15話 友達
遅くなりました。
よろしくお願いします。
ヨーは優しくて強い。
自分が壊れる選択をするほどに。
「殺す」という言葉を初めてヨーの口から聞いた。
もしかしたら、ヨーがずっと考えていたことかもしれない。
隠し続けていた殺意かもしれない。
ヨーという人間を誤解していたらしい。
理知的であり
遠回りを好むようでいて
どこか打算的である、
そう考えていた。
だが、そうじゃない。
感情任せに暴走する繊細なやつ。
ヨーに全幅の信頼を置き
ウガミはヨーから貰ったゴーグルを再びつける。
悪役に成りきれてないよ。
お前には似合わない。
俺が悪意を見せてやる。
そんでお前を悪の手から引き剥がしてやるよ。
ヨーが向かって来る。
ウガミの右腿を目掛けてヨーの左ローキック。
ウガミは冷静に右脚を開いて、膝で受ける。
どうだ。
俺の膝はお前のローキックくらいじゃびくともしない。
気にしないヨーは流れるような動きで、
右拳を下からえぐるように股間目掛けてアッパーカット。
脚を開かせたのか。
ウガミはカップを入れていた。
ヨーも知っているはず。
それでも躊躇いなく出されるパンチをウガミは貰ってしまった。
ヨーは生き返ったようだ。
先程と動きが雲泥の差。
さっきは意図的いや無意識にセーブしていたのか?
ヨーは強い。
その再認識をさせられる。
ウガミは数秒の間、足が止まる。
股間への衝撃はカップがあってもさすがに重い。
その間、ヨーは畳み込むのではなく、バックステップとしゃがみこむ動作を何度も繰り返した。
ウガミの下半身の自由がきくようになったと同時に、
ヨーが再び攻めこむ。
ヨーが右手を振る。
右手からは砂利、欠けたガラ、石が出てきた。
反応できた分、
ウガミは反射的に顔をガードしてしまった。
痛てえ。
ゴーグルがなかったらヤバかった。
ヨーはウガミの右側に回り込んでいる。
ヨーの左フックがウガミを襲う。
ウガミは右腕を捨てた。
ヨーの左を右肘でガードする。
超痛てえ。
ヨーは左手に石を握りこんでいるようだ。
ウガミは肘でヨーの拳にダメージを与えた。
動けッ。
石を強く握りこんで血が出るヨーの左手、
思い切り叩かれたウガミの右腕、
早く動いたのはウガミの方。
交換だ。
ウガミはヨーの左手首を3秒ほど強く握る。
それで十分。
数分間は使用不可能。
ウガミは握力を持ってして
ヨーから握力を奪った。
ヨーの左手、俺の右腕はもう使えない。
ヨーはことごとくウガミの裏をかく。
喧嘩慣れしているウガミですらもて余す。
左手にある石を捨て、
ヨーは血だらけの掌をなめる。
歯を立てて、咀嚼しているようにすら見える。
そんな異様な光景に
殺人犯にはない凄味を感じる。
これまでの全ての経験、知識を総動員させて合理的に俺の体を破壊しにきている。
おそらく何千何万と頭の中で組み立てられ、何度も何度も改良を重ねたヨーの戦闘スタイル。
その完成形。
ヨーは左手をなめながら、じっとこちらの様子を見ている。
そんな目で見ても俺は負けねえよ。
ウガミには負けない自信があった。
ヨーに負けないと考える最大の要因は体格の差だった。
ウガミはヨーより10cmほど身長が高い。
備え付けてる筋肉の量も。骨の太さも。攻撃可能距離も。
ウガミが勝る。
ヨーの理詰めの行動に対して
ウガミは恐怖や感覚、本能的な部分で対抗することにした。
思い切り叩けば、自分より小さい人間は簡単に壊れる。
当たり前だが、忘れがちであり大切なこと。
ウガミは忘れたことがない。
ヨーが突然動き出す。
動くのは口だけ。
何を意図した動きかわからず
ウガミは止まってしまった。
プュッ
ピチャッ
口から吐き出した血が
ウガミのゴーグルを赤く染めた。
……掌の血を利用したのか。
それにこの量と色。
舌を噛んで出た血も使ってる。
ああ。視界が狭くなる。
両目の視野が上半分だけになった。
ゴーグルの下半分がヨーの血で覆われた。
足技が来たらマズイ。
出所がまったく見えない状態。
もし頭を下げようものならヨーはきっと頭を叩きに来る。
左脇腹に衝撃が走る。
見えないのは辛い。
思い出すなぁ。
両目潰れかけで暴れたことを。
パァン
パァン
ヨーのローキックが炸裂。
ヨーは何度も繰り返しウガミの脚を潰しに来る。
痛い。
防具越しにもきくなあ。
ウガミの頭が下がる。
下がると同時にヨーの右拳が飛んでくる。
ヨーの右をウガミは左拳で叩く。
ヨーは何度も何度もウガミを叩く。その度にウガミが手で受け止める。
ウガミは攻撃に回らない。
パンチを防ぐも、ヨーの蹴りを避ける術がウガミにはない。
コメカミも飛び上がる。
ウガミは何度も体に蹴りを貰いながら一つずつモーションを盗む。
「お前の攻撃は軽すぎる」
「まったくきかないぞ」
「いつまでやるんだ?」
「……」
ヨーが見えなくなる。
グッ
タックルが来る。狙い通り。
ヨーの首を掴んで持ち上げる。
「苦しいだろ?」
ウガミはヨーの首を強く握ってすぐはなす。
ヨーが声をもらすと同時に、口に溜め込んでいた血がウガミの頭にかかる。
……
ヨーの表情から怒りが伝わってくる。
叩くならここ。
ウガミの本気の回し蹴り。
ビュンッ
ヨーが後退して避けたところに
左ストレート。
ブオンッ
耳の横、しっかりと風切り音を聴かせる。
ヨーの動きが鈍る。
動きに迷いが出始める。
じわじわハッタリがきき始める。
ウガミはくり返しヨーに轟音を聴かせる。覚えさせる。
驚くよなあ。
まさか、手加減されてただなんて。
屈辱だよな。
ヨーが右拳を構えて突っ込んでくる。
死ぬなよ。
ウガミは殺気と願いを込めて
渾身の右ストレートを
出す振りをした。
お前は気づいてない。
自分の強さに無自覚だ。
頓着が無い。
俺の右腕は肘でガードした時から死んでる。体中ボロボロだ。
それほど強いんだよ、お前は。
ヨーはウガミの右に対して、
右を重ねるライトクロス
当然食い付くよな。
ウガミの口の端が上がる。
ヨーの顔がみるみる青ざめる。
おせえよ。その反応。
殺気に恐怖したな。
ヨーは気づいたが勢いついた体は止まらない。
ウガミはヨーの右を掴むと、
そのまま押し倒して
肩固めをする。
我慢は辛いなあ。
体の節々が痛てえ。
貰い続けていたら……
それに、こんなに頭使うか? 喧嘩って。
ウガミはヨーを捕らえ安堵の息をもらす。
「起きろ! 目え覚ませ!」
「……起きてるよ」
「目え覚めたか?」
「うん」
気がつくと僕は空を見ていた。
大体察しがつく。
ウガミ君に体をおさえこまれている。
結局僕は何も取り戻せなかった。
どこかでわかっていた。
無駄に終わるって。
復讐して何もならないって。
わかっていたのに
無駄に悪戯に身勝手に人を痛めつけた。
僕は根っこの部分で悪なんだ。
疑いようがない。
友達にも手をかけた。
周りにたくさんの心配も迷惑もかけた。
きっと笑えない。
ああ涙が出そうだ。
泣きたくない。
笑うんだ。
くそ、
涙が止まらない。
暑くなった体はあれだけ水分を欲していたのに
涙腺を通して水を排出する。
空からにわか雨が降り注ぐ。
冷たい水滴は体から熱を奪った。
涙が止まらない。
静かに溢れ流れ落ちる。
拭う気もおきない。
これが僕の姿だ。
弱いくせに強がって周りを不幸にする。
頭が痛い。
気持ち悪い。
口の中は血の味がする。
☆☆☆
「お前を無事に回収するのが約束なんでな」
そう言ってウガミ君は片方に僕を
もう片方の腕に殺人犯である男を抱えた。
「……あ……………とう」
僕じゃない声。
男が礼を言ったようだ。
その先の言葉もはっきりと聞こえた。
「おまえも」
ウガミ君は男の声に気がつかない。
周囲に気を配りながら歩く。
ウガミが歩道橋へと向かっているのはヨーも男もなんとなくわかった。
静かな弱い雨音が耳に残る。
「おまえも」とは何だろう。
どういう意味なんだ。
僕もウガミ君に感謝しろってことか。
もしくは……
「お前はここにいて、警察に捕まれ」
「……あ」
ウガミの言葉に男は頷く。
ウガミ君は歩道橋の手すりに男が持っていた刃物を突き刺した。
もちろん男に刃物をひっこ抜く力なんて残っていない。逃げる気力すら無いだろう。
「ヨーはもう歩けるだろ?」
「うん」
歩道橋の階段下に男を置いて二人は階段を上がる。
ウガミ君が僕の手首を引っ張って階段を上がっていく。
さっきまでこの脚で立っていたことが信じられないほど、今にも絡まってしまいそうな感覚。階段につまづきそうな僕の足なんか気にも留めずにウガミ君は上がっていく。
そして歩道橋の上で止まる。
「あ。流れ星」
ウガミ君の指差す方向に目をやる。
「……」
空は暗くて何も見えない。
「冗談だ。俺も何も見えてない」
真っ赤なゴーグルを外しながらウガミ君は言った。
ウガミ君を見ると、無邪気な笑顔がそこにあった。
空の陰りがなくなる。
月明かりに照らされた彼の顔はとても穏やかで、今まで見てきた表情の中で一番かっこよかった。
黒塗りの目も、傷のある頬も、彼の雄々しさを際立たせている。
「大事なものは取り戻せたか?」
「……何も取り戻せなかった。ごめんねウガミ君」
「十分やったよ。ヨーは」
「ヨーは考え過ぎずに少しテキトーに生きるのがあってるよ。まぁ、これからも俺を頼っていいからな」
「ありがとう」
ウガミ君が背を向けて歩く。
それに続いて僕も階段を降りる。
「もちろん今日も家に泊まっていくだろ?」
「競走しないか。ゴールはアパート下の自販機前。負けた方がジュース一本おごりで!」
「はぁ?」
「よーい……」
「どんっ」
言い切ると同時にウガミ君は走り出した。本気だ。体が動かないなんて言い訳すらさせてもらえなかった。
ウガミ君の足は速い。ウガミ君は遥か前を走る。
彼はどう呼吸しているんだ。どう走っているんだ。
この距離を保つのが精一杯。
……追い付けばいいだけのこと。
僕はこの強さに憧れた。
目標は目の前だ。あと少し。あと少しで……
「俺の勝ち」
アパート下の自販機前
二人の、息を吸って吐く、あえぎ声が響く。
カシャッ
ウガミはスマホでヨーを撮影した。
「いい顔してるな。もう夜も平気だろ?」
僕のスマホが鳴る。
ウガミ君わざわざ写真を送らなくてもいいんじゃ……
スマホのメールを開く。
驚いた。
差出人は<アキ>だった。
件名は<写真見た>
本文は<おめでとう>
たった一言だった。
「お前の妹は返信が早すぎるよな。まぁ、おかげで俺もスマホの入力だけは早くなった」
そう言って僕を見てくすくす笑う男がいた。
彼の名前はウガミ。
僕の一番の友達。
彼と出会えて本当に良かった。
改めて思う。
僕はこれからも周りにたくさん心配も迷惑もかけて生きていくだろう。
その覚悟ができただけ僕は成長できたかな。
スマホの画面右上、時間表示に目をやる。
あと6時間もすれば朝が来る。
ずっと背けていた暗い夜が輝いて見える。
これから朝がやって来るなんて考えられない。
そんな夜があってもいいと思った。
僕達はアパートの中で話し合った。
この二週間でやった悪さについて。
どっちがより悪者だったかを誇示するような口振りで。
将来、酒を飲むときはこんなときなんだろう。そう思った。
寝ないまま
日の出を見届けて僕はそのまま家への帰りにつく。
制服に着替えて、
約二週間ぶりに高校へ行った。
休み明け初日
ヨーは授業中に初めて居眠りをした。
ありがとうございました。
次話から 期末試験の話 です。
2話か3話の構成になります。