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マタニティ・ブルー

作者: 羽生河四ノ

ディープブルーもあるし、マタニティブルーもあってもいいですよね?

 奈々美はブルーでした。

 「・・・」

 その日、その日も奈々美は物憂げな表情で窓際に置かれた椅子に座り、そこから外の世界を眺めていました。

 外界の世界は今日も天気がいい様でした。

 それから、

 「・・・」

 奈々美が住む家の前には塀がありましたが、その間を時折初々しい園児やら、小学生やらが通り抜けました。

 「・・・」

 奈々美は、そんな光景をただ黙って眺めていました。

 「・・・いい天気・・・」

 奈々美はつぶやきました。

 奈々美はブルーでした。

 とてもブルーでした。

 「・・・」

 奈々美はある瞬間、ふと思いついたように自らのお腹をさすりました。そこには新しい命が宿っています。

 奈々美は妊婦でした。

 お腹の中の胎児はもう八ヶ月になります。

 もうそろそろ、何時出産してもおかしくない時期になっていました。

 それはつまり『もう後に戻る事は出来ない』という事です。どのような選択をするにせよ、どのような未来をもたらすにせよ、とにかく生む以外無い。通常分娩にせよ、帝王切開にせよ。とにかく生む以外ない。

 そういう時期になっていました。

 奈々美はブルーでした。

 どうしてもブルーでした。


 彼女が妊娠した初期の頃は、とてもひどいつわりで本当に苦労しました。それに海の底まで沈んでいくかのような眠気が一定の間隔で体に押し寄せて、彼女にはそれに抗う術がありませんでした。

 その頃の彼女は起きている間の記憶というのが、つわりと眠気。それしかありませんでした。

 ただ、夫の献身的な支え、また周囲からの助け、そしてグレープフルーツを食べまくった結果、奈々美は何とかその時期を乗り切る事が出来ました。

 でも、彼女はブルーでした。

 安定期を向かえてつわりや眠気が幾分か収まり、胎児の鼓動がよりはっきりと分かる様になってきた為、子供が生まれたときの事を考えて夫と二人で様々な準備を行っている時も、

 彼女はブルーでした。

 周囲の誰か一人でも居てくれて、その人に気が向いてくれていれば、奈々美がそう感じる事も少なくなりましたが、でも一人で・・・お腹の中にいる胎児と二人きりになると、とたんに彼女は自分がブルーであった事を思い出すのでした。

 夜、不意に目を覚ました事も何度もありました。

 薄暗い室内、天井の模様、火災報知機、四隅、不安感

 形容しがたい不安感、

 言い知れぬ不安感、

 コップいっぱいの不安感、

 バケツいっぱいの不安感、

 バスタブにあふれる不安感、

 海のようないっぱいの不安感。

 彼女はブルーでした。

 奈々美はずっとブルーでした。


 「・・・」

 菜々美目を開けると、彼女は窓辺に置かれ椅子に、外界からの暖かい陽光を浴びながら座っていました。

自分のお腹を見ると、ソレは膨らんでいました。

 八ヶ月です。

 もう何時産まれてもおかしくありません。今日か?明日か?明後日か?一ヵ月後か?三ヵ月後か?もう何時であってもおかしくありませんでした。

 でも、彼女は、奈々美はブルーでした。

 奈々美の夫は彼女の事を献身的に支え、助けてくれました。夫は優しく、彼女には不安なんて何一つありませんでした。

 周囲の人々も皆、この夫婦を応援して助けてくれました。

 夫婦生活にも何も問題はありませんでした。

 経済的なことも何一つとして不安はありませんでした。

 世界は平和でした。

 奈々美、彼女は幸福でした。

 彼女は幸福の只中にいて、平和に包まれ、とてもいい世界で子供を産めることが出来ました。

 本当に、幸せな、とても幸せな世界に。


 しかし、

 それでも、

 彼女は、奈々美はブルーでした。

 彼女は木漏れ日溢れる窓際の椅子に座ったまま、自分のお腹に手当てました。八ヶ月です。だからもうそこには、確かな胎児の鼓動があります。

 「・・・本当に産まれてくるの?」

 奈々美はお腹に手を当てたまま問いかけました。


 ドクン。


 彼女の中の胎児はその問いに答えるように、動きました。

 「・・・」

 彼女はソレを受けて、また目をつぶりました。


 彼女はブルーでした。

 半年前まで彼女は、奈々美は本当にブルーでした。

 「●●戦隊~レンジャー」のブルーとして彼女は仲間と共に悪と戦っていました。

 光線銃も撃ちましたし、ソードも構えました。自分だけのロボットにも乗りましたし、合体してのカタカナの技で巨大化した敵を爆破したりもしていました。

 そして、今のこの世界が平和であるのは、奈々美達、彼女とその仲間が戦い、悪を滅ぼしたからでした。


 でも、


 その最後の戦いでブルーである奈々美以外の仲間は皆死にました。

 そうしなければ悪の皇帝を倒す事が出来なかったからです。


 巨大化した悪の皇帝との戦い、最後の戦いの直前、ブルー、奈々美は合体ロボから降ろされました。


 「なんで、私も戦う、最後まで戦う」

 奈々美、ブルーは言いました。


 「だめだ」

 レッドは彼女に言いました。

 「何で、どうしてよ!ここまで一緒に戦ってきて、どうして今になって私だけ戦えないの!お願い、私も戦いたい、一緒に戦う!最後までみんな一緒って言ったじゃない!」

 奈々美、ブルーは泣いて懇願しました。

 「お前には新しい使命があるだろ?」

 レッドは言いました。

 奈々美はその時すでに新しい命を授かっていました。

 「そんな事今はどうでもいい。私だってみんなと一緒に戦ってきた。ソレなのに・・・」


 「何、お前がいなくても楽勝だ」

 イエローは笑いながら言いました。

 「帰ってきたら祝賀会だな」

 グリーンも笑いました。

 「あなたも一緒に戦う。応援してよ。そうでしょうブルー?」

 ピンクも言いました。


 「そんなの・・・」

 奈々美、ブルーは子供のように泣いていました。


 「大丈夫だ。絶対に大丈夫」

 レッドは言いました。


 そしてその結果、奈々美、ブルーだけが生き残りました。


 悪の攻撃から都市を守る為に皇帝の猛攻をすべてその身にうけた仲間達の合体ロボは最後の力を振り絞り悪の皇帝と共に自爆をする以外、他に方法がありませんでした。


 仲間達の乗ったロボは悪の皇帝と一緒に月の向こう側まで飛んで行き、そしてそこで爆発しました。


 「・・・」

 奈々美、ブルーはショックでその場に崩れ落ち、意識を失いました。それから一週間、奈々美、ブルーの意識は戻りませんでした。



 奈々美、ブルーは目を開けて窓の外を眺めました。

 外界の世界はすでに夕方になりつつありました。

 「日が短くなっているんだ」

 奈々美はそんな事を思いました。


 奈々美はまた自分のお腹に手を置きました。

 「・・・」

 そこからはもうすぐ産まれるという確かな意志、鼓動が感じられました。


 奈々美、ブルーがあのショックで子供を流さなかったのは僥倖です。さすがヒーローだったというべきでしょう。しかし、その為に奈々美は思うのでした。


 自分は仲間を犠牲にして、この子供を産むのではないか?


 悪の居なくなった平和な世界、


 その平和な世界は自分達が作ったもの。戦えない人間を守りながら、一回でも負けたら終わりの戦いを延々と続けてきた。だって自分達しか戦えなかったから。悪との戦いを、私達だけが出来たから。


 でも、


 もしかしたら私はずっと怖かったのではないか?


 戦うことが。


 もちろん、そんな事誰にも言った事はない。


 そんな事を言ってしまったら、皆を失望させてしまうだろう。


 だから、気がつかない様にして必死で戦ってきた。


 でも、


 私はずっと怖かった。


 最初は私自身そんな事考えなかった。


 でも、


 戦っていくうちに、私は怖くなっていったのではないか?


 負けられない戦いを何時までも続けていく事が、


 私は、


 だから、私は、こうして子供を身篭った。身篭ってしまったのではないか?


 戦わなくても仕方がないと思われる為に。


 私は。


 私は。


 ああなると分かっていて、


 私は、


 私が殺した?


 仲間を?


 ずっと一緒に戦ってきた仲間を・・・。




 世界は平和でした。


 犠牲は出たものの、悪は倒され、この世界は平和になったのでした。


 死ぬほどの平和です。


 天国のような、極楽のような、あるいは『蜘蛛の糸』のお釈迦様が居た場所のような、


 とても平和な世界です。


 それは奈々美、ブルーと死んだ仲間達が苦労して、苦労して、必死になって、命を掛けて、悪の組織から手に入れた平和です。


 だから、その時以降にこの世に生まれた子供はもう一生平和に生きていけるでしょう。


 でも、


 完全に平和な世界だからこそ、


 奈々美、ブルーには、その完全なる平和がとても馬鹿げている様に思えるのです。





一年ごとに新しい悪出てくるけどね。ニチアサで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 奈々美が何故、こんなにもブルーなのか。その謎がずっと続いていく、ゆったりしたストーリーの流れが良かったです。優しい夫と周囲の人に恵まれ、それなのにいつまでもブルーな奈々美、あんまりブルー続…
2019/10/19 10:27 退会済み
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