久しぶりの同期会で
「おっつかれさま~」
入庁して6カ月。今日は久々の同期会だ。
「なんか、ちょっとみんな久しぶりね?」
「沖田君太った??」
和やかな雰囲気で会は始まっていった。
「真田君は企画経営課でしょう?凄いわよね?憧れるわ」
「いや、企画経営って言ってもやらされているのは雑用ばっかりだし…。」
「それでも凄いわよ~、将来の出世候補じゃない?」
「どういう基準で配属先が決められたのかは分かんないけど、まぁ、ウチの市長女だしねぇ。イケメンは徳だったりして」
一瞬、渚の言葉が過る。
嫌な憶測。
真田は言葉に詰まった。
「ヤダァ?僻み??男の嫉妬はダサいわよ??」
「ばっ!…違っ!そんなんじゃねぇし!」
「じゃあ何なのよ??」
自分が答えなくとも話が進んでいったのをいいことに、真田は会話からフェイドアウトしていった。
正直、新入社員で企画経営に配属されたからって、どうということはない。
実績だって、評価だって何もないんだから。
ただ、真田自身もなんで自分があの部署に配属されたのか疑問だった。
…別に大学で企画や経営を学んできたわけでもないんだけどなぁ。どちらかと言うと数字は苦手だし。
「真田君、飲んでるぅ?」
保険年金課の寺西富美華がいつの間にか真田の隣に居た。
同期の女性陣が一斉に舌打ちした事に真田は気づいていない。
「あぁ、まぁ。寺西さんは?お酒は強いの?」
富美華は同期の女子の中でも1、2を争う綺麗どころだ。肩までかかる薄茶色の髪はゆるくカールされていて、卵型の顔に良く似合っている。目鼻立ちもハッキリとしていて、マスカラもアイラインもしっかりとかいてある。
ぷっくりとした唇はグロスだろうか。艶があり、魅力的だった。
「うーん、私はあんまり強くないかも……酔っちゃったらごめんねぇ??」
上目遣いで真田を見つめる。
女性陣が一斉に嘘つけ!この前、芋焼酎ロックでのんでただろう!?と心でツッコンでいた事には当然真田は気づいていない。
「安心してよ、寺西さんが酔っちゃったら俺が責任持って送ってくから!心配しないで!」
そこに梶が割り込んできた。
「あー、うん、ありがとう…」
「ねぇねぇ、寺西さんってさぁ…」
富美華が明らかに嫌そうな顔をしている事に梶は気づいていない。
真田はこれ幸いと思い、すっと席を立ち、沖田の隣りに移動した。
沖田は穏やかでいて、同期の中でも一番落ち着く雰囲気を持っている。沖田は市民課だ。なるほど。こんな人が窓口なら、市民も安心しそうだ。
「梶は明らかに寺西さん狙いだな、わかりやすいな〜」
沖田が感心した様に真田に言う。
「もう新人研修の時からな」
真田が笑って答える。
「どうよ?企画経営課は。うまくやってんの?あそこの部署はいつも遅いらしいな。市役所とは思えんよ」
笑いながら真田のグラスに瓶ビールを継ぎ足しながら沖田が聞く。
「まぁ、ぼちぼちかなぁ。先輩達は遅いみたいだけど、俺は早く帰らせて貰ってるからなぁ。中々仕事を任せてもらえないしね。」
真田が沖田のグラスにビールを注ぎ返す。
「俺だって似たようなもんさ。新人なんてみんな似たようなもんだろ?」
「まあ…なぁ」
それでも何かいつも蚊帳の外な対応に真田は少し焦りを感じていた。
しかし、下手に同期に言えば嫌味にとられる場合もある。もちろん、沖田はそんな風にはとらないと思うが。
「そういえば、真田のOJTの…神谷さん?あの人って昔、国の省庁に出向に行ってたらしいなぁ。県への出向はわりと多いらしいんだけど、国はうちの市では少ないらしいね。神谷さん含め数人しかいないって…。なあっ、神谷さんってどんな人?やっぱり仕事できるの??」
真田は普通に驚いた。
そんなの初耳だった。
国?あの神谷さんが?いや、確かに仕事はできると思うけど、そんな事一言も言ってなかったし。…もとい、自分でわざわざ言わないかもしれないが。周りだってそんな話題一言も…。
「なぁ?真田?」
返事をしない真田を沖田が訝しがる。
「あぁ!…えっと、まあ、仕事のスピードも速いと思うよ。なんて言うか、言われた仕事は着実にこなす、みたいな…」
「へぇー、やっぱり仕事できるから国とか行かせて貰えたんだろうね。」
「そうなんだろうな」
真田はこれまでのOJTとしての神谷を思い起こしていた。
いつも冷静。仕事は淡々とこなす。完璧な行政文書。わりと仕事はがっつり預けてくるが、質問すれば丁寧に答えてくれるし、残業になりそうな時はさりげなく手伝ってくれる。
ただ、どこか…。
「やっぱり、公務員ってのは真面目に言われた仕事を着実にやるような人間が評価されるのかね?」
真田達の話を聞いていた瀬野が口を挟む。
瀬野は同期の中でも少し独特な雰囲気を持つ。アウトローな感じだ。ツーブロックの髪型は耳の後ろまで刈り込まれている。ピアスホールは両耳合わせて5つ。市民課ならアウトだろう。
「なぁーんか、思ってた仕事と違うんだよなぁ」
瀬野は廃棄物対策課だ。
廃棄物といってもゴミの分別から不法投棄、市道にある落下物の処理など実に様々だ。
この前は市道にある猫の死体を片付けたらしい。
「俺がしたかった仕事ってコレなんかなぁ?みたいなさぁ…」
みんな段々と酔ってきているようだ。
基本的には、どこで誰が聞いているかもわからないので、仕事の話はしない。したとしても、市役所職員とわかるような話はしないのが鉄則だ。
だが、同期で集まればどうしても仕事の話になってしまう。
「アタシなんて、この前おじいちゃんに永遠とお説教されちゃって。俺の若い頃はどーだとか、市民の血税を正しく使っているのかとか…」
市民課の棚橋も続く。
「俺もさー」「アタシもー」
こうなると愚痴は止まらなくなる。
みんな口々に日頃の不満を口にしだした。
だが、次の瞬間の一言でその場が静まり返った。
発したのは生活支援課の弓野だった。
「みんな、まだマシだよ。俺なんて、人殺しって言われちゃたよ」
…?!
弓野が力なく笑う。
しかしながら、その場の誰もが笑っていいものか判断がつかなかった。
弓野はポツリ、ポツリと話し始めた。
一同は弓野の話を静かに聞き入った。