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恐怖  作者: 仲島香保里
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悪夢を見た

 あ……あぁ助けてくれ……助けてくれぇ!

 男の低い声が裏返り、耳をつんざくような悲鳴に変わる。その声が、なんとも心地よい。慌てふためく男の態度とは正反対に、自分は落ち着き払っている。慌てることなく、歩みを緩めることもなく、自然な歩みで、彼――「獲物」に近づく。

 や、やめてくれ!来るな!来ないでくれぇ!

 叫びながら彼は振り返る余裕もないのだろう。前のめりになりながらカバンも放り出して逃げていく。中に携帯も入っているだろうに。

 おや。何につまずいたのだろう?こんな何もないようなところで?勝手に転んでくれたではないか。なんとも無様な転がり様だ。これだけでも楽しめるというものだ。なんとも面白い。パニックのあまり、我を忘れた人間の行動は予測ができないようで、案外思っていた通りだったりするのだ。

 そこそこに距離があるのだから、立ち上がり、逃げ出せばよいものを。ゆっくりとしか歩かない自分を迎えてくれているかのように、地面に尻餅をついた姿勢で待ってくれている。

 彼の目は、自分の顔と、右手に持ったそれに釘付けだ。しかし、すぐには殺さない。そんなもったいないことはできない。発声はしないものの、自分の口元には、彼の悲鳴への満足と、これから起こるであろう出来事への期待で歪むような笑みが浮かんでいるのがわかる。

自分は、目の前にいる何の抵抗手段も持たない獲物に対して、慈悲というものの欠片も持ち合わせてはいなかった。

 右手に持ったそれを振りかざし……


 激しい深呼吸を繰り返しながら飛び起きる。はぁはぁと肩で息をし、ベッドに上半身を起こしたまま吹き出す汗を掌で拭う。首周りは汗でぐっしょりと濡れている。

 しばらくじっと目を閉じ、呼吸を整えることに集中する。なんとか呼吸は正常に戻ったが、動悸は収まらない。しかし、なんと目覚めの悪い夢なのだろう。人を殺そうとする夢など……

 あの夢の中で私が追いかけていた男の人は誰なのだろう?顔は見えなかった。でも、追いかけているということは、「この人」と狙いをつけている……はずだ。

 夢の終盤で私は転んだ男に対して右手を挙げていた。何を持っていたのだろう?思い出すのは怖いのだが、このまま思い出さないのも居心地が悪い。

 って、もうこんな時間。そんなことを長々と思い返している暇はない。早く朝ごはんと食べなければ。

 食パンをトースターに放り込み、ケトルで湯を沸かす。そのわずか数分の間に汗で湿ったパジャマを洗濯機に投げ込み、下着をつけ、ブラウスとスカートとストッキングまで身につける。この早業は社会人になってから身に付けた離れ業だった。大学生時代こそ、一時限目から始まる曜日など四年間でほとんどなかった。のんびり起きてきて、のんびり朝ごはんを食べ、カメ顔負けの鈍さで準備をしてギリギリ講義に間に合っていたのだ。

よし。メイクとヘアとジャケットは朝ごはんの後だ。

 あっという間にパンが焼け、湯が沸いた。マグカップにインスタントコーヒーをスプーン二杯分と同量の砂糖を入れ湯を注ぐ。冷ます時間を短縮させるために氷を入れる。冷蔵庫からジャムを出して適当に塗り、キッチンで立ったままパンとコーヒーを流し込む。思った以上のコーヒーの熱さに驚きながらも、パンが焼ける時間よりも短い時間で食べ終わる。

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