕にはギプスが巻かれていて

隣の少女は気味の悪い笑みを浮かべている。

彼女から漂うはずの可憐な空気は今日は周りの生徒の制汗剤にかき消されている。

柑橘系のきつい香りがウガミの鼻をつく。

いつもと違う。

冷や汗が止まらない。体が冷えていく。誰かが冷房の設定温度を下げたのだろうか。

大きくなる外野の喧騒に合わせて心臓の鼓動が早くなる。

彼女のつり上がった口角にウガミの黒塗りの目は釘付けだった。ゆっくりと動くメグミの口の端をウガミはただ見つめていた。

「……燃やし続けるなんて」

メグミの話を理解できていなかった。ただ聞き流していた。

ウガミから尋ねた話だったが興味がすっかり失せていた。メグミがどんな目をして話しているのか確認できない。いつもと違う状況や雰囲気にウガミは飲まれていた。

ウガミの視線はただメグミの口許にあった。



「絶対に 報 復 されるよ」


それが彼女の締めの言葉だった。



「寝ちゃったの? 起きてよ」

ウガミは寝てなどいなかった。一点を見つめて、ただ黙していた。

「起きてますよ」

そう答え、丸くなった背中を伸ばすようにウガミは体を反らした。

「ごめんね。こんな話はするべきじゃなかったのに。もうしないから」

隣にはいつものメグミがいた。

「時間は大丈夫?」

尋ねるメグミの表情は穏やかで、いつも通りの優しい目をしている。

ウガミは直ぐに左手でスマホを操作、時間を確認し、大丈夫の旨を伝える。

もしかしたら彼女の言う通り自分は寝ていたのかもしれない。

きっと夢を見ていたのだ。嫌な夢。自分を苦しめる夢。自分は30分ほど寝ていた。それでいい。

その間、彼女は何をしていたのか、自分の隣でただ喋り続けていたのか。

夢の内容を思い出さないように、早く忘れるようにウガミは自分に言い聞かせることにした。

「ねぇ」

メグミの言葉がウガミの意識を現実に戻す。

「その腕のギプス、喧嘩でもしたの?」

メグミは真っ直ぐウガミの目をみつめ心配そうに尋ねる。

「……喧嘩じゃないです。ただ捻っただけでギプスは大袈裟なんです」

メグミが見せる安堵の表情はウガミを複雑にする。

堪らずウガミが話を切り出す。

「明日はスポーツ祭だからか図書室は……賑やかですね。先輩は明日何の競技に出るんですか?」

無理矢理作ったぎこちない笑顔でウガミは聞いた。

体は変わらず冷えたまま。


「あー、私はー、ずっと、ここにいるかなぁ。もしくは欠席」


メグミは目を伏せぎみに、小さく答えた。

言い終わりに造られた笑みはウガミをさらに複雑にする。

彼女がスポーツ祭で活躍する姿を見たかったのか、自分はその姿を応援したかったのか。

気のきいたことを言おうとしたがウガミは何も言えなかった。

無理矢理にでも言葉を考えようとして、右腕が疼いて、ウガミは自覚する。

自分も明日は何もできない。

ウガミは右腕を持ち上げ、そのまま眼前の机に軽く打ちつける。ギプスが鳴るコツンという音が耳に残った。

「なんで気づかなかったんだ」

小さな独り言に返答は返ってこなかった。



 窓を通して見える空模様は黒くなり、夜が近づく。生徒が一人また一人と図書室を後にする。

「また明日」「応援来てね」「頑張ろう」

「優勝しようね」「打ち上げは……」

明日に期待をのせた、心が温かくなるような言葉が図書室中を飛び交っている。

誰も賑やかなことを注意しない。そういう日もあっていいとウガミは思う。

周りの生徒に合わせてウガミも退室する。

「先輩のクラス応援してます」

「ありがとうウガミくん、ウガミくんも頑張ってね」

「……はい、それでは……失礼します」



 アキとの約束の時間が近づいていた、ということもある。

しかしそれ以上に、ウガミはただこの場から立ち去りたかった。

あの台詞はメグミのものとは思えなかった。


 外の空気は新鮮だが、夏ゆえの嫌な熱気もある。


 報復されるよ、と彼女は言った。

うろ覚えの聞き流した内容を思い出さないようにウガミは歩く。

その道中、足を止め、新鮮で熱い空気を少し大袈裟に肺に送り込んでみた。

スマホで時間を確認し、ウガミはほんの少し早く歩くことにした。




ありがとうございます。

励みになります。


次話は会話多めになります。

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