プロローグ
「龍気法なぎ払いっ!」
俺が右腕を軽く左右に振ると腕から凄まじいほどの衝撃波が生まれ、目の前にいた五匹の緑色の皮膚をした小柄な魔物、ゴブリンが勢い良く空へと吹き飛ばされた。
「エミ!」
「はーい」
俺の合図とともに、空へと浮いたゴブリンへ両手を交差させて突き出す女子高生姿の少女、エミが呪文を唱える。
<荒れ狂う炎よ、踊りて我が敵を喰らい焼き尽くせ!>
彼女の詠唱とともに、半そでの白いシャツから出ている両腕に青白い炎が渦を巻き始めた。
長い黒い髪が舞い、白い長い耳がちらちらと覗く。
そして紺色のチェック柄の短いスカートがはたはたと靡き、白い健康的な太ももが垣間見える。
この角度なら少し屈めば見えるはずだ!
徐々に前屈みになるにつれ、スカートの奥が明るみになっていく。
おおー、あと少しっ! も、もうちょっと。
しかし無常にも詠唱が完成してしまった。
<焼け付く爆炎!>
両手から渦巻いた炎が空へと浮いているゴブリンへと殺到していく。
その炎が命中した途端、爆発して炎が広がっていき、他のゴブリンへと燃え移っていった。
熱風が空から舞い降りてきて、辺りの気温が一気に跳ね上がる。
しかしそんな事では、この俺の行為を止められはしないっ!
そのまま地面に倒れこむ。
だが倒れこんだ一瞬、ミニスカートから視界を外してしまった。
必死で探すも、周囲にはふとももが見当たらない。
あ、あれ? どこへ消えうせた?!
嫌な予感がして空を見上げると、茶色いローファーの靴底が視界一杯に迫ってきていた。
「何這いつくばって見てるのよっ!!」
彼女の渾身の飛び蹴りが俺の顔面に突き刺さる。
魔力で強化しているのだろう、ゴブリン程度なら軽く顔面陥没くらいしそうな威力である。
それをモロに喰らった俺は、衝撃で後頭部が地面へとめり込んだ。
しかし、俺の鋭い視線は一瞬見えた薄いピンク色の物体を脳内に焼き付けていた。
わが生涯、一片の悔い無し!
無駄に右手を天へと突き出して、そのまま気を失ってしまった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「もー、信じらんないっ! さいってー!!」
「す、すまん!」
飛び蹴りで気を失っていた俺は数分後には意識を取り戻し、めちゃくちゃ怒っている彼女に平謝りをしつつ、近くの町へと歩いていた。
「戦いの最中によくもまあ、あんな行為ができることですねっ!」
「あんなにひらひらとスカートが翻っていたら、どうしても視線がそっちにいくのは仕方の無いことだ。これは男の性だ」
みんなもそう思うだろう?
「では町に戻ったらこの格好を止めて、魔法使いっぽく長いローブを着ますねっ! 今回の報酬で結構お金も溜まるし」
「そ、それだけはっ! その制服姿は男のロマンなんだ!」
「わけがわかりません、何がロマンですか。それよりカゲロウさんもいい加減スーツ姿じゃなく、鎧を買ったらどうです?」
「スーツは日本人サラリーマンの魂だ」
俺の格好は夏用の紺色スーツだ。ポケットの中には名刺入れも常備している。
更に背中にはリュックタイプのカバンを背負っている。
カバンの中には、会議用のメモ用紙やら筆記用具、そしてデジカメ、スマートフォン等が入っている。
しかしデジカメもスマートフォンも既に電池は切れているので使い物にはならないけどな。
「胡散臭い長い耳で、スーツ姿って異様ですよ」
「エミの長い耳は、その姿になぜか似合うよな」
互いの言うとおり、俺にも彼女にもまるでエルフのような長い耳がついている。
言い忘れていたが、俺の名は長谷部陽炎、三十一歳でサラリーマンをやっていた。
そして彼女の名は岸壁愛美、十六歳の女子高生だった。
どちらもある日、突然日本からこの魔物が跋扈する世界へと飛ばされたのだ。
そして飛ばされた影響か、二人の耳はエルフのように長くなっていた。
また幸いな事に二人とも、それぞれ戦う能力も付与されていた。
俺は龍気という肉体を強化する能力、彼女は魔力という魔法を使える力だ。
エルフと言えばファンタジーでも有名な、美人やイケメンだらけの種族だ。
しかし俺達のルックスは日本人そのもの。
単純に耳が長くなっただけなんだ。
エミのほうはまだいい。
彼女は美少女と言っても差し支えないルックスだし、しかも健康的な身体で、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるすばらしい体型だ。
身長は若干低いものの、線の細いエルフにはない色気がある。
しかし俺は……。
自分ですら水に映った自分の顔を見て、似非エルフだ、と思ったくらいだ。
胡散臭すぎる。
エルフのコスプレをやっている気分だ。
そして、彼女居ない暦=年齢の俺の顔はよろしくない。
偏差値で言えば四十あればいいんじゃないか?
「いつになったら帰れるのかしら……」
「そうだな。あれからもう半年か。こっちの世界にもずいぶん馴染んでしまったな」
「あたしは慣れたくないよ」
何かを堪えるように目を細めて俯くエミ。
そんなエミの頭を撫でてやる。
「ほらほら、そんな顔しているとせっかくの美人が台無しだ。それよりその制服は引き続き俺の為に着ていてくれ」
「……スパッツみたいなものがあれば買います」
「なっ! 俺の期待を裏切るような行為!」
「なんであたしがカゲロウさんの期待に沿わなきゃいけないんですかっ!」
そう叫んだ彼女は俺の右手を撥ねつけた。
「全くもう。それよりもカゲロウさん、さっきあたしが踏んだところ大丈夫ですか?」
「さすがの俺でもあの飛び蹴りは効いたぞ。エミならあの蹴りで世界を狙えるな」
龍気を纏っている俺には、生半可な攻撃は効き目がない。
鉄で出来ているゴーレムですら、殴り合えるほどだ。
そんな俺の防御力を上回るほどの飛び蹴りを放つ彼女は、凄まじいと思う。
ま、飛び蹴り喰らった瞬間、わざと龍気を抑えていたけどな。
「カゲロウさんしか狙いません」
「それは俺に対するご褒美ってところか? 生憎とMな属性は持ち合わせていないぞ」
「ち、ちがいますっ!!」
こっちの世界に来てから半年、随分と明るくなったけど、やはりたまにエミは落ち込む。
こうやって茶化して彼女の気持ちを明るくさせるのが、俺の役目だ。
半分以上は趣味だけどな!
「ま、帰れるまでよろしくな」
撥ねられた右手を再び彼女の頭へと持っていって撫でてやった。
「お願いしますカゲロウさん。でも子供扱いはやめてください」
「まだまだ子供だよ、エミは」
「じゃあカゲロウさんは、その子供のスカートの中を覗こうとする変態ですね」
「ぐはっ! そ、それはエミが魅力的だからだよ!」
「あははっ」
照れ隠しなのか、エミは笑って俺の前を走っていく。
そんな彼女を追いかけて行く俺。
……そうか、もうあれから半年か。
まるで昨日の出来事のように、鮮明に飛ばされた時の記憶が蘇った。