放出畏怖(下)
「美乃梨さん?どこへ行くのですか?」
「ねえ、フィリアちゃん。本物の化け物の戦いって、興味ない?」
「はい?」
「魔導師と契約者の戦いだよ。あの二人の本気って、見たくない?」
「それは、見たいですが…。部屋には入れないんですよね?」
「うん。だから、外から見るんだよ。ほら、入って入って」
「は、はい…?」
先程まで四人がいた部屋に乙音とジンを残し、美乃梨は二つ隣の部屋へとフィリアを連れ込んで行った。
「__ッ!?こ、これは、なんですか?」
「わたくし特製、遠隔視認魔法だよ。今は隣の部屋を見てるの」
「遠隔視認魔法…ですか?」
「基本的には光魔法と闇魔法の応用でできるの。詳細は秘匿事項だからごめんね?」
頭の上に疑問符を浮かべて首をかしげるフィリアに美乃梨は『ごめんね?難しかった?』とフィリアの思惟を制す。
それに対してフィリアは問いかける。
「美乃梨さんはそこまでの頭脳と実現力を持っていて、恣意に溺れることはないのですか?」
「バリバリ溺れてるよ〜。この装置だって勝手に王宮の経費使ってるし」
「えっ!?」
「うそうそ、冗談だよ?__やめてよ、フィリアちゃん!そんなに引かないで」
「は、はい…。すいません」
「いや、謝らなくてもいいんだけどね。悪いのは私だし」
その後、美乃梨とフィリアは少しよそよそしくなりながらも、画面に目を凝らす。
「そういえば、あなたと殺し合うのは初めてですね、乙音」
「うん。そうだね〜。でも、今からやるのは殺し合いじゃないよ?ただの暴虐、かな?」
「それは、私が負けるということでしょうか?」
「さあに〜?でも、最初っから本気じゃないとアルアルを殺しちゃうかもだから、よろしくね。私もまだ皇真に殺されたくないし」
「そう。なら、相手を殺してもいいことが無いのはお互い様ですね」
「さすがに、幹屋翔は怖い?」
「ええ、まあ。うちの主君と同等以上の力ですからね」
「じゃあ、そろそろ始める?」
「そうですね。__半憑依、ラウム」
「それが、契約魔導士の姿か〜。いいなぁ〜かっこいいなあ〜」
「あれは…なんですか?乙音さんの言葉も良く聞き取れなかったので」
「あれはね、ジンちゃんの本気モードだよ。契約魔導士。普通、契約者の使う技と魔導師による魔法は干渉しやすくて正常に発動しなかったり、暴発したりするの。それは同一の魔法領域で、別種の魔力が作用しようとするからなんだけど、あの子の場合は特殊でね。契約者としての魔法領域と魔導師としての魔法領域が別に存在しているの」
これもまた、フィリアには難しかったようだった。
というのも、魔法領域という物はその存在を未だ、明確に出来ている物ではない。
ただ、仮説として、魔法領域内に存在する魔法量が魔法の特性や、出力に影響しているのではないか。とされているのだ。
この時代における魔法というのは技術として具体化されてものではなく、未知の奇跡でしかなく、ある程度の才能があればではあるが、修練の積み重ねによって『使える』から『使い熟せる』に成長できる。
「ジンさんの得意魔法は、どのようなものでしょうか?」
「ん?ジンちゃん?あの子は命と地だよ。一つだけ。二つの魔法領域がある代わりに、普通の魔法は少ししか使えない」
「ですが、フィズさんは全ての乙女には契約の素質があると言っていました。ということは乙音さんが契約者になることも可能では?」
「可能ではあるよ。でも、契約者になればあの子は魔法を使えなくなる。
説明が難しいんだけど、っていうか、まだ分かってないんだけど…。ジンちゃんには二つの独立した魔法領域があっただけって考えて?」
「はあ…」
「っていうか、結構長いこと二人で喋ってるね!?私たちも結構喋ってたよっ?」
「そうですね…。あちらの声は良く聞こえないので、内容は分かりませんね」
「ね。もうちょっと改善しないとね」
「あっ、でももう少しで始まりそうですよ」
「何気にフィリアちゃんもノリノリだね…」
「氷槍」
「反動破壊」
「光の手裏剣」
「炎雷」
「岩盤砲」
その後も、乙音は組み合わせの少ない魔法を何度も放ち、ジンがそれを破壊するという状態が続いた。
「なんというか、膠着状態ですね…。それに、最初の詠唱以降、ジンさんは詠唱していないみたいですし」
「まあ、とりあえず相手の力を推し量る、って感じだね。
ちなみに、同一呪文の連続使用ではKEYを再度詠唱する必要は無いからだよ。もちろん、契約者でもね」
「ジンさんが同一魔法を連続使用するのに対して、乙音さんはなぜ多くの魔法を?」
「うーん…。わかんないけど、乙音ちゃんにも何か意図があるんじゃない?」
「はあ…。ですが、乙音さんの魔法ではジンさんに当たることはないんじゃ…」
「まあ、魔法は具現化だけじゃないからね。視認できたり、組み合わせが少なかったらば 、ジンちゃんの破壊は有効だけど、ね?」
「自然災害〈大噴火〉」
小さくKEYを詠唱する乙音の声ジンの耳に入ることはなく、これが乙音の優勢を決定付けた。
「__ッ!?生命反応〈ヴァント・ゴーレム〉!再構築」
「__くっ!火山雷に、水噴火まで!」
乙音による災害をなんとかでしか防げなかったジンに、乙音の次手を予測することはできなかった。
「くすっ。原子改竄〈シュトラール〉」
火、水、地、雷、光の五種を得意とする乙音は光になれる。
それぞれの属性において、原子改竄は不可能ではないが、簡単に言うと難しい。
それゆえ、原子改竄を使う魔導師はこの世に四人と少ない。
そして、その四人の内の一人が彼女であり、光になれる。
「うぐっ!?あ、は…」
本来、人間には通れない僅かな隙間を通り抜けた光は、特別変わったことではなく、対象を…殴った。光の速度で。
しかし、異端児の前に簡単に屈するような異端児は異端児ではない。
ダメージこそ大きいが、ジンはこの程度では意識を奪われなかった。
彼女はいつも乙音が見せるゆとりを見逃さなかった。
かまくらの中で、乙音は倒れているジンを覗き込んだ。そして、自身の原子改竄を解いた。
ジンはうつ伏せであったため、本当に見たわけではない。だが、彼女には確信があった。
具現化特有の魔力を感じたのだ。火山噴火によって熱された地面の熱さと水噴火による湧水を同時に感じながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「ヴルカーン・アオス__」
「はあっ!」
ジンは乙音の集中を切らすために、わざと大きな声を上げた。
使用したのは再構築。再詠唱を必要としないラウムの魔法である。
「ふふっ…。…やるね、ジンちゃんも…。痛てて…」
瓦礫の中から出てきた乙音の頭からは艶やかな血が流れ出していた。
目立った外傷があるのは乙音だけであったが、ジンは肋骨を二本、既に折られていた。
「結構きつい絵面になってきたね〜。大丈夫?フィリアちゃん」
そう言った美乃梨はフィリア顔を心配しながら覗いた。が、フィリアにはその心配は不要だった。
フィリアの顔は既に王女のそれではなく、死を覚悟した、戦士それであり、未来を変える意志を持った女王のそれでもあった。
「くすっ、フィリアちゃんも強くなったのかな…。私は何もしてないと思うんだけど。皇真が何かしたのか、時間が経って自覚が必要だと気付いたのか…」
「原子改竄〈シュトラール〉!」
「崩壊現象!」
「崩壊現象…かあ。対象は空間、ちょっと相性悪いかもね…」
「原子改竄も所詮は実体の塊でしたよね。壊せなくても、原子がぶれれば、行動は阻害される」
しかし、光の速度に対応して、崩壊の強弱をつける必要がある。
崩壊現象は空間を対象とするが、持続性は弱く、間合いを詰めた状態でないと効果は薄い。
数十分後、ジンと乙音の端整な顔は見るも無惨な程に血に汚れていた。
傷は見えるところに限らず、骨や内蔵にまで至っていた。
「ふふっ。ジンちゃんも結構強いね?」
「そういう乙音は…はあ、はあ…。未だに…息すらあがってないんだけど…ね」
「まあ、若干それどころでもなくなったかもね」
「はい?」
「スピカちゃんを呼ばないと。美乃梨さんが呼んできてくれると嬉しいんだけど…」
「美乃梨さん…?」
「うん、フィリアちゃん」
「は、はい…?」
「スピカちゃんを呼んできてくれない?多分、すぐ見つかるから」
「何か、あったのですか?」
「うん、ちょっと面倒なことになったみたい。会ったらでいいけど、ジャグル君とリリガムも呼んでおいて?ペイン・フォイルニスが来た」
「えっ!?」
「リューイさん?どうかしましたか?」
「ああ、ちょっと、皇真の魔力がな…」
「皇真さん!?彼がどうかしたのですか!?」
「ああ、とにかく、行ってみよう。場所は…フレイダか。あの二人にも連絡してくれ」
「はい…!大丈夫なのでしょうか?」
「マズイかもな…」
「__ッ!?皇真か!?この方角…フレイダか。もうあいつを殺す必要があるのか…」
「ヒエリス、少し出てくる。我が甥が堕ちた。学校は任すぞ」
「はい。任して下さい、御奈さん」
to be continued...