第4話
ごめんなさい、もう少しで人里にいきます
さて、手からビームを出せたところで、肝心の火はつかない。
しかも力を籠めるとせっかく集めた木を壊してしまうから、慎重に手加減しなきゃいけない。
これが難しいのなんのって、結局五本ほど木を壊したところで諦めてしまった。
「こりゃだめだ。仕方ない、草を集めよう」
「はい」
俺とエミは周りにたくさん生えている草を集めまわった。
しかし、さすがにベッドを作れるほど集めるのには時間がかかる。
と言うより本当に集まるのか、これ?
黙々と一時間かけて集めたけど、ベッドどころか枕くらいのサイズにしかならなかった。
すでに辺りは真っ暗……ではなく、それなりに明るい。東京の夜みたいだ。
おかげで視界は良好だが、それだけだ。
「これは無理だな。正直舐めてた」
「……さすがに疲れた」
腰を落としてしゃがみ込んでいるエミ。
ずっと泣いてたし、かなり体力を削ってたのだろう。
「しかしどうするか。火も起こせない、草も集まらない、これじゃ一晩中寒空の下で過ごすことになるな」
「ちょっと寒い」
「湖の側だし、多分これからもっと寒くなるよな」
雪山ならよくあるパターンは裸で抱き合うことだけど、それはかまくらを作って風避け出来るからだ。
そんなものがない、こんな広々とした場所で裸になったら凍死するだろ。
かといってまだ俺は一晩くらい徹夜しても大丈夫だが、エミはそろそろ体力的に辛そうだ。
寝ないと明日がきつい。
林のほうへ行くべきか?
いや、林の中だと視界が悪い。何かに襲われたら致命的だ。
木の上に登ればいいか?
でも寝ている時に下に落ちたら目も当てられない。
ロープがあれば縛って固定できるが、そんなもの無いしな。
困った、八方塞じゃないか。
まあそこそこ草は集まっているし、ベッドを作るほどの量はないけど、足くらいなら隠せるだろう。
「エミ、ちょっとここに座って」
「え?」
「寒いだろ? せっかく草を集めたんだし、これ足に乗せればそこそこ暖かくなるだろ」
「でもそれじゃカゲロウさんが」
「俺は北陸生まれだ。これくらいの気温なら、まだ余裕さ」
「……はい、じゃあお言葉に甘えて」
座らせたエミの足に草を乗せたあと、背中合わせになるように俺も座った。
互いに何も話さず、時間が過ぎていく。
「……ありがとうございます」
どれくらい時間が過ぎただろうか、突然ぽつりとエミが呟いた。
「ん? 何がだ?」
「風、あたしに当たらないよう風上に座ってくれて」
「偶然だ」
「それと……たくさん迷惑かけて、ごめんなさい」
「子供は大人に迷惑をかけながら成長していくもんだ。俺もガキの頃、たくさん親に迷惑かけたしな」
そして再び沈黙が場を支配する。
空を見上げると、満天の星空が……見えなかった。
今気がついたが、月がでけぇ。しかも二個もある。
これなら確かに東京の夜なみに明るいだろうし、星も見えないよな。
そもそも星ってあるのか?
まあ太陽だってあったことだし、星も月があれだけ明るくなければ見えてるだろう。
やはり地球と同じような環境でないと、生命は誕生しないもんなんだな。
酸素濃度だって、普通に俺は呼吸できているから地球と変わらないんだろうし。
と、つらつら考えていると「あたし……不安で、どうしていいかわからなくって」と、か細い声が背後から聞こえてきた。
「俺だってどうしていいかわからん。でも、不安なままいるより、明るく考えていたほうがマシだろ。ポジティブ思考さ」
「うん、そうだよね」
「そういや、エミってどこから飛ばされたんだ?」
「学校が終わって家に戻って、少し眠かったからベッドで寝ていて。それで起きたらカゲロウさんがいた」
「ああ、そんな状況じゃ確かに驚くよな」
「しかも耳大きいし」
確かに俺が部屋の布団で寝ていて、起きたら目の前に耳の大きな女の子が居れば。
……それは思わず写真撮りそうになるな。
しかし学校から帰って寝てた、ということは夜になっても不思議じゃない。
俺は確か定時速攻あがりだったから十八時半くらいだったよな。
となると、同じ時間か。
ならば場所はどうなんだろう。
「そういやどこに住んでいるんだ? 俺は東京の新橋から飛ばされたんだが」
その言葉を聞いたエミは、いきなりこっちを振り向いてきた。
「え、新橋? あたしも新橋」
「マジで?! というか新橋って人が住んでいたんだ」
「失礼な! ちゃんと住んでいる人いますよっ!」
「だってあの辺ってオフィス街じゃん。他は飲み屋が多いくらいで」
「家が飲み屋やってるんです。ずっと昔から住んでいますよ」
「へぇ、看板娘ってやつか?」
「やりませんよ。営業時間外に掃除するくらいです」
なるほど、さすがに娘とはいえ高校生だし、営業時間内だと色々と問題があるんだろうな。
それにしても同じ時間で同じ場所か。まさかとは思うが、すぐ側だったりしないか?
頭の中に地図を思い浮かべ、俺が最後にいた場所を思い出す。
確かあそこには……。
「もしかして、○×っていう飲み屋か?」
「その向かいにある店です」
あの辺りは細い路地になっている。
向かい側の店にエミが寝ていたとすれば、直線距離なら十メートルも離れていないはずだ。
「まさかうちの前に来ていたんですか?」
「ああ、大体その辺りを歩いていた。そしてそこから突然こっちに飛ばされたんだ」
じゃあなんで俺とエミだけここにいるんだ?
裏路地だし表に比べれば人は少ないものの、金曜の夜だけあって他にも歩いている人はそれなりにいた。
たまたま俺とエミがすぐ側に飛ばされただけで、他の人も同時にどこかへ飛ばされたのか?
考えていても答えは出ないが……。
「じゃああたしたち以外にも、こっちに飛ばされた人がいる?」
「断言は出来ないけど、その可能性は高いだろう」
「じゃあ……じゃあお母さんもこっちに来ているかも!」
あ、そうか。飲み屋やってるくらいだから、エミの両親も家にいたのか。
「探さないと」
「ちょっとまて!」
唐突に立ち上がったエミの腕を引っ張ってとめる。
「なんで邪魔するの?!」
鬼のような形相とはこのことだろう。
まるで親の敵に出会ったように叫ぶエミ。
そんな彼女に対し、努めて冷静な口調で話し始めた。
「アテはあるのか?」
「あるわけないよ! でもっ!」
「こっちの世界がどうなっているのかさっぱりわからないんだぞ? 闇雲に探したって見つけるのは不可能だろう」
「……でもっ!」
「もしここが地球と同じ大きさの星と仮定して、俺たちがいる場所が日本、エミのお母さんがヨーロッパに飛ばされていたら、見つけられるか?」
「…………」
「ならば俺たちのやることは、まず情報収集だ。ここがどんな世界なのか、人が住んでいるのか、危険はないのか、色々と調べることはあるだろう」
「…………」
「焦る気持ちは分かる。そりゃ俺だって自分の親がこっちに飛ばされてたら、すぐにでも探したくなるよ。でもここは堪えるところだ。こんな夜にさ迷っていたらどんな危険が潜んでいるか分からないだろ」
「……わかってるわよ、それくらい」
「じゃあまずは落ち着くことだ。そして明日の朝、ここを出て人里を探そう。エミのお母さんだってこんなところに飛ばされたら、まずは人里を探すはずだ。運が良ければ出会える」
「……はい」
渋々ながら彼女は座り込んだ。
しかしエミの目は感情と理性が鬩ぎあっているように見える。
こりゃ下手すれば、夜中一人で探しに行きそうだ。
今夜は徹夜で見張っていよう。