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96 発光体が人となったのか!!

 やさしい光の中、香は意識を集中させた。シェスから知を受け継いだ今、大抵のことは自分で解決できる。今この場所から出ることも、地上の様子を知ることも……。


 ゆっくりと探知の手を伸ばし、ギルベルとユーリックの存在を確かめる。いまだ、血塗れて動かなかった姿が目に焼きついている。しかし感じたギルベルの様子は疲れてはいたが、体の異常は感じられない。そして地上には元気なユーリックの気配が感じられた。


 そのことに安堵と喜びを浮かべ、香はギルベルの傍へと移動する。



  ~・~・~



 ギルベルは、今更知った事実に打ちのめされていた。

 第7師団の裏側を知っただけのはずが、自分もその一端に組み込まれそうになっていたのだ。あのまま犯され、むさぼられれば今の自分はなかっただろう。


 魔素を暴走させ宿舎の部屋を半壊にさせたからこそ、第3師団預かりとなったのだ。中途半端に引っ張り出された魔素はいびつに歪み、操作しようにも上手くいかない。魔素の流れまで阻害され、ボートネスとヤツグリがそろった第3師団だからこそ、ギルベルは一命を取り留めたといっても過言ではない。


 思い出されたもろもろに、ギルベルは自分で記憶を封じ込めていたのかと、自分の身におきた事に耐え切れず閉じこもるような軟弱な精神だったのかと、情けなさにこぶしを叩きつけた。

 こんな自分が香を守ろうなどと、香の守護者などとおこがましい。


 荒れくりかえる感情にドクドクと煩く血がざわめく。呼吸するごとに持て余した激情の欠片が荒い息と共に吐き出された。情けなさと怒りに目は血走り、ぎりりと噛んだ奥歯がみしりと音を立てる。

 ダンッ、ダンッ、と叩きつけた両手は爪が食い込み血がにじむ。

 感情のまま胸をかきむしり頭を振りたくる。がぁあと叫べば視界の隅に、人影を見た。



 発光体が人となったのか!!



 自分を暴き出してくれた相手に乱れた呼吸のまま肉迫する。全身にみなぎる、滾る血のおもむくまま瞬発力の塊となったギルベルは、相手の首に手を掛け引っ張りあげると同時に床へと叩きつけ……ようとして、のどに刃を感じぴたりと動きを止めた。


 つうっと首を流れる血の感触に体をこわばらせながら、持ち上げた手の先にぶら下がるものを見る。


 そこには……、血の気のなくなった顔をこわばらせ目を見開き、震えながらもギルベルの手に自分の手を添えた…………香がいた。


――やれ、ゆっくりまどろむこともできぬとは……。これを傷つけたならばいくら気に入りとて、命永らえると思うな――


 ギルベルの首にあった剣を放り投げ、いまだ固まったままのギルベルから、シェスはそっと香を抱き下ろす。突然のことに、恐怖よりも混乱と驚愕を貼り付けた香の顔は青ざめ、瞳は細かく震えていた。


――多少は使えると思うたに、やはりはずれであったか……。香よ、これは処分するゆえ安心せい。己の醜態を受け止めきれずに錯乱しそなたに手を上げるとは、なんとも救いようはない。少々待っておれ。守護にはほかに気に入りのモノを当てればよい――



 処分……、なんか物騒な言葉が聞こえた。このシェスの空間に処分しなければならないものは在っただろうか?

 自分がギルベルを見つけたときは白い空間の中、彼は一人でいたはずで……。自分がいた所もオレンジの光に照らし出される空間には何もなかった。


 では、何を処分するの?!



「っ、ぅっぐ!!」



 ぼんやりと思考が戻ってきた香は緊迫した呼吸の音を聞いた。


 顔をめぐらせれば宙に浮かんだギルベルが顔をしかめている。その首には光る輪がかかっていた。香の目の前でそれがどんどん絞まっていく。見る間に首に食い込みギルベルの顔は赤黒くなっていく。


「ぎるべる!!」


 何かを突き飛ばしギルベルの足元へ駆けつけたが、足を引っ張ればさらに首が絞まるのかもと思えばギルベルの周りをただうろうろするしかない。ただギルベルの名を呼びながら何とか助けようと手を伸ばすが、ギルベルの首にはとどかない。


「あっ…、あぁ、ぎるべる、ぎうべる……」


――そやつは香に手を上げた。我に許すことは出来ぬ。そなたは見ずともよい――


「ぎうべるをはなして!! シェスがしてるの!? 早く離して!!」


 やさしく差し伸べられたシェスの手を振り払い香は叫ぶ。


――そなたはこやつを許すというのか。そなたを害したこれを許すか!?――


「だって言ったじゃない。シェス言ったじゃない。錯乱して手を上げたって言ってた!!」


 だから、正気なら自分は無事なんだ、そういってギルベルの傍を離れようとはしない。その姿に小さく息を吐きながらシェスは香を抱きしめ、その胸に香を囲った。


 視界をふさがれた香の耳に、ドサリと重い音が聞こえる。とっさに顔を上げ身を離そうとするが、シェスの腕はびくともしない。それどころか、なおいっそう力が込められる。

 必死になって香にすがり付いているようなその様子に、香はシェスの背に回した手をとんとんと叩いた。


「シェス? どうしたの……」


 呟くように声をかけ、いぶかしげに頭を傾げる。その香のしぐさに抱きしめていた腕の力がゆるむ。香はゆっくりと顔を上げ、シェスの顔を見た。

 それは絶望と安堵がない交ぜになったような、泣き笑いのような情けない顔で……。無意識にシェスの頬に手を伸ばし顔を引き寄せ、香はその額へと唇を寄せた。


 たぶんシェスは恐怖したのだ。孤独と共に存在し、移動することも出来ず、時折生まれるモノ(巫女)を見守りながら時を重ねた、その生を終えるために必要な香が失われることに。

 香が害されその魂に修復不可能な傷を負えば、シェスの後継としての資格を失う。

 香がいくらシェスを開放してあげたくても、叶わなくなってしまう。


 次の存在がいつ生まれてくるか、長く待つことは出来ないのだろう。シェスが囚われ脆くなった世界は香の次を待つほど時は残されてはいない。香を失えばシェスが狂いすべてがめちゃくちゃになるか、狂わなくとも世界が耐え切れなくなるか……。



 香は自分がなんとも重要な立場だと改めて意識した。



「シェス、ボクは何ともないよ。シェスが助けてくれたから大丈夫」


 香よりずっと大きな美丈夫と目をあわせ、恐怖を宿す瞳を見つめる。

 でも相手は“大地の精霊”なんだけど、かわいいと思ってもいいよね、なんて思いながらにっこりと笑った。



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