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第1話

「なっ、なんだここは?!」


 静かな湖畔で風光明媚、そう言えるような風景だ。

 透き通るような水に陽光が煌いて輝いている。

 風が吹いて草が靡き、背後に茂る木々から木の葉が揺れる音が聞こえてきた。


 おかしい。さっきまで俺は同僚の結婚祝いに新橋へ飲みに行く最中だったはずだ。

 もちろん仕事が終わった後だから夜のはずが、今は太陽がさんさんと輝いている昼間だ。

 そして暑くない。

 今の季節は七月下旬。夜でも蒸し暑く感じる時期なのだが、気温は二十度を下回っているくらいに感じる。

 四月くらいの気温だ。


 はっと気がつき慌てて自分の格好を見てみるが、普段どおりのくたびれた紺色のスーツ姿だった。

 そういえば片手には愛用のカバンも持っている。

 カバンをあけて中を確認する。

 財布、定期、筆記用具に会議用の手帳、スマートフォン、そして趣味で持ち歩いている小さいコンパクトデジタルカメラが入っている。

 無くなっているものはなく、中身はそのままだ。

 安堵してカバンを仕舞おうとした時、ふと気がついた。


 ……スマートフォンだ!


 ここがどこかは知らないけど、電波さえ届けば。

 そう祈りつつスマートフォンを確認したが、残念ながら圏外だった。

 地図を起動したけどGPSも全く反応がない。


「本当にどこだよここ。日本じゃないのか?」


 日本国内であれば、山奥でも無い限り電波が届かないなんてことはない。

 改めて周囲を見渡すと、草むらの陰に誰かが倒れているのが見えた。

 ん? 誰だろう。

 俺は倒れている人の近くへと歩み寄った。


 その倒れている人は女の子だった。

 半そでの白いシャツを着ていて、チェック柄の短いスカート、エナメル製の靴に白い靴下を履いている。

 いわゆる女子高校生だ。

 近くには彼女の持ち物であろう、黒い学生カバンが落ちている。


 ふむ、ちょっときつめの顔立ちだけど可愛い。

 黒い長い髪も染めてないし、化粧もしていないすっぴんだ。

 でも死んでないよな?


 さすがに心臓に手を当てる行為は躊躇われたので、おそるおそる鼻に手を近づけてみるが、ちゃんと息はしていた。

 ふぅ、生きてる。ここに来たのは俺だけじゃなかったようだ。

 さて、ここに一人居るのであれば、他にも人が居るかもしれない。

 取りあえずこの子を起こしてみよう。

 何か事情を知っているかもしれない。


 真っ白い太ももについ目が行ってしまうのを堪えて、彼女の柔らかい身体を揺さぶってみる。


「もしもーし。起きれるかー?」


 我ながら間抜けな起こし方だと思うけど、女の子、しかも高校生の子を起こすなんてこと、過去の経験上全くなかったのだ。

 仕方ないさ。


「ん? んー……朝……?」


 彼女の口元から寝ぼけているような声が漏れる。

 そして徐々に目が開かれていく。

 その中途半端に開いた目が俺の姿を捉えた瞬間、一気に目が大きく開いたかと思うと凄まじい勢いで身体を後ずさりさせた。

 いやそんな格好されるとスカートの中、見えるじゃん。

 必要以上に警戒されるのも嫌だし、慌てて目を逸らす。


「きゃっ?! だ、誰?!」

「誰と言われても困るけど、取りあえずこんなところで寝ていると風邪引くよ」

「へ? え? えっ?!」


 女子高生はどうやら周りを見て混乱しているようだ。


「こ、ここどこ? まさかあなた……私を誘拐したのっ?!」

「違う違う! 俺もここがどこなのかわからないんだよっ! というか、お前さんもここ知らない場所なのか?」

「し、知るわけないでしょっ! この誘拐犯!」

「だから違うって! 俺も気がついたらここにいたんだよ! でもって、お前さんが倒れていたから起こしたんだ」

「そんな言い訳を……ってあれ? 寒い?」


 ああそうか。俺は夏用だけどスーツの背広を着ているが、彼女は半そでのシャツ一枚だけだ。

 真夏だったらその格好でも問題ないが、今の気温じゃ寒いだろう。

 仕方ない、貸してやるか。

 俺は背広を脱ぐと、彼女に放り投げた。


「その格好じゃ寒いよな。それ着ていろ。無いよりはましなはずだ」

「あ、ありがと。っていうか、本当にあなた、ここどこなのか知らないわけ?」


 彼女は立ち上がると、俺の背広を着つつ周りをきょろきょろ確認しながら尋ねてくる。


「さっきも言ったが、俺もここはどこなのか知らない。それにさっきまで蒸し暑いくらいだったのに、ここはやけに気温が低い」

「そういえばそうよね。何でこんなに冷えるのかしら」


 俺の背広を着ていてもまだ寒そうにしている。

 そりゃそんな短いスカートはいてりゃ寒いだろう。

 しかしさすがにズボンまで貸すのは無理だ。

 脱いだ途端、犯罪者扱いされるだろう。


「それよりお前さん、携帯電話持っているか? 電波が届いているか確認して欲しいんだが」

「あっ。そ、そうよね。って私のカバンは……?」

「それだろ?」


 俺が落ちている学生カバンを指すと、彼女は「あった! よかったー」とカバンを開けて中からキーホルダーがじゃらじゃらとついた携帯電話を取り出した。

 しかし携帯電話の画面を見た彼女の表情が一気に暗くなる。


「やっぱり圏外だったか……」

「本当にどこよ。ここ……」


 相当ショックだったのか、彼女は座り込んで声を殺しながら泣き始めた。

 でも、彼女居ない暦=年齢の俺には、慰めるなんて器用なまねは出来ない。


 ま、そのうち泣き止むだろう。


 放置することに決めた俺は他に人がいないか見に行こうとしたけど、さすがに女の子一人を放っていくわけにもいかない。

 一緒に連れて行くのが一番だが、あの状態じゃ暫くは無理だろう。

 仕方ない。

 取りあえず何か使えるような荷物が無いかもう一回確認するか。


 彼女に貸した背広のポケットには、名刺入れくらいしか入っていない。

 カバンには、財布、スマートフォン、デジカメ、手帳、筆記用具、定期、飲みに行く途中で外したネクタイ、目薬、眠気覚まし用のガムが入っていた。

 うん、どれもこれも使えない。

 取りあえずこの風景を撮っておくか。


 十五分ほど周りの風景を撮りまくってしまった。

 日本に戻れたら、この写真はきっと何かの役に立つはずだ。

 そしてデジカメの背面ディスプレイに、さっき撮った写真を表示させていた時に、ふと違和感を感じた。

 何だこの小さいのは?

 その写真は、湖を撮った時のものだった。

 何か水面に小さく写っている。

 幸いこのコンデジは三十倍ズームだ。かなり遠方のほうまで写る。

 えっと、この写真はこっちの方角を撮った奴だよな。

 一番望遠までズームさせて、背面のディスプレイを確認する。

 さすがにこれだけズームさせると画像は荒くなるものの、それでもしっかり見えた。


 ……ネッシーのような姿が。


 え? え?? ここってネス湖?!

 でも確かネス湖って細長い形をしていたはずだ。ならば対岸もあんなに遠くなわけがない。

 いやいや、そもそもネッシーなんて居るわけがないだろう?

 じゃあこれは……この写っているやつは何なんだ?

 かなり距離が離れているからか、あのネッシーもどきはこちらに気がついていない。

 一応何枚か撮っておいた。


 そろそろ電源は切っておこう。これから充電できるとは限らないしな。




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