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防護警報までについて


 日向アオイを教室に迎え入れた後、太田はいくつかの注意事項―防護警報が多いので注意すること。学校の近くに新しいシェルターができたこと。夏風邪に気を付けること、などを述べて、教室を出て、代わりに数学の豊田が入ってきた。

 豊田は、平等な決してえこひいきをしない教師である。生徒に平等に関心がない。彼は授業の時間を黒板に文字を書く時間と考えている節がある。

 今日もいつもどおり、黒板に数式を書き、そして生徒に問題を解かせている間に、新しい板書をする。生徒のほうは見ない。

 それは生徒にとって好都合なことで、この時間は騒ぎさえしなければ何をしても怒られない。

 最初、久信は、宿題―浅野春香の言うところの割り当て―をやろうとしていた。だけど集中できない。

 視線は自ずから、日向アオイのもとへ向かう。

 彼女の席はちょうど一つ机を挟んで斜め前、教室の中央にある。

 確かに、あの時バスターミナルであった女の子に違いない。

 真剣に、ノートを書いているようだ。

 時々、豊田の黒板を書くスピードについていけず、焦っていた。

 相変わらずおどおどしている。

 そもそも向こうは、僕のことを覚えているだろうか。

 覚えていないなら覚えていないでそれでいいだろう。

 気持ちを切り替えて、黒板の数字の羅列に立ち向かう。

 数字が、よけて踊りだした頃、ベルが鳴り豊田が出て、十分後英語の久尾が入ってくる。

 英語、国語、公民すべては休みなどなかったかのように順調に進み、夏休み明けの寝ぼけて、怠けきった体には丁度疲れがたまってきた。

「村野、昼めし食うぞ」

 石川が尾崎と机をくっつけながら、言う。

 あいつらにはいろいろ言いたいことがあるので素直に弁当袋と椅子を持ってそこに向かう。

「どうだ?」

 尾崎が、カレーパンの袋を破りながら言う。

「どうってなにが?」

 久信が返す。

「日向だよ、日向アオイ」

 尾崎がゆで卵を箸に突き刺しながら、顎で教室中央の席を顎で指した。

 ああ。

 何人かの女の子に囲まれている。中には浅野春香もいた。

 一緒にお昼を食べる相談をしているらしい。

「どうって、転校生らしいね」

 弁当箱のふたを開けながら答える。豚のしょうが焼きに、卵焼き、ホウレン草のソテー、ひじきの煮付け、昨日の残りのコロッケ半分。あとはバナナが一本袋に入っていた。

「昨日来たんだ。昨日はほかのクラスの奴も見に来たんだぜ」

 人の弁当箱からおかずを盗もうとしながら石川は言った。

「まあ、覗きに来たくなるのはわからんでもないが、なんもしゃべらんのはいただけんな」

 野崎の興味はすでに、二つ目の菓子パンに移っていたらしく、甘ったるそうなメロンパンの袋の製品表示を読んでいる。

「しゃべらない?」

 聞き返すと、石川が声のトーンを落として、

「ああ、絶望的にしゃべらん。昨日と今日で聞いたのは、あー、えー、うん。これだけだ」

 彼女のほうを見いてみると、確かにクラスの女子に囲まれながら、何か栄養補助食品のようなものをうつむきがちに口に運んでいるが会派が弾んでいる様子はない。

 何か聞かれて、それに首を振るか頷くかそれだけで答えている。

「おおかたどこかに声帯を置き忘れてきたんだろうよ」

「確かにありあるかもしれないな。例えば彼女がアンドロイドだとしたらな」

 尾崎の言葉に石川がよくわからないことを言う。

 それが面白かったのか尾崎が、

「ほら、アンドロイドが動き出したぞ」

 と馬鹿なことを言って笑う。

 つられて、視線の先を見ると日向アオイが立ち上がって、教室を見渡している。

 例のごとく何も言わずに立ち上がったらしく、周りの女子が少々戸惑っていた。

「どこいくんだろう」

 そりゃあ、お花摘みさ。石川が応える。

 だが違った。

 彼女はこっちに向かってくる。

 そして


「村野?」


 なんで呼び捨てなんだ。

 なんでこのタイミングなんだ。

 言いたいことはいろいろあるが、

「ああ、えっと君は」

 そう、このあの時予想したように

「あの時はありがとう、これからもよろしく」

 何でもない会話をする。

 予想と違ったのはそれだけでも十分注目を浴びるに値することであった。

 それだけ言うと彼女は再び中央の机に戻る。

 久信はしばらく茫然とした。

「村野、とりあえずバナナは没収な」

 石川が大分黒くなったバナナを勝手に剥いている。

 第三種防護警報が発令されたことが、校内放送で流れてきたのはすぐ後だった。


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