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20話  真意を言いたい。 1

大変遅くなりました。


今回も閲覧注意でお願いします。

犯罪描写アリです。


視点変わりまくり回です。読まなくても概ね大丈夫な回です。


よろしくお願いします。


 久しぶりに夢を見た。

この夢に限って、夢の中で夢を見ていると理解できる。

ただの映像の垂れ流し。過去と向き合わされるだけ。

どういう意味があって、こうなるのかはわからない。


 そう言えば去年の梅雨は今年よりもよく雨が降っていた。


 雨音の中に響く雑音。

ピーーーーと反応を知らせる電子機械音のようなものが耳の奥で暴れる。

「それ以上は死ぬぞ‼」

雑音がさらに耳をつんざく。邪魔をする。


 俺は死なないからさァ。もっとやろうよ。


 男の右目は完全に閉じていた。テコでも開かないほどの痛みが、痛覚が視界の提供を拒んでいた。

潰れかけた右側の眼球。涙なのか右目の周りをヌルリとする液が覆っていた。

頭部から流れる赤色は男の左側を染める。

左目は僅かに開いていた。その隙間から覗く景色は真っ赤なフィルターを通した世界。

眼前には立体感も距離感もなく揺れる歪んだ影があった。

口はパックリ開いている。首の筋がピンと伸びている。喉の奥はひどく熱くなんだか苦い味がする。

鼻を突き抜ける空気は、顔を中心から八方に切り裂くような鋭い痛み。

息苦しく、肩が忙しなく上下する。

腹部への打撃による内臓周りの神経の痙攣。男の体に酸素の供給は許されない。

男の顔にはチアノーゼがありありと浮き出ている。

脚は棒のようでありこの場から逃げることはできない。

何より男の意識下に「逃げる」という言葉はなかった。

男は壁に背を預けてかろうじて立つことができている半死半生の状態。

それでも「逃げたい」という言葉はなかった。

致命傷を回避してガードする肩も腕も感覚が鈍くなっていた。

自分を守る手段は拳を振り続けることのみ。

両の拳は紫色に禍々しく膨れあがる。やがてその紫色の拳も真っ赤に染まる。

真っ赤な染料の持ち主は自分一人ではない。染料の多くの提供者は眼前の多数の影である。

「やめろ」「やめてくれ」「悪かった」「……」

耳障りな雑音は頭を沸騰させるようだ。


 やめないよ。お互い様じゃないか。ずっと一緒にいてやるよ。


「……」

 影が全て横たわり、漏れる声もなくなると、男はコンクリート壁に背中を預けたまま腰を下ろした。

自力で立ち上がることはできないとわかっていたが、影が地面に這いつくばっているのを見てそれに倣った。

喧嘩両成敗とはなんていい響きだろうか。

いつ見ても、高揚と虚脱を覚える夢。

空から降り注ぐ弱い雨は何一つ洗い流してはくれない。

赤黒く歪んだ視界はボヤけるように白く明るくなる。


 この光は目で視ているものなのだろうか。



 早朝に目覚めたウガミは、見る人を不愉快にさせるような怖い顔つきだった。

自分では気づかないのだから直しようがない。

夢を見た朝はいつもこうである。渇きを覚えた体は水分を求めていた。

その欲求を満たすためにウガミはすぐさま体を起こして冷蔵庫の扉を開ける。

過去の映像を見ていただけ。その言葉を頭の中でただ繰り返した。









☆☆☆


 部屋の外から香ばしい朝食の香りがする。トーストとおそらくベーコンエッグだろうか。

空腹の腹部に左手を、眠気眼には右手を当てて部屋を出る。

今日もいつも通りの時間に起きて階段をゆっくりと降りる。

リビングルームの中、ダイニングテーブルにはお兄ちゃんがいた。

背筋を伸ばし椅子に腰掛ける姿はどこか色っぽい雰囲気を纏っている。

窓から入る朝の日射しはお兄ちゃんを照らすためのスポットライトのようである。

「おはよう、アキ」

「おはよう、お兄ちゃん」

ヨーは微笑みながら言う。

「朝食はこれで足りるかな?」

「もちろん足りる。ありがとう、お兄ちゃん」

昨夜から父さんと母さんは旅行へ出かけて家を開けている。いわゆる夫婦水入らずってやつだ。

兄妹は仲良く両親を見送り、これから三日間二人きりの生活。

「「いただきます」」

 二人は一緒に朝食をとる。

朝食のメニューはアキの予想がズバリ的中。二人が囲うテーブルの上には付け合わせのサラダも、小皿に盛られた干し葡萄入りのヨーグルトもあった。

アキは兄の料理を丁寧に咀嚼して味わう。

食事中はテレビから流れる朝のニュースを聞き流す。これもいつも通りだった。

【通り魔】という言葉がニュースから出て来たところでアキの目はテレビに釘付けになった。

通り魔なんてこの国のありふれた事件の一つ。今報道されているものだって、お兄ちゃんが被害にあった【通り魔】とは違うもの。

そもそも全国ニュースで報道するような規模だ。被害も手口も桁違いに陰惨なもの。

アキが向かいに座るヨーの方に視線をやると、そこに兄の姿はなかった。

アキからは見えない位置、キッチンの方から声がする。

「朝はオレンジジュースでいいよね?」

「……うん」

オレンジジュースの瓶とガラス製のコップを二つ取り出したヨーがテーブルに戻って来る。

ニュースは変わり、快活な女性の声が今日の天気予報を告げていた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

お兄ちゃんは微笑みを崩さない。

 今までなら、きっと……。

やめよう。

お兄ちゃんは私のことをわかってくれるし、信用してくれる。

でも私は……。

変わることが怖い。私は停滞を望んでいるのか。


 この兄にして、私は全くダメな妹である。










☆☆☆


 ヒューい


 すぼめた口から器用に奏でられる音色。

誰のためにも鳴らされたものではない、ただ一人で味わい楽しむためのもの。

口笛の合間に舌を転がして確かめる、今はもう治りかけている舌のかさぶた。

いずれは塞がってしまうだろう傷跡の凹凸を大切に今を楽しむ。

ローファーの足取りは軽く、ここのところ体の調子がいい。

自分では珍しいこと、鼻歌を奏でる。

ヨーは口笛から鼻歌に切り替えた。

お気に入りの曲を一つ、喉の奥で軽く鳴らしながら学校へ向かう。

周りの目を気にしていたら鼻歌なんかもできやしない。

太陽から注がれる熱も、地面から這い上がる気だるさもヨーの体にとって大きな負荷となる。

ヨーはワイシャツを着ていない。白い薄地のTシャツにスラックスという姿で登校している。

青空とTシャツの白は良く合う。まぁ、ワイシャツでも変わらないか。

ワイシャツは学校に着いた後で着ればいい。ヨーは熱の対処の方法として通学中はワイシャツを着ないことにしていた。

校則の1つにある登校時の制服着用を守らないことについて、悪いことだとは思わない。

校則と体調、どう考えても校則をねじ曲げる方が楽である。

自分が自分を一番正しいと思う。それが自分を守る一番の方法だとヨーは考えるようになっていた。

見上げれば青色の空に大きな白い入道雲。

……特に心配事もない。

今ヨーの中にあるとすれば、妹のアキと親友であるウガミのことだけだった。

二人は今夜会う約束がある。当事者にしかわからない考えがあるのだろう。

下手に干渉するべきでないと判断したヨーは後の楽しみとして一旦思考を保留する。

ツクツクボウシの鳴き声がヨーの耳を抜けていく。夏の喧騒が知らないうちにヨーを包んでいた。


 高校の昇降口でヨーは出会った。

ほんの一瞬目に入る。目の下に大きな隈をつけた人物。

一目でわかるその人物が持つ異質さ。

ヨーはその人物についてほんの少しだけを知っていた。


 1年A組の教室に入るとクラスの皆の声がする。

「おはよー」

スポーツ祭前日、挨拶が交わされるのどかな朝だった。










☆☆☆


 この世界はイカれてる。おかしい。そしてそれをひたすら隠す。

最近のニュースで、子どもが被害に合う事件がいくつも報道された。かと思えば、少年少女が加害者となる凶悪事件だって少なくない。

 

 視線を明後日の方向にやりながらユーコは今朝のニュースを思い出していた。


両手を粉砕すること、頭蓋骨を割ること、砕き折った歯の収集に執着する通り魔。

児童を狙って、麻薬やハーブを配布する謎の女たち。

自作した爆弾30個を通信販売していた中学生のサークル。

自分の手料理を口にしなかったという理由で恋人の両腕を切り落とした女子大生。

誘拐した女子小学生5人に全ての身仕度や身の回りの世話をさせていた男性会社員。

世界では食人を合法化させるという公約を掲げた新たな政党が注目されている。それを支援する世界的影響力のある有名人も出てきた。

 今朝のトップニュースは、小説【闇の写真収集家】の作者がミンチにされて殺された事件について。

発売からわずか2週間で1000万部を増刷発行した大ヒット小説。

モチーフは裏世界の住人、通り名は《写真収集家》。

人間が見たいと望む全ての画像を所持していると噂される人物。これは表層に出て来てしまったごく一部の情報。世界中のカメラをジャックしているとも、金さえ払えばどんな写真をも提供してくれると噂される人物。

ミンチ状になった作者の横には作者自身の手書きの言葉があった。

そこには、「愚者である私がミンチになるまでの5万点に及ぶ写真がある。1枚10億円で全世界に公開しよう」と書かれていた。

「書かれた文字は震えていた」と海外のリポーターが伝える。

その情報だけで作者がどんな状況にあったか容易に想像できてしまう。

きっと想像にもつかない悲劇なのだろう。

当然、小説【闇の写真収集家】は即日絶版となった。日本での発売を前日に控えた日の出来事。



 ため息が出る。欠伸の振りをして両手で口を押さえるが、吐き気を覚えそうな格好だと自分で思う。



 授業中、今日はうわの空に席につく生徒が多い。

この教室に限ったことではないと思う。明日はスポーツ祭で、それが楽しみなのだろう。

私も明日のことを考え、頭を切り替えたい。でもたまらなく不安になる。

世界が歪んでいっている気がしてならない。

戻りたい。全部なかったことにしてほしい。

知らないでいたかった。

皆が怖い。私は弱い。



 無意識のうちに両手を強く強く握りながらユーコはウガミを見ていた。


ユーコの目には、片腕で授業に励むウガミの様子が映っていた。



 ……彼は何なんだろう。





ありがとうございました。

励みになります。


ウガミ→アキ→ヨー→ユーコ の視点から書きました。


次話は【真意を言いたい。2】ウガミとアキの話になると思います。

更新はすごく遅いですがよろしくお願いします。

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