暗雲招来(中)
「レナト、お前の能力はなんだ?」
「空間との不和だとよ」
「それじゃあ、レナト。あなたは王女を助けに行って」
「そういうこと。頼むぞ、王女様いないと難しいんだからな」
「分かったよ。圧縮砲!」
「完全に分断するぞ!」
「分かってる」
レナトの掌から放たれた見えない砲弾は天魔に一瞬の隙間を与える。
その瞬間を逃す事なく、ジャグルとフィズはこれらを分断し注意を引き、その隙にレナトは王宮へ向かう。
「サンキュー、二人とも!」
「あんたはさっさとフィリアさんを助ける。その後は本人に聞いて!殺しちゃだめだからね!」
「そうだぞ〜。姫様いないとこっちとも戦争しないといけないんだからな」
「で、なんでこんなにも堕天魔が湧いてくる訳?堕天魔とか天魔ってそうそう会うものじゃないでしょ」
「んなこと言ったって、ペイン・フォイルニスのやってる事なんか知らねえっての」
「あ〜、もう!意味わかんない!」
「無駄口叩いてないでどんどんやれ!」
「分かってるわよ!こいつら魔力少ないし誰かが堕天魔の生成方法とか編み出したんじゃないの?」
「だから知らねえって言ってんだろ、こんちくしょう!」
「そう言えばあの人たちは?ジンとか王様とか」
「あいつらは俺らとは段違いの強さだから大丈夫じゃねえの?」
「そうだといいけどね。あれ、なんなの?」
「あの色…!おいおい、マジかよ」
「何?どっちかやられた?」
「いや、違う。あの魔力の色は美乃梨のだ」
「美乃梨って皇真の母親だっけ?」
いつの間にか堕天魔を全滅させた二人は広場中央、王宮の正門付近から放たれる浅葱色の魔力の柱を見て話していた。
「まずいな。多分ジンが押されているか倒されたって事らしい」
「なんで分かるの?」
「美乃梨にとつて、ジンは娘みたいなもんだからな」
「というと?」
「ジンは皇真の許嫁です!」
「は?」
「いや、だから。ジンは皇真の許嫁なの。婚約者。将来を誓い合った仲。夫婦」
「マジで?」
「あれ?聞いてないのか?」
「うーん?聞いたとしても覚えてない」
「ああ、あとな。奏の家は代々マインドコントロールが得意な家系らしいぞ」
「どんな家系よ、それ。でも待って。ということはまさか…!」
「ああ、あれか。掌の上で転がされてたってか?そっかそっか。って事は…姫様もか?」
「どうする?」
「あー、うん。…一応見に行くか」
「そうね」
「あー。やっぱいねえか」
フィズとジャグルがそこへ来た時、ジンや美乃梨、夏奈はいなかった。
しかし、彼女達がいたであろうそこには大きく文字が綴られていた。
『我が最愛の息子を連れて来なさい!
ジャグル、あなたがね』
「なんで俺なんだろ」
「名指しに関しては何も言わないの?」
「まあ、それに関しては何も思うまい」
「そう」
「あのさあ、私たちすっかり手持ち無沙汰なんだけど」
「だなあ。とりあえず、ジンは帰国しただろうしヴェルズと皇真と合流するか」
「それぐらいしかできなさそうね」
「なあ、イロウエル。俺がお前と一緒になったらどうなるんだ?」
『君には私で無く既に婚約者がいるでのではないか?』
「そういう意味じゃないよ。俺がお前と一体化したらって事だ」
『もちろん分かっていたよ、そういう意味だと。…まあ、君か私の意識は完全に消滅するだろうね。私の意識が残ればイロウエルは君の体でこちら側に存在し、この世界を滅ぼすだろう。君の意識が残れば奏皇真は天使になる。もっとも、私の希望では、君には是非とも神になってもらいたい』
「いつか言ってたな。戦の神の素質があるとか」
「皇真はともかく、ヴェルズは遅くねえか?」
「そうね。人と話してただけなのよね?」
「ああ。そうなんだが」
「おーい!ジャグル、フィズ!」
「あ、やっと来た」
「何してたんだよヴェルズ」
「まあ、いろいろあったんだよ。それよりレナトはどうした?」
「あいつは今城にいる」
「ん?姫さんとか?」
「あー、まあな」
「あとは皇真を待つだけか」
「お前らなんで何もしないで待ってたんだ?フィズは城に入って姫さんと合流しても良い訳だし、ジャグルもフレイダの方に行っても良かっただろ?」
「そういえばそうね」
「次に来るとしても、もうあいつらは来ないだろうしな」
「で、納得しても尚ここにいるのは何故だ?」
「いや、俺らってさ。フレイダとは戦争してないじゃん?ここを領地にするのもフレイダと話し合いするんだろ?だったらセルフィアを戦う必要も無さそうだし、俺もう帰っていいんじゃないか?」
「皇真を連れて来るよう言われてなかった?」
「あ」
「なんだ?皇真を連れて来いって言われてたのか?」
「ええ。ジンが国に帰ったのは知ってる?」
「あー。なるほどな。美乃梨が来て、ジンを連れて帰ってその時にか」
「ああ。これが終わってからだから後、ニ、三日はここにかかるんだろうな」
「私たちが先にルリアに行ってもいいんじゃない?」
「まあ、美乃梨の場合は愛息子が帰って来れば何でもいい気がするしな」
「で、どうやって行けばいいの?ルリア王国」
「皇真と同じ方法じゃダメなのか?」
「もちろん。皇真がルリアからフレイダに来た方法って魔力船を自分だけの魔力で動かたのよ?」
「それで何日だ?」
「一週間だって。馬鹿としか思えない」
「じゃあ飛んで行けば?」
「フィリア王女は飛べないでしょ」
「あれはどうだ?送信魔法」
「誰が出来るんだよ。俺や神樹リューイでも出来ない魔法だぞ?あの魔法は椎名と鎌那の倭楼の魔法門の人間ぐらいだ」
「椎名?…あ、乙音って椎名だったよね?」
「ん?なんか言ったか?」
「いや皇真の幼馴染に椎名って子が_」
「リーちゃんの、馬鹿あああぁぁぁ!」
「にゃっ!?」
「なあジャグル。今、『にゃっ』って_」
「言ってない!」
「奇遇だな、俺も今『にゃっ』って_」
「言ってない!」
「酷いよリーちゃん!私のこと忘れてたでしょ!傷付いたよ!」
「乙音、苦しい…。ちょっと、どいて…」
「乙音?」
「にゅ?…おう!ヴェルっち蛇口じゃないか」
「え?」
「いい加減蛇口はやめろよ…」
「え?…え?」
「えっと…。よ、要するに二人は倭楼っていうここよりも東の国で乙音と会ってたってこと?」
「正確には俺とジャグルが倭楼の王に謁見しに行ったんだよ」
「倭楼に王はいないよ、ヴェルっち。いるのは首官っていう政治の一番上の人だよ」
倭楼民主共和国
極東と呼ばれるセルフィア王国よりも更に東に位置し、この世界で唯一の民主主義国である。奏、篠波、神樹、椎名、鎌那、梓茅、雛影の七つの家を〈倭楼七卿魔法門〉と呼ばれる。
〈倭楼七卿魔法門〉は代々、大きな魔力を持ち、魔法を得手としている。
この家の子供達はフレイダ王国にある蓮杖魔導学校という倭楼民主共和国が所有する学校に通う事を決められている。
そして、学校を卒業した後は世界中にそれぞれが散り、様々な体験をする事で如何なる状況下でも動じず、冷静でいる力を養い、国家の大事にはその力を行使する。
しかし、皇真や美乃梨のように契約者となり、蓮杖魔導学校に通う事の無かった人間は倭楼国からの追放を命じられる。
「おっと、そういえばさっき丁度お前の話をしていたんだ。お前、送信魔法使えるか?」
「うん、使えるよ?」
乙音の『それがどうかした?』と言わんばかりの表情を察したヴェルズは更に続ける。
「あー、これが終わったらな、皇真とフィズ、それとフィリア王女がルリアに行くんだ。だから_」
「なるほど!うん良いよ。っていうか、皇真も送信魔法使えるよ?」
「うっそマジ!?」
「うんうん、マジマジ」
「ねえジャグル、全っ然話について行けないんだけと」
「まあ無理もないか。いいか?〈倭楼七卿魔法門〉にはそれぞれの家で使って良い魔法と禁止されている魔法があるんだ」
「どうして?」
「どの家も同じ魔法を使っちゃ、いざという時に対応出来ない可能性があるだろ?だから、魔法の方向性を別々にして柔軟な対応をが可能になるようにしてるんだ」
「それはどんなものなの?」
「詳しくは国のトップしか知らないらしい。家同士でも話すことは禁止だそうだ」
「でもさっき、ヴェルズが送信魔法は椎名と鎌那しか使えないって」
「ルリア王国は倭楼民主共和国と同盟を組んでいてな。ルリア王国は倭楼民主共和国の戦争に大きな兵力を貸す。その代わり、魔法の知識をある程度譲って貰っているんだ。それで、俺たちは何度か倭楼に行って、〈倭楼七卿〉の家々で魔法の勉強をした。もちろん、それぞれの家で言えない魔法はあったらしいがな」
「要するに、それぞれの家で勉強したから知ってると」
「そゆことー」
「ねえ、乙音。なんで皇真は本来禁じられている魔法を使えるの?」
「美乃梨さんに教わったらしいよ。何せ美乃梨さんは世界最強の契約者でありながら、世界一の魔導学士だからね」
「もう何が何だか分からない」
「まあ、簡単かつチョー簡単に言っちゃうとね、美乃梨さんと皇真、それと皇真の妹の真希ちゃんは世界的にはチョー有名なんだけど、倭楼の人からチョー嫌われてるの。でもねでもね、〈倭楼七卿〉のみんなからは愛されてるんだよ。美乃梨さんも皇真も真希ちゃんも私たちの誇りだしね」
「あれ?こんなところで集まって何してんだ?ってレナトはいないし」
「皇真…」
「なんだよ?」
「……」
「え?何、どうしたのフィズ。なあ乙音?」
「うん。その顔久しぶりに見た。やっぱりまだまだだね」
「は?」
「お前も早く結婚しろよ」
「なんだ?上司に向かって結婚の勧誘か?部下とはいえ既婚者は違うな」
「え?ジャグルって結婚してるの?」
「ああ」
「そうだよ、リーちゃん。蛇口はね美乃梨さんの旦那さんなんだよ?」
「そうなの?」
「そうらしいぞ。俺は本人の顔を見たことが無かったから、この国が初対面なんだけどな」
to be continued...