暗雲招来(下)
息を切らせて絨毯を走り抜ける。
元反乱軍首領の男は敵視していた相手を救うために走る。
本来ならば入る事すら出来ない王宮の中に彼の姿はある。
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…」
「ああもうっ!どこにいんだよ姫様はっ!」
「あら、やっと見つけた。レナトくーん。こっちこっち〜」
「あ、あなたはっ!」
王宮の東端の扉から王宮へと入ったレナトが王宮の中央部の大きな階段に差し掛かった時、彼女は姿を現した。
「こっちの階段を登ってすぐ左手に曲がって、右手側四つ目の部屋がフィリアの部屋で、その向かいがレヴィアの部屋よ。多分、フィリアの部屋にいると思う。お願い、レナト君。レヴィアを殺して、フィリアの側近二人の仇をとって」
「はい、ありがとうございます。ハルラ様」
「ええ。ルリア王国に行くなら私も付いて行くからね?」
「もちろん、その時はちゃんとしてくれるんですよね?」
「階段上がって、左。右手側四つ目!」
レナトが勢い良く開けた扉の向こうには人の気配は無かった。
そしてまた、その向かいの部屋にも人はいなかった。
「畜生、どこだよ」
「ねえ、レヴィア。どうして、ルリの部屋なの?」
「いえ、ルリでもフウカでもどちらでも構いませんでした」
「それで…ルリやフウカは?」
フィリアの問いにレヴィアが哀しげな顔で答える。まるで、自分がヒロインであるかのように、大袈裟に。彼女は語った。
「…申し訳ありません。私がいながら二人を殺してしまいました」
「でも、それはレヴィアの所為ではないでしょう?」
「いえ、私が殺したんですよ。本当に、私が」
「どういうこと?」
「ですから、申し上げている通り、私が彼女たちを殺したんです。私が…この手で」
「だから、それは!」
「いえ、私が殺したんですよ?」
これまでとは打って変わり、軽い口調でレヴィアが話す。フィリアには目の前のレヴィアの言動がおかしく思えた。
自分が最も信頼を寄せた側近に裏切られていた自分がとてもおかしかった。
「私がルリとフウカに手を掛けました。私は反政府軍の一人です」
「レ、レヴィア?と言うことは…」
「そうですね。私はあなたを殺さなければならない。王家の中で唯一、国民からの支持があるあなたであっても、王家である限り」
「レヴィア?やめてよ、ねえ!レヴィア!」
「すいませんフィリア王女。これも仕事ですから。なんでも、あなたの父親に頼まれたんですよ?フィリア王女へのスパイと暗殺は」
「レヴィア!待ってよ、あなたはそんな人じゃ無い!もっと…もっと!優しい人じゃない!」
刃物を手に、迫ってくるレヴィアから離れるようにフィリアは壁際へと逃げて行った。
そして、そのフィリアの行動は十分過ぎる時間稼ぎであった。
「ここか!」
「な!?お前は反政府の_」
「圧力突砲!」
レナトが全力を込めて放ったものはレヴィアを貫いた。
「レナト、さん?」
「ご無事ですか?フィリア様」
「何故、ここに?」
「見ていたんですよ、フィズと」
「それで、怪しいと感じたんですか?」
「まあ、それだけでは無いというか、なんというか」
そこまで言って、レナトはまた扉の方を見た。そして、その時、その扉が開いた。音を感じさせるかのようにゆっくりと。
「レナト君?あっ、いたいた。大丈夫?怪我は無い?フィリアも大丈夫?」
「は、はい。あの、ハルラ姉様はレナトさんとお知り合いなのですか?」
「レナト君は私の愛しの敵対者よ」
「はい?」
フィリアの呆気に取られた声が静かな部屋で反響する。
「レナト君は私の恋人よ。俗に言う、高嶺の花を落としたというやつね」
自分で高嶺の花と言うのだろうかと思ったのは、フィリアだけでなく、レナトも同様だったらしく、二人とも少しばかり思案顔になっていた。
しばらくして、フィリアたちはシグマ、メリア、セリアと合流した。
その際、フィリアは三人にレナトについて尋ねたが、三人はそのことを知っていた。それを知り、フィリアが少し拗ねたのはまた別の話。
「うわっ!なんだなんだ?」
「おー、こりゃまた綺麗に壁が吹っ飛んだな」
「レナトですかね、あの魔力の感じは。そういや、レナトの眷属はどんなやつなんだ?」
「空間との不和とか何とか言ってた」
「んじゃま、こっちの方は終わらせますか?我らが王よ」
「そだな。ささっと終わらせて、フレイダを迎えるか」
「まあ、わたし達はこれが終わり次第ルリアに行くけどね」
「俺は残るぞ、フィズ、乙音」
「え?皇真、ルリア行かないの?」
「いや、行くよもちろん。母さんに会いに行くつもりだし。それでも、フレイダ王国に興味があるからな。俺らはまだ世界を知らないから、いい機会だろう。ヴェルズさんの交渉とかも見れるかもだしな」
「じゃ、仕方ないね。リーちゃんと二人で先に行ってるよ?ねえ、ヴェルっち、あっちに行ったらアルアルに言えばいーい?」
「ああ、ついでに美乃梨とも会っとけよ、色々いい話が聞けるだろうしな」
「了解だよ、ヴェルっち」
「それじゃ、行きましょうか」
「それで、レナト。その、ヴェルズ王や男の契約者はこちらへ来るのか?」
「はい。おそらくですが、彼らもこの国を終わらすと言っていたので、国の最期が近付いている今、彼らは現れるでしょう」
「そっかー。んじゃ、ちょっと待ちましょうか、兄上」
「だな。彼らはここへ来れるのか?」
「それは大丈夫よ、シグマ。道案内、してるから」
「なんだろうな、これ。見たとこ、あっちにレナトたちがいるっぽいんだが…」
「なんか、怪しさ全開ですね、この標識?は」
ヴェルズと皇真は壁に貼られた道標の差す方を見ていた。
それが罠なのか、それとも善意なのかが分からないのである。なんでも、その道標に書かれているのは、『こっちに来たら、私たちがいるよ』というなんとも簡単なものだったからだ。
「ねえ、レナトの魔力を探せば良いんじゃないの?」
「そうもいかないんだよ、リーちゃん。眷属っていうのは、その力を使う時しか探知出来ないの」
「まあ、行ってみればいいんじゃないか?」
「ジャグルの言う通りかもな。ここで突っ立ってる訳にもいかないし」
「行きますか?」
「ああ」
「を、そうこうしてる内に来たんじゃないですか?」
「セリア、頼んだぞ」
「はい、お兄様。…皆さんはヴェルズ様とそのお仲間でよろしいでしょうか?」
「では、改めまして、彼はセルフィア王国の第一王子、シグマ・サーシアです」
「初めまして、ではありませんね。お久しぶり、でよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。よろしくお願いします。シグマ王子」
「恐縮です、ヴェルズ王。そして、噂は聞いております、奏皇真さん」
「光栄です、シグマ王子」
「初対面が多いですが、共闘、して下さいますか?」
「ああ、こちらこそ」
そういった、二人の王と王子は固く握手をした。
「ここが王の部屋です。王の側近以外は、私たちがの味方です。ご安心を」
そういった、セリアはメリアと共に大きな、扉をゆっくりと開いた。
「しかし、あの王は仕方無かったな。あいつは殺す可能性がある事はあの王女にも言っていたし」
あの後、扉を開けたメリアとセリアは王の側近に襲われた。幸い助けに入ったジャグルと皇真の健闘もあり、側近もメリアもセリアも死ぬことは無く、メリアとセリアには怪我も無かった。
そして、その事に怒りを感じたシグマは王の下へと向かって行くと。そのデギスの首をその場で切ってしまった。
「で、そっちはどうするんだ?」
「策はあります。ですが、それはその時のお楽しみです」
「へ〜、それは面白そうじゃん。弟たちは、フレイダのお迎え?」
「はい。アリアス女王とカレア王子、それとシュビレさんだけをお通しする様にと」
「殺される心配は無いのかい?」
「もちろんありますよ。大事な弟と妹ですからね。ですが、軍は既に退かせましたし、側には皇真さんやジャグルさんがいますから」
「レナトたちはルリアに行ったし、若い衆が死ぬ心配は無いな」
「はい」
扉が勢い良く開く。顔を出したのは、フレイダ王国、第六代国王、アリアス・オーディスだった。そして、その後ろからは第一王子のカレア・オーディスとフレイダ王国レイジア、シュビレ・レオグラード。
「ようこそ、アリアス女王陛下」
「ここはセルフィア王国で間違い無いわね。話し合うつもりは無いから、さっさとこの国を空けなさい」
「お待ちください、アリアス女王。ここはセルフィア王国ではありませんし、私は話し合う事などできません」
「何を言う、ここはセルフィア王国で間違い無い。それともなんだ?ここはもうルリア王国の領地なのか?」
「違う違う。セルフィア王国は既に過去の国だ。ここはルリア王国とフレイダ王国が狙っている土地さ」
「意味が分からない。ちゃんと説明して」
「分かりました。では話し合い、ですね?」
「まあ、いいわ。話しなさい。あなた達は何を言っているの」
「まず、ご覧頂きたい物があります」
そう言って、シグマは玉座の側に転がるそれを取りに向かった。
「それは…!もしや、デギス国王の首!?」
「はい。私たち、王家の人間は競合して、デギスを討ちました。国王が死ねばこの国の王は私になります」
「ええ、そうね。だったらこの国はまだセル_」
「ですが、その新たな王が国を無くし、新たなる国家を作ると言えば?」
「ほう、いい考えだね」
「それが何?私たちがここを攻めない理由になるとでも?」
アリアスの言葉は先程までの様に、強気であったが、しかし明らかな焦りも感じられた。
「これは、勝負あったな」
「そうね。昔からアリアスは腹芸とかの類が苦手だから」
「うわっ!シュ、シュビレ!?」
「何?カレアもいるけど」
「お、おう。何だ?」
「この国はあなた方ルリア王国にお譲りします。ですが、条件があります」
「条件、ね。いいだろう。何だ?」
「今日から二十日以内に我が国へと謁見に来て下さい。その際、あちらの皇真君を連れて来て下さい」
「皇真君?」
「失礼、私は王子として生きるためにこの様な性格ですが、本当の私は、出来るだけ人と仲良くしたいのです。もちろんヴェルズ王とも」
「わかった。そちらへ謁見に行こう。もちろん皇真も連れてだ。ゆくゆくは同盟とか組めるといいな、カレア」
「カレア、ですか。悪くないですね。こちらこそ、よろしくお願いします。ヴェルズさん」
「お、あっちも終わったかな?」
「ですね」
「ヴェルズ、私途中から空気だった」
「知らねえよ、そんなこと」
「約束は守ってもらうわよ。ちゃんとフレイダとの貿易を優先すること」
「分かっていますとも、こちらは、世界随一の交易国の領地ですから」
to be continued...