17話 星に願いを
いつも通りの胸糞注意の回です。
よろしくお願いします。
なんでこの人がここにいるんだろうか。
ウガミの前にはクラスメートが立っていた。
前髪を垂らし顔を伏せた姿でもわかったのは、教室でのいつもの視線が重なって見えたからか。
刺されるほど、同じ学校・同じクラスの女子から俺は恨まれている。
それがたった今わかった。
ここにクラスメートがいる理由なんてどうでも良かった。
痛みのせいか、
刃物で刺すほど自分の存在が邪魔だということが感じ取れたからか
ウガミの中にある色んな感情が一度に溢れ出して、それが決壊しそうになった。
言葉を補うなら
ウガミは自分でも気がつかないうちに泣きそうになっていた。
そんな狼狽しているウガミを
女生徒はただ冷えた目で見ていた。
自分だけは存在を否定しちゃいけない。
間違っても歪んでいても。
行動理由は自分の中に作る。
ウガミは自分が今どんな表情をしているかわからないまま、
初めてクラスメートを睨み付ける。
女生徒は目線を下げ、2本目の刃物を取り出して突っ込んできた。
ウガミは突っ込んでくる女生徒を右手で押さえつけるようとするが、
できなかった。
体が思うように動かない。
力が上手く入らなかった。
ヨーに殴られてから右腕の調子が良くなかった。
アキと店を出た後から体調が悪かった。
腕は病院で看てもらうべきだったな。
なんて考えている間に右腕に刃物が深く刺さる。
体に鋭い痛みが走る。
痛いし痺れる。
……痺れる?
痛みだけがウガミに冷静な思考を与える。
嫌な予感がする。
最初に気がつかなきゃいけなかったこと。
女生徒はウガミを刺しては後ろに下がって距離をとる。
そしてまた新しい刃物を取り出す。
ウガミの腹と腕には刃物が刺さった状態。
どういうことだ?
まったく嫌になる。
だから俺はバカなんだ。
生き残る。
それだけでいい。
痛みなんか慣れろ!
一つずつ確実にこなせばいい。
ウガミは集中する。
女生徒が例によって刃物を持って突っ込んでくる。
ウガミは歯を噛み締める。
息を止めて狙いをつける。
刃物を握る女生徒の両手を
右足で蹴りあげる。
刃物が宙に舞う。
運が良い。
そんなことを思ったのはいつ以来だろうか。
女生徒は後ろに尻餅をついた。
宙を舞った刃物はウガミの足元に落ちた。
ウガミは右膝を壊す覚悟で体を地面に近づける。
膝を曲げる暇なんてない。
右膝から落下・着地する。
膝は痛くない。壊れない。
俺はツイてる!
ウガミは左手で刃物を素早く取ると、刃の部分に持ちかえて、柄の部分を喉に突っ込んだ。
頭を低くし、
嗚咽とともに腹から湧き上がる吐物を周囲にまいた。
口の中に不快感が広がる。
喉が焼けるように熱い。
たくさん食べていたのが良かったのか、吐き終えた後には嫌に爽快感があった。
予想通りに目が覚めた。
それがすごく悲しい。
体が軽くなる。
胃から這い上がる独特の酸味。
眠気も怠さも吹っ飛んでいた。
ウガミは両膝を地面につけたまま
左肩を壁に預ける。
見るからに俺はグロッキーだよな。
見逃すワケないよな。
女生徒は立ち上がって、また刃物を取り出してウガミに突っ込む。
女生徒は刃物でウガミの首を刺しに来た。
まったくの単調
ワンパターン。
ウガミは首を右にずらして避ける。
そして女生徒の両手を頭と左側にある壁で挟む。
女生徒は堪らず刃物をはなす。
落とした刃物をウガミは奪う。
2本目!
ウガミの左手には2本の刃物。
さすがにもう刃物は持ってないだろ。
……右手が温かい。
血が腕から垂れてきている。
そう言えば腹も。
女生徒は後退してウガミと距離をとる。
手を忙しく動かしている。
確信に変わる。
もう刃物は無いようだ。
不安そうな女生徒の顔が、
想定外・緊急事態であることをウガミに示唆する。
さあ降参して、
早くどこかへ行ってくれ。
ウガミの願いも虚しく
女生徒は向かってくる。
女生徒はポッケから小さな缶を取り出して
ウガミの顔に突きつけようとする。
ウガミはそれを咄嗟に右手で弾いた。
ああ、やっぱり肘がゆるゆるだ。
落ちた缶はカラカラと音を鳴らして
二人から遠ざかるように転がっていく。
その直後、女生徒はウガミの上に覆い被さるように倒れた。
女生徒はウガミの流した血を間近で見て気を失ったらしい。
……ふう
ウガミはため息をつく。
缶は音を鳴らして転がる。
カラカラと鳴る音が鳴り止む。
「これはスプレー缶かな?」
「防犯用とか?」
大通りから声がした。
男の声。
足音からわかるフォーマルシューズ。
誰かがやって来る。
「何かあったのかな?」
ウガミの前に男が立って話しかけていた。
その男が大人だということはスーツ姿でわかった。
「大丈夫かい? 苦しそうだけど?」
女生徒と体が重なっているからか、
男からはウガミに刃物が刺さっているのも、血を流しているのも見えていないようだった。
何より店の間の狭い道、暗いのが良かった。
「大丈夫……です。友達が寝てしまったので介抱してるだけです」
「寝てるだけなので」
ウガミは考えながら頭の中でゆっくりと言葉を繋いだ。
怪しまれないように。
挙動から事件性を悟られないように。
体に刺さった刃物が見えないように。
「そうかそうか、大丈夫そうなら良かったよ」
「最近じゃ、この辺も物騒なんだから、気を付けて帰るんだよ」
「心配かけてすみません。それでは」
ウガミは女生徒を背中に担いで足早にその場を去る。
男はずっとウガミを見ていた。
背中が小さくなるまで。
歩き方から全てをずっと。
男は顔が疼くのを感じた。
初めて見たウガミの眼球の色に昂りを覚えずにはいられなかった。
「友達か。羨ましいな」
男はスプレー缶を握りながら、
ウガミと女生徒がいた狭い道の先、血痕と吐物を見ていた。
ウガミは広場を目指して歩く。
夜は静かで真っ暗。
ウガミはヨーに電話した。
スマホでなく、家の方へ。
スマホには怖くて電話がかけられなかった。最悪を考えてヨーの家に電話をかける。
ヨーはすぐに出た。
「今はアキといるの?」
「いない。ヨーに頼みがある」
「証拠隠滅したい。今すぐ××広場に来てくれ」
それだけで伝わる。
ウガミは自分の息が激しく乱れていることに気がついていない。
体が重いな。
何が原因なんだろうか。
考えようとしたが、ウガミは止めた。
全ての原因が自分に帰着する気がしたから。
広場への道中、
さっきの男を上手く欺けたかがウガミは気掛かりだった。
男はどんな顔をしていたか。
ウガミは男の顔を覚えていなかった。
たった一つ覚えていたこと。
男の瞳はとても綺麗だったということ。
☆☆☆
ヨーの目に映るもの。
ボロボロのウガミ、
気を失っているユーコ、
ウガミの左手にある綺麗な状態を保ったままの通学バッグ。
広場でヨーに女生徒を渡して
すぐに帰らせる。
ウガミはそれだけをした。
ウガミはヨーに一言
「アキから全部聞いてくれ」
とだけ言った。
ヨーがすごく心配したことも
救急車を呼んでくれたこともウガミはわかっていなかった。
ヨーを帰らせた後
その場に仰向けになったウガミは救急車を呼ぶためにスマホを取り出す。
夜は煩い。
ウガミは自身の耳鳴りに気づかない。
「余計なお節介かもしれないけどついてきちゃった」
「いい大人が、どんな理由であれ傷ついた子どもを放っておくなんて、そんなのは間違ってるからね」
ウガミが声のする方を向くと、そこにはさっきの男がいた。
「安心して。今、救急車を呼んだから。もうすぐ来るよ」
ウガミはその言葉を聞いてスマホをしまった。
もはや冷静な判断はできなくなっていた。
ウガミは男にすがるしかなかった。
「……通り魔が出て刺されました」
体に刺さる刃物を男に見せるようにウガミは言う。
ウガミはあらかじめ考えていた嘘を言った。
「これを抜いて刃物をどこかへ捨ててほしいんです」
ウガミはポッケの中にある2本を男に差し出す。
男はウガミの目をじっと見る。
今すぐにでも閉じてしまいそうな瞼。
一つため息をついて男は言った。
「これを抜いたら君は死んじゃうよ」
「私は君を助けたいんだ」
男は通勤鞄と見られるバッグからとても上等そうな包帯とハサミとラップと薬らしきものを取り出した。
ウガミの服を裂き、包帯を強く巻き付け体に食い込ませる。
男は薬と思われるものを両手に塗りたくる。
刃物と傷口をラップで覆う。
そして包帯で刃物を体に固定するように巻く。
男の応急処置は続く。
不安があったウガミも男の手際の良さに安堵した。
いい人だ。
ウガミは単純にそう思った。
ずっと強張っていた体が少しほぐれる。
ウガミから受け取った刃物を見せて男は言う。
「これの処分方法についてだけど」
男の声の調子は急に明るくなる。
「この刃物は私が貰ってもいいかな?」
「安心して。誰にも見せないし、誰にも渡さないと約束する」
ウガミに考える余裕、提案する余地はなかった。
「……それでお願いします」
救急車のサイレンが広場に近づくのがわかる。
「大丈夫……です。これ以上は迷惑をかけられないので」
「こっちも大丈夫だよ。君が救急車に運ばれるまで離れたところからちゃんと見ておくよ」
男は血で汚れた手や服、道具を淡々と処理しながら言った。
君へのスペシャルサービスだ。
男は頭の中でそう付け加えていた。
「ありがとう……ございました」
「どういたしまして」
ウガミの言葉に男は笑顔で返す。
男は声の調子と音量を下げて
顔を近づけて言う。
「一つだけ確認させて」
「遠くから君のことをずっと見ている人が一人いるね。多分女の子。挙動から察するに何か凶器を持っていると思う。どうする? その子が通り魔というなら私が捕まえに行くけど」
女の子というワードでウガミは生き返る。
「友達なんで……大丈夫です」
弁の立たないウガミは目で男に訴える。
「まぁ、その子のことも見ておくから君は安心していいよ」
「たくさん喋らせてごめんね。あと服も」
「それじゃあね」
男はそう言って
ウガミから離れていった。
幸か不幸か、
ウガミのぼやけた視界では男の顔をちゃんと見ることはできなかった。
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明日の期末試験
……勉強したんだけどなあ
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仰向けで見る空は真っ暗闇。
ウガミだけが大雨の中にいる。
体が冷たい。
温めて欲しい。
ぼんやりとした意識の中でウガミは光るものを見つけた。
☆☆☆
愚者であり強運。
私と彼は似ているかもしれない。
大金叩いちゃったなあ。
それについて男はまったく後悔していなかった。
まあ、後払いでイイヨネえ。
今はこの2本で我慢しよう。
また会えるかなあ?
サイレンが止む前には
街から血も吐物も綺麗さっぱりなくなっていた。
ありがとうございました。
この回好きかも!(個人の感想です)