惨事発祥(上)
皇真はフレイダ王国でシュビレとの対話を終えた後、彼は王宮の中庭に一人佇んでいた。
そしてその時でもあった。
「奏、皇真…さんですか?」
「えっ?はい、そうですが…?」
「そ、少し…いいでしょうか?」
黒い髪を靡かせ、独特な雰囲気を放つその女性に皇真は不思議な感覚を覚えながら、それに逆らうことは出来なかった。
「あなたは?」
皇真は辛うじてそれだけを尋ねることができた。
「あら、申し訳ありません。自分の名を名乗らずに。私は倭楼の人間です。名は雛影煌緋と言います」
「__ッ!?雛、影…?」
「そうでしたね…。気にしないでください、奏さん。確かに雛影は〈魔法門〉の中では印象は良くありません。ですが、私はそれとは違いますから」
「と、言いますと?」
皇真は数秒とはいえ、時間の甲斐あってか、少しずつ平静を取り戻し始め 、話が出来るようにはなっていた。
「氏は雛影のままですが、私は雛影本家とは絶縁関係にあります。現在は世界中を旅しながら研究をしています」
「何の研究かは聞いてもよろしいでしょか?」
「構いませんよ。私が研究しているのは天魔
と魔法、それと堕天魔の関係についてです」
「それで?どういったご用ですか?」
「はい。私は奏さんに少し研究のご助力をと思いまして。聞けば、この国にいらっしゃるということでしたので、お伺いした次第でございます」
「自分を探してでしたら、理由もなく断るなど言語道断ですね。どれほど力になれるかはわかりませんが、とりあえずお話だけでもお聞かせ願えますか?」
「はい、もちろんです」
「どこで…そのことを…?」
「リセファと名乗る人物からリルアルファ公国を旅していた頃に聞きました。つい先日までその国にいたのですよ」
「リセファ…。サラ・ロゼ…!」
「奏さん?どうかなさいましたか?」
「いえ、要約するとあなたは魔法、天魔、堕天魔の魔力の質について研究をしている。しかし、堕天魔を持つ契約者がいない。だから、自分のところに来たと?」
「はい。そういうことになりますね」
「でしたら、申し訳ありません。自分には協力できそうにありません。お役に立てず、申し訳ありません」
そう言い、皇真は煌緋に頭を下げた。
「いえ、別に堕天魔を見せて欲しいとは言っておりません。ただ、堕転という物の魔力を診せて欲しいのです」
「それだけですか?」
「と、言いますと?」
「あなたが情報を得た方は堕転していなかったのですか?」
「…それは、盲点でしたね。確かに、負の魔力を見ましたが、その話を聞いた時には堕転を纏う人間が、しかも男性がいるということに興味が向けられていましたから…」
照れるように言う彼女を、皇真は冷静な目で見ていた。
彼には彼女の不審な点をいくつか見つけていた。
第一に、ここは一国の要となる宮中である。そこに入るためには監視の目を潜り抜ける他にない。普通に入ったにせよ、例えば、空や地中から入ったにせよ、彼女は普通の研究者とは考えにくい。
第二に、彼女が負の魔力を感じられたのであれば、サラ・ロゼと出会った時点でその助力というものを頼むだろう。
そして第三に、リルアルファ公国はフレイダや、紅穹、フェイル、ルリアにおいて〈ペイン・フォイルニス〉の傀儡国家と言われている。世界を旅する研究者であるのならば、その情報を掴んでいないとは考えられない。
だが、皇真はあえて信じた振りをすることにした。
「分かりました。協力させていただきます」
「本当ですか!?ありがとうございます。__あの、それでは早速ですが、上の服を脱いでいただいても構いませんか?」
「はい、分かりました」
(〈ペイン・フォイルニス〉の関係者であることは間違いないだろうが、しばらくは従っていようか)
煌緋は上半身裸になった皇真の身体を見て、少しばかり頬を染めていた。
そして、嘘には決して見えないような口調で彼の身体を褒めていた。
「申し訳ありません。少し取り乱してしまいました。男性の筋肉というものはなんというか、素晴らしいものですね」
数分後、息を荒くさせながらも、なんとか平静を保てるようになった煌緋は先とは別の理由で頬を染めていた。
「は、はあ…」
「いえ、お気になさらないで下さい。そろそろ、本来の目的に戻りますので」
そう言うと煌緋は皇真の胸、正確には心臓に手を添えようとした。
が、しかし、それは確信のある人間によって阻止された。
「なぜお前がここにいる?答えろ」
「あら、ヴェルズ様。お久しぶりです。私のような者の手を取って頂けるのは光栄なのですが、今は離していただけませんか?」
「答えろと言っただろ」
「ヴェルズ様、今はそのようなことを気にしている場合ではないのでは?」
「サラ・ロゼ…!」
皇真の目の前にいたヴェルズより先に声を上げたのは皇真だった。
実際に生きているとは思っていなかったのだ。
「久しぶりね、第二級特異点、奏皇真。それと第一級のヴェルズも」
「第二級特異点…」
「後で説明してやる。今はこいつらの除去だ」
「そうですね。殺すべき敵…ですからね彼女たちは」
「ああ。終わらすなら、俺らの時代じゃねえとな」
サラと皇真が憑依した後、開戦は示し合わせたかのように始まった。
布陣はそれぞれ直列と並列。巨人となっているサラを庇うような位置に煌緋は立っていた。
対して、皇真は鬼であるためお互いに庇い合うことはない。
先制はリセファとヴェルズだった。
状況としてはリセファの拳をヴェルズの水が受け止めた。
以降、ヴェルズはリセファと、皇真は煌緋と、それぞれ対峙した。
「久しぶり、でもないか…。何しに来た、お前まで」
「奏皇真、第二級特異点の解放よ」
「解放…?」
「あら、あなたも知っているでしょう?煌緋は魔導師だけれど、私たちは堕転者の集まり。彼もそうでしょう?」
「お前たちは何を企んでいる?」
「我らが師を迎えるために…」
「師…あいつのあれがか…」
「そう、だから…そろそろ拘束を解いてくれないかしら?」
ヴェルズはその言葉に対して、『誰がお前の言うことを聞くんだよ』とでも言う風に水による拘束を強めた。
「あら、いけず…」
「誰が離すかよ」
「実体化」
「朱雀、白虎」
煌緋は魔法により剣を取り、皇真は天魔、鬼により剣を取った。
二本の剣を取った皇真に対し、煌緋の剣は一本だった。
しかし、煌緋の剣は防御には使われなかった。
「畜生、これが実体化か…。座標決定が難しい分使いこなせれば…なるほどこれは強いな」
「雛影の魔法起動速度は、式の少ない契約者をも凌駕する。倭楼ではそう言われておりますから。速さと正確性には確固たる自信がありますよ」
煌緋は剣技とともに魔法を連続使用し、皇真の斬撃を鉄塊を出現させることで防いだ。
その速さは鬼の憑依により筋力が強化されている皇真の腕から繰り出される斬撃を確かに凌駕し、鉄塊の強度もまた名刀に耐える強度を持っていた。
「覚」
皇真が覚を用いた途端、それら勝負は終了した。
結果、皇真と煌緋は相打ち、もしくは皇真の負けとも言える。
皇真の朱雀は確かに煌緋の喉を貫いた。しかし、同じ時に煌緋は剣を持っていなかった右手を皇真の胸に添えていた。
そして彼女は言葉を残した。
「私は死んでいませんし、死ぬのは貴方です、奏皇真さん。そして…麗しゅうございます。…我らが師よ」
「皇真っ!?い、今のは…?」
「刻印型呪文の一種…。あなたたちには今の状態の彼で十分でしょう。もっとも、私は彼の信仰者ではありませんが」
「レイ……カルシューナ、こいつが、か」