放出畏怖(序)
「兄さん、愚王が呼んでる。何かしたの?」
「ああ、フレイダ王国に行くんだ」
「え…?」
「あれ?言ってなかったっけ?…どうした?真希」
「……」
「真希?…おーい、真希さーん」
「…はっ!?私は、いったい誰?」
「落ち着け、お前は俺の愛すべき妹の奏真希だ」
「兄さん、大好き」
「演技かよ、結局」
「兄さんの愛を実感したかった」
「そうか、もうお前もあそこに行く歳だったな。はい、入学招待状」
そう言って皇真は自分のポケットから『奏真希様』と書かれた一枚の封書を差し出した。
困惑する次女と、どうかしたかとでも言いたげな目をする長男の無言はさして長くは無かったが、とても長く感じられる瞬間だった。
「は?」
「ん?カナメス養成学校からの招待状だ。実際は姉さんの妹じゃないけど、叔母さんが学校やってんだから、行ってこい」
「やだ」
「行ってこい」
「やだ」
「おい、ぼっち」
「私はまだ処女」
「ビッチじゃねえ、ぼっちだ」
「む、私はぼっちじゃない」
「…友達、何人いる?」
「…四人ぐらい」
「十分にぼっちだよ、お前は。…いいか、真希。俺たちはいつ殺されるか分からないんだ。だから、力が必要なんだ」
「私にも力はある」
「お前は実体化しか出来ない。実体化では、お前が強化される事は無いんだ。…言いたくはないが、天魔は婦女子に与えられた、強い力を得るための道具でもあるんだ。…もちろん、天魔を道具として扱うことは褒められた事ではない。だが、時にはあくまで道具であると意識すべきなんだ。それをお前の場合、天魔を人間として扱い過ぎている。天魔は自分に憑依させるべき物なんだ」
「それは、イロウエルの言葉?」
「いや、俺の言葉であり、ファヌエルが納得した物だ」
「そう…。…分かった、兄さんの言う通り、学校に行く。それで…」
「それで?どうかしたか?」
「兄さんよりも良い男を捕まえてくる」
「そんな話は無かったと思うんだが…」
「だから、兄さんはとっととジンちゃんとくっ付けばいい。…あと、兄さん。私は腐女子じゃない、ただのブラコンだから」
皇真から招待状を奪ってブラコン宣言を行った真希はすぐに身支度を済ませ、美乃梨に言って、カナメス養成学校へと向かった。
「ジンとくっ付け、か…。もう、あんな事はしなくても良いだろうしな。ジンには随分と寂しい思いをさせたからな。そろそろちゃんとしないと男の尊厳が危ぶまれる。…というか、もう尊厳もないか。…そういえば、真希は最後に何を言っていたんだ?」
苦笑をこぼしつつ、自虐をした皇真はやはり詰めが甘いというか、天然というか。やはり彼は彼であった。
「ヴェルズ様、皇真様が到着されました」
「ああ、ジンか…。皇真だな?通せ」
「かしこまりました」
そして、ジン・アルタイル。彼女もまた、彼女である。
「早かったな、皇真」
「ええ、まあ。フレイダに行くんですよね?」
「ああ。出発は五日後、約束の期限と同じ日だ」
「分かりました」
「それと、だな」
「はい?」
「今回の謁見だが、行くのは俺と皇真だけだ。他に、兵士を連れて行くこともない」
「それは…いつもの事、なのでは?」
「まあ、一応の報告だ。後の話はジンとしてくれ。話は以上だ。 何か質問などがあれば、それもジンに言ってくれ」
「はい。失礼します」
「皇真、こっちに付いて来て」
「ああ」
「相変わらず真面目ね、あなたは」
「そういう、お前もな。あの王相手にあれ程まで丁寧な口調をよく使えるもんだよ」
「それはあなたも似たようなものでしょう?」
「…それもそうか」
「とりあえず、何も言うことはないんだけど…。久し振りに…あれ、する?」
「ああ、そうするか。じゃあ場所、移すか?」
「ええ、そうしましょうか」
「ねえ、フィリア。美乃梨さんの講義どうなの?」
「はい。才能はあるらしいのですが、その才能が深く眠っていると言われました」
「へー、なんだか大変そうだね」
「はい…」
「ん?なんか聞こえない?誰かに似てるんだけど、ちょっとイメージとは違うような…」
「言われてみれば…。美乃梨さんは先ほど、逆側で見ましたし、スピカさんは乙音さんと町に出てますから…」
「ってことはジンよね?ジンがあんな声を出すとは思えないんだけど…」
「フィズさん、フィズさん!もう一つ声が聞こえませんか?今度は男の人です」
「ってことは、皇真かな?なんか、ジンの声色っぽいよ?」
「んっ!皇真、もう少し優しくして…」
「ああ、悪い。久しぶりだから、力加減が分からなくてな」
「そうなんだ…。フィズには…んっ!してあげなかったの?」
「やってないよ。他の人にやるのは禁止されてるからな」
「そうね。あっ…。うん、凄く良くなったよ」
「なんか、エロい声出てるんだけど…。フィリア、大丈夫?」
「は、はいいえ」
「え?どっち?」
「フィズさん…」
「え?どうかした?」
「今度は皇真さんの声が色っぽく?」
「えっ!?」
「あ〜、そこそこ…。ジンの手はやっぱり凄いなあ…」
「ふふっ。私は下手になってなかったでしょ?」
「ああ…。誰かにやってたのか?ヴェルズさんとか…」
「ううん。美乃梨さんにしてただけ」
「おっ!フィーちゃん、リーちゃん!何してるの?って…ああ。成る程ね」
「乙音…」
「どしたの?リーちゃん」
「あの二人昼間っから何してるの!?フィリア固まったのよ!?」
「まあまあ、リーちゃん。落ち着いて。良くあることだから」
「あれが良くあることなの!?二人がこの島にいたのってもう四年近く前だよね!?そんな前から良くあったの!?」
「リーちゃん、それは勘違いかな?二人は魔力をほぐしてるだけだよ?」
「はい?」
「あ、フィーちゃん復活した。_えーとね、皇真や私みたいな倭楼の人はね、魔力が固まって、動かなくなることがあるの」
「え?」
「だから、定期的に魔力をほぐしてあげないとダメなの」
「ですが、先ほどまで皇真さんもジンさんに何かなさっていましたが…」
「そうそう」
「確かに、倭人は魔力が固まり易いんだけどね。それは倭人だけに共通することじゃあないの。要するに、誰でも少なからず魔力は凝り固まるってこと。もちろん、魔力を放出していれば、そんなことは無いからほぐす必要はないんだけど…。倭人の場合は固まるのが早いからね」
「ってことは、あれは?」
「皇真はアルアルにマッサージ。アルアルは皇真に鍼治療、というわけですっ」
「…なんだ、そういうことだったのね」
「はい…、驚きました。私はてっきり_」
「うーん、それも時間の問題かもね〜」
「えっ?」「はいっ?」
「んふふ〜。実はね…今朝、皇真が真希ちゃんを学校に向かわせたのですよ」
「それで?」
「その時にね、真希ちゃんが、『兄さんはとっととジンちゃんとくっ付けばいい』って言ってたの。ほら、皇真って、自覚は無いけど相当なシスコンでしょ?だからね〜」
「まあ、確かにシスコン兄貴なら大好きな妹の言ったことを実行するかもね」
「それに、皇真さんは話の真意を読み取ろうとしますから、勘違いすることもあるでしょうね」
「ふふっ。でしょ?だから、そろそろ…。皇真とアルアルの子供が見られるかも」
「でも、流石にそれは無いと思うんだけど…」
「はい…。私もまだ早いかと」
「え?どうして?こんなに面白…素敵なことはないと思うんだけど」
「ちょっと乙音のイメージが変わったのは置いといて…。ねえ?」
「はい。皇真さんは真面目な方ですから、自分がレイジアとして、私が王になるまでそのようなことはないと思います」
「なーるほーどね〜。…じゃあ、二人を焚きつけ…もとい、煽ってこようかな?」
「もといの意味がなかった気がするけど…。…やめてあげたら?それで燃え上がっちゃって、歯止めが効かなくなったらどうするの?」
「それはそれでまた面し……幸せなことじゃない?」
「あんた、もうわざとやってない?」
「ですが、やはりお二人のことですから…。お二人で決めていくべきだと思います」
「ほーう…。ふーん、へー」
「えっ?何ですか…!?その微笑みは?怖いですよ、乙音さんっ?」
「その間に皇真を籠絡しちゃおうという算段ですな?」
「ち、違いますよっ!」
「あれ?皇真のこと好きじゃ無いの?」
「好きというわけではありません…。初めてお会いした時に綺麗な顔立ちの殿方だと感心しただけです」
「要するに、見惚れてたのよね〜。ね、フィリア?」
「フィズさんまでっ?まあ、確かに見惚れはしましたが…」
「うんうん。確かに皇真は整った顔だよねえ」
「確かに、女の子みたいな顔してるよね」
「リューちんと一緒にカップル扱いされてたこともあったしね」
「リューちんって、神樹リューイ?」
「あれ?リーちゃんってリューちんのこと知ってるの?」
「あのー。どなたでしょうか?_って!?どうしてそのような嬉しそうな顔をするのですか!?しかも、お二人揃って!」
控えめに手を挙げるフィリアを見た二人は『あー、そういえば知らないんだったな〜。ってことは打ち解けれてる!?』と思い、嬉しかったのだ。
「そういえば、フィーちゃんは知らないんだよね〜って」
「なんか、ずっと旅してた気がしてさ。…まだちょっとだけなのにね」
「い、いえ!そう思って頂けるのはとても嬉しいです!」
「そう?ありがとね…。_で、神樹リューイのことだっけ?」
「はい。神樹ということは倭楼の〈魔法門〉の方ですよね?」
「あれ?フィリアに〈魔法門〉のことってどこまで話してたっけ?」
「私も王族の端くれですからね。倭楼の〈魔法門〉も少しは聞いていました。それに皇真さんからも少し…」
「あーなるほどね。了解。んじゃその辺は省くけど…。まず、神樹リューイは偽名だったかな?神樹は神樹なんだけど、リューイじゃなかった…はず。本名は教えちゃいけないから言えないけど、私と美乃梨さん、皇真と真希ちゃんは本名まで知ってる神樹、外部の人間。
神樹家はなんというか、変な家でね。色んな家だったり、国の人と結婚してるの。リューちんの場合は…誰だっけ?」
「フューズ・ベイス。フェイル帝国の貴族の娘よ。私の幼馴染」
「そうだったね。そのフェイル帝国の貴族…。えっ!?フェイル帝国!?」
「どうかなさいましたか?」
「あっちゃ〜。リューちん、凄いところに手を出しちゃったね。ベイスか〜」
「ベイスの家がどうかしたの?」
「フェイル帝国って凄く平和的な国って知ってるよね?その中でベイス家って、ファーラ・セブルス。レジスタンスのリーダー格の人なんだけど…。ベイス家っていうのはそのファーラっていう人の妹の嫁ぎ先なんだよ」
「ってことは?まさか…」
「うん。そのフューズって娘とリューちんは国を追われるかもしれない…」
自分達の幼馴染が故郷を追われるかもしれない。そう思った二人は押し黙ることしかできなかった。
しかし、その静寂を打ち破る者がいた。それはもちろん、フィリアである。
「それはないと思います。皇真さんがその神樹さんからのお手紙を見ていたことがあったのですが、お二人は現在フェイル帝国に仕えているそうです。他言はしないで欲しいとは言っていましたが、お二人ですから話すことです。神樹さんは倭楼とフェイルからの命令で、色々調べてるとか…」
「よかった〜〜〜〜!」
「うん、一安心かな。…でも、なんでフィリアだけが知ってるの?」
「皇真はフィーちゃんみたいな娘には優しいを通り越して甘いからね〜。リーちゃんみたいなうるさ…元気な娘にはそういうことをしないんだよ。私を見てるみたいだってね」
「今、うるさいって言おうとしたでしょ!」
「ふぃ〜ふゅ、ふゅ〜?」
「誤魔化せてないわよ!」
「くすくすっ。仲良しですね。お二人は」
「そ、そんなことないわよ!」
「くすっ。それでは、フィズさんは乙音さんがお嫌いですか?」
「うっ!?…そ、そんな事はないけど…でも…」
「私はリーちゃんが大好きだよ〜!」
「あ〜もうっ!私も乙音が好きよっ!もちろんフィリアもっ!」
「やった〜!ほら、フィーちゃんも」
「ふふっ。はいっ。私もお二人をお慕いしています」
その後、皇真とジンに見つかった三人は二人も巻き込んでしまった。
その五日後、フィリアやフィズ、乙音。そして、〈十器将〉に見送られ、皇真とヴェルズは船の鼻をフレイダ王国に向け、船を漕ぎ出した。